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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
終章
326/365

騎士と聖獣様の苦労


 数日前の出来事を回想していたオリバーは、そこにもう一つ、勇者について明らかにされた事実を思い出し、今度はブレアやエリノアの向こう側で四肢を揃えて座り、二人を呆れ顔で見上げている白犬を見る。


(それに、隣国でのこともあるしな……)


 彼があの怒りっぽい“聖獣様”から聞いた話では……隣国で彼らが、王太子やトマスたちを救出した時も、エリノアの介入があったらしい。

 “聖獣様”はかなり言葉を濁していたが……あの時隣国で見た危険物な箱の女の正体はやはりエリノアで間違いがなさそうだった。そしてあの女人が怪しい踊りか何かのように天に向かってズンドコ掲げられていた細長いものの正体こそが、彼らがずっと探し求めていた聖剣だったと……いやまさか違うようなと心底思いたかったオリバーではあったのだが……つまりはそういうことのようだった。あの異様な光景を思い出し、騎士の口から再びため息が漏れる。

 ……まったく何度思い出してもとんでもない勇者である。


 かわいそうにエリノアは……『騎士オリバーにだけは正体がバレたくない』と思って断腸の思いでデンジャーな箱をかぶって頑張ったのに……結局、その騎士にだけは正体が悟られるという哀れな事態となってしまった。……が、今のところ、この件もオリバーはエリノアには己がそれを知ったのだとは告げていない。

 からかう材料としてはとても愉快なネタだが……諸々世話になったことを考えると、これからはそれも自重していかなければならないなと騎士もしっかり分かっていた。


 目の前で向かい合った王子と勇者は、誰の目から見ても不器用同士の、あまりにも焦ったい二人であるからして。当然せっつきたくなる連中が大勢いるはず。立場的にも、今後もたくさん横槍が入るだろうし、騒動も多々起こりそうである。自分のような盾役は必ず必要となるだろう。

 それに……と、オリバーは、神妙な顔つきで、エリノアとブレアを見た。


(それに……今みたいに、お二人が埒のあかないじれっじれした状態に陥って二進も三進もいかなくなった時も、俺らがそれとなくうまく背中を押して差し上げなけりゃあならないんだろうなぁ……)


「はー……やれやれ……」


 オリバーは、三度目のため息で雑念を振り落とすように首を振った。キューピッドのような真似は柄ではないが……勇者様の乗せられやすさにかけよう……とオリバー。向こう側で同じく地蔵のような顔で二人を眺めている“聖獣様”へ視線で合図を送る。と、“聖獣様”のほうもオリバーの視線に気がついて。彼もまた気怠そうに重い腰を上げるのだった。

 ……どうやらこの二人、なかなか気が合いそうである。



 さて、そんな傍観者たちの思惑など知らず。エリノアは、無我夢中に願っていた。


(今日こそは……今日こそは絶対にスマートにブレア様の手を取って、にっこり可愛く笑って一緒に並んで仲良く歩くんだ!)


 エリノアは硬い決意を胸に、ブレアから差し出されている手のひらへソロリ……と視線を移す。ドキドキしすぎる動悸をなんとか堪えつつ、強く握りしめていた右手をおずおずと開いたり──閉じたりしながら額に汗し、ジリジリしている様子は──残念ながらもうすでに全然スマートではない。


(も、もういっそあれかしら……ブレア様のお顔を見ないほうがいいのかしら……)


 エリノア曰く、ブレアの顔を見てしまうと、頭の中が『好き』で埋め尽くされてしまって身体のほうは金縛りにあったようになってしまう……とのこと。

 しかしもう失敗は許されなかった。好きな人の前で悶えるなんてことはもう嫌だった。そんな時の自分はきっとかなり締まりのない顔をしているに違いないし、こちらは相手の見目麗しさ、端正さに震えるほどときめいているというのに……何故そこで自分はまぬけな惚け顔でブルブルしていなければならないのだ。なんとも格好悪すぎるではないか。どうせなら、自分だってブレアに可愛いと思ってもらいたいし、格好良いところを見せたいのである。それなのに……有り余る好意をちっとも隠せない自分がとても恨めしかった。

 悔しがるエリノアの脳裏に厳しいソルの声が蘇る。


 ──エリノア様! 淑女におなりください!

 ──ブレア様の妃にふさわしきレディに!


(わ、わかってます! わかってますったら!)


 エリノアだって、王宮で見かける王太子とハリエットのように、スマートに、仲睦まじく、恋人の傍らにいるのは別段特別なことではなく当たり前のことなのだというふうに振る舞いたかった。似合いの二人だと、周囲に納得してもらえるような、ブレアに誇りに思ってもらえるような。


(い、いくぞ……今日こそは……)


 エリノアはブルブルと震えながら──……実はそんな懸命な姿をブレアに愛でられているとも知らず──無言で自分を待ってくれている青年の手に己の手を差し伸ばした。けれども、いざ握ろうとすると激しすぎる動悸が手に伝わって、どうにもこうにもうまく狙いが定まらない。


(や、やめてやめて⁉︎ なんで震えるの⁉︎ おおお落ち着いて私!)


 己の不甲斐なさが恥ずかしくて、ブレアの視線を感じると顔が燃えるように熱くて──……ふっと心の中に満たされていた焦燥感の中に、悲しい気持ちが首をもたげてきた。愛する人に相応しい自分になりたいのに、やはりそこには遠く及ばないような気がして。


(ぅ……)


 なんだか悲しくて、うっすらと暗い気持ちになりかけた。その時だった。


「……おい」

「っ⁉︎」


 気が張りつめていたところに急に後ろから話しかけられて。エリノアは思わずビクーッと、跳び上がりかけた。ブレアに手を差し出したまま慌てて振り返ると、騎士が腕に荷物を持って立っている。騎士はエリノアの顔は見ず、荷物を見るフリをして問うた。


「勇者様よ、この荷物はどうするんだ?」

「え……?」


 見れば騎士が抱えているのは、モンターク商店でエリノアが購入した商品の袋。店頭に置いておいて、後で持って帰ろうとしていたが、先にブレアを見つけてしまい、うっかり忘れていたことを思い出した。混乱していたが、咄嗟に「……あ……そ、それはルーシー姉さんにおみやげ……」と、答えると、ブレアが当たり前のように「ならば私が」と騎士から荷物を受け取る。しかし王子に荷物なんか持たせられないとエリノアが焦った時、今度はするりと白犬が足元へやってきた。


「……おい、あっちを見ろ、人間のちび共が貴様に手を振っているぞ」


 渋い顔で、手を振り返してやれという魔将に鼻先で示され、顔を上げると、確かに警備兵の向こうに並んでいる子供達がエリノアに向かって手を振っている。


「え……あ……」


 エリノアは戸惑った。沸騰していた頭に水をさされ、危機一髪突沸を防がれたようなそんな感覚だった。少しだけ冷静になって、自分が街中で人々の視線を集めていたことにやっと気がついたエリノアは。オロ……ッと、戸惑いながらも、魔将に言われた通り、こちらに向かって手を振っている人々に手を振り返す。と、またオリバーが「建物の上にも」と急かしてくる。


「ぇえ? ど、どこですか?」


 あっちだあっちだと言われながらエリノアが手を振ると、建物の上の子供が笑って、エリノアもついつい顔が綻んだ。なんだか笑顔を向けられたことにホッとしてしまって、気持ちがとても楽になった。


 ──が。

 無慈悲な騎士と魔将(小舅コンビ)はエリノアにほっこりする間を与えず、間髪入れない連携プレイで攻め立てる。

 

「おい、あっちの子供にも振ってやれよ」

「え?」

「そっちのおっさんも手を振って欲しそうだ」

「は?」

「あっちのばーちゃんも忘れるな」


 戸惑うエリノアに、騎士と白犬は次々と声をかけて彼女の注意を逸らす。──と、その間にブレアは、しれっとエリノア片手を握っていた。……まるで注目される勇者が、『自分のだぞ』と無言のうちに主張するように。スッと肩の重なり合う距離に立ったブレアに気が付いてエリノアも一瞬「あ」と、思ったが……それを恥じらうタイミングを──またエリノアが悶え苦しむ暇をオリバーたちがことごとく潰していった。


「こっちの赤子が──」

「そっちの犬も──」

「猫が──」

「鳥が──」

「ちょ、え? え、ちょ……ま……ぁああああ⁉︎」



 ……──と、いうことで。

 結果、エリノアはいつの間にかブレアと手を繋いでいたが、騎士と魔将に、「あっちだ」「こっちだ」「そっちじゃねーよどこ見てんだ」などと矢継ぎ早に言われているうちに。もうなんだか訳が分からなくなってきて、直前まで己が何に思い詰めていたのかもうっかり忘れてしまっていた。あらかたの観衆達に手を振り終えて、「も、もういい?」と、エリノアがゼーゼー言いながら騎士と魔将を見上げた頃には、彼女はもうブレアと手を繋いでいるという状況に慣れてしまっていて。

「大丈夫か?」と声をかけてくるブレアにも普通に応対し、どうやら希望通り、彼の前で悶え苦しまずにすんだ様子だった。


「エリノア、ではそろそろ帰ろうか」

「は、はい、申し訳ありません、またお時間を取らせてしまい──」


 ブレアに手を引かれながらエリノアが眉尻を下げると、ブレアは軽やかに笑う。


「君になら、それもまた喜びだ」


 朗らかにそう言われた時の、エリノアの顔は本当に幸せそうだった。


 ……──が。

 その幸せそうな二人の後ろ姿を見つめながら。小舅二人は勇者のあまりの御しやすさに──自分たちで嵌めておきながら──呆れ果てていた。


(単純すぎる……)

(まぬけすぎる……)


 しかしそんな二人も、ブレアに照れ臭そうな微笑みを向けている娘の横顔を見ると、まあ……あれでこそエリノアだよな……という顔。ため息をついて。彼らは、互いに顔を見合わせる。

 やれやれ、今日はなんとか和やかに行きそうだと。二人は互いの苦労を労わるような顔をした。







お読みいただきありがとうございます。


一つ気になったののですが、ヴォルフたちを男性ゆえに「小舅」と表現したのですが、意味合いとしては「小姑」のほうが正しいのでしょうか…?その辺が調べてみてもなんだかよくわかりませんでした(^^;)日本語って難しいですね;

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― 新着の感想 ―
[良い点] 疲れた1日の終わりに優しい話染みるわ。ありがとうございます。
[良い点] 小舅コンビが良いです! 地蔵のような顔のヴォルフガングさん! [一言] このジレジレした感じが、私をニヤニヤさせます。 ありがとうございます。
[一言] > 好きな人の前で悶えるなんてことはもう嫌だった それ無理。いずれ結婚してベッドインしたら好きな人の腕の中で(以下自粛)
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