聖剣と魔王軍の奇跡的で必然的な意見の一致
「……本当にあれでよかったのだろうか……」
久々に小鳥の姿となり広間の窓枠の外にとまっているヴォルフガングがつぶやいた。
その視線は、あえて広間の中でルンルンしている同胞の姿からそらされている。……どうやら、あんまり見たくないらしい。
代わりに小鳥が心配そうに見たのはエリノアと君主ブラッドリーだ。薄いガラスの向こう側で、魔王を抱きしめた勇者は泣きやんではいたが……強張ったげっそり顔が哀れなほどで……。
小鳥ガングはピヨッ! と、キレ顔で苦情を申し立てる。
「……っもうちょっと真面目にやれ馬鹿者が!」
もちろんそれは、ガラスの向こうでウキウキ中年男役を演じ、ノリノリで変に決まったポーズを披露している“彼”に対してのものである。あれは一応、“彼”にとっても魔王から与えられたお役目であるわけだが……魔将は憤慨する。
「それにしてもだっ……! もっと演じようがあるだろう!」
あれでは貴族の男というより道化である。多分あいつのことだとヴォルフガング。……おそらくあの弾けた演じようには、彼の子爵を小馬鹿にする気持ちや、彼らの魔王以外を『陛下』と呼ばなければならないことに対する皮肉が含まれていて。そしてまあこれが一番だとは思うが……そこで呆然としている、久方ぶりに会った娘を、目論見通り盛大に驚かせられたことが愉快でたまらないのだろう……
そう思うと……エリノア同様、こちらもげっそりしてしまう小鳥ガングであった……。
と、不意に彼の後ろの暗闇から声がする。
「……しかし私たちも同罪ですよ、だってこれらの魔王の企みを主人様には黙っていましたからねぇ」
「ど、同罪⁉︎ アレとか⁉︎ っく……い、嫌だぁ!」
心底嫌そうに嘆く哀れな小鳥。しかし、現れたテオティルは、そんな彼のことは放っておいて。彼と同じ窓から煌びやかな広間の中を窺う。その中で、彼の主人はブレアに付き添われながら、再会した魔王に抱きついたまま、なんとも言い難い表情をしている。
「…………」
けれども、その顔を食い入るように見ていた聖剣の顔がふっと和らいだ。
テオティルは微笑んで。優しい眼差しをエリノアに注ぐ。
「……よかった……主人様の心の中は歓喜に満ちています……」
──彼が魔物たちの企みに気がついた時、そしてそれを察した魔将に口止めをされた時。本当はどうしようかと迷ったのだ。でも……テオティルは相変わらず、『自分は物』という意識が根強く……エリノアにあれほど教えこまれたはずの“ほうれんそう”……つまり、勇者に対する報告、連絡、相談についての概念がいい感じに根付いていなかった……。(エリノア可哀想)
……そこを魔王たちにつけこまれた形である。
こうした彼らの企みがきっと主人エリノアを幸せにする! と、例のふとましい婦人に言葉巧みに説得され……。
結果、無事純真聖剣テオティルは、まんまと魔王軍にまるめこまれた。
まあそれに。彼にとっては、自分は勇者の“道具”なのだから、何よりも勇者の意思が優先され、勇者が命じなければ魔王たちの悪巧み? も、自ら捌くことはない。勇者エリノアは、弟魔王との再会をひたすら望んでいたし、それならばそれを叶えようとする魔王たちを止める必要はないし……その再会方法について勇者が知った時、主人が彼らをどうするか決めるまでは、自分は黙しているべき──と……まあ……このトンチンカンな聖剣は。そう、チーンッと答えを弾き出したらしかった……。
「…………頼んでおいてなんだが……お前それは、勇者の剣としてどうなんだ?」
渋い顔のヴォルフガング。
だが、テオティルはどうでもよさそうだった。
「ふふふ、よいのです。だって主人様は今、大いなる喜びに包まれています。それがすべてです」
慈愛深い顔でニコニコするテオティル。──に、ヴォルフガングは思った。……平和なことだなと……。
勇者の剣たる聖剣の意思が、まるっきり魔王と一致してしまっている……。すなわち……勇者エリノアを幸せにするという目的が。
しかし……と小鳥な魔将の表情は晴れない。彼の瞳はガラスの向こうのエリノアを不安げに見る。
「…………本当に、あれは……幸せそう……? なのか……?」
……大いに疑問の残るところである。
そんな外野の一幕があったとも今は知らず……。
広間の中でエリノアは、思わず泣くのを忘れてその広間に入ってきた男、ぽっちゃりな叔父(おそらく偽物)に、見入ってしまっていた……。──ジト目で。(……つまり、この顔を見た魔将が大いに不安に思った。)
と、その弾けた調子の子爵、エリノアの叔父、 ニコ・アンブロスを名乗る男が、キャハッとエリノアを見る。
「おっやぁ? 我が姪っ子殿は、国王陛下の御前でそぉんなに泣きべそかいて、いったいどうしたのかなぁ? ああ! なるほどぉ、この叔父上様と再会できたのが、そぉんなに嬉しかったのですか♡」
「…………………」
……わざとらしい。わざとらしすぎる。そして何より、ルンルンしすぎの男はとてもとても胡散臭かった……。
濃い藍色の礼装にリボンタイ。その上でニンマリ顔している顔は、全くの別人のものであるにも関わらず……エリノアの目にはもう、どう見てもそれがグレンにしか見えなかった……。小太りな身体をルンルン揺すってお尻をフリフリしている姿を見て──……
「………………うっ……」
「ね、姉さん⁉︎」
「エ、エリノア⁉︎」
途端に胃が猛烈に痛くなって。思わず弟を抱きしめていた手を離し、片腹を手で押さえながら身を折ると、すぐにブラッドリーとブレアが心配そうに顔を見てくれる、が……今のエリノアには、げっそりしながら大丈夫だと言うのが精一杯だった……。
偽のニコ・アンブロスは、そんなエリノアにバッチコーン! と小悪魔ウィンクをして(「……」※エリノア)、それから国王夫妻の前まで進み寄り、彼らに過剰な恭しさで挨拶をし。他の来賓たちにも大いに愛想を振りまいてから……やっとエリノアとブラッドリー、そして彼女たちに寄り添うブレアの傍にやってきた。そんなニコ・アンブロスの様子を、ブラッドリーは、姉の様子を見て流石にやりすぎだと思ったのか……軽い横目で睨んではいたが──彼の行動自体をやめさせる気はなさそうだった……。
さて、そうしてエリノアたちの傍にやって来た男は、自分を能面のような顔で見上げているエリノアの眉間をぷくぷくした指でドスドスとつつく。傍にいるブレアがとてもムッとしたが──もちろんお構いなしである。
「久しぶりですねエリノア♪ ほらほらぁ♡ この愛しいお前の叔父に会えて嬉しすぎて腰砕けは分かりましたからぁ、早く立って椅子に座り直しなさい姪っ子よ♪ いつまでもそうしていては皆様に失礼でしょう? それともこの叔父が自ら抱っこして椅子に座らせてあげましょうか♪」
──と、愉快そうに言われた瞬間──……。
「え? 姉さん?」
「エリノア?」
「………………」
エリノアは、ブラッドリーの手を取り、すっくと床から立ち上がった。そして弟を円卓の椅子に連れていって着席させて。戸惑う彼の頭をぐいぐいと撫でてから──極めて迅速に颯爽と──己の席に戻った。
その……つい数十秒前までは床の上でしくしく泣きじゃくっていた娘の……あまりに素早い行動と、スーンとした表情に──
周囲は驚き、推定グレンは「にゃはん♪」とニヤけ、ブレアはなんとも言えない表情で、その“ニコ・アンブロス”を見ているのだった……。
お読みいただきありがとうございます。
皆に幸せを願われているエリノアですが……胃の平安は誰も与えてくれそうにありませんね笑
いつもご感想、誤字報告ありがとうございます!
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