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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
33/365

3 魔物たちの会議


 暗く狭い空間は、その四人が顔を突き合わせて黙り込むと殊更に狭いように感じられた。

 腕を組んでいた白い頭のヴォルフガングがまず重い口を開く。


「……例の件についてだが……皆、何か意見はあるか?」


 続き声をあげたのはコーネリアグレースだった。凛とした声はきっぱりと言い切る。


「勿論あたくしは反対です。陛下のお望みはなんだって叶えて差し上げたいけれど、時期尚早です。まだ無理ですわ」


  するとテーブルの上に両肘をついて座っていた黒豹も挙手をする。


「はーい私も反対でーす。何かあってからでは遅いと思いまーす」


 それでは、と、ヴォルフガングは己の斜め隣に背を曲げてちんまりと座っている老爺に顔を向けた。


「メイナード殿は──」


 老将の意見を求めた白い魔物が、ふさりと獣顔を斜め左に向けた、時。

 その言葉が終わる前に、魔物たちの背後で扉が開かれる。


「ただい──うわっ、びっくりした……な、何? 全員集まって何事……?」


 ギョッとした顔で現れたのはエリノアだった。

 よれよれになった黒のワンピース。結われた髪も、掻き回されたように乱れている。

 王宮から戻ったばかりらしい娘は、疲労の滲む足取りで居間の中へ入ってきた。

 もちろん疲れているのは昼間の鍛錬場での出来事のせいで、頭が鳥の巣状態なのも、あの鍛錬場の熊のような男のせいだった。ブレアの鍛錬時間中に兵たちから頼まれた繕い物を終える事が出来ずにがっくりしていると……ばしーんっ、といい音で背中を叩かれた挙句、カラカラと笑いながら頭を撫でかき回された。『頑張れよ!』と声をかけてくれるのは有難かったが……それよりもアンタの張り手のせいで床に転がった私を気遣ってくれ、とエリノアは心の底から思ったのだった……


 しかしながら、いくら疲れていようともだ……

 この狭い自宅の中で、四角いテーブルを魔物4名が占領し難しい顔を突き合わせていては……いくらなんでも無視することは難しいと言うものだ。

 理由を聞かないといけないんだろうなぁと、内心どっと疲れる思いで魔物たちを見ていると──不意にグレンがすぐに隣の老爺を指差し、「議長~、メイナード殿が眠りこけておられます~」……などと呑気な声をあげている。


「何!? 起こせ! 重要案件だぞ!」

「メイナード殿ー起きてー」

「………………で?」


 呆れ半分といった顔で返答を求めると、いきなりバッと睨むような視線を向けられた。──白犬武将と黒豹夫人である。

 その音のしそうな勢いに、エリノアが思わず怯む。


「な、何……?」

「緊急会議だ!」ですわっ!」

「……は?」


 かいぎ? と、エリノアの口が動く。それに答えるようにしてコーネリアグレースがさめざめと嘆くように両手で顔を覆った。


「実は……陛下が外でお仕事なさりたいとおっしゃってますの!」

「あ、ああ、その話か……」


 前もって弟から聞かされていたエリノアは頷いた。


「身体も病気の心配がなくなったから家計を支えたいってブラッド言ってたわね。それがどうかしたの?」


 ──と、言った途端、夫人はテーブルを叩き割りそうな勢いで叩く。ドスンと鈍い音が疲れた身体に堪える。


「どうもこうもありません! 陛下が人の世界でお仕事だなんて……!」

「は、はあ……」

「どうかしたのだと!? お前は……陛下の実姉のくせになんて呑気なんだ!」


 ヴォルフガングも不快そうに己の耳を後ろに倒しきってエリノアを睨む。


「我らの主人様が! どこぞの馬の骨ともわからぬ者の下に付き! 労働をするという事だろうそれは!?」

「馬の骨って……」

「承服できぬ!!」と、嘆くヴォルフガングの顔はいかにも苦悩に充ち満ちている。エリノアはやれやれと血相を変えている魔物たちの顔を見渡した。


「少し冷静になってよ。過去は過去。今は今でしょう……」

「過去、だと?」


 エリノアの言葉に白い獣が眉間に深いシワを寄せる。睨まれるとなかなかの迫力だが、エリノアは怯まなかった。

 

「だって……ブラッドの昔がどうだったかは私には分からないけれど、今、ブラッドは私の可愛い弟なのよ。魔界にいるわけでもないのに……あの子が普通に暮らしたいって言うんだったらそうさせてあげないと。ブラッドはずっとそうしたかったの。病気で出来なかったことを、同じ年齢の子たちが普通にしていることを、普通にしたいのよ」


 しかしながら、とコーネリアグレースが言う。


「“魔王”というものは、なるならないの問題でも、ただの地位役職の名でもありません。それは“魔王”という“存在”です。女神と勇者によって一度は生を閉じた陛下ですが、転生した今も、“魔王”として昔と同じ程度の能力をお持ちなわけです。エリノア様と一緒にいる事によって多少は抑えられておりますが……人間たちの中にお連れするなど危険極まりないのですよ?」


 それを聞いたエリノアはうーんと呟く。


「分かってるんだけど……ブラッドリーの決意が固いのよ……閉じ込めておくわけにも行かないし……」


 エリノアは脱いだ上着を壁に掛けながら困ったようにいう。

 ブラッドリーはあれから顔色も良く、精神的にもとても安定しているようだった。あれ以来怒りで新しい魔物を呼ぶようなこともなかったし、配下たちに非情な顔を見せることもなかった。

 姉としてはそのことにとても安心している。

 だが、もちろんコーネリアグレースの案じることも分かった。


「だから……」と、エリノアが魔物たちを振り返った。

 ──しかし、エリノアが次の言葉を発する前に……不意に、エリノアの目の前にブラッドリーが現れた。


「っ、ぎゃっ!?」

「おかえりなさい姉さん……!」


 何も居なかったはずの空間に突然現れた弟は、ぎゅっと姉に抱きつくと、にこにこと顔一面を笑みで満たしている。


「ああ良かった! 遅いからすごく心配したんだよ……今日は上級に上がって初出勤の日だったでしょう? ブレア王子に何かされなかった?」


 ……王子がまるで痴漢か何かのように言われている。

 ブラッドリーはエリノアの肩を持って、姉の身に何か異変がないかをまじまじと見分している。


「姉さん!? どうしてこんなにヨレヨレなの!? 髪もぐちゃぐちゃじゃない……まさかあいつに何か──」


 一瞬弟の目が剣呑に光ったのを見て、唖然としていたエリノアが慌てて首を振った。


「や、違う! 初日だったからちょっと張り切りすぎただけ! ほら、姉さんかなりぬけてるから……」


 もしここで、王宮で出会ったばかりの騎士らにこき使われた挙句、頭をかき回され張り倒された、……なんてことを言ってしまえば大事になる。そんな気がした。


「でも……」

「本当だってば! 憧れの職にやっと就けたんだよ!? 姉さんが右往左往しないわけないじゃない!!」


 力一杯力説する姉の言葉に、ブラッドリーも「まあ、それは……目に見えるようだけど……」と、半ば押されるように頷いた。


「そうでしょう!? あ、あとねブラッド……」


 ホッとしながらも、これだけは言っておかねばとエリノア。


「なあに姉さん?」

「お願いだから……出迎えに魔法を使って急に出てくるのはやめて……心臓に悪いから……」


 姉の言葉にブラッドリーはきょとんとしている。


 ──あの日以来。

 大人しく物静かで儚げだったブラッドリーは変わってしまった。

 いや、それまではずっと体調が著しく悪かった訳だから、性格的にも色々セーブされていた部分もあったのかもしれない。

 それにしたって──と、エリノアは困惑している。

 これまでエリノアが彼を過保護に過保護にしてきた反動か……今度はブラッドリーからのエリノアへの態度がおかしなことになってきてしまって。

 だって、とブラッドリーは不満そうな顔をする。 


「ああ姉さんが帰って来た、と思ったら、自然と身体が飛んじゃうんだよ。早く顔が見たいんだもん。それで……本当に大丈夫だったの? やっぱり心配だよ……これからは僕が外で働くから姉さんは家にいたらどうかな……姉さんが頑張って上級に上がったのは分かってるんだけど、僕は王宮には入れないし、僕がいないところで何かあったらと思うと居ても立っても居られないっていうか……王宮にはブレア王子もいるし……もし何かあったら僕王宮を破壊しちゃいそうで……」

「……えっと……真顔で言われると本当怖いからやめようねブラッド。大丈夫。大丈夫だから……ちょっと落ち着こうか……」


 抱き竦めてくる弟に、エリノアは少々ぎこちない顔をしている。

 特にブレアの話題が出ると、弟の顔がひどく暗くなってなんか怖い。

 溺愛することには慣れているのだが、それが己に返ってくるとなると……嬉しいような気もする半面なんだか違う気がしてならないエリノアだった。

 それにこれまでは120%守るべき対象として見ていたせいか、もしくはブラッドリーが寝台に寝付いている事が多すぎたからなのか……

 エリノアはここに来て初めて小さかったはずの弟ブラッドリーが、いつの間にか己よりも背が高くなっている事に気がついた。

 それはそうである。ブラッドリーも、もう少年から青年へと変わろうかという年頃なわけで……

 だが、これはエリノアにとっては地味にショックな出来事だった。

 弟に背丈が負けたこともショックだが、それよりも、そのことに今の今まで気がつかなかった己のうっかり具合にとてもガッカリだった。

 いや、別にブラッドに負けたっていいんだけど、とエリノア。


「(……姉さん、ブラッドよりもチビっ子だったんだね……、……………)」

「陛下~、なんか姉上が落ち込んでいらっしゃいますよ、あははは」

「グレン……笑うな……」


 ……そう言うブラッドリーの声音のおどろおどろしい事ったらなかった……


 はあ、さて、と気を取り直したエリノアは魔物たちと同じテーブルに着き、彼らの方へと向き直る。

 エリノアを腕から解放したブラッドリーも彼女の隣に座っている。……但し、何故だか弟は姉の手を離してくれない。エリノアがそれを離そうとすると……

「姉弟なのに……」「なんで駄目なの?」──と、この時ばかりは幼い頃の面影そのままの、壮絶に悲しそうな表情でうつむかれ──ると、エリノアも非常に弱い。


「え、ええと、それで……ブラッドのお仕事の件だけど──ひとまず、リードのところで少しだけお手伝いさせてもらうところから初めたらどうかって思ってるわ」

「……リード?」

「ええそうよブラッド」

「……ちょっと待て、何故モンタークなんだ」


 ヴォルフガングが微妙そうな顔で眉間に皺を寄せた。

 何故かと言うと……ヴォルフガングとリードがこの家で出会って以降、リードは毎日欠かさずヴォルフガングの世話をしにこの家にやって来るからだ。

 動物の中でも格別に犬が好きだと言うモンターク商会の看板息子は……何も知らず、毎日ヴォルフガングを散歩に連れ出し、ブラッシングもしてくれて……爽やかな笑顔で『いい子だな、ヴォルフ』……と、魔将の頭を撫でている。

 ヴォルフガングが幾ら犬扱いを不服に思って殺気を放っても、何故かリードには欠片も通じた試しがない。

 ゆえに……ヴォルフガングはリードが苦手なのだ。彼が良心の塊であるだけに尚の事。


 ところで……そのリードは、エリノアの家にもう一匹、黒猫が増えていることも知っているのだが……

 その黒猫、グレンは素晴らしく素早くて、そしてまた要領も良かった。

 グレンはリードには決して捕まらず、エリノアにも……『まあまああの子はもうほっといていいから……むしろその方が平和だから……』と宥められ、リードはとても残念そうだったが、結局グレンのことは諦めたようだった。

 そうしてグレンはいつでも高いところからリードに捕まったヴォルフガングを眺めては、ニヤニヤと愉快そうに笑い転げている。それがまたヴォルフガングにとっては屈辱的であるらしい。

 

 因みに……新しくエリノア宅の居候となったコーネリアグレースとメイナードの二人は、リードたちには昔のトワイン家の使用人だと説明している。

 黒豹コーネリアグレースは彼の前ではふくよかな人間の夫人に化け、メイナード爺は元は庭師だったということになっていた。

 

 エリノアは魔物たちの顔を見ながら話を続ける。 


「どうかしら。リードのところならブラッドも精神的にも安定するし……世間に慣れさせる程度には丁度良いんじゃないかと思うんだけど……まずは短い時間手伝わせて貰って、お給金は頂かない方向で……」


 エリノアは、今朝リードとモンターク家の主人には話をしたこと、それを快諾されたことを皆に告げた。

 しかし、その言葉にまず当の本人ブラッドリーが不服そうな顔をする。

 もちろんモンターク家の店が嫌なわけではない。だが、彼としては自分の身体が動くようになった以上、これからは自分がきちんと働いて、これまで苦労を掛けた姉に楽をしてもらいたかった。その為にならどんな労も厭わないつもりだが──姉も配下たちもそれには段階を踏む必要があると決して譲ろうとはしなかった。

 そうして結局──

 彼らに説得されたブラッドリーは、これからしばらくの日中の短い時間を、モンターク商会の手伝いをして過ごすことになったのだった。もちろん──夫人と老爺のおまけ付きである。




春休み時期、やっともう少しで終わりますね…

この時期はリアルが忙しすぎて更新遅めです、すみません(^_^;)

次はゴールデンウィークが怖い。。。十連休、嬉しい方が殆どかもしれませんが、あきのにはちょっと厳しい時期です(>_<;)


次話はブレアと熊騎士たちと。頑張ります。

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