コーネリアグレースの新人教育
「⁉︎ コーネリアさん!」
おばけ甲冑達に囲まれていたエリノアは、目を瞠ってその名を叫んだ。
異形の者達を押しのけてやって来た懐かしい顔を見た瞬間、嬉しいやらホッとするやらで。半分泣きべそを掻きながら彼女へ駆け寄って、躊躇うことなくその身に抱きついた。
「コーネリアさん! 無事で良かった!」
「あらあらおほほ」
ふっくらした身体は温かくて。ぎゅっとしがみつく腕に力をこめると、大柄な獣の婦人も親愛の眼差しでエリノアを受け止めて。瞳を伏せ抱きしめ返してくれた。
「エリノア様も。ご無事なお姿をまた拝見できて、あたくしも嬉しいですわ……」
その腕に確かに友情を感じたエリノアは嬉しくて──……が、エリノアが再会に感動したのも束の間──次の瞬間、彼女を温かに見下ろしていたコーネリアグレースの顔がクワッと牙を剥く。
「何をやっているのお前達!」
「ひ⁉︎」
唐突なる苛烈な獣の威嚇顔。思わず身も竦むその怒号には、怒鳴られた甲冑達だけでなくエリノアもギョッとした。婦人は主君の姉を抱きとめたまま、傍にワラワラと集まっていた甲冑達を激しく叱咤した。
「エリノア様を驚かせるのはあたくし達先発隊の特権よ(?)! まったく生意気な……百万年早い!」
「…………」
鼻の付け根に幾重にもシワを寄せて憤慨する婦人の腕の中で──……そんな特権なくていい。と、エリノアは、感動も霧散。げっそり顔で項垂れている。
──と、コーネリアグレースの怒鳴り声に慌てたようにガチャガチャしはじめた甲冑達の中から、「あのぅ……」と、おずおずと声をあげる者があった。見れば一人の甲冑が恐縮したように片方の掌を小さく上げている。兜がないところを見ると……どうやら彼(彼女?)は、最初にエリノアに声を掛けてきたあの甲冑のようだ。
甲冑は細い声で言う。いかつい見た目に反して、随分気の弱そうな声だが、これは相手がコーネリアグレースなせいだろう……。
「も、申し訳ありません乳母様、そ、そのぉ……、俺たちもご命令通り警備に徹していたのですが……魔王様の姉上様が……廊下のど真ん中でお一人で呻いてらしたので……つい声を掛けてしまいました……」
何か困っていらしたのかと……と、弱った調子で申告した甲冑の言葉に。コーネリアグレースの呆れたような眼差しがエリノアに向く。
「まぁ……またですかエリノア様ったら……その突っこまれ体質どうにかしたほうがいいと思いますわよ」
「う……⁉︎」
魔王の命を受けた魔族にまで命令違反をさせるほどのそれはあんまりにもひどい、と、ため息混じりに言われたエリノアがうろたえている。果たしてそれは本当に自分が悪いのかと不服そうな顔をして自分を凝視する娘に、しかしコーネリアグレースは素知らぬ顔で「ほほほ、ま、それは置いておくとして」と笑う。
甲冑達に金棒を向けた婦人は厳しい調子で命じる。
「いいことお前達! そういうエリノア様のビックリおまぬけ案件が発生した時は、必ずあたくしかメイナード、もしくはヴォルフガングに連絡を入れること! グレンはダメ! あの子はおもしろがって状況を悪化させますからね⁉︎」
……母は的確である。
「そして新入りは陛下がお定めになった法を遵守すること! 一にエリノア様、二にもエリノア様。三、四も、しのごの言うことなくエリノア様なのです! 例えエリノア様が陛下をも呆れさせるうっかり者であろうとも、このシスコン全開の法を守れぬ者は陛下のお傍にははべれぬと、その鋼の身にしかと刻みこみなさい! 不用意にエリノア様に突っこんではなりません! それが許されるのは、お前達が陛下の信頼を得て出世してからです! 励みなさい!」
「「は、はい! 申し訳ありませんでしたぁ!」」
「………………」
ビシッと異形達に猛々しく宣言したコーネリアグレースの言葉に、甲冑達は恐縮し切った様子でいっせいにエリノアに向かって頭を下げる。エリノアは……再び何ともいえない微妙な心持ちである……。なんだシスコン全開法って。変な新法作らないでほしい。あと、それで新人教育するのやめてくれ。そんなものに従わされて出世を目指す魔物達がなんだか哀れである。
と、げっそりしているエリノアに、婦人が笑いながら打って変わった猫撫で声で言う。──この顔は……絶対内心で現状を面白がっている。
「ほほほ、お待たせいたしましたエリノア様。驚かせてしまい申し訳ありませんねぇ、この物達は、我々が根城に配置した警備兵なのですわ」
「け、警備……?」
「ええ。だって陛下はここに腰をお据えてエリノア様を見守り、王族らは厳しく監視するおつもりですから警備や兵力はそれなりに必要ですわ──さ! お前達はさっさと持ち場に戻りなさい!」
コーネリアグレースが号令をかけると、甲冑達は素直にそれぞれ廊下の台座の上に戻っていく。不気味な者達の従順な様子に、エリノアは思わず無言。(※怖い)と、そんな娘に婦人が説明を続ける。
「此度陛下は図らずも、メイナードから蓄えておいた魔力をだいぶん取り戻しましたからね。以前よりさらに魔力を自由に扱えるようになられたので、この際ということで、魔界から手下をいくらか召喚したのです」
「は、はあ……そうだったんですね……」
不気味そうに首を竦めて恐々周囲を見回した娘に、婦人はニンマリする。
「後で外にもご案内いたしましょうね。屋敷内には他にも色々おりますから」
「……………」
そこここに配下を配置して万全を期していますから、油断のならぬ庭はとっても面白いですよと言う婦人に──……エリノアはゾッとした様子で廊下の外の真っ暗闇を見る。
どうやら……アンブロス家の屋敷は魔王に乗っ取られダークなワンダーランド化してしまったらしい……。本物の叔父らがどうなったのか心配になりつつ、エリノアはおずおずと言った。
「……あの、案内は明日の昼間でお願いします……」
アンブロス家の現状は心配だが……ちょっとその確認は夜間は怖くて勘弁してほしいエリノアであった。
お読みいただきありがとうございます。
コーネリアも相変わらずです。




