魔将とブレア
「職務は終わらせている」
文句を言われる筋合いはないと言いたげなブレアの口調に、ヴォルフガングは苛立たしげにしっぽで地面を叩く。
「とりあえず俺様の前ではやめろ! 見ているこっちが恥ずかしくなって身体がむず痒くてたまらん! 毎度毎度飽きもせずアホみたいにベタベタしやがって! 見ろ! 貴様達のせいで耳の後ろなんか掻きすぎて毛が抜けてきてしまったではないか!」
「……」
イライラと耳裏を後ろ足でカカカッと掻きながら猛然と文句を言われたブレアは、眉間に縦皺を寄せ、そして普段通り冷静な調子で言った。
「聖獣殿、貴殿にはエリノアの護衛をしていただいているゆえ感謝しているが……彼女の私的なことにまで口出しをしすぎでは? エリノアは私の恋人ゆえ過干渉はやめていただこう」
ブレアはキッパリと言い渡したが、ヴォルフガングも負けてはいない。白もふ様は、豊かな毛並みの胸を張り、ピンと耳を立てて鼻先を高慢に天に向け、フンと鼻を鳴らす。
「ならん! 俺様はあやつの弟君からあやつを託されているのだ! 高貴なご命令の前に貴様の苦情など……は! 聞くに値するものか!」
「…………」
高笑う魔将に、ブレアも厳しい眼差しで対抗し──そんな対峙する二人の後ろでは兵士たちがコソコソと「まぁた始まったよ……」「お二人とも勇者様が好きすぎるな……」と呆れ顔で耳打ちし合っている。
「……聖獣殿、そもそも私たちはベタベタなどしては……」
「はぁ⁉︎」
毅然と訴えられようとした言葉に、ヴォルフガングがギョッとする。魔性は目を瞠って言った。
「ど、どの口が言う⁉︎ まさか貴様……自覚がない……のか⁉︎」
信じられないという形相で己を見上げる白犬の顔に……その目に浮かぶ呆れを見て、ブレアはここではじめて動揺見せた。
「⁉︎ な、何⁉︎」
「……信じられん、これがいわゆるアレ(※恋とか言いたくない)は盲目というやつか……」
魔将はそこはかとなく気の毒なものを見るような目でブレアを見ている。
彼がここ数日目撃した限りでは。エリノアに求愛して以降のブレアの態度はかなりあからさまである。いや、言葉は以前とあまり変わらない。変わらず口は重く、発言は少ない。──が、最近のこの男は気持ちが顔と態度にそれが出るのだ。
忙しいくせに、エリノアが城下に降りると、必ずこうしてわざわざ自分で出向いて迎えにくる。……彼女がヴォルフガングたちの魔術で楽に帰れるとわかっているくせに、である。
来たら来たでエリノアの気がすむまで店の外で黙って待つ。何をするでもなく、じっとエリノアを眺めて過ごしているから……まさかこんなところに第二王子が突っ立っているとは思わぬ町民たちからは、時々勇者の護衛の一人と勘違いされている。
そしてエリノアが手伝いを終えて出てくると、彼は静かに瞳を和らげて、微笑みながら勇者を迎える。そんな男に気がつくと、エリノアも飛び上がって嬉しそうに駆けてくるのだが……ヴォルフガングは知っている。この男は、特にその瞬間がたまらなく好きらしい。その瞬間の彼の幸せそうな顔といったら……周りにいる兵士たちが愕然と顎を落とすくらいの破壊力があった。ヴォルフガングはいつもその瞬間のブレアは犬のようだと思っている。
そして帰城の段になると、第二王子は必ずエリノアと手を繋ぎたがる。エリノアがそれを恥ずかしがってためらうと、この男はまるで捨てられた子犬のような顔で寂しげに瞳を伏せてしまうものだから……それに萌え耐えかねたエリノアが、己の恥ずかしさを捻り殺さんとするような苦悶の表情で男の手をブルブル取り……真っ赤になって……おずおず握られた手を見たブレアが、また心底嬉しそうな顔となり──その顔にまたエリノアが萌え悶え、娘の苦しそうな様子に気がついたブレアが慌ててエリノアを抱き上げて城に帰る──……と、いうところまでが、ここ最近の一連の流れであった。
それを毎度見せられるヴォルフガングは、もう呆れ果てていて。魔将がもう勘弁してくれとブレアを睨んでいるのはそういう訳だった。もういっそとヴォルフガングはブレアを睨む。
「もういっそ! 俺様が転送術で私室に放り込んでやるからそこでやれ! 俺様の前でもだもだジリジリとイチャつくな!」
これ以上は身体が痒すぎるし、娘の身柄を預かる身としてはハラハラして胃が痛いのだと訴えられて。しかし、その訴えを聞いていた男は真顔で言うのだ。
「……貴殿はわかっていない。私はゆっくり歩きたいのだ、エリノアと」
お互いに忙しいのだからそれくらいの時間は奪われたくないと渋るブレアにヴォルフガングは「二人きりのほうが色々──都合がいいだろう⁉︎」と更に訴える。もう魔将も、何故自分がこんなことを必死で言ってやらねばならぬのかよく分からなくなっていたが……しかしブレアはなぜか困っている。
「あ⁉︎ なんなんだその顔は……⁉︎」
「いや……」
ブレアは魔将に生真面目な顔で言う。
「二人きりはまだ……照れてしまって、どうしていいか分からなくなるのだが……」
「は⁉︎」
「どうすればいいんだ?」
──皆さん忘れてはいけません。この男は、様々な武芸や職務においては達者ですが、こと恋愛というステータスにおいては同世代からはかなり遅れをとっています……。しかも生真面目さと、あまり他人を気にしない性格災いして時折周りを困らせます。
今回も、よく分からんと真剣な顔で逆に尋ねられたヴォルフガングはギョッとしている。
「お──俺に聞くな⁉︎」
「エリノアと二人だけだと何故かとても緊張してしまい、うまく身体が動かなくなる。エリノアも顔を真っ赤にして俯いて動かなくなってしまうし……その顔を見ていると、こちらも尚のこと照れるというか……だから他者がいた方がいいのでは?」
「ちょ、ま、」
魔将は待ってくれと訴えようとするが……どうやら淡々としているわりに、本気で悩んでいるらしいブレアは苦悩の顔で──……。
「しかし昨日は欲望に負けて口づけをしてみたんだが──死にそうだった、私の心臓が」
途端、真顔の告白に、ヴォルフガングが思い切りブホッと吹き出して。同時に、周囲で聞き耳を立てていた兵士たちも、王子の口から出た「欲望」という発言にギョッとして吹いていた。しかし本人は淡々としたものである。
「? どうした、大丈夫か?」
「だ──ば、お前よくもそのように平然と……! そ、その発言は危険! 危険だぞ⁉︎」
怒鳴った魔将は慌てた様子で周囲を見回している。どうやらそこらにいた者たちに話を聞かれてやしないかと心配らしい。いやもちろん聞かれていたに違いないが……ブレアの苦悩の滲む恋愛相談は続く。
「何故だろうヴォルフガング殿、こちらとしては無上の心地だったわけだが……同時に精神が擦り切れそうというか……いや、理性を抑えるのに消耗してしまって、危機すら感じた」
「や、やめ──ゲホッ、お前、ちょ、」
「エリノアも真っ赤になって目を回してしまい医師に診せる事態となったし……まだ時期尚早だったのか? それとも互いにまだ慣れが必要ということか? しかし慣れようにもそこまでにかなりの精神力が必要で困っている。あまりあれを繰り返すと、まだ婚約の発表もまだの現状ではまずいのではないかという懸念も……」
「………………お前はあれか……? どこか変なのか?」
生真面目すぎるし、平然としていすぎるし、堂々としすぎているとヴォルフガング。だってと魔将。ここは、街中だ。今は勇者滞在中ゆえ兵士が住人らの往来を規制しているが……それでも人々は行き来しているし、ブレアの発言の全てか彼らに聞かれている。が、男は平静なまま。スッと細められた瞳には動揺もないし、声音すら変えない。しかも……
「? 変? 青年期としては、恋愛の話は適切な話題なのでは? ソルもそう言っていたが……」
……こうである。本人は至って真面目。要するに。ブレアはエリノア以外の前ではなんら外聞を気にしていないらしかった。エリノアの目は気にするが、他者の目が自分をどう見ていようと、自分の発言に魔将が砂を吐くような思いでげっそりしていてもカケラも気にならぬらしい。
沈黙を余儀なくさせられながら……ヴォルフガングは思った。まあ、確かに王子が恋愛の話をしようが、多少奥手だろうがそれは変なことではない。しかし……魔将は心底思う。
──ブレアよ……貴様ソル・バークレムに相談するのだけはやめろ。
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