しみじみハリエットと、熱烈な歓迎
すっかり辺りも暗くなった頃。晩餐会の参加者たちは、まずは王宮の応接間に集まっていた。通例として、招待客のうちの実際の参加者を見て、王妃が晩餐の席順を決めるまでここで待機するわけだが……今回は身内ばかりの席で人数も少なく、開会までにはそう時間はかからないものと思われた。
ブレアとエリノアが応接間にやってくると、応接間の奥の窓の側にはすでに先に入ったジヴとルーシーの語らう姿があった。ルーシーはまだ緊張した面持ちではあったが、それでも少しは落ち着いてきたのか、ほんのり赤い頬を意中の紳士へ向けて楽しげにしていた。それを見たエリノアが分かりやすくしめしめという顔をしたもので──ブレアは思わず笑ってしまった。
と、そこへ可憐な声が掛かる。
「エリノアさん、ブレア様」
こちらよという朗らかな呼び声に視線を向けると。ルーシーたちがいる壁側とは反対、部屋の中央付近にあった立派な長椅子から、ドレス姿のハリエットが立ち上がるところだった。王女は笑顔で軽く手を振り、そのまま自分たちのほうへ歩いてくる。
昼間ぶりの王女は、マーメイドラインの深い青のドレスを身に纏い、白く透き通るようなデコルテをシルバーの気品高いジュエリーで飾っていた。その姿を目にした途端、エリノアの瞳がハートに変わる。
「! ハリエット様!」
一瞬ぴょんっと跳び上がったエリノアは、弾むような足取りでハリエットに向かっていった。その愉快なほどの懐き具合、裾あしらいの難しそうなドレスでも子犬のように走っていったエリノアの後ろ姿に、ブレアは──ソルや侍女頭に見つかったらきっと叱られるだろうなぁと思いつつ──微笑ましげに目元を和らげ、エリノアのあとを追った。
「ハハハハリエット様、こん、こんばんは! 今晩もすすす素敵なお召し物ですね!」
……噛みすぎである。
そんな娘を、ハリエットは「待っていたのよ」と優しく迎え、エリノアはまなじりをデレッと下げた。慣れないドレス姿に手こずりながらも、一生懸命自分に膝折礼をして見せる彼女の様子にハリエットも嬉しそうである。
「こんばんはエリノアさん。ありがとう、嬉しいわ。今宵はクライノートの皆様と久しぶりの晩餐会だからわたくしも少し頑張ってみたの。エリノアさんも素敵よ」
ハリエットは自分が見立てたドレスを着てきたエリノアに満足そうだ。身内ばかりの会ということもあって、そこまで格式張らずともいいと判断した彼女は、エリノアのドレスはできるだけ軽く動きやすいものにしておいた。これではエリノアが余計ちょこまか動いてしまいそうだが──ハリエットとしては、そうして貰いたいのである。──可愛いから。
どうにも王女は仔リスのようなエリノアがお気に入りらしく──これはのちにそんなハリエットが、エリノアの挙動に目くじらを立てるお貴族方に、たおやかに放ったお言葉だが──……。
『──お行儀? うふふ、おかしいこと──そんなもので魔王が倒せるの?』
……この笑顔の一発で、皆見事に黙りこんだらしい。……もちろんその言葉は、『うるさく言うのだったら、お行儀のいいあなたが魔王を倒してきてご覧なさい? できるならね?』という辛辣な意味合いで──要はチクチクうるさく言わずお黙り遊ばせ♡ ……と、いうことであった。……ハリエットといい、ルーシーといい、同僚侍女たちといい……知らないうちに女性たちに守られていることが多いエリノアである。
「うふふ、ドレス、よく似合っているわ」
ハリエットはニコニコしながら、視線を上げてエリノアの背後に立っているブレアを見た。その視線が、エリノアの姿についてどうかしらと感想を求めるものだと察したブレアは、同意を示すために頷いた。可愛らしいオフショルダーの夜会用ドレスは、彼女が言う通り、エリノアによく似合っていた。エメラルドグリーンのドレスに、王妃から贈られたスズランのパリュール。波打つ黒髪の上で金色のスズランの櫛がキラキラと輝いていて。改めてその可愛らしい姿を見たブレアは、言葉に静かな喜びを滲ませながら言った。
「ええ。私からもお礼申し上げます王女。おかげでまた、エリノアの愛らしい姿が見られました」
「え……」
その言葉に驚いたエリノアが思わず彼の顔を見上げる。と、ブレアは彼女のポカンとした顔に微笑みかけて、実感のこもった声で続けた。
「幸せです」
「──…………」
途端ポッとエリノアの頬が赤らむ。淀みもなく、照れもなく。幸福そうにさらりと言われたセリフに。ハリエットが感慨深げにまじまじと青年の顔を見てため息をついた。
「あらあら、まあまあ……。殿下ったら……随分お変わりになられましたね?」
「……は?」
しみじみと言われ。いったいなんのことだろうかとキョトンと瞳を瞬かせたブレアに、王女は優しい眼差しで言う。
「だって、以前は頼みこまれたって着飾った女性の外見をお褒めになることなんてありませんでしたのに……殿下がこうも気楽に愛らしいなんて言葉をわたくしに聞かせてくださる日が来ようとは……思いもしませんでしたわ。なんて喜ばしいことでしょう……うふふ、愛らしくって幸せなんですって♡ エリノアさん、良かったわね♡」
ハリエットに楽しげに言われたエリノアは、カッカと顔を赤らめている。そこでやっと王女の感心が、物珍しい自分に対するものだとブレアもハッとしたようで──王女には、昔の女性に対する自分の無愛想さを知られているだけに……こちらもきまりが悪そうな顔で、目元を赤く染めている。
そうして分かりやすくもじもじしはじめた二人を見た王女は、つくづく「わたくしの義理の弟夫妻はなんて可愛らしいのかしら……」と感動したらしい。王女に慈悲深い暖かな義理の姉目線で眺められたブレアは、ひたすらに恥ずかしそうだった。
そんな二人に挟まれて。慕う二人に己のドレス姿を褒められたエリノアは、俯きながら恐縮しきり。
(…………天からの恩恵が過ぎて怖い……もしやこれも女神様からのお恵み……? だとしたら過剰過ぎる……)
幸せ過ぎて……夢心地が過ぎて……。逆にこの後の晩餐会で、よっぽど悪いことが起こってしまうのではと怖くなってきた。そんな予感に怯える彼女が──いつにも増して安定的にうっかりしていたのは言うまでもない。
彼女はきれいさっぱり気がついていなかった。
その可憐な王女の後ろに、背の高い、美しい金髪を後ろで一つに編んだ誰かが近づいてきていて、その人物に、己の隣に立っていたブレアが気がつき丁寧に頭を下げていたことにも──その人物の空色の瞳から、自分に向けて好奇心に満ちた視線が注がれていることにも。
だからその青年が、王女の後ろからひょっこり出てきた時は、エリノアは意表を突かれ、心底驚いた。
「こんばんは、勇者エリノア」
「⁉︎」
弾むような声に唐突に話しかけられて。咄嗟に顔を上げると、そこに太陽神と見紛うような輝く美貌の青年が。エリノアは息を呑んで、しかし、瞬間的に天上人の気配を察知した元侍女エリノアは、反射的に流れるような動きでひれ伏そうとして──それを隣にいたブレアに即座に止められる。
「エリノア……大丈夫だから落ち着きなさい……兄上だ」
「お、おう、おおう太子殿下……っ⁉︎」
※〈パリュール〉様々なアイテムの揃ったジュエリーのセットのこと。ネックレスや耳飾り、髪飾り、ブレスレットなどなど。
お読みいただきありがとうございます。本日は少し短め?です。終わると言いつつゆっくりですが(^ ^;)終わりに向けて、丁寧に、ということにしてもうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです!
ちなみにですが、スランプなんとか脱出しました;
皆様に頂いたこちらのご感想や、もうすぐ掲載の終了するコミカライズのアプリの方のご感想(もうすぐ消えちゃうので悲しいです!)を読ませていただいているうちに、なんとなく元気が出てきました( ´ ▽ ` )感謝です!




