エリノアとシスコンの才能もありそうな王太子
反射的に土下座しようとして止められたエリノアは──そこでやっと、現れたまばゆい美貌の主が、ブレアの兄、王太子リステアードであることに気がついた。即座に直立不動。ブレアに強張った身体を支えられながら、エリノアはぎこちない動きでなんとか頭を垂れる。
「こここここ……! ごごごごごごご⁉︎」(※こんばんは、お身体のご加減はいかがですか? と言いたかった……)
「エリノア……落ち着いて……」
ブレアは宥めてくれるが、口から出てきたのは、およそ人間のものとは思えない声だけだった。
王太子リステアード──彼は、彼女が熱愛するハリエットの婚約者であり、なんと言っても、愛するブレアがとてもとても大切にしている実兄。
姉弟愛を尊び生きてきたエリノアにとっては、他人の兄弟愛とて同じく尊い。
彼が高貴な人という以前に、ブレアの兄という立場の彼は、エリノアの中ではブレアと同じくらい大切な存在なのだ。好感を持ってもらいたい思いは並々ならぬものだった。
けれどもあの騒動後、エリノアが彼に再会できたのは実はこれがやっと二度目。
一度目の時は、女神教会の式典の時にチラリと姿を見ただけなので、実質これが初のようなものだった。……というのも。
ここのところ、王太子はずっと体調が思わしくなかった。
それは隣国で囚われている間、長い時間薬で眠らされた影響で。あの脱出直前にテオティルが、彼の潰された喉や薬で朦朧としていた意識は回復させたのだが……やはり王太子が心身に受けたストレスは甚大で、それが体調面にもおよんでしまっていたらしかった。
それでも最近は徐々に回復してきていて、もうすぐエリノアも面会が可能になるとブレアに聞いて喜んでいたのだが……
まさか……その王太子が、こんなに元気な様子で自分の前に飛び出てくるとは思っていなかったエリノアの戸惑いは強かった。さまざまな思いが脳裏を騒々しく駆け巡る。
「(お、王太子殿下に、ちゃんとご挨拶しなくちゃ……! お加減は大丈夫なの……⁉︎ よかった! ハリエット様と無事に元気なお姿で再会なさったのね! あ、あと式典の時のお礼も……!)あ、わ……」
すっかり慌ててしまったものの……ともあれまずは挨拶だと思ったらしく。エリノアは慌てた様子でお辞儀。ソルや侍女頭たちのスパルタ教育のおかげで身体は動いたが……口は最初の失敗(※『こここここ……!』)があるせいか、なかなか言葉がでなかった。
それでも錆びついた機械のような動きで王太子に膝折礼を捧げ、なんとか「ご挨拶申し上げます、王太子殿下……」と声を出すと。隣にいたブレアがホッとした様子で微笑み、目の前の王太子は嬉しそうに朗らかに笑った。リステアードはうんうんと頷く。
「こんばんは──ええ、私はもう大丈夫。気にかけてくれて嬉しいよ」
さすがは王太子。表情の読みにくい弟王子(※ブレア)を持つせいか、どうやら先程のエリノアの『こここここ……』『ごごごご……』というまるでニワトリか地割れのような難解な言葉にも、しっかりその意味を汲み取ってくれていたらしい。
エリノアは優しい王太子の笑顔にホッとして、少しだけ肩から力を抜く。
が……安堵も束の間。
今度こそ王太子としっかり落ち着いて会話を──と、思った矢先。唐突に、笑顔を浮かべた王太子が、エリノアの手をしっかと握り取る。両手を包みこまれるようにして持ち上げられた娘がギョッと目を剥いている。
「⁉︎ ヒィ⁉︎」
「!」
思わず悲鳴を上げたエリノアに、ブレアも「突然何を?」という怪訝そうな顔で兄を見て。が、そんなブレアが止める間もなく、二人の驚きもものともせずに。王太子はまばゆい笑顔を全開で言った。
「嬉しいな! やっと君と話ができる! あ、もう義理の妹になるのだし、名前で呼ばせてくれる? ね、エリノア、私は君にすごく会いたかったんだよ!」
「⁉︎ ⁉︎ あ、わ……」
本当はもう愛称で呼びたいくらいだけど、まだ我慢するよ! と──……ぐいぐいくる王太子にエリノアが困惑の極み。だが──王太子がここまで喜びを溢れさせているのにも訳があった。
彼、リステアードは、隣国で騎士たちに発見される直前。自分のことを不思議に癒していった存在がなんだったのかをずっと疑問に思っていた。
その疑問が晴れたのはつい数日前のこと。
ある日彼が寝室で横たわっていると、突然枕元に男が現れた。
その者は、長い銀の髪に橙色の瞳という艶やかな容姿の者で──それが、数日前の式典で見かけた、勇者エリノアの後ろにいた者──聖剣の化身だということに彼はすぐに気がついた。
だがそんな神聖な存在がいきなり自分の元へやってきた意味が分からない。しかも現れたのは聖剣だけ。勇者も伴わない聖剣の一人歩きの場としては、王太子の寝室はあまりにも不適切。いったいどうしたことかとリステアードは戸惑ったのだが……。
けれどもそんな彼の戸惑いにも気がついているのかいないのか……(※多分気がついてもやった)無垢な顔をした聖剣は言ったのだ。
『身体はよくなりましたか? リステアード』と。
そこで初めて彼の声を耳にした王太子はびっくりした。その声は、あの時、隣国の城の監禁場所で聞いた、あの不思議な声そのものだった。
そして聖剣は唖然とする彼の額を、相変わらず子供を宥めるような仕草で再びよしよしと撫でていった。彼は残念そうに首を振って。
『今はエリノア様の気持ちが(ソルと戦っていて)トゲトゲしているから十分じゃないけれど、少し癒しておくからね』と言って。
直後リステアードが己の額に暖かさを感じた瞬間に、聖剣はまた現れた時と同じように唐突に消えてしまったのだった……。
それはあまりにも急で、思いがけない出来事だった。彼はしばし呆然としてしまって……。
(──あの時のお方は、聖剣様だったのか…………)
しかしそう考えれば、あの時の彼の『私たちの勇者が来てくれる』という言葉も合点がいって。その他の疑問にも納得がいく気がした。
彼は、騎士たちに自分たちの救出時のことを聞いて色々と不思議に思うことがあったのだ。
牢に囚われていた騎士らが、その時はまだ昏睡状態だったはずの自分の姿を見かけたという話。閉まっていたはずの牢の扉が、体当たりであっけなく開いたという話。それに、その牢から彼が囚われていた場所までに、プラテリアの兵が一人もいなかったということと、脱出中いきなり上から降ってきた陽動部隊たちのこともある。
──つまりそれらにもきっと、聖剣とその主人と聖獣の手助けがあったのだ。
(──そうだったのか……)
そう察し、深く感銘を受けた王太子が──……
国を救った英雄であり、可愛い弟の婚約者である娘が、自分の命の恩人であるとも知った彼が──……この先たっぷりエリノアを可愛がろうと固く決心していても、なんら不思議な話ではなかった。
それゆえに。
聖剣の手助けもあってやっと身体が回復し、エリノアにまみえた王太子の陽の気は全開。まばゆい笑顔で、このいずれ義理の妹になるだろう娘に、彼は容赦のない溺愛光線を向けている。そのあまりにも汚れなき輝きを直視したエリノアが呻く。
「ぅ……っ!」
「本当にありがとうエリノア! 大好きだよ! これからはブレア共々ずっと大切にするからね!」
「⁉︎」
──ここにきて。とてつもなく甘やかし気質の強そうな義理兄を手に入れてしまったエリノアは──……恐れ多さのあまり、どうしていいのかさっぱり分からぬ様子だった……。
「…………」
はしゃいでいる兄を見て、ブレアが唖然としていると……ハリエットがクスクス笑う。
「あらまあ殿下ったらすっかり舞い上がっていらっしゃるわね」
お読みいただきありがとうございます。
…まあこうなりますよ笑
電子書籍版、コミカライズ版もよろしくお願いいたします!(o^^o)イラストが可愛いですよ!




