その頃の離宮
同じ頃。
エリノアの離宮の玄関扉が激しい音を伴いぶち破られていた。……いや、流石に頑丈な分厚い木の扉は壊れはしなかったが……。
犯人は、もちろん例の荒ぶるヤンキーお嬢様である。
「──っエリノアああぁあっ! ちょっと聞いてちょうだい!」
大きな二枚扉を破壊するような勢いで両手で開らき、そこで仁王立ちしている令嬢に。それを出迎えた離宮の使用人達は一瞬とても驚いた。しかしそれが案の定、エリノアの義理の姉ルーシー・タガートだと知ると、皆、ああなんだ、またかという顔で、それぞれ仕事に戻っていった。──皆、どうやらすでに毎度このような登場をする令嬢に慣れてしまったようだった。
そうして皆がやれやれという顔をしているうちに。もうすでに離宮の内部は知り尽くしているルーシーは、さっさとエリノアがいるだろう居間や食堂のほうへ駆けていく。どうやらかなり急いでいるようだ。闘牛のような勢いに……もちろん、誰も手出ししなかった……。
「エリノア! ……あら?」
慌ただしい調子で居間にやってきたルーシーがその扉を開け放つと。しかしそこに目当ての義理の妹がいない。そこにいたのは、本日のお留守番係ポカンとした顔の聖剣テオティルが。青年は、居間の中央に据えてある長方形のローテーブルで、紙の綴りに何かを書いているところだったらしい。と、ルーシーが眉間にシワを寄せてキョロキョロする。
「え? 聖剣様だけ……? 聖剣様、エリノアはどこですか⁉︎」
「…………」
吼えるように言った娘に、テオティルの明るいオレンジ色の瞳が向く。観察するような目は、突然の侵入者をチクタクと計り……そしてチーンと答えを弾き出す。
(ええ、大丈夫。彼女は荒ぶる闘牛のようですが、エリノア様の味方です)
その鷹のような目をした令嬢を前に、何故かほっこりした顔のテオティル。侵入者を計り終えた聖剣は、それきり彼女には興味を失ったようで。ローテーブルに向き直り、再びおぼつかない手つきでペンで紙に何かを書きはじめた。
「エリノア様ならブレアと共に魔王のところにお出かけ中ですよ」
「え……えぇっ⁉︎ ブラッドリーのところですか⁉︎ そんなっ! 今すぐ話したいことがあったのにっ!」
ルーシーは悲壮な顔をしてガックリと肩を落とした。──が。しかし何故だか彼女はそわそわしていて帰ろうとしない。何か言いたげな顔でチラリ……と、令嬢の目が聖剣の顔を見た。どうやら自分が注目されているらしいと気がついて。テオティルが不思議そうに顔を上げる。
「? なんですか? エリノア様の味方の子」
「……、……、……」
聖剣に無垢な目で見つめられたルーシーは、しばし何かを考えていたが……最後には焦れたように「もうこうなったら聖剣様でもいいわ!」と、叫んだ。……どうやら彼女は誰かにに何か話したくてしょうがないことがあるらしい。
そうしていきなり自分の目の前に座った令嬢を、テオティルはポカンと口を開けて見る。ちなみに彼が今何を書いていたかというと……ソルから与えられた、文字の練習用の帳面である。(※ソルの手製。幼児用。)
ルーシーは、ローテーブルに手を突き、前のめりになって言った。
「聞いてください聖剣様! 私、私ですね! 今日、初めて! ジヴ様からお手紙をもらったんです‼︎」
紅潮した顔でルーシーは興奮しながらそう言った。瞳はキラキラして、喜びに溢れている。どうやら気持ちが昂るあまり、とても誰かに話さずにはいられないという気持ちらしい。
「ほう。お手紙、ですか」
「そうなんです! ジヴ様からですよ⁉︎ 見て下さいこの封筒の綺麗な文字……ああっ! もう、本当に信じられない! ジヴ様が、私の名前を紙に書いてくださるなんてっ!」
「ほうほう」
ポケットから大切そうに取り出した手紙を胸に掻き抱き、うっとりしていている娘の熱のこもった話を、テオティルは意外にも熱心に聞いている。ソルに半ば強制的に聖剣教育の一環として、文字の練習をさせられているからこそ。その令嬢が綺麗だと感動している文字に興味を引かれたらしい。
ルーシーは嬉しそうに続ける。
「私、昨日の晩餐会の後、すぐにジヴ様にお礼の手紙を出しておいたんです! そうしたら……今日家に帰ったらジヴ様からのお返事が!」
きゃー! と、手紙を持ったままの手で顔を覆った娘は、しかも! と、堪らない様子で言った。
「……こ、こ、今度っ、ジヴ様の、おおお屋敷に、わ、私に、ああああ遊びにいらっしゃいませんか……って!」
「ほぉーう」
顔を真っ赤にして悶絶して喜んでいるルーシーの言葉に、テオティルは感心したようにうんうんと頷いている。と、そこで彼は、「ああ」と、思い出したように天井へ目を向けながら言った。
「ジヴ……ああ、あの子なら私も知っています。小さな頃、祭りの時に聖剣を抜こうとやって来た子供達の中にもいましたね。あの子は賢い子ですよ」
「もちろんですとも! ジヴ様はとっても──……」
と、聖剣の言葉に力一杯同意しようとして──ルーシーが強張った顔で身を固めた。
「……え……? せ、聖剣様……今……なんとおっしゃいました……⁉︎ ジヴ様の……ご幼少の頃を……ご存知なのですか⁉︎」
ひどく驚いた顔で愕然とする令嬢に、テオティルは不思議そうに「? ええ」と頷いた。
その瞬間の──……ルーシーの衝撃の受けようといったら凄かった……。まるで雷に打たれたように、凄まじいショックを受けたルーシーは、顔を真っ赤にしてうわずった声を出す。
「そ、そ……そんな、ジヴ様のご幼少の時代を……?」
それは、ジヴを慕っているルーシーにとっては、耐え難いほどに知りたい情報であった……。
「? ええ、聖剣を抜きに挑みにきた中でも、善良で可愛らしい子供はだいたい覚えていますよ、ええ」
私は子供が好きですので、と言った聖剣は──……次の瞬間。ルーシーに、ガシッと両手を握りしめられて。流石にびっくりしたらしく……ぱちぱちと瞳を瞬かせながら首を傾げる。
「? えっと……?」
すると、ルーシーが喉の奥から地の底から響くような声を絞り出して、懇願した。必死すぎる形相が、仄暗くて怖い。
「…………聖剣様……なんでもします……お願いです。ジヴ様の……小さな頃のお話を私に聞かせてくださいませ! お願いです!」
「? はあ……」
熱烈に両手を固く握りしめられたテオティルは、しかしあまりよくわかっていなさそうな返事をして……娘に、言った。
「えーっと……では……お話しする代わりに、エリノア様が早く勇者の子供を授かるように協力してくれますか?」
こてんと首を傾けて無邪気に言う聖剣に。ルーシーは当然鼻息荒く「っもっちろんですわ!」と、力一杯請け負った。
……そしてここに──
ルーシーとテオティルによる謎の同盟が発足する……。
──のちに……この凸凹コンビの結束は、エリノアとブレアを、とてもとても困らせることとなるだろう……。
お読みいただきありがとうございます。
更新スピードにムラがあってすみません(^ ^;)
ちょっと箸休め回?です。離宮にて、謎の取引が成立しました笑




