表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
34/365

4 ブレアとお供の娘


 昨日は結局──頼まれた繕い物は就業時間中には仕上がらなかった。


 そして新しい職場の二日目。

 自宅持ち帰りで繕ってきた山のような訓練着を持って王宮へ出勤すると、先輩侍女たちはそんなエリノアを生暖かい目で見た。

 多分──意味するところは、


『ああ、昨日はいいように使われたのね……要領の悪い子』

『運がないのねぇ……』


 と、いったところであろうか……

 しかし新人に薄い同情の眼差しを寄せておきながらも、彼女たちは容赦がない。

 エリノアとしては、上級侍女になったのだから、折角ならば、王族の方々の煌びやかな身支度や、優雅なティータイムの準備などを手伝わせてもらいたいと思っていた。

 品よく振る舞い、特別な人々の身の回りの世話を任されているのだと言う誇りを胸に、精一杯忠義を尽くしていきたかった。

 昨日の激務を経て、今日こそは、と、思った。……のだが──……


 先輩侍女はにっこり笑って言った。

 預かりものがあるなら返却しなきゃねぇ。それに昨日と同じ仕事の方が覚えやすいでしょう? とも。


 その言葉の意味するところを察して、エリノアは思った。世は無情だ。が……全くもってその通りだ、と。


 そうして結局エリノアは、昨日のことをげっそりと思い出しながらも、本日もまたブレアの鍛錬の供を担当することになったのだった。


(……今日もあの熊みたいな連中と戦うのか……)


 ──察するに、とエリノア。先輩侍女らはブレアの鍛錬場にはついて行きたくないのであろう。

 ブレアが休んでいる時間や、黙々と勤しむ職務の時間に比べると、緊張感漂う訓練中はどうしてもピリピリとした雰囲気が漂いがちで。おまけに場合によってはブレアの元に群がって来る配下たちの世話までも(むしろこっちメイン)を、なし崩しにさせられるとあっては、彼女たちが嫌厭する気持ちも分からないでもない。


(……ああ今日も、仕事上がりにグレンから『姉上、いい逆ハーレムでしたねぇ』とかにやにや嫌味を言われる様が目に浮かぶ……)


 ……仕事をする前からどっと疲れた。

 しかし、もちろん新人のエリノアに、仕事を選ぶ権利などなかった。


 

 ※※※



「……」


 訓練用の剣を手にしたブレアは、大きなカゴを抱えて自分に付いて来るその侍女を無言で見た。

 娘の抱えた木の蔓で編まれたカゴの中には、稽古用に兵に支給される服が幾重にも折り重なって入れられている。視界を覆う程の大きさのカゴのせいで、娘は前が見にくそうに歩き、足元が何とも覚束ない。ブレアは顔にこそ出なかったが、内心ではやれやれと思っていた。

 その稽古着が、己の配下たちによって、ある意味作為的に娘に押し付けられたことをブレアも分かっている。騎士のオリバーは、決して悪い男ではないが、ブレアのためなら手段を選ばないところがあった。

 昨日も娘にはあまり負担を掛けないようにと言っておいた筈が……そのカゴに詰め込まれた稽古着の数を見てブレアは呆れ果てた。明らかに、昨日鍛錬に参加した兵の人数分よりも多いのである。

 恐らくあの一見親切そうな顔をした騎士が、新人娘の人となりを見る為とか何とか言って、どこからかかき集めて来たのだろう。あれではきっと、娘は昨日の職務中にも他の仕事など出来なかったに違いなかった。

 そういえば、朝の鍛錬以降、娘の姿を見なかったことに思い当たり、ブレアは頭痛を覚えた。


(……オリバーめ……)


 稽古中はブレアも集中していて、どうしても、稽古に参加している訳ではない侍女の動向にまでは目が行き届かない。

 おまけに周囲には共に鍛錬したいと詰め掛けてくる配下が大勢いて、彼らに稽古をつけているともなると尚更だった。


「…………」


 己が廊下を進むたびに、大カゴと共に黒いワンピースから伸びる足がよろめくのを見ると……流石のブレアも娘に手を貸したい心持ちになった。が……


 既にそこが己の居住区から出ていることを思い出して、彼はそれを思い止まる。

 鍛錬場に向かう廊下は、他の王子たちの居住区にも近いとあって、使用人たちの往来も多い。

 彼らは皆、難しい顔で剣を手にした第二王子の後ろを、大きなカゴ(を抱えた娘)がヨロヨロついて行くさまを見ては……ぎょっとして、恐々と足早に通り過ぎて行く。

 もしこんな人目につきやすい場所で、ブレアが娘の荷物を取り上げては、娘は王族に己の荷を持たせる不忠者とされてしまうし、娘本人も気に病むに違いなかった。

 ブレアは侍従の一人でも連れて来ればよかったと少し後悔する。普段は鍛錬場につけば、配下たちが進んで雑務を請け負ってくれるので、すっかり失念していたのだ。

 しかしその鍛錬場も、もうすぐそこだ。

 気の毒にも思ったが、ひとまず娘が倒れでもしない限りは、ブレアは手出しを控える事にした。


 ブレアはもう一度配下達に釘を刺しておかなければと鍛錬場の方を軽く睨む。

 恐らく、このオリバーたちによる新人を試すような行動は、もうしばらくの間続くだろう。それもこれも、全てはブレアの“王子”と言う立場がゆえで、彼らが必要性を訴える気持ちも分からぬではない。

 しかし、何とも面倒だ、とブレア。身分や立場というものは、時になかなか取り扱いが難しい。──思わず、苦々しいため息が出た。


 と──……

 その──普段、あまり感情を現さない主人の盛大なため息に──虚を突かれた者がいた。


 ブレアの後ろをついて来ていた娘は、王子の思いがけない嘆息によほど驚いたのか、びくりと身体を跳ねさせた。そもそも、王子の背後を重い荷物持参でついて歩かなければならない状況自体が彼女を緊張させていたのだろう。

 強張らせていた身体をビクつかせた娘は、間の悪いことに──足がちょうど廊下の床を覆う絨毯の端に差し掛かるところで……

 視界をカゴにふさがれていた彼女は、その切れ目に気がつかず。足を取られ、思い切り──……


 つんのめった。


「ぉ、わっ!?」

「……」


 するとブレアの背後でカゴが大きく傾いて。ブレアは、己に向かって倒れてくるその気配を感じた。

 腕から弾かれたように飛んで行こうとするカゴを見た瞬間、エリノアが死にそうな顔をした。その先に、自分の新しい王家に連なる主人が居ることだけは、前が見えなくとも分かっていて……

 その一瞬で、走馬灯のように浮かんだのは、これまでの幸せな記憶──とかではなく。これまでに王宮で仕出かした様々な失態、仕損じ、しくじりの数々……


 嗚呼、とエリノアは思った。どうして私はこうなのだ。一生懸命やっているつもりなのに、どうしてこう、間抜けと縁が切れぬのか……

 エリノアの走馬灯には、鬼のように激怒した侍女頭様の怒号と、どこからか見ているだろう監視役グレンの遠慮のない嘲笑が響き渡っていた──……


 ……──が。


 この時エリノアが想像したような惨事(珍事)──

 ブレアの身体にカゴを激突させ、使い古された稽古着が美しい金髪の上に降り注いだうえに……己の石頭が冷ややかな顔の主に突っ込んで行く──……


 などという事態は、現実には起こらなかった。


 そうなる直前──


「……」


 傾いてくるカゴを目の端に捉えたブレアは、冷静な顔のまま握っていた剣を利き手から放ると、その手で、カゴ諸共エリノアを受け止めていた。


「む、わっ!?」


 カゴに抱きつく形で傾いていた娘の身体は、彼の手によって一呼吸の間に元通りに押し戻されていて。緑色の瞳を丸くした娘は、そのほんの一瞬の出来事に立ち尽くした。


「え……あれ……?」


 視界を覆うカゴのせいで、青年の素早い手さばきを目撃できなかったエリノアは激しく瞬いている。

 ふと──その驚きと戸惑いを混ぜたような表情が、カゴの横から主を覗いた。そのぽかんとした顔を見た瞬間、ブレアは不思議な既視感に襲われる。


「……な、んだ……?」


 ブレアが小さく呟いた。

 唖然としている娘の丸い瞳や開いた口を見ていると、奇妙な気分だった。

 驚愕、呆れ、喜びと落胆、後ろめたさと羞恥、そして愉快さと不信感といった……様々な感情がない交ぜになって胸に鮮やかに浮かぶ。頭の中のどこかにはみ出した記憶のひだを掴み損ねたような、そんな気持ちの悪さがあった。

 と、同時に──脳裏を何か閃くものが過ぎって行く。それは銀の白刃の輝きのようだったが──輝きは閃くと、そのまま奇妙な感情と共に、ブレアの中に溶けるようにして消えていった……


「……?」


 一瞬感じたものが何か分からず、ブレアは戸惑いを覚え、己の胸を押さえた。

──しかし、いくら探ろうとも、もう自分の中にその感情を見つけることは叶わなかった。


「……」


 気のせいだったのだろうか。

 たかだかほんの数秒前に感じた感覚を思い出すことが出来ず、不思議な感覚にブレアは首を捻る。


 だが、彼はすぐに己が鍛錬場に向かう最中であったことを思い出す。

 ブレアは振り払うように頭を振ると、灰褐色の瞳でカゴの向こうの娘の様子を一瞥した。どうやら的確に体勢を立て直させることは出来ていたようで、特に身体を痛めたような様子などはなかった。


 ブレアは無言で身を屈めると、足元に落ちた数枚の稽古着を拾い上げ娘のカゴの中に放った。それから己の剣を拾うと、そのまま何事もなかったかのように機敏な足取りで廊下を先へ進んで行く。

 しかし背後では、王族にカゴと衣類をぶちまけそうになった新人侍女が、未だ自らが起こしそうになった失態の顛末に身を硬直させたままだ。

 付いて来ない供の娘に、ブレアは数歩先で仕方なしに足を止め、振り返る。


「……置いて行くぞ」


 短く言うと、娘が弾かれたように飛び上がった。


「はっ!! も、申し訳ありません! ブレア様!」


 彼女はカゴを抱えなおすと、ブレアの後を、転がるように追いかけて来た。

 懸命な顔は真っ赤で、ふっくら丸い額には汗が浮かんでいた。

 それを見たブレアは、ごく僅かに己の口の端が持ち上がるのを感じた。

 ……常に表情が固まったように動かぬ自分と比べ、なんとまあ表情も動きも活発な娘だろうかと思っていた。



お読み頂き有難うございます。


…王子に持ってもらってもいいかなぁと思いましたが、今回は自分で頑張る方向で。

熊は次でしたね(^_^;)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] このオリバーとかいう勘違いしたゴミのさばらせてる駄目王子マジで不愉快なんだが 試しとか言って嫌がらせしかしないならそもそも侍女要求すんなって話だよね 信用できる騎士共で永遠に馴れ合ってろクズ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ