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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
終章
341/365

怯える勇者と魔王の謀

 

 ……正直、この時のエリノアはまだあまり頭が働いていなかった。


「…………」


 なんだかとても、頭の中がぐるぐるしていた。喜びと……驚きと……そして、ムカつきと……。

 当然である。可哀想に……ちょっといろいろ唐突に精神負荷がかかりすぎている。


 その大きな原因たる男──推定グレン──の、行動に。突発的にイラッときすぎて……思わず颯爽と席に戻ってしまったが……椅子に戻ってみると、目の前に広がるのは絢爛豪華な食卓と、そして高貴な人々の顔。エリノアは改めてハッとした。そういえば……今は晩餐会の最中。ブレアに後押しされたとはいえ……こんな状況で自分は弟に縋ってわんわん泣いてしまったのか。エリノアの涙で濡れた顔に、今度は冷や汗が滲む。


(…………しまった……私ったらちょっと……さすがに我を忘れすぎ……国王陛下の御前で……)


 うろたえた娘の目は、慌てたように周囲の人々を見る。

 弟に再会できたのが死ぬほど嬉しかったとはいえ……後のことも考えず、こんな大事な場面で大泣きしてしまうとは……。せめてもっと……乙女然として、ほろほろと泣き崩れる……くらいに収めておくべきだった……──と、後悔してもすでに遅い。盛大に泣きべそをかいて、鼻水すら出ていたような気がして──そんな己を思い出したエリノアは……チーン……と、深く消沈した。

 あんな有様では──きっと周りの人々をとても困惑させてしまっただろう……。

 それにブレアやルーシーにはとても心配をかけてしまったはず。……もしかしたら、国王夫妻らには、なんて騒々しい娘なのだとがっかりされたかもしれない。こんな娘が、勇者であり自分たちの王子の婚約者なのかと……。


(ぅう……騒々しいのは真実だから、これから一生懸命頑張って汚名返上して行くにしても……っでも! 現れた“叔父”が! 何故かアレよ!)


 なんでなの⁉︎ と、エリノアは、ぴぃっ! と、心の中で嘆く。

 その猫とだって再会は嬉しいが……その羽目を外した偽叔父姿はなんなんだ。そしてなんで今なんだ。と、エリノアは今度はなんだか怖くなる。もしかして、彼らは何かを企んで王宮(ここ)に現れたのか。だって再会だけならば、離宮を尋ねて来てくれればいいではないか。わざわざこの晩餐会中というところが、いかにも何かの陰謀がありそうで……。

 エリノアの脳裏に、魔王然とした微笑みを浮かべる弟と、その周りに侍る凶悪な顔の魔王軍──というか悪魔的でしかない黒猫軍団の面々を思い出し──……


(…………こ──怖い…………)


 ……げっそりである。

 何故なんだとエリノア。ようやく再会できたというのに──何故もこう初っ端からこんなに不穏な事態となっているのだろう……。

 エリノアはとにかくハラハラハラハラして。とりあえずあの小悪魔顔でウキウキした偽叔父が、国王たちの不興を買うのではないかと心配心配で……。


(──え? まさか……それが目的なの? わざとアンブロス家の評判を落とそうと……?)


 だからあんなふざけた配役なのだろうか……と、エリノアは戦々恐々とした、が……。


 しかし。

 国王たちのニコ・アンブロスに対する実際の反応は、エリノアの心配とは少し違っているようだった。

 国王夫妻や素直な気性の王太子、ジヴなどは、まだアンブロス家の余興に感動した余韻が残っているらしく、ノリノリのニコ・アンブロス(偽物)にも朗らかに歓迎の意を見せてくれる。盛大に賛辞を贈られた叔父(偽)は、満更でもないらしく、鼻高々と鬱陶しいポーズを決めている……。

 エリノアは、国王らの寛大さを目の当たりにして、本当に涙が出るほどに感動した。もしかしたら、自分の身内ということで、かなり贔屓目に見てくれているのかもしれない。そう思うと、余計に王家の人々が愛しく思えて……エリノアはとてもほっとし──……かけた、の、だ、が──……。


「⁉︎」


 ()()を見て、彼女は思わず「ひっ」と小さな叫び声を上げてしまった……。


 国王夫妻に余興の美しさを褒め称えられているニコ・アンブロス(偽物)。その戯けてくるくる回る小太りな男の姿を……静かに睨んでいる者が二人あった……。

 片方は、賢姫ハリエット。おっとりしとやかに見えて鋭い同盟国王女は、やはり子爵にも何かよからぬ気配を感じているのか……長いまつ毛に彩られた美しい瞳を冷たく細め、警戒したような、観察するような眼差しで彼を刺している。

 そしてもう一方のヤンキー令嬢ルーシーも……子爵を冷徹な目で睨んでいた。……ただし、ある程度ブラッドリーたちの事情を知るルーシーの場合は、警戒というよりも、ニコ・アンブロスをなんてうざい男だと思っているような顔だった……。


(ひ、ひぇええええっ⁉︎)


 エリノアは慄いた。特に、いつも優しいハリエットの表情が彼女を動揺させる。さすがグレンである。あのたおやかなハリエットにあそこまで不審がられるとは……いや、ここはさすがハリエット王女と言うべきか……バッチリ不審者を見抜いているあたり、素晴らしい洞察力である。

 王女に対する畏敬の念が一層深まるエリノア。しかし、焦った。どうしよう、自分の身内(絶対偽物だが……魔王軍としてもグレンは身内)が、愛しの王女様をものすごく不快にさせている……!

 彼女が大好きなエリノアにとっては、これは由々しき事態だった。この晩餐会は彼女のためのものである。その場で飄々と人を食ったような顔で調子に乗っている己の叔父(偽)……。


(ぁああああああ⁉︎ グ、グレンのあほーっ‼︎‼︎)


 エリノアは真っ青になって嘆く。これは絶対になんとかしなければならない案件だ。

 

(いったい何を企んで……⁉︎ と、とにかくなんとかあの黒猫……いや叔父を外へ──え? それよりもハリエット様たちに謝るのが先⁉︎ え、ちょ、あ、あわっ)


 困惑したエリノアは焦ってしまい、うまい対処法が全然思い浮かばない。が、とりあえず奴をふん捕まえようと、椅子を立とうとした。

 ……と、その時。エリノアがグッと身体に力を入れたのとほぼ同じタイミングで、エリノアの肩に、ぽんっと誰かの手が乗った。


「──ぁ……」


 ──ブレアだった。


「ブ、ブレア様……」

「……落ち着けエリノア」


 状況を見定めるために、ずっと彼女の後ろで成り行きを見守っていたブレアは。ひとまず現れた魔王らが、この場に危険を及ぼす可能性は低そうだと見ると。目の前で、今にも円卓を立ち、慌てふためいた勢いものそのままに。足をもつれさせ、国王夫妻や来賓の前で盛大に絨毯の上にすっ転んでしまう──……ということを本気でやってしまいそうな己の婚約者へ、穏やかに声をかけた。

 その肩を労るように撫で、それから彼は、彼女が気にしているらしい二人の女性たちへ視線を送り、大丈夫だと言うように頷く。


「……案ずるな。王女とタガート嬢は、私が宥めておく」


 彼はそう言って、彼女たちに挟まれた自分の席へ戻っていった。去り際に、彼の大きな手がエリノアの頬をそっと撫でていって……その優しい感触と、彼の頼もしい表情を見たエリノアはとてもほっとして──思わず瞳を潤ませる。


(ぅ……ブレア様、愛しい……ありがとうございます! そして誠に申し訳ありません!)


 王女はともかくとして……己の義理姉猛獣令嬢の宥め役を買って出てくれた彼には感謝しかない。御令嬢にはあまり堪え性を期待できないからして……ここで偽叔父と彼女とがいがみ合いでもはじめたら……ゾッとする恐ろしい事態である……。その姉だって、そんなことになってしまったら、彼女の愛しのジヴ様に悪印象を残してしまうかもしれないではないか。


(うぅ……感謝いたしますブレア様っ! ならばわたくしめはせめて……叔父(偽)のほうを確実になんとかいたし(仕留め)ます!)


 心の中で愛しの王子をそう崇めてから──エリノアは、改めて、ニコ・アンブロスをギッとギョロ目で睨む。

 まったくあの猫ときたら、相変わらずいい度胸である。


(絶対あとで、ブラッドリー共々みっちり叱ってやる!)


 目の端にちみっと涙を覗かせながら……エリノアはそう固く決意した。


 ──そんな気迫満ち満ちたエリノアを……ひと席挟んだ向こう側、姉に座らされた円卓の席で。彼女の弟魔王は、穏やかに眺めていた。

 その口の端は密やかに持ち上がり、目元は優しく微笑んでいる。彼は静かに、先ほどブレアを見つめていた姉の表情を脳裏に思い浮かべ──そこにありありと現れていた強い信頼の眼差しと、そして彼女に同じものを返す男の瞳に思いを馳せて……ため息をつく。

 落胆のため息ではなかった。あの光景は、ブラッドリー自身でも意外なほどに、彼に満ち足りたものを感じさせたのだ。


(……よかった……)


 どうやら彼が思っていたよりも、あのブレアという無愛想そうな王子はエリノアに冷淡ではなさそうだ。

 彼に向かって剣を放った時も、あの男はその後ろにいる者たちを守ろうと、一歩たりとも引かなかった。あの一瞬で、その判断ができることは見事としか言いようがない。

 熱烈さはないが、しっかりと揺るぎないブレアの思いを見た気がして。彼としても、ほっとしたところが大きかった。……もちろんエリノアの弟としてはとても寂しい。本当は自分が姉を守る役目をずっと担っていきたかったし、今でもその永い間固執していた気持ちが消えたわけではない。


(…………でも、そうだな……いいや。今、姉さん幸せそうだし)


 彼の視線の先で、姉はそこで王家の者たちに歯が浮そうなおべっかを並べ立てている男を壮絶に睨んでいる。

 ブラッドリーはくすりと笑う。元気そうで何よりである。


(姉さん……心から頼りにできる人ができて、本当によかったね……)


 そう思ってから、ブラッドリーは自分に向けて苦笑する。なんだかそんなふうに思う自分がおかしくてたまらなかった。


(ま……でも、今は、だけど)


 人も状況も時と共に大いに変わり得る。

 当然の如く彼はこの先ずっとブレアを監視して行くつもりだし。何かあればすぐに姉を連れ去る気でいる。

 ブラッドリーは邪悪に笑う。


(そのためにも……我らの基盤もきっちり整えておかないとね……)






お読みいただきありがとうございます。

さて…何を企み、何をやってきたやら……です笑

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― 新着の感想 ―
[良い点] 邪悪に笑いつつもそれはあくまでも姉を警護できる立場を手に入れるための謀略という愛を感じさせる魔王様の笑み。 [気になる点] ルーシー嬢が暴走する前に収まりそうでよかった… [一言] ルーシ…
[一言] 企む魔王様を見てるとワクワクします。
[良い点] ブラッドリー君の腹黒さ。 [一言] グレンは、おべっか得意そうですよね。
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