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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
終章
346/365

再会と暴露

 

「……ん?」


 その時アンブロス家の屋敷の厨房にいた青年は、ふと、背後で扉が開いたような気がして顔を上げた。

 夜遅い厨房では、すでに明日の仕込みも終わり、彼はそのあとの掃除を手伝っているところだった。箒を手に、なんとなしに扉のほうを振り返った彼は──戸口に誰かが立っていることに気がつく。

 ドレス姿にきれいな靴。プルプルと身を震わせてドレスの裾を握りしめて立っていたのは──……。


「あれ⁉︎ エリノア⁉︎」


 思いがけない人の、思いがけない登場に。リードは目をまるくして彼女に見入った。上質そうで可愛らしいドレスを着ているというのに、その髪は何があったのかボサボサで。何かを踏ん張って堪えるような顔は、おそらく元はきれいに化粧を施していたのだろうが……今は、目元はひどく擦ったように真っ赤で、充血した瞳は涙目である。

 そんな有様でこちらを見つめるエリノアに心配が先に立ってしまったリードは、これが久しぶりの再会であることもすっかり忘れ、慌てて彼女に駆け寄ろうとした。


「ちょ、ど、どうしたんだ⁉︎」


 が、彼が戸口にたどり着くよりも早く、そこで肩を震わせていた娘はパッと飛び出すように駆け出していた。


「っリード!」

「っ!」


 エリノアは猛烈な勢いで、向かってきたリードの前で急停止。驚いている青年の腕に掴まるようにして怒涛のように喋りだした。


「リッ、だ、大丈夫なの⁉︎ 動いたりして──お、大怪我だったんでしょう⁉︎ 駄目よ! 掃除なんか私がするから!」


 鬼のような顔で言った娘は、すぐにリードから箒を取り上げて。そのまま木の柄を握りしめ、今度は驚いている彼を凝視しながらその周りをウロウロしはじめる。どうやら……彼の身に怪我がないか、何も異変がないかを点検しているらしい。強ばった顔で己の周りをぐるぐるしはじめた幼馴染の娘に……一瞬呆気に取られていたリードは、そのあまりに必死な剣幕に──……苦笑いを浮かべ、小さく噴き出してしまった。……相変わらずだなぁと。

 思わず恋しさが胸の奥から溢れ出そうになったが──それはなんとか堪えた。


「……そんなにジロジロ見なくても大丈夫だよ……。メイナードさんのおかげで、もうどこも痛くなんかないから、だからほら、少し落ち着け?」


 言ってやると、娘は不安そうに顔を上げる。


「ほ、本当に……?」

「ああ」


 頷くと、エリノアは心底ホッとしたように肩から力を抜いて。そんな娘に、リードは「元気そうでよかった」と微笑みを向ける。


「おめでとう。無事勇者として認定されたんだってな。気負いすぎて無理だけはするなよ? でも大丈夫か? こんな時間に王宮を出てきたら、ブレア様が心配なさってるんじゃないのか?」


 気遣ってくれる幼馴染の様子が以前と変わらぬ調子であることにエリノアは改めて安堵する。が、しかし安心すると、今度は彼に対する申し訳なさが浮かんできてしまう。


「リ、リード……ッ、ご、ごめん……本当に、ごめんね……っ」


 自分たち姉弟と因縁深きビクトリアらとの争いに、関係のない彼を巻きこんでしまった。おまけに命まで危険に晒して、彼の人としての性質にすら干渉してしまった。その身に受けた痛みや苦しみを思うと──エリノアは胸が痛くて。


「お、おじさんやおばさんにだってすごく不安な思いをさせちゃったわ、本当に本当にごめん!」

「ちょ……」


 箒を片手に、顔を歪めて号泣しはじめた娘にリードが慌てる。


「な、泣くなよ……俺なら大丈夫だし、こうして元気にしてるんだから……あぁあぁ……まったく……」

「な゛、な゛い゛て゛な゛い゛っ‼︎」


 ひび割れる声で言いながら、エリノアは顔を天に向けておいおいと咽び泣いている。被害者であるリードに泣いてくれるなと言われ、エリノアとしても彼に涙を見せたくはないのだが、どうしても溢れる涙を制御できないらしい。


「と、止まる! 今止めるからちょっと──ま、待ってっっっ!」


 何やら必死にもがいているエリノアに、リードはやれやれという顔で。懐から取り出したハンカチで彼女の頬を拭う。その顔がふっと笑った。


「……心配してくれてありがとうな。こっちこそごめん、俺こそなんか余計なことしちゃったみたいだ」


 あの時自分が出しゃばらなければ二人を悲しませなかったし、ブラッドリーの暴走を招くこともなかったと申し訳なさそうに謝られ、途端エリノアの顔がクワッと鬼のような表情になる。


「何言ってるの! リードは私たちを心配してくれたのに──余計なことなんて、そんなわけないじゃない!」

「でもな……」

「や、やめてよぉぉ! 謝らないでよリード! リードは何も悪くないんだからぁああ!」


 エリノアは眉間にシワを寄せ、眉尻を下げて。鼻水すら覗かせながらひーんと嘆いてリードの腕に縋った。その必死な娘の顔に、それでもリードは申し訳なさそうだったが……しかし青年は静かに頷く。


「──分かった。じゃ、お前ももう俺に謝るのやめろよ?」

「!」


 リードの指が、エリノアの鼻の頭をピンッと弾く。その軽い衝撃で少し後ろに下がったエリノアは、縋っていた彼の腕から離れる。


「それから、もうこれからはブレア様とブラッド以外の男にはあんまりくっつかないこと!」


 ちょっと厳しい兄貴の顔で、リードはそうエリノアに言い含めた。


「お前はブレア様を選んだんだから、あの方を心配させるようなことは慎め。な?」


 人差し指を目の前に突きつけられたエリノアは、びっくりしたように少し目を瞠って、それから「う、うん分かった」と頭をブンブン上下に振った。どうやら意表を突かれて涙は止まったらしい。


「ご、ごめんなさい、気をつけます……」


 複雑そうに、しかし生真面目な顔で言って。それからなんとなくなのか、ピッと背筋を伸ばし、教師に相対する学徒のように身を正したエリノアに、リードが優しく目元を和らげた。──彼としても、こうして再び彼女の元気そうな顔を見れて、とてもホッとしていた。


 ──しかし実のところ。こちらには、王都(あちら)に残ったヴォルフガング伝手に(※密告)、彼女の無事はとうに筒抜けだったわけだが……(※後にそれを知ったエリノアは怒って白犬に怪奇顔で突進した)

 リードの顔を直接見ないと安心できないと言ったエリノア同様、彼もまた、ずっと彼女の顔を直接目で見て無事を確かめたいと願っていた。


 リードはあの時、王都で暴漢に襲われたエリノア(ブラッドリー)を庇って負傷した。激痛に見舞われ意識を失った後の記憶はなく、気がついたらここ、アンブロス家の屋敷にいた。

 見知らぬ天井には戸惑ったが──傍には真っ赤な目で泣き腫らしたような顔のブラッドリーがいて、彼が名を呼んだ途端、弟分の少年は、その場で蹲るようにして嗚咽しはじめて。それを見たリードはいったい何事だと随分慌てたものだった。

 その後、彼らにすべての事情と自分の身に起こった事件を聞かされて。正直それは、人の街で普通に生きてきたリードにとっては実に驚くべき事態で。──しかし、なにせもとよりこの青年には、ブラッドリーやエリノアを疑うという頭がまるでない。

 永い間慈しんできた弟分が、つらそうに打ち明けてくれた言葉を聞いて、彼は驚きこそしたものの、それを嘘だとは微塵も思わなかった。


 リードはくつくつと笑いだし、その顔でまじまじと見られたエリノアは不思議そうに彼を見上げる。


「へ、へぁ……? ど、どうしたのリード……?」

「だってまさか──エリノアが勇者でブラッドが魔王だなんてな……!」

「ぅ……そ、それは……」


 言われてエリノアはしどろもどろで一歩後ろに後退ったが……、そんな娘にリードもやっと打ち明ける。


「俺ってば……すっかり勘違いしてたんだよな。実は、俺、エリノアが魔王なのかと思ってたんだ」

「っ……えっ⁉︎⁉︎⁉︎」


 その告白には──エリノアはギョッと目を剥いて顔を強張らせる。


「わ、わた、私が魔王……?」


 唖然と自分を指差すエリノア。が、リードはあくまでもおかしそうに続ける。


「いや、それが……前に王都で、グレンと子猫たちがエリノアといるところを見かけたんだけど……その時マダリンがエリノアのことを『まおうさま』って言ってたように聞こえたからさ」

「⁉︎」


 その内容にも驚いたが、彼がマダリンたちのことを平然と口にしていることにもエリノアはとてもびっくりした。この口ぶりでは……どうやら彼は、すでに彼女たちが魔物の仔であるということも知っているのだろう。……それにしても……自分が魔王だなんて……。いや、聞き間違いはありえるとしても、なんといっても、この自分なのだ。勇者も決して似合っているとは思わないが……イメージ的にも魔王はもっとないだろう。まさかこの自分に、そんな疑念を持つ者があるとは……エリノアはなんとも微妙な気持ちに包まれた……。


「……、……、……さすがはリード(?)……」

「? あ、それにテオさんだよ! あの人が聖剣だなんて、俺、思いもしなかったよ!」


 すごいよなぁとリードは感心した様子である。どうりでエリノアの後ろをちょこちょことついて回っていたはずだ。ヴォルフもグレンもメイナードさんもあんなに可愛いのに魔物だったなんて、コーネリアさんも全然普通の人に見えるのになぁーと、ほのぼの笑うリードに……エリノアは。色々大いに疑問を感じたが(特にコーネリアが普通というところで……)……まあ、とにかくと、息を吐く。

 

 ここに来るまでの道中、ハラハラしどうしのエリノアを愉快がり、グレンが色々と彼女の不安を煽るようなこと──『リードにしっぽがはえてたら面白いですよね?』とか『もし顔がトカゲになってたらどうします?』とか──を、こそこそ耳打ちして絡んできたもので。エリノアも、黒猫に揶揄われていることは分かっていたが、それでもとても不安で仕方なかったわけだ。自分の大切な幼馴染はいったいどうなってしまったのだろうと。別に見た目がどんなに変わろうが、彼が自分にとって大事な幼馴染であることには変わりがないが、彼がそれで心を痛めてやしないかと、とても心配で……。


 ──けれども。

 今、エリノアの目の前で朗らかに笑う青年は以前のまま。一通り身体を見回してもみたが、少し足を引きずっている様子は見られるものの、それ以外は特に異変は感じられなかった。

 リード本人に尋ねると、異変は主に体内や身体をめぐる魔力だけのことで、外見上はほとんど変わらないのだという。


「変わったのは本質的な話なんだと。まあ、足は少し動かしづらいんだけどな、ここの部分にメイナードさんの“添え木”が入っているらしくて──すっかり馴染んだら元通りに歩けるし、なんでも、俺、鍛えれば魔法も使えるようになるんだってさ!」


 そう言って愉快そうに己の片脚に触れるリードは、エリノアが心配したほどには気に病んでるふうでもない。その様子を確認したエリノアは、ホッとして。そしてちょっとだけ頬を膨らませた。


「まったく……グレンったら……」


 自分を揶揄った黒猫に少し腹を立てながらも。しかし、以前と変わらず朗らかな顔で笑いかけてくれる青年を見て安堵したエリノアは、こちらもやっと小さく微笑んだ。


「よかった……リードが元気そうで……本当によかった……」


 

 

「あ……そうだ……」


 再会を果たした二人が、ではブラッドリーたちのところへ向かおうかと共に厨房を出ようとした時。扉を押したリードが気がついたようにエリノアを見下ろす。その顔は、何故かとても申し訳なさそうだった。


「これだけは俺、お前に謝っておかないと……」

「へ?」

「俺の父さん達のことだけど……ごめんな、実は──俺がここで治療を受けていることは、ブラッドたちがとっくに連絡してくれてたんだ」

「え⁉︎」


 その告白には、リードの両親らが行方不明の息子の消息について心を痛めている──と、思いこんで、必死に彼らの元に通い詰めていたエリノアが短く叫んだ。


「その、手紙も届けてくれてさ……父さん達、ブラッド達に口止めされてたから、エリノアに本当のことを話してやれないって気に病んでた。……ごめんな」

「っっっ⁉︎」

「あ……あとブラッドだけど、たまにお前が働いてる時、店に顔出してたらしいぞ」

「はぁっ⁉︎」

「確か、サイラーさんに化けてお前と話もしたらしいけど……気が付いたか?」

「⁉︎ ⁉︎ な、な、な──何ぃっ⁉︎」


 リードによる数々の暴露に……エリノアの顔が驚き過ぎて虚無を見る。それを見たリードが慌てる。


「あ、あ、ごめん、(しまった……)やっぱり気が付いてなかった、よな……だ、大丈夫かエリノア……」


 ──一瞬愕然と立ち尽くしたエリノアは──……


「………………ブラッドぉおおおおお‼︎‼︎‼︎」


 次の瞬間、猛烈な勢いで厨房を飛び出し、廊下を猪が如き速さで駆け抜けて行った……。


「あ……ああ……、しまった……」


 慌てたものの、走れずとり残されたリードは、己の失言を悔やんでいる。








ひとまずリードと再会です(^ ^)…が、まだまだ愉快な仲間達が控えています!w


いよいよ年末ですね…わたくしめは、大掃除もせずにここまできてしまいました!(年賀状はなんとか!笑)

おそらく次の更新は年明けになると思いますので、こちらでご挨拶させていただきます。


2022年、拙作にお付き合いいただき本当にありがとうございました。

2023年は完結を目指して頑張ろうと思います。

皆様が良い年末年始をお過ごしになれますようお祈り申し上げます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] リードさんが大好きなので、リードさんにまたあえて嬉しいです。ちょっと人じゃなくなってしまったリードさんですが、相変わらず爽やかなままで良かった。 リードさんも幸せになって欲しいです。
[良い点] リードさんが変わってなくて嬉しいです。 [一言] ヴォルフガングさんは、魔王様と勇者様の間に挟まって、大変そうですね。
[一言] サイラーさん誰だったっけ??? 良いお年を!
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