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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
終章
356/365

溺愛の魔王と、老将?との再会



 

「却下」


 すっぱりした切り捨てようだった。その身も蓋もない、とりつく島もない言葉に、言われた当人は獣の顔に呆れを滲ませて反論しようと口を開きかけた。が、それでも少年は真顔で断じる。


「リードは誰にも渡さない。──姉さん以外には」


 アンブロス家の屋敷の居間。重厚なアンバーブラウンの皮革のソファに堂々と座り、鋲の打たれた肘掛けに腕を預けた少年は、険しい顔で言い切った。その言葉の最後に付け加えられた台詞を聞いて。弟の斜め前の長椅子に座っていた彼の姉は、瞳をパチクリと瞬きし、その隣に座したブレアはムッとしたように眉間にシワを寄せた。が、彼が口を挟む前に、『娘たちをリードに嫁がせたい』計画を即刻却下されたコーネリアグレースが、己を睨んでいる主に負けじと笑い声を響かせる。……魔王感丸出しで婦人を威圧しているブラッドリーに対して、平気で反論しようとする婦人の逞しさに、ブレアはやや驚いたふうである。


「まーあまあまあ陛下ったら……! まだその子供じみた方針はお変わりにならないんですの⁉︎ エリノア様はもうパートナーをお決めになったのに⁉︎」


 そうして婦人にチラリと視線を送られたエリノアは、困った顔をして弟に言う。


「ブラッド……いくらなんでも、こういうのはやっぱり本人の意思を尊重しなきゃ……」


 昔から病で生活に自由がなく、ワガママも滅多に言わない弟の願うことは、リードもエリノアもできるだけ叶えようとしてきた。つまり、このブラッドリーの発言を聞けば、己の弟に甘いリードは、無条件にそれを聞き入れてしまう恐れがある。それではあまりにも若いリードが可哀想というもの。言い聞かせるような姉の言葉に、しかし少年魔王は口を尖らせて姉から目を逸らせる。その顔は無言ながら不満を全身で表していた。それを見たブレアは、拗ねたような顔がまるで子供だなと少しおかしく思った。が……


「……なんと言われようと、僕はあと千年くらいはこの方針で行くつもりだから」


 強固な意思を見せる弟の言葉にエリノアがギョッとする。


「せ、千年⁉︎」

「……生きるよ。リードは僕の魔力を得たからね」

「⁉︎ ⁉︎」


 驚いたエリノアは、しかし、ならばもっとダメだと弟に訴える。


「そ、そんな、千年も恋愛禁止なんてリードが可哀想すぎるわよ! コーネリアさんの提案は置いておくとしても──リードだっていつ好きな人ができるかもしれないじゃない!」


 彼は以前は自分を好いていてくれたが……若く器量のいい彼のこと。いつ新しい出会いが訪れるとも……いや、あれだけマリーたちに好き好きと態度で表されていたら、彼がその想いに応えるような日が来てもおかしくはない。なんと言ってもマリーたちはウルトラ可愛いし(※エリノア主観)、コーラやカレンもかなり綺麗な娘たちである。

 エリノアは思った。ここは是非、リードの為にも今のうちに弟を改心させておかねばならない。彼らは千年もの寿命を持っているかもしれないが、自分はおそらく人間として普通の寿命しか持ち合わせないはず。そのちょっぴり悲しい事実の前に、少し慌ててしまったエリノアは混乱気味に叫ぶ。


「リードの自由恋愛の為に、私は老後までに絶対ブラッドを説得しないと⁉︎」

「……老後……」※ブレア

「素敵! その意気ですわエリノア様!」


 エリノアの動揺の滲む決心を聞いて、ブレアは微妙そうな顔をして、コーネリアグレースは喜び囃し立てる。──が、エリノアのそんな言葉を聞き、サッと顔を曇らせた者があった。──ブラッドリーである。


「……………姉さんが……老後……老い……僕より先に………………死……………………………」


 途端ブラッドリーの瞳が強い悲しみに染まった。──どうやら、姉の言葉を聞いて。いずれ先に老いてしまった姉と死に別れるのだとひどく悲しくなってしまったらしい少年。その背後から、少しずつ黒い煙のようなものが漏れ出しはじめた。あれ? とエリノア。


「ブ、ブラッド……?」


 見るからに沈んでしまった弟の顔を覗きこむ。と、真っ青になった少年は、前髪の隙間から、涙に潤んだ暗い相貌をキッと姉に向けた。そして悲しげに──どこか恨みがましそうに呻くように叫ぶ。


「っやっぱり無理なものは無理! っ僕がどんな思いで姉さんを手放すと思ってるの⁉︎ ただでさえ人間野郎(ブレア)に最愛の姉さんをとられたばっかりなのに──大好きなリードまで他のやつに奪われるなんてっっっ……考えただけでも絶望的な気持ちになる……!」

「!」


 ブラッドリーはわっと嘆き、彼の両手が顔を覆った瞬間、居間の中に闇の嵐が吹き荒れた。室内は暗闇に覆われ、ブラッドリーの周りには赤黒い炎が噴き出して。それは天井高く燃え上がる。その恐ろしい光景に、エリノアが目をひん剥いて愕然とした。


「ブ、ブラッド⁉︎ お、落ち着いて!」

「エリノア! 危ないこちらへ!」


 エリノアは叫んだブレアに引き寄せられ彼の腕の中へ。その向こうでブラッドリーは感情的に嘆いている。


「リードは僕の心の支えなの! とにかく今すぐには無理! 千年は待ってもらわないと──これが僕の最大限の譲歩なの!」

「だけ──いや──せ、千年はさすがに長くない⁉︎」


 エリノアは思わず突っ込むが──そんな姉にブラッドリーは偏愛を叫ぶ。


「僕の姉さんに対する愛情はそれくらい重いの! 本当は千年でも足りないくらいだよ!」

「⁉︎」

「まーあ陛下ったら! それは執着というものですわ! 巻き込まれるリードちゃんが可哀想! ここはあたくしたちにリードちゃんを託してくださいまし! あたくしどもは絶対リードちゃんを幸せに致しますわよ⁉︎」

「やだ! 僕はリードと水いらずで暮らすんだ!」


 ──……この有様を、エリノアを腕の中に庇いながら見守っていたブレアは思った。なんだか壮絶な取り合いだなと……。

 その青年は元はただの人間であるということだが──ここまで魔王や魔物たちに愛されるとは。青年が哀れなような……末恐ろしいような……。その青年がエリノアに想いを寄せていることを知っているだけに、彼としては色々と複雑な心持ちであった。


「ふ、二人とも、おち、落ち着い、落ち着いて‼︎ あ! ブラッド⁉︎」


 嘆く弟をなんとか宥めたいエリノアは、頼みこむようにブレアに腕を離してもらい、闇の中弟に駆け寄ろうとした。が、それとほぼ同時のタイミングで、弟が炎の中でシクシク泣きはじめた。それを見てエリノアは余計に慌てたが──間の悪いことに。どうやら今の今まで形見のペンダントの中でまた居眠りしていたらしい鋼の雄牛──エゴンがエリノアの胸元で目を覚ましてしまった。


『──ふが……? ん⁉︎ へ、陛下⁉︎ どどどどうなされた⁉︎』


 魔王が泣いていることに気がついた彼の配下エゴンは、怒り狂って怒号を上げる。


『コラ勇者! 貴様陛下を泣かせたのか⁉︎』

「ぎゃ⁉︎」


 だみ声で非難されたエリノアは、まだまだエゴンの存在に慣れておらず。悲鳴を上げて戦慄し。そんなペンダントを怖がるエリノアに慌てたブレアが、彼女を助けようとエゴンをわし掴み、そのことにさらにエゴンが憤怒して──……


 ……阿鼻叫喚。

 まさに居間の中は修羅場と化していた……。


 ──そんな折のことである。



「…………おやおや……」


 暴れる闇の中、忍び笑うような声が静かに聞こえた。

 鳴き声と悲鳴、怒号の飛び交う闇の中でその声をかすかに聞き取ったエリノアがハッとする。


「⁉︎ メイナードさん⁉︎」


 ──助かったと思った。あの穏やかな老将が来てくれたのなら、きっとブラッドリーも落ち着くし、コーネリアグレースやエゴンのことも宥めてくれるはず。エリノアは、室内に逆巻くような闇の中でもがきながらその老将の姿を探した。

 ブレアに助けられながら闇の中を進み。……すると闇の奥に小さな明かりが見えて。その明かりを魔法のように宿した杖と、それを手にした者がうっすらと見えた。明かりの灯った枯木の杖は、確かにメイナードのもののように見えた。


「た、助けてください! メイナードさん! ブラッドリーを宥めるのを手伝──…………」


 闇を掻き分けその名を呼んで──……。……と……

 不意にエリノアの声が消える。


 そこに、腰の曲がった老人は──……いなかった。


「──……え……?」


 エリノアがポカンと口を開けて戸惑いの声を漏らした。

 そんな彼女の唖然とした顔を、杖の先に小さな明かりを灯して現れた彼は、笑う。


「ほ、ほ、ほ。エリノア様の前では、陛下は相変わらずでございますなぁ」


 ……以前はボソボソとか細く話し、エリノアの耳には届かなかった老将の声が──思いがけず張りのある声で。


「…………メイナード、さん?」


 数秒の間を置いて、エリノアがおずおずと呼びかけると……彼は、「ほ、ほ」と、おかしそうに笑い、そして手に持っていた大きな杖を天井に向かって掲げた。途端、杖の先端に操られるように、ブラッドリーが生んだ闇が彼の元に吸いこまれるように渦を巻き消えていく。その光景を唖然と見て──すっかり元通り明るくなった部屋の中で、エリノアは口をあんぐりと開けたまま、その顔を見ていた。


「エリノア大事ないか⁉︎」

「は、はい……ええ、あの……」


 心配そうに尋ねてくるブレアにも生返事を返してしまいながら……エリノアは「えっと……」と、困惑のままに問う。


「メイナード……さん、で、すか……?」

「──ええ」


 聞くと明瞭に返事が返ってくる。

 頷く彼に、エリノアはグフッと喉に息を詰まらせむせた。


 ──無理もない。そこに立っていたのは、腰が曲がり、プルプルと足元のおぼつかない、可愛らしく老いた魔物……などではなく。背は低いがピンと背筋の伸びた、穏やかな表情の少年であった。


「お久しゅうございますエリノア様。萌芽の姿にて再びお目にかかれて、このメイナード嬉しく存じます」


 青々とした緑色の髪を肩まで垂らした少年は、唖然としたエリノアに新緑の瞳で微笑んだ。






お読みいただきありがとうございますm(_ _)m

確定申告時期のため、ちょっと更新間隔が空いてしまいました;


ブラッドリーのシスコンが悪化しているような気もしないでもないですが……これでやっと全員と再会が叶ったのでほっと致しました( ´ ▽ ` )

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― 新着の感想 ―
[良い点] 復活のメイナード [一言] もはや感覚が麻痺したのか魔王相手の場に染んでいる(?)ブレア。そして全国の腐女子の方々が大喜びしそうな進化(?)をしたメイナード。リードの婚期は!?
[気になる点] メイナードさん、若返っとるがなー! [一言] 「30歳までD.Tを続けると魔法使いになれる」という都市伝説がありましてな。。。 1000年も続けたらもう魔界きっての大魔法使いになれま…
[一言] リード君の受難の日々が終らない…
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