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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
終章
329/365

アンブロス家の天敵


 人には色んな事情があるから。

 エリノアは、過去のことを今更親戚たちにとやかく言うつもりはない。

 でも、今のことは別だ。考え出すと恐れ多すぎて途方に暮れてしまうが──この先自分がブレアの妃になるのは間違いがない。

 だからブレアの為にも、彼以外の誰かにとって御し易い自分のままでいるわけにはいかないのだ。


 ──そう思い、ここが踏ん張りどころだと。気合十分という顔で離宮に戻ったエリノア。──……だったのだが。


「⁉︎」


 金と緑の陶磁器製のタイルが壁一面に施された美しい玄関に、彼女が足を一歩踏み入れた瞬間。その気合は、そこであっさり挫かれる。待ち構えていたのは離宮付きになった侍女たち。怖い顔で居並んだ彼女たちは、驚くエリノアの両脇からあっという間に腕を引っ掴んで……

 ギョッと驚いたエリノアを、問答無用で引きずるようにして、支度部屋まで連行してしまったのだった……。


「っやっと帰ってきた!」

「まったく……遅いですよエリノア様!」

「⁉︎ ⁉︎ わぁああああっ⁉︎」


 …………そうしてエリノアは。アワアワしている内に(「⁉︎ 自分でやります! 自分でやります! ぎゃー‼︎」)あれよあれよと服を脱がされて、流れ作業で新しい下着やらペティコートやらを着せられて……。


 気がつくといつの間にかエメラルドグリーンのドレスの中に叩きこまれていた。

 呆然としているエリノアの周りでは、幾人もの侍女たちがネックレスを持ってきたり、イヤリングを持ってきたり。せっせとエリノアの身支度を整えていく。エリノアは強ばった硬い顔でつぶやいた。


「………………王宮侍女の妙技……」


 オートで髪を整えられ、化粧を施されて……。まったくこの娘は御し易いにも程がありすぎるが……と、そこへ突然彼女が部屋に入ってきたのだ。

 その姿を見て、エリノアは咄嗟にホッとして彼女の名を呼び──しかし気がついて、今度は思い切りギョッとする。


「え──ルーシー姉さん?」


 現れたルーシーは何もかもを承知しているという顔で分かってる分かってると頷くのだ。──彼女も何故か赤毛によく映える山吹色のドレスを身に纏っていて──……エリノアはとても嫌な予感がした。そんな彼女をよそに、令嬢は、相変わらず悠々とした調子で歩いてきて、侍女たちに翻弄されているエリノアに、ニンマリした顔を向ける。


「──大丈夫よ」

「へ……へぇ?」


 エリノアの前まできた義理の姉は、やけに自信に満ち溢れた顔で。エリノアは思わず引き攣った。これは、きっとあまり良くない予兆である。ついのけぞってしまい、彼女が颯爽と赤毛をかき上げる様を困惑のうちに見守った。と、ルーシーは綺麗に化粧した顔で尊大に笑う。


「アンブロス家──でしょう?」

「⁉︎」


 思わずギクリと肩が揺れる。そうだったと、思った。昔から、ルーシーはかなりアンブロス家を嫌っている。あからさまにヤバいという顔をしたエリノアに、ルーシーは、にまぁ……と、ホラーな顔で微笑んだ。


「大丈夫──私に殴ってと言いたいのよね?」

「っ⁉︎ ち、違──言うと思った!」


 予想通りの暴力宣言に、エリノアは思わず憤怒して跳び上がり──……

 即座に支度を手伝ってくれていた侍女たちに叱られた。


「エリノア様じっとして!」

「ドレスが破けます! この晩餐会用のドレスがハリエット様の贈り物だってこともう忘れたんですか⁉︎」

「あ、ひ……す、すみませ……」


 そうでした……王女様のドレス、激高価怖い……と、エリノアは鬼顔の侍女たちに身を縮めて謝っている。

 ちなみにこの侍女たち、元はブレアの部屋付き──つまりはエリノアの先輩侍女たちなのである。そうでない者たちもいるが、その者たちも、彼女たちのツテで集めた信頼のおける人材ばかり。しかも、ほとんどが爵位持ちの家から来た身元のしっかりした女性ばかりで……。

 いくら勇者になったと言っても……元の職場の、女社会の縦横の関係を到底忘れることのできないエリノアは、いまだに彼女たちには頭が上がらない。これはこの娘の性格ゆえなので……おそらく、たとえば彼女がこの国の女性の最高位、王妃になったとしてもきっと変わることはないだろう……。


 ──と、エリノアを驚かせた張本人ルーシーがぬけぬけと言う。


「あら駄目じゃないのエリノアったら。すみませんねぇお姉様方、うちの義理の妹が。──もう、じっとしてなさい。どうしてアンタいつもぴょんぴょんするの? 相変わらず落ち着きがないわねぇ」


 前世はうさぎちゃんなの? と、コロコロ笑うルーシーに。エリノアは青ざめた顔でキーッと猿のように叫びながら悔しそうな顔をする。※激烈高価なドレスのせいでルーシーに跳びかかれないのが悔しい。


「そ、そうじゃないくて……! アンブロス家のことでしょう⁉︎ 殴れなんて私一言も言ってな──ルーシー姉さんこそ前世は闘牛か何かなの⁉︎ どうしてそうすぐ拳で語ろうとするの⁉︎」


 すると令嬢は間髪入れず平然と言い放つ。


「クソ野郎とはまともに話す気がないからよ」


 ぐっと握りしめられた令嬢の拳が怖い。


「……ね、姉さんっ……」


 毎度のことながら……令嬢のキッパリした物言いにはエリノアはクラッとくる。よくもまあ、あそこまで可憐に令嬢然としておきながら、ナチュラルに『クソ』などと言えるものだ。

 義理の姉は、もう化粧も装いもバッチリという状態で……つまり彼女も晩餐会に参加するつもりだということだ。いや──心強くはある。確かにルーシーは最強(凶)クラスの味方だし、いてくれるだけでとても心強いが──……

 不敵にニヤリと持ち上がった深紅の唇の端がとても怖い。……きっと、彼女が晩餐会に出席するのならば、エリノアは別な意味で、ずっとハラハラさせられるに違いなかった。


「う、麗しきハリエット様の為の会なのにぃぃいい!」


 そこにアンブロス家を鬼睨むルーシーがいるとなると……考えるだけで血の気がひく。

 エリノアは支度係の侍女たちに翻弄されながら泣きべそで叫んだ。


「さ、さてはブレア様だな⁉︎ 姉さんに通報したのは⁉︎」

「エリノア様、黙ってなさい! お化粧が歪むでしょう!」

「ぅ、ぅうぅ……」


 叱られるエリノアを見てルーシーが「ほほほほ」とわざとらしく笑う。どうやらエリノアの勘は当たっているようだ……。

 アンブロス家がくると知って、彼はエリノアの元へ急ぐと共に、タガート家へ伝令を送ったのだろう。それはきっとタチの悪い親類たちからエリノアを守る為だろうが……最近とみに心配性な気質を覗かせ始めたブレアらしい迅速な一手ではあるが……ちょっとこの一手はどうか思う、とエリノアはげっそりしている。

 と、ルーシーが己の巻き毛をくるくる指でいじりながら「だってぇ」と甘ったるいがどこか刺々しい声を出す。


「病気のチビとアンタを放り出して自分たちだけ保身に走った金持ちなんて許されると思う?」


 少なくとも私は許さない、と断言するルーシーに、エリノアは困り果てた顔。


「でもそれは……今更言ってももう仕方ないし……」と、宥めようとするエリノアに、ルーシーは「それに」と言って彼女の言葉を遮る。なじるような目で、瞳にはなみなみと怒りが滲んでいるが……それは当然アンブロス家に対するものなのだろう。


「あいつらは……ちゃっかり元のトワイン家の領地から利益を得ていたのよ? しかもあろうことか、ビクトリア様と結託して」

「……」


 義理の姉の言葉に、エリノアがトーンダウンしてため息をこぼした。

 ──それは、先の一連の謀で、ビクトリア周辺が調べられたことで出てきた新事実だった。

 昔、エリノアの父が莫大な借金を負い領地を手放した時、それはある貴族の手に渡った。……ここまでが幼いエリノアが知っていた話である。

 しかし、その実、その貴族はビクトリアの息のかかった者だったらしい。彼女たちがエリノアの父を陥れたのだから、考えればそれも当たり前のような話だが……エリノアにとっては子供の頃に起きた話。大人になってからも、とうに失った土地のことなど、裏の事情にまで思いを馳せるような余裕などなかった。

 ──が、つまり。トワイン家の旧領地はずっとビクトリアの支配下にあったということ。

 けれども、これも因果なのか……彼らの強引なやり口にはやはり綻びも多かったようだ。

 ビクトリアが新しく領地に据えた者は、うまくその土地を治められなかったらしい。

 トワイン家の領は小さくても歴史のある土地で、狭いがゆえに領主と領民たちの距離もとても近かった。トワイン家最後の家長は、家と領地を継ぐ前の青年時代から領地の人々に尽くしていたし、領地の人々も、子供の頃から知っているエリノアの父を信頼していた。

 そんな土地に、時には農地の手伝いにまでくるような領主に代わり、側室妃の後ろ盾もあるのだと偉ぶった新領主が突然やってきても……そうそううまく領民たちに受け入れられるはずもなかった。

 そうしているうちに、領民たちは、新しい領主がトワイン家当主を陥れた側の人間だと気がつき、余計に新しい領主を嫌うようになる。当然領地経営はあまりうまくいかず──そこへ近づいたのがアンブロス家だった。

 彼らは、ビクトリアたちには自分が領民たちを丸めこむと約束し、領民たちへは亡き兄への情に訴えた。ビクトリアのほうでも、そんな小領のためにいつまでも煩わされたくもなかったのだろう。結果、アンブロス家は、表向きの名義はそのままに、トワイン家の領地の実権を握り、ビクトリアに上納を約束することで利益を得ていた、ということらしかった。


「──ええ、ええ」と、ルーシーは鋭い眼差しで頷きながら言う。


「別にいいのよ? ビクトリア様から領地を取り戻したのはね。──でもね」


 ここでルーシーの瞳が鋭利さを増す。


「問題はその領地で得た上前を、ビクトリア様たちの陣営に流していたことと──それをあんたたちに何も知らせずこそこそやっていたってことが許せないのよ!」


 髪を弄んでいた指を止めて、憎い者でも絞め殺さんとするように忌々しげに手を握りしめ怒気をあらわにした。


「……アンタたちには、領地で獲れた小麦の一握りさえも渡さなかった癖に……! 何が“哀れな兄のために”、よ! それを逆に“哀れな兄”を陥れた者に納めていたなんて、クズ過ぎて……っ! あああ腹が立つ!」


 当時、アンブロス家の家長が領民たちに言って宥めたらしい言葉を吐き捨てながら、悔しそうなルーシーの目はギラギラと輝いていた。彼女は、何より小さな子供を二人きりで町に放り出したという点が一番許せないらしい。

 そんな義理の姉に、エリノアは困ったような顔をする。


「……、……姉さんったら……」


 複雑な気持ちでそう言うと、ルーシーは腹立たしげにフンッとそっぽを向く。


「そしてどうせこういう口の上手い輩は、そのことを追求しても、今度は『兄が残した領民たちを守る為には仕方なかった!』とか言いやがるに決まっているのよ……こういう日和見な輩は一度脅かしといていいと思うわ! というか私はやらなきゃ気が済まない!」

「……」


 憤慨しているルーシーを見て。エリノアは彼女にガミガミ言う気が失せて、またため息をついた。

 横暴なようで……結局ルーシーは、エリノアのために怒ってくれているのだった。エリノアはしみじみとありがたいなぁと思った。もう顔も思い出せない血の繋がった親戚などよりも、ルーシーは余程エリノアの身内であった。晩餐会の支度中でなければ今すぐルーシーに抱きついて「ありがとう」と言いたいが……それができなかったエリノアは苦笑するように微笑んだ。


「……姉さん、怒ってくれてありがとう。でもあの人たちから施しなんてもらわなくてかえってよかったわ。だって、それだと余計ややこしかったもの」


 エリノアが、そうさっぱりと言い、ひょいっと肩をすくめて見せると、拗ねたような顔でツンと横を向いていたルーシーが、おやという顔で彼女を見る。その顔に笑いかけてやりながら、エリノアは続ける。


「恩も情もないから、私は自分たちのことだけ考えてあの人たちに会えるじゃない? 今頃になってやってくるあの人たちが、ブレア様の為にならない存在ならキッパリ拒絶もするし、もしブレア様や王家の方々に必要なら、腹が立つことがあっても、なんとか折り合っていこうと思ってる。ビクトリア様はもうこれから裁きにかけられるし……正しくない行いをあの人たちがしていたなら、きっとブレア様が明らかにしてくださると思う。それに……アンブロス家が元のトワイン家の領から利益を得ていたことは、その領地の人たちが悪政に苦しめられていたわけじゃなさそうだから私はもういいかな……」


 正直本当は、昔、ブラッドリーが病に苦しんでいた時にそのお金があれば……とも思いはするが……今更それを言っても、もう過ぎ去った時は戻らない。

 それに領地を返して欲しくても、アンブロス家や現在名義的に領主に収まっている家の者たちが簡単にそれを了承するわけがない。国が落ち着かない今はあまり揉め事は起こしたくないし、巻き込まれる領民たちも気の毒である。エリノアは苦笑しつつ、ルーシーを宥めるように言った。


「あの人たちにはあの人たちの事情があっただろうし、昔は恨めしかったこともあったけど……私、もう今は『血族だから助けてくれて当然だった』とも思わないの」


 血も大事だが、エリノアはそれ以上に、今周りにいてくれる人たちが大事だった。絆があれば、魔族とも家族になれた、と、エリノアは思っている。そしてそれは、共にいることで生まれた情だから、反対に、たとえ同じ人間同士でも、血が繋がっていても、傍にいない自分たちに、アンブロス家が情を持たなくても当然なのだろう。


「誰だって自分たちが一番大事だもの。愛情がない人たちよりそちらを大切にしても当たり前。──でも、だからこそ、私が自分の身内を一番可愛いと思っても当然でしょう? 私はあの人たちより、ブレア様やルーシー姉さん、自分の周りの人が大切。だからその人達の為に、私がこれからあの人たちにどんな態度を取ったって、あの人たちには文句を言われる筋合いはない……でしょう?」


 だから気が楽なのよと。えっへんと開き直ったように同意を求められて……ルーシーが少し目を瞠る。と、同時に、エリノアの周りで忙しく彼女の身支度をしてくれていた侍女たちも、うんうんと頷きつつ手をパチパチ鳴らして、エリノアの発言に賛同した。それを見て、あららとルーシー。

 いつも頼りなく思い、心配ばかりしていたが……どうやらこの義理の妹も、なかなかどうして強かになりつつあるらしい。瞳の輝きは快活だが、どこか落ち着きも感じられ、抜け目がなく頼もしさすら感じた。さっきまではあんなに小猿みたいにキーキー言っていたのに──と、しみじみと感心した令嬢は、アンブロス家に怒りを感じていたはずが……だんだんと愉快になってきて。しまいには声を上げて笑ってしまった。

 ──そしてルーシーは思った。こんなふうに強くなったエリノアが、あの憎らしいアンブロス家とどう対峙するのかを少し見てみたいと。


「ま、それはそうよね……色々立ち向かっていかないといけないんだものね……これからは」


 彼女はこれから王子の妃となろうという娘であり、女神に選ばれた勇者である。これからは地位に見合った重責も増え、自身で対応していく事柄も増える。ただ、責任があることは大変だが、エリノアの場合は、それをバネにしてどんどん逞しくなっていってくれるような気がした。その片鱗が、今、見えたような気がした。


「? うん? なぁに姉さん?」

「ううん。なんでもない」


 つぶやくとエリノアが不思議そうな顔をして。ルーシーはその顔に首を振って。──悲しいこともあるだろうに、と、思いながら、笑った。


「……アンタは私の自慢の妹よ」


 そう言ってやると、エリノアはちょっと驚いたような顔をして。そして照れくさそうに微笑んだ。



 






お読みいただき有難うございます。

今回は義理の姉妹のお話になりました( ´ ▽ ` )

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― 新着の感想 ―
[良い点] エリノアの成長 [気になる点] ルーシー怒りの鉄拳 [一言] ルーシーの自制力はエリノアの心ほど成長しているのか!? 暴力... 暴力は全てを解決する...?
[一言] 拳で語りたがるルーシーさんが、大好きです!
[気になる点] ルーシー嬢ってまだ魔物成分が体内に残っているのか、ひょっとしたら遺伝的に魔物のDNAを持っているのか、実はコーネリアグレースの遠戚なんじゃないか?(キャラ的にw)とすら疑っている(苦笑…
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