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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
終章
345/365

……の、前に。

 

 転送術なら遠方のアンブロス家の屋敷もすぐだろう。さあいざ行かん!


 ──と。

 エリノアが拳を振り上げた、その時のこと。


「──っちょっと待ったぁあああ!」

「ひっ⁉︎」


 エリノアの背中を襲う突然の声。長椅子の表側にいた姉弟を、その背もたれに両肘を乗せる形で見ていた偽子爵が、元気いっぱい、身を乗り出すようにして、エリノアに向かって手を掲げている。呼吸を溜めてタイミングを見計らったそれは、明らかにエリノアを驚かせてやろうという魂胆が見え見えの行動だったが……そこは素直に乗ってしまうのが我らが勇者様であった。

 気合を入れようとしていたところに大きな声で出鼻を挫かれた娘は、滑稽なほどに肩をビクッと震わせて。振り返った彼女の強ばった顔を見た、叔父姿の魔物の嬉しそうな顔といったらなかった。


「え、な、何……?」


 思わずビクビクするエリノアに、ニマニマしていた偽叔父は、今度は不満そうな顔になって絡んでくる。


「もう姉上ったらぁ。いつになったらこちらに突っこんでくれるんですかぁ! リードのことが気になるのは分かりますけどぉ、私は今か今かと待ち構えているんですよ⁉︎ いい加減私にも構ってくれないとぉ!」

「つ、突っこむ……?」


 プンスカ怒る中年の叔父に。意味が分からなくて眉間にシワを寄せてその顔を見る。──と、気がついたエリノアは、「あ、ああ……」と、微妙そうにつぶやいた。つまり──……


「……あんた……いったいいつまで叔父さんの格好なの……?」


 エリノアが言った途端、偽叔父の口角がぐいーんと伸びるように上がって。見事なニンマリ顔で、彼は胸を張る。


「あは♪ どうです⁉︎ 今回のテーマは“道化”です! 面白いでしょう⁉︎」

「…………戻りなさいよ……」


 あまり仲の良くない叔父だとはいえ、いつまでもこの小悪魔猫にその姿を弄ばれては、イメージ問題上でもちょっと気の毒である。げっそりしながらそう勧めると、偽叔父はアゴを天井に向けてケラケラ弾けるように笑った。


「あはは! やれやれぇ、やはり経験値というのはいくらおマヌケさんでもちゃんとたまるんですねぇ。まさか姉上様が、完璧に変化した私を見抜く日が来るなんてぇ♪ いやぁ、感動だなぁ!」


 わざとらしく大袈裟な調子の男に、エリノアの気力の盛り下がり方がすごい。


「……い、いや、あんた……完璧って……」


 エリノアは、言葉を失くしそうなところをなんとか踏ん張って気勢を盛り返させる。


「あんた絶対ワザと私に分かるようにクネクネしてたでしょう⁉︎」


 怒りをこめて指さすと、偽叔父は再びぷりぷりした身体を左右に戯けて揺らしすっとぼける。


「え〜? なんのことですかぁ〜?」

「…………」※ブラッドリー

「へ、陛下、お、お鎮まりを……! ひ、久々の再会ですからあやつも喜んでおるのです!」


 姉に対し、鬱陶しく絡む配下に魔王は表情を薄暗くしたが……苦労人ヴォルフガングは必死でそれを宥めている。と、偽叔父はウキウキとそれに同調。


「そうですよう、私は姉上との再会を喜んでいるんです♡」

「ば、馬鹿者! もうそれくらいにしておけ! 貴様調子に乗りすぎだぞ!」


 同胞の空々しい言葉にヴォルフガングは叱責を飛ばすが。そのようなものに従うほど素直な性格なはずがない。偽叔父はあっかんべーと白犬に舌を出し、それからこれまた芝居がかった調子で「──あ、」と言って片手を口に当て、聖剣に背中を支えられながら、げっそり自分見ている娘を横目に見た。


「……今度は何?」


 偽叔父の顔は堪えられぬ愉悦に満ちている。これは絶対にまだまだ自分をからかい尽くすつもりだな……と、エリノアはため息をつく。……が、どこかでホッともした。これでこそグレンである。このニマニマした顔を見ていると、これでやっと日常が戻ってきたようで──魔物のウザ絡みを日常と言ってしまうのはどうかと思うが──なんだか嬉しくすらあって。なんだかそれが少し悔しかった。


(あー……鬱陶しい……。……でも、よかった……帰ってきてくれて……)


 そう密かに安堵するとどうしても眼差しが丸くなってしまって。つい、目の前の中年男に和やかな視線を向けていると──……そんなエリノアに。一瞬言葉を切ってもったいぶった偽叔父は、ニンマリと笑みながら言った。


「でも──そういえば先ほども外でお会いましたよね?」

「──へ?」


 気持ちがうっかりほのぼのしかけていたエリノアは、彼の言葉を聞いてポカンとした。


「……え……? “先ほど”……?」


 するとグレンがいよいよウザい。プンスカ怒るフリをして、両腕を折り胸の前で拳を振って。そして何故か己の首元を指差す。……何がウザいって、その「ぷんぷん」というぶりっ子リズムに満ちた身体の揺すり方だ……、が、


「?」


 エリノアが眉間にシワを寄せて分からないという顔をすると……。


「もーほらほらぁ、夕刻ごろですよう。この赤いリ・ボ・ン♡ 見覚えありませんかぁ?」

「は──? ……?」


 エリノアは、小太り子爵が自慢げに胸を張って見せてくる首元の赤いリボンタイを見て──

 その閃きに、あっと口を開けた。眉間には更にギュッと深いシワが刻まれる。


「え、ま、まさか……」


 ──本日の街中で、似た色のリボンを見た覚えがあって。暗がりに消えていった猫の首に結えられていたそれを思い出し──エリノアが絶句する。途端、にんまぁりとした子爵は、その場でそのふとましい身にはにつかわしくないような身軽さでパッと跳び上がり、空でくるっと回ってその場に華麗に着地した。そこに現れたのは──懐かしい黒豹の顔をした魔物。言わずと知れた、グレンであった。


「あは、そうです! 私ですよ〜う♪」


 三角耳の魔物は弾けるように笑いながら戯けたポーズを決め、片目をつむって見せる。エリノアは、唖然と目を瞠った。


「や──や、やっぱりかぁっっっ!」


 悔しそうに叫んだ娘が殺気立っているのは──もちろんグレンがものすごくワザとらしい調子で戯けて見せてくるからである……。エリノアは真っ赤な顔でちょっぴり涙ぐみながら地団駄を踏む。


「な、なんなの! なんなのよっ! そうならそうで……なんで逃げたりしたの⁉︎」

「ね、姉さんちょっと落ち着いて……」


 自分がどれだけ彼らに会いたかったことか。悔しさのあまり恨みがましい顔をするエリノアに、グレンは心から嬉しそうであった。


「いやー姉上ったらぁ、そぉんなに私が恋しかったんですかぁ⁉︎ きゃ♡ 嬉しいなぁ♡」

(……こいつシバいたろか……)※エリノア

「……主人様が闇落ちしそう……」※テオティル

「! ね、姉さん!」※ブラッドリー

「お、落ち着け!」※ヴォルフガング


 

 必死な三名に宥められて。ちょっぴり拗ねた顔でエリノアが何故自分から逃げたのだと詰問すると、グレンは君主の顔を見ながら肩をヒョイっとすくめて見せた。


「えー? だってぇ、ねぇ、陛下?」

「ま……それは計画の直前だったしね……」

「⁉︎ でもっ、だって私死ぬほど心配してたのに!」


 嘆くエリノアに、ブラッドリーは困ったような顔をして「ごめん」と苦笑した。でもと魔王はケロりと言う。


「姉さん、僕らの企てを知ったら、絶対止めるだろうし」

「⁉︎ そ──それはつまり、」


 やはりアンブロス家で、姉が止めるべきなことをやってきたという遠回しな告白である。いや──それはなんだかエリノアも薄々気がついていたわけで。しかし、だとしたら、絶対それはすぐに済むような話ではないはずで……。ならばまずはリードが先だと思い、あえて後回しにしていたのだが……。

 ここまで聞いてしまったら、もはや確認せずにはいられなかった。

 愕然とした姉に、ブラッドリーははっきりした事は言わなかったが──毅然と言い放つ。


「──姉さん、この件に関しては口出し無用だよ。先に僕に喧嘩を売ってきたのはアンブロス家なんだから。弱肉強食。弱いものが強者に負けるのは自然なこと。人間たちだってそうやって国を興したり、維持したりしている。女神ですら勇者と聖剣という“力”で魔王()を退けるのだから、僕が僕らの力で根城を築くのだって当たり前。属性が聖だからって、なんでも正当な訳じゃないんだよ? 僕ら闇の勢力からしたら聖の力だって十分暴力なの」

「⁉︎ ⁉︎」


 それに、と、ブラッドリーは澄ました顔で肩をすくめる。


「そもそも僕には人間の作った法なんか関係ないし」

「ぅ……」


 ブラッドリーにフンッと鼻を鳴らして言い切られ、エリノアが「そうだった……」と怯む。対して弟の顔はまさに君主然としていて。顔の作りはまだ幼さが残るのに……言葉には反論を寄せつけぬ並々ならぬ圧があった。弟のつらつらとした言葉に押されたエリノアは、目を白黒させている。


「だ、で、でもね、ブラッド⁉︎ 人の領地を無理に奪うのは──……!」


 と、それでも食い下がるエリノアに。いつの間にか傍にきていたグレンがまあまあと笑いかける。


「落ち着いてくださいよ姉上♡ これでも陛下は我慢をしなかった(?)んですよ?」

「は、はぁ⁉︎」

「だって当初の計画ではぁ、姉上様の結婚式の時までにアンブロス家を徐々に蝕んで、状況をすべて我らに都合のいいように整えてから──ということだったのにぃ陛下ったら! 『……姉さんの顔が見れないのもう無理』……とか言い出しちゃって〜! もう私たちだってこれでも結構大変だったんですよぅ!」

「!」


 グレンの言葉にエリノアは目をまるくして。その目が弟を見ると、ブラッドリーは気まずそうな顔でそっぽを向いている。グレンは腹を抱えて大笑いである。


「……だって、僕だって早く姉さんに会いたかったし……」


 堂々とした姿から一転。拗ねた弟の顔でそう漏らす少年を見たエリノアは…………。


「ぐっっっ⁉︎」


 途端精神に、ラブいダメージを受けた。

 胸に手を当てよろめく姉。


「そっ、で、でもっ⁉︎ ⁉︎ ⁉︎」


 駄目だ駄目だと思いつつ──この稀代のブラコン勇者は、可愛い弟の発言にきゅぅううんっとしてしまったわけで──……


 ──た、確かに私だってブラッドたちに早く会いたかったけど……っ⁉︎

 ──でも、これはありがたがっていいところ──?

 ──でもっっっ、ブラッドが可愛すぎる……!

 ──いやいや待ちなさいエリノア! ここで喜んじゃったら弟たちの策謀を肯定しちゃうことになるんじゃない⁉︎

 ──でも……まだ悪事って決まったわけじゃ……

 ──あぁあああ、でもでも本物の叔父さんたちが気になるっ!

 ──でもブラッドが死ぬほど可愛いぃいいぃっ!

 ──⁉︎ ⁉︎


「……ぁあああああっ⁉︎ 駄目だぁ! ブラッドが可愛すぎて頭がまとまらない‼︎」


 葛藤の末エリノアは。とりあえず今は可愛すぎる弟に抱きついておくことにした。

 姉にがしっと抱きつかれた時の、ブラッドリーの照れ臭そうな幸せそうな顔といったらなかった。


 ──とりあえず、アンブロス家の犠牲?の下、本日もクライノート王国の平和はきっちり保たれた。





やっと、グレンが登場?です( ´ ▽ ` )

そしてエリノアは、しばらく離れてたせいでブラコンが加速しすぎている感じもありますね…;

(指が寒さでかじかんでうまく動きません;;)


ちょっと年末でバタバタしておりますが、合間を見て更新と、あとご感想への返信もさせていただきます!いつもありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 美しき姉弟愛 [気になる点] 猫にウザ絡みされた勇者の闇落ち具合 [一言] アンブロスさんちは色々聞いてると酷いところらしいので淘汰されても仕方ないのかなぁと。 勇者と魔王姉弟の幸せが何よ…
[良い点] この姉弟は可愛いですね! [気になる点] ブレア様が、どんな気持ちで見ているのか気になります。 [一言] 最近、猫がクネクネと動いているを見ると、グレンを思い出すようになってしまいました。…
[一言] 素直に喜ぶしかないよ。エリノアちゃん。
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