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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
終章
331/365

ルーシー嬢の恋

 

 王宮図書館館長ジヴ・ハーシャルは知らなかった。

 まさか──将軍タガートの娘、ルーシー・タガートが、その実、自分に並々ならぬ想いを寄せているなんてことは。


 ……とはいえ、もちろん彼もルーシーが自分を慕ってくれていることには気がついている。

 毎日のように図書館にやってきて、自分に恥ずかしそうに笑顔を見せにきてくれるのだから、好かれてはいるのだなと思っていた。

 ただし、それは図書館の館長としてのこと。──まさか、親子ほども歳の離れた彼女が、自分の妻になりたいとまで想ってくれているなんてことは……思いもよらないことだったのである。

 それでもどんな関係性にしろ、出会えば必ず歓迎してくれる存在があるということはやはり嬉しいもので。それが可愛らしいお嬢さんならば気持ちも華やぐというものだった。

 だからジヴとしては、いつも自分に優しいルーシーに好感を持っていたし、とても親切な女の子だと思っていた。彼女は読書に熱心で、少し照れ屋な可愛らしい女の子──……皆さん色々納得いかない部分もおありでしょうが……まあとにかく。ジヴはそのように思っていた訳である。


 けれども、それではジヴはルーシーの本性を知らぬではないかというお声もあるかもしれない。──が、それも無理もない話。

 ルーシーは彼の勤め先である図書館に日参しているが、恋するジヴの前では当然暴れたりしない。ヤンキーみたいな顔もしない。──当たり前だ。好きなのだから。

 父に対してツンデレ気質が甚だしいのは……それは親子の情があってのこと。本気で好かれたいジヴに対しては、そんなことはやってられなかった。

 ジヴがいまだに未婚であるのにはどうやら色々と事情があるようだが……ルーシーに言わせれば、こんなに魅力的な彼が独身なのは奇跡。そんなところへきて、どうして彼に悠長にツンツンしてなどいられるだろうか。そんなことをやっていては、別の女に取られてしまうではないか。

 ルーシーは、ジヴが年の離れた自分のことを、今はまだ異性として見ていないことをもちろん知っている。悔しいが、彼女にとっては、若いことはハンデだった。

 ジヴの周りにはルーシー以外にも、彼に言い寄ろうとする女は存在し、その中で、彼女はやはり年少者だった。だから彼女はずっと何年間にも渡って、そんな女たちと過酷なバトルを繰り広げている。敵は、ジヴが初恋というルーシーに比べ、恋愛経験豊富な女人が多く、彼女にとってその戦いは拳任せの争いなどよりも余程厄介だった。


 ──が。

 もちろんその熾烈な戦いは、すべてジヴの知らないところで行われている。

 別にルーシーも自分の本性を隠そうと思っている訳ではないが……恋する乙女としては、好きな相手にはいつでも自分の一番可愛い顔を見せていたいと願うのはごく当たり前の感覚である。当然それは笑顔であり、ヤンキー顔ではないのだ。

 と──そのような訳で。ジヴはいまだにルーシーの楚々とした顔しか知らない。

 ただし、これはルーシーは知らぬことだが……実は彼は、彼女がとても武芸に秀でていることはもうとっくに知っている。噂話が伝わってくるのだ。武芸の大会で、第二王子ブレアと父タガートと共に表彰台を独占する……などということをいつもやっているものだから、そりゃあ人の口にも登るというもの。

 しかしジヴはそれを聞いても、別段おかしいとは思わなかった。ルーシーは将軍家の娘。父タガートがあれだけの猛者である。その娘ともなれば、女性であろうとも武芸を嗜んでいてもなんの不自然さはない。

 どうやらそれを恐ろしいと言う者もいるようだったが……ジヴはそうは思わなかった。逆に、あんなに可愛らしい楚々とした女の……が、男にも勝る腕前を持つと聞いて、とても興味が湧いたくらいだ。毎日おずおずと恥ずかしそうにしている彼女が、どうやって対戦相手を下すのだろうかと不思議でならなくて……その点については、彼もいつかルーシーに尋ねてみたいと思っていた。


 ──さて、ではここで少し話は逸れてしまうが……我らがルーシー姐さんのことを、こんな奇特な目で見ている紳士ジヴ・ハーシャルという人について少し触れさせていただこう。

 彼は伯爵家の出だが、後継者ではなかった。ハーシャル家の三男で、爵位も家の財産もすべて長兄が受け継いだ。悲しいかな、貴族も三男坊ともなるとほとんど受け継ぐものがない。そうなると世の中世知辛いもので……今でこそ地位を得て少しは女性もよってくるものの……若い頃の彼は、爵位や財産が物を言う社交界では、さっぱり女性たちには相手にされなかった。

 けれども彼は、そのような自分の境遇を憂えるような性格でもなかった。

 そうならそうで生きていくしかないという割り切った性質で、屈折を知らぬ心の持ち主だった。兄が爵位を継いだときも、兄が多くの財産や土地を手にしたのを横目に、己が家を出て自活していくことにはなんの異論もなかった。

 幸い両親は、彼が学問や教養を身につけるための金は惜しみなく出してくれた。彼は学問が好きで頭も良く、自分がどこまでやれるのか試したいという意欲も高い青年だった。

 そうしてジヴはコツコツと勉学に励み、やがて優秀な学者になった。その働きは国王にも認められ、王子たちの教育係などを経て、現在は王宮図書館の運営に力を尽くしている。

 その姿はいつでもスッと背筋が綺麗に伸びていて、知的な大人の落ち着きと清廉さを滲ませていた。しかし、かといって堅苦しい雰囲気はどこにもなく。少し白いものの混じるブラウンの髪もヒゲもいつもでも清潔に整えられており、彼の容姿にまるでミルクティーのような温もりのある彩りを添えている──とは、彼にメロメロなルーシー嬢談。

 令嬢はその麗しいヒゲと、彼のハシバミ色の瞳が死ぬほど好きで──……特に正装姿の彼の麗しさときたら──……。


(──ゆ、夢みたいにステキだわ……)


 洗練されたジヴの佇まいに、一瞬うっとり悩殺されかけたところで──……しかしルーシーは、ハッと我に返った。

 目の前にはジヴ。──斜め前の少し下がったところには、エリノアとブレアが立っている。(……が、正直それは眼中には入らなかった)締まりのない顔をしている場合ではない。何故彼がこの勇者の離宮に、しかも正装できたのかを尋ねなければならなかった。ルーシーは狼狽えながら問う。


「ジ、ジヴ様、な、何故ここに、おいで……なのですか⁉︎」


 どうやらびっくりし過ぎたようで、ルーシーの言葉はかなり吃っている。

 ……そんな義理の姉の動揺を──同じく離宮の玄関に立っていたエリノアと、そしてジヴと共に二人を迎えにきたブレアは、ことの成り行きがどう転ぶかを見定めようとするように、しん……っと神妙な顔でその向かい合った二人を眺めていた。

 エリノアは初めて義理の姉の意中の人をこんなに間近で見たが……なるほど、知的で品があり、何事も包みこんでくれそうな雰囲気がある男性だ。分かっていた通り、ルーシーとはかなり歳が離れている……が、ジヴの瞳は少年のようにひたむきそうで、それが彼をとても若々しく見せているようだった。……エリノアは、とても感慨深かった。


(なるほど……姉さんが好きなお方は、こんな方だったのですか……)


 真っ赤な顔で、時折オロオロとこちらに助けを求めるような視線を向けてくるルーシーがあまりにも珍しく、そして可愛すぎた。エリノアがこっそり呻く。


(ぅ……ニヤニヤしちゃう! だ、駄目駄目!)


 もしこんな場面で笑ってしまったら、絶対後でルーシーにしばかれる。エリノアはついつい緩む頬をなんとか堪えつつ、この、『エリノアプロデュース、ルーシードッキリドキドキ大作戦・平穏な晩餐会の為に、暴れん坊な姉さんを乙女化させるぞ!』……の成り行きを見守ることに徹した。この作戦でルーシーが晩餐会で大人しくしてくれればエリノアも安心だし、更に二人の仲が深まれば万々歳……いや、むしろあんな可愛らしい義理の姉の反応を見てしまうと……エリノアもドキドキが止まらない。アンブロス家なんかもはや二の次である。ルーシーの恋模様のほうが気になって仕方ないではないか。


 ルーシーに微笑みかけたジヴは。しかし自分を見た令嬢が何やらとても驚いている様子を見て……どうやら彼女は自分がここにくることを知らされていなかったらしいとすぐに理解したようだった。ジヴは少しだけ気の毒そうな顔を見せる。


「……おや、私がくるとはご存知なかったのですか? 申し訳ない、それは驚かせてしまいましたね……実は勇者様からのご依頼で、私も今宵の晩餐会に参加させていただくことになったのです。──君のエスコート役で」


 それを聞いたルーシーが、ギョッとエリノアの顔を見る。


「エリノアが⁉︎ え⁉︎ エ、エス、エスコート……っ⁉︎」


 驚いたルーシーは、真っ赤な顔のまま眉間にシワを寄せてエリノアを凝視したが……当然エリノアはスサッと横を向いて視線を逸らし、素知らぬ顔で……相変わらず下手くそな口笛をピューピュー一生懸命吹いている。(※隣のブレアは真顔。エリノアの口笛が下手だなぁと思ったが、可愛いからいいかと思っている。)

 しかし彼女が義理の妹に「なんでこんな大事なことを事前に教えてくれなかったの⁉︎」と、詰め寄る前に。ジヴが彼女に向かって気遣わしげに続ける。


「それで……タガート将軍のお加減はいかがですか?」

「え? ち、父、ですか……?」

「ええ。過労で急にお倒れになられたと伺いましたが……」

「ええ⁉︎ あ……の……そ、れは……」


 ……どうやらエリノアは、タガートが倒れたと偽って、その代わりを務めてくれるようジヴを呼び出したらしい。……ルーシーは……ちょっと気が遠くなった。


(エ、エ、エリノアぁああああ‼︎ な、な、なんてことしてくれたの⁉︎ なんてことしてくれたのよ⁉︎ こ、こんな急に……こ、心の準備なんかできるわけ……っ)


 晩餐会には、アンブロス家を殴るつもりで参加する気だったものが……(※世間一般的に言うとこちらのほうが余程問題)──思いがけない展開にルーシーが思い切り動転。

 彼女がジヴにエスコートされるということは、つまり、ルーシーは彼に手を取られ、腕を組むということである。片想い歴は長いが……そんな恐れ多いこと、今まで一度だってしたことがないのだ。想像するだけで……恥ずかし過ぎてめまいがしそうである。


(そ、そんな! 私が⁉︎ ジヴ様と──⁉︎ そ、そんなの、素敵すぎる、けど!)


 なんの心構えもなくして、できる気がしなかった。ルーシーは、とても追い詰められた気持ちになった。


(エ──エリノアめ! あ、あとで絶対頬をつねってやる!)


 ……その心の絶叫は、声はなくともエリノアには伝わったが──やはりエリノアは知らん顔で口笛を吹いている。

 ルーシーは怖いが、エリノアには分かっていた。もしここでこの不意打ちをルーシーが怒っても。結局、彼女はこの後絶対に機嫌が良くなるはず。エリノアは無言のメッセージを義理の姉に送る。


(……いいから黙ってジヴ様にエスコートされてよルーシー姉さん……こんな機会、そうそうあるもんじゃないでしょう……?)

(⁉︎ なんなのあの悟りきったような目は……エ、エリノアの癖に! 覚えてなさいよ⁉︎)


 ──しかしこの状況では、今回ばかりはエリノアの勝利であることは疑いようのないものだった。

 ジヴは申し訳なさそうに優しい声でルーシーに言う。


「君のような可愛らしいお嬢さんに、私のような中年がエスコートなどご不満もあるでしょうし、私はご立派なタガート将軍ほど見栄えもしませんが……今回は私で我慢してくださいませんか……?」


 どうやらジヴは、ルーシーの動揺を、歳の離れすぎた自分に対する不満ととったらしい。そのことに気がついたルーシーは慌てて力説する。


「そ、そんな……我慢だなんて! ジヴ様は──父よりずっとずっと素敵です!」


 ──多分その発言には裏でタガートが泣いている。……が、まあそれは置いておくとして。

 ともかく、そのルーシーの必死な言葉には、ジヴも「おや」と少しだけ驚いたように笑って。その笑顔を見たルーシーは、そこで完全にエリノアを問いただすことも、アンブロス家をシメることもコロリと忘れた。

 耳まで真っ赤になった顔に汗を滲ませながら、言うのがやっとという顔で、俯き加減に言葉を絞り出している。


「ぁ……こ、光栄です、ジヴ様……その、急なことにも関わらず……お引き受けいただけるなんて……あ、ありがとうございます……!」


 乙女な顔で、一生懸命言ったルーシーの様子に、紳士は穏やかに目元を和らげる。


「ありがとう、君は相変わらず優しいですね」


 ──その瞬間の、背景に大輪の薔薇が咲き乱れるような──ルーシーの悩殺され具合は……かなりの見ものであった……。



「…………なるほど」


 こちらに挨拶を終えて先に出ていくジヴと、そんな彼に黙ってエスコートされていく、赤面顔を俯かせたルーシーを見て──ブレアが生真面目に感心した様子でつぶやいた。


「確かに、ジヴはルーシー嬢にかなり有効なようだ。私は何故かいつも彼女には睨まれていたが(※タガートを仕事で独占するから)……今回初めてルーシー嬢に一度も睨まれなかった気がする。……さすがだ、エリノア」


 褒められたエリノアは嬉しそうにニンマリしている。


「ふ、ふふふ……ああ見えて姉さんは恋する乙女なので、ジヴ様の前では絶対大人しくしていると思います。多分……もう頭の中はジヴ様のことでいっぱいで、私のことも、アンブロス家のこともすっかり忘れているかと。良かったです、ジヴ様に快く引き受けていただけて……」


 エリノアは、ほっと胸を撫で下ろした。

 ブレアが自分を案じてルーシーを呼んでくれたのも、ルーシーが心配してくれるのもありがたいが……今回の晩餐会は、隣国王女ハリエットの為のもの。


「麗しき愛しのハリエット様が王太子殿下とお過ごしになる会を、わたくしめのお家事情で台無しにするわけにはいきません」


 アンブロス家には毅然と対応するつもりだし、ルーシーにも自力でなんとかすると説得したつもりだったが……あの喧嘩っ早い義理の姉のこと。アンブロス家の出方によってはどうなるか分からない。けれども会に、彼女の想い人ジヴがいれば、姉は絶対に無茶はしないだろう。なんとなくジヴを利用しているようで心苦しいが、この機会に、義理の姉が意中の彼との仲を深めてくれれば嬉しいなと、エリノアは心の中で手を合わせる。

 ……ジヴ様……申し訳ありません、姉の制御、お願いいたします。多分、ルーシー姉さんはジヴ様色に染まったらきっと一生可愛いはず……。

 エリノアがそう切に拝んでいると、隣にいたブレアが、不意に彼女に向かって頭を下げた。


「すまなかった」

「え? ブレア様?」

「……どうやら私は要らぬ気を回してしまったらしい……」


 急なことだったとはいえ、エリノアと不仲な親類との対面を心配し過ぎるあまり、彼女の意見も聞かぬままルーシーらを呼んでしまった。それが余計エリノアに気苦労をかけることになってしまったように思えて。ブレアは少ししょんぼりと物憂げな顔をする。と、エリノアは、そんなブレアの顔を下から覗きこみ、微笑みかけて、そんなことありませんよとブレアの手に、そっと己の手を重ねる。


「やっぱりルーシー姉さんがいてくれるだけで私も心強いですし、思いがけずキューピット役もできそうでよかったです! それに……ブレア様に気遣っていただけて、私はとっっっても嬉しかったです!」


 いつもは冷静なブレアが、自分の為に一生懸命になってくれることが心から嬉しかった。


「……エリノア」


 こそばゆそうにはにかむ娘の顔に、どうやらブレアもホッとした様子。

 そうして可憐なエメラルドグリーンのドレスに身を包んだエリノアは、勇ましく両手を挙げる。──みんなが自分を守ろうとしてくれている。なればこそ、エリノアも奮い立った。


「よぉし! 頑張るぞ! ──いきましょうブレア様!」


 いつか弟と再会するためにも、アンブロス家なんかに負けるもんか! と。エリノアは気合十分、鼻息荒く──不敵な笑顔でブレアの手を引いて歩き出した。そんな頼もしい婚約者の姿をブレアは眩しそうに見つめる。


 ──が、そこでブレアがふと気がついてエリノアの周囲を見回した。


「──ん? ところでエリノア、聖剣殿と魔将殿が居られぬようだが……?」

「あれ? そういえば……いませんね……?」


 言われてエリノアも辺りを探すが、二人(※正しくは一本と一匹)の姿はどこにも見当たらない。

 けれども神出鬼没なあの二人のこと。さして気には留めなかった。いくらなんでもテオティルも、国王の参加する晩餐会で、いきなり聖剣姿でドスッと落ちてくる……なんてことはしないだろう。……多分。

 エリノアは、二人の不在は気にはなったが……ここは警備の厳重な王宮内であることだし、二人がいなくても構わないだろう……と。ひとまずはブレアと共にルーシー達を追って、晩餐会の会場へと向かうことにしたのだった。





お読みいただきありがとうございます。

どうするかなぁと思いましたが、結局長めに(^ ^;)

サブストーリー的なルーシーのことで本編を引っ張ってもなんですので、切らずに更新させていただきました。


ジヴ的には、あまりに歳の差があるので、現段階ではなんだかよく分からないけど懐かれてるな〜くらいなのかなと思います。今回のことで発展してくれるといいですね!がんばれルーシー!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫を被った(被った猫がグレンでなくて良かった)ルーシー [気になる点] いつボロが出るか… [一言] 封印されし第二魔王。 封印が解かれる前に無事に晩餐会は終わるのか!?
[一言] ルーシーさん借りてきた猫( ˘ω˘ ) (しかも血統書と借用書付き)
[良い点] ルーシーさんが可愛すぎです! [気になる点] アンブロス家、テオティルさんとヴォルフガングさんに、敵認定されないか心配です。
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