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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
終章
343/365

安堵と悲鳴

 

 詰め寄った姉に弟はさらりと言った。真顔で、平然と。


「──え? アンブロス家はもう魔窟だよ? 諦めてね」


「⁉︎」


 弟の言葉に──……なっにぃ⁉︎ と、いう自身としては真剣だが……周りから見ると非常に間抜けな顔をして驚いたのはもちろんエリノアである。


『魔窟』と言われたエリノアの脳裏には──アンブロス家の屋敷内が、高笑うコーネリアグレースに愛用の金の金棒で蹂躙され、広い根城を手に入れた婦人がウキウキ箒片手に掃除をしまわっている様子が思い浮かんだ……。

 その庭では、マリーたち子猫部隊が縦横無尽に駆け回り──……追いかけられたグレンが嫌そうな顔をして、メイナード老将がそれを尻目にポカポカ日当たりのいい場所でうつらうつらと眠りこけて──……


「ハ⁉︎ 多分違う!」


 これでは魔窟というより、ちょっとしたパラダイスである。そうじゃなくって! と、エリノアは邪念を振り払った。


「そ、それって……ア、アンブロス家の人たちは……?」


 恐る恐る問うと……弟はにっこり意味深に笑い──


「そんなことより姉さん。他にもっと気になってることがあるでしょう? ──聞かなくていいの?」

「!」


 綺麗に話を逸らされて。しかし逸らされたことは分かっていても、エリノアはつい弟を追求すべき口を噤んでしまった。確かに──アンブロス家の現状もとても心配だが……エリノアには、それよりももっともっと知りたかったことがあるのだ。


「……」


 黙りこんだエリノアは、長椅子に座った自分の膝の上──緊張したように握り締めた両手の拳に一度視線を落としてから……意を決して、顔を上げた。真っ直ぐな眼差しが、弟の緑色の瞳を見る。


「リ、リード……」

「……うん」


 語尾を震わせながら尋ねてくる姉に、ブラッドリーは優しい瞳で頷く。


「リードは……どうしたの? 無事なの? 今どこに──それにメイナードさんは⁉︎」

「うん二人とも無事だよ」


 答えはあっさりと返ってきて。エリノアは思わず息を吞み、そしてしばし呆然と弟の顔を見つめてしまった。

 ブラッドリーが姉にすぐに答えを返したのは、もちろん勿体ぶるのは姉がかわいそうだと思ってのこと。彼は目を瞠った姉に、大丈夫だから落ち着いてねと言ってその腕をさすってやりながら、続ける。


「二人とも、今はもう傷も癒えて、元気にしてるよ」

「……そ……」


 それを聞いたエリノアは……詰めていた息を盛大に吐きだした。余程安堵したのか、瞳の端には涙が滲んでいる。


「あー……よ、よかったぁ……っ」


 エリノアは鼻を啜りながら笑って、脱力したように、長椅子の背もたれに身を預ける。彼らのことが、ずっと気掛かりだった。


「リード、無事だった……」


 涙ぐみながらそう口に出すと、安堵の気持ちが暖かくじんわりと胸に広がった。

 天井を仰ぎ、へにゃりと歪んだ顔で笑っいながら、何度も安堵のため息をこぼしているエリノアの頭を、ブラッドリーがよしよしと撫でている。


 ──晩餐会の会場でエリノアが絶叫を堪えられなかったあと。

 もうこれはダメそうだと判断したブレアと王太子が国王に申し出てくれて、エリノアは晩餐会会場からの退出を許された。

 国王も、子爵による突然の領地譲渡の申し出には、さすがにエリノアも驚いたことだろうと慮ってくれて。身内だけの話し合いの場を設けることを許し、晩餐会の主役であるハリエットも是非そうしたほうがいいと同意してくれて。エリノアたちは急ぎ離宮に戻ってきて、現在に至る。


 もちろんここにはエリノアの婚約者としてブレアも同行し、子爵を大いに睨んでいたルーシーも絶対ついていくと言い張ったのだが……。それはなんとかエリノアとブレアとで、ジヴと一緒にいるようにと説得した。

 それでもああ見えてエリノアに対してはかなり心配性の義理の姉は、とても渋っていたのだが……

 最終的にはジヴに優しく宥められ、荒ぶるお嬢様は、まるで子猫のように大人しくなっていた……。こんな時だが……エリノアはそのジヴの手腕には惚れ惚れした。そして、確信した。絶対に、ルーシーの旦那様はジヴしかいない。絶対に、逃してはなるものか……! と……義理の姉のパートナー獲得に燃えはじめたエリノアが、何故かジヴに執着めいた熱視線を送る事態となり……。そのあまりの熱意は、ブレアとブラッドリーが少々戸惑うくらいだった……。


 まあ、そんな一幕はまたいずれ詳しく語るとして……。

 現在この離宮の居間の中には、エリノアとブラッドリー、そして怪しい子爵と聖剣とヴォルフガングが顔を揃えていた。

 共に離宮へ来たブレアは、ひとまずは久方振りの姉弟の再会を邪魔せぬようにと遠慮をした形だが……その実、どうやら子爵を怪しみエリノアを心配しているらしいハリエットが、離宮に密偵を送りこもうとしているらしく……魔王の正体がバレぬためにも、ブレアはその対処に追われた……。


 さて、まあとりあえず。

 リードとメイナードが無事と聞いたエリノアはとてつもなくホッとした。

 よろよろと背もたれに預けていた身体を立て直し、弟に問う。


「……じゃあ……とにかくみんな無事ってことなのね……? コーネリアさんも、マリーちゃんたちも?」

「もちろん」


 それを聞いたエリノアは──今度は視線を移し、自分たちが座る長椅子の後ろにニンマリ顔で立っている子爵を見た。──どうやらあの時結構な怪我をしていた彼、グレンも大丈夫なようだと改めて確認し、安堵する。……まあ……あんなにくるくる踊り狂っていた姿を見れば……彼が無事であることは分かったが……。


(……よかった、本当に……)


 エリノアは、ここでやっと、心の底から安堵した。

 ……隣でいつまでも中年姿で腰をふりふりしている魔物を見てしまうとなんとも微妙な気持ちではあったが──これでやっと、エリノアは胸のつかえが取れた気がした。

 エリノアは、長椅子の上に座り直し、弟の手を取った。


「じゃあ……つまり今はみんな、その……アンブロス家にいるって、こと……? リードも……?」


 尋ねると弟はうんと素直に頷いて。ブラッドリーは、密やかにため息を吐く。


「僕らが王都(ここ)を去ったあと、他の者たちの怪我は早々に治ったんだけど……あの時リードは死の淵に立っていたから……彼の治療のためにも僕らは早く新しい拠点を得る必要があったんだ」

「……そう、だったの……」


 エリノアは弟の言葉に頷いた、が──しかしとはいえ、何故よりによって、それがアンブロス家なのだろうと疑問に思ったが──彼女がそれを尋ねる前に、ブラッドリーが暗い顔で俯いてしまう。


「ブラッド……?」


 どうしたのとエリノアがその背に手を乗せる、と、少年は申し訳なさそうな重い口調で続ける。


「……でも僕が我を忘れてメイナードから力を奪っていたから……彼にはかなり無理をさせちゃって。そんな瀬戸際ではメイナードも、とにかくリードの命をつなぎとめておくためにって、自分の中にリードを取りこんでリードの身体の修復を──……」

「──え? え? それって……大丈夫なの?」


 少し気落ちした様子で説明するブラッドリーの言葉に、エリノアは不安を覚えてうろたえる。と……覗きこんだ弟の顔は、少し困ったような表情をして。その視線がすよっと泳いで姉から逃げていく。


「──え……ブ、ブラッド……?」


 弟の反応に、エリノアは困惑し表情を曇らせた、が……。

 ブラッドリーは慎重な様子で俯いていた身体を起こし、ポリッと自分の頬を指で掻いた。ええと……と、曖昧な言葉を漏らす弟の視線は彼女から逸らされたままである。


「うーん……えっと、まあ……そのつまり……。リードは無事なんだけど……ちょっと──…………人間じゃ、なくなっちゃった、かな……?」


 えへ、と、言いづらそうな言葉を聞かされて……。

 エリノアは──……本日、この愛する弟と再会した時と同じくらいの衝撃を、再びその身に受けた。

 弟を見つめていた目がギョッと点になる。ブラッドリーは……気まずそうな顔をしていた。


「……………っえっっっ⁉︎⁉︎」


 姉の口からは、本日最大級の叫びが飛び出して。驚きのあまり長椅子から転がり落ち、必死の形相で弟につかまりながら──エリノアは再び大声で叫んだ。


「リ、リードが──に──……人間じゃなくなっちゃった……て⁉︎ ど──……どどどどど⁉︎ どう言うことっっっ⁉︎」


 








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事情により、チェックは後ほど。

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― 新着の感想 ―
[良い点] みんなの無事 [気になる点] リードが魔物化Σ(゜д゜ ) [一言] もうジヴ様がルーシー原発の制御棒にしか見えなくなってきました...
[一言] これはリード君不幸と同情すべきところだろうか。
[一言] え、リード人間止めちゃったの??? どんな化学反応が起きてるか……w
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