勇者様出没の店
「おじさん!」
「ん?」
声をかけるとモンターク商店の裏手側で荷物を解いていた店主が顔を上げて。息を上げて駆け寄ってくるエリノアを見て、おやおやと両眉尻を下げた。
「エリノア嬢ちゃん……」
「こ、こんにちは! あれ、もうこんばんは、か。ええと、これ中に入れたらいい?」
「また来てくれたのかい? 毎日来てくれなくても……無理しないでいいんだよ?」
店主は少し困ったような顔をしてエリノアを迎えた。
彼はエリノアが聖剣の勇者だということを彼女の口から打ち明けられて承知している。それを聞いた時、店主は当然とても驚いていたが……人がよく、エリノアを子供の頃から知っているリードの父は、それよりも心配のほうが先に立ったようだった。彼は、こうして予定の合間を縫って通ってくるエリノアが、疲れ過ぎていやしないかととても案じてくれいて。彼女が店を訪れると、すぐに奥にあるモンターク家のほうでお茶でも飲んでいけと勧めてくれるのだが……
けれどもエリノアは、すぐに袖捲りをして慣れた手つきで店主が解いていた荷物を両手に抱え、店の裏口から倉庫の中へ運び入れていく。
「ありがとう、お茶はまた今度! おばさんは今お夕飯の用意で忙しいんでしょう? 大丈夫よおじさん。私こうして身体を動かしているほうが好きなの。お城で勉強してるよりずっと。座りっぱなしだとホント疲れちゃって……それにここにきたらおじさんがバークレム書記官の愚痴を聞いてくれるしね」
そう言ってエリノアは苦笑する。もともと勝気なエリノアは、奇天烈なソルに対しては面と向かってツッコミを入れるほうだが……最近の“ブレア婚約者”と“女神の勇者”の教育を任されたと大いに気負っているソルは、以前よりもエリノアの文句への跳ね返し力が上がっていて……反論するのも一苦労なのである。
「そうかい? うちは助かるし、愚痴くらいならいくらでも聞くけど……」
でもなぁと店主は、申し訳なさそうに頭を掻いている。
──あの日から。リードが消えてしまったあの日から。エリノアはこうして毎日モンターク商店に通っている。どんなに忙しくても欠かさず、少しの時間しか取れなくても。そうせずにはいられなかった。
もちろんエリノアは、きっとリードは生きていると信じている。
けれどもおそらくあの時、衰弱したメイナードはすぐに彼の無事な姿をエリノアたちに見せられるほどには、回復はさせられなかったのだろう。だから、きっとコーネリアグレースやマリーたちが、あの卵のような状態のメイナードごとリードをどこか安全な場所へ連れていってしまったのではないか──と、思っていた。
あの事件の直後は、エリノアたちが住むこの地域にも、人々を助けるために王国兵が大勢降りていた。コーネリアグレースたちは魔王一味。魔王が王都を破壊した状況下で王国兵たちに見つかれば、いつ攻撃を受けてもおかしくはなかった。だからきっと、彼らは安全なところへ身を移したのだろう。
……しかし、その説明が、リードの両親には不用意にはできない。
王都では、王都を破壊したのは魔王だった、という話はもう広まってしまっている。人々にとっては魔王は当然悪で。この状態で……息子が魔王一味に連れ去られたなどということを言ってしまえば、夫妻を混乱させてしまうことは間違いがない。
こうして毎日店を手伝いながらも、エリノアはずっと悩んでいる。リードの失踪を、彼らになんと説明したらいいのかと。
夫妻は、エリノアにはリードが失踪してしまったことへの悲しみを見せたことがない。──でも、自慢の息子を突然失って悲しまない親などいるだろうか。
しかしモンタークの夫妻は、さすがリードの両親なだけあってとても善良で優しい。だからきっと、ここのところずっと忙殺され気味のエリノアを思いやって、その悲しみを見せないつもりなのだろう、と……エリノアは思っている。
そんな彼らにエリノアは希望のある言葉をかけたいが……でも……そもそも彼女自身、本当のところリードがどうなったのかをまったく知らないのだ。
何も説明してあげられない、ちゃんとした慰めも言えない自分は、せめてリードが戻るまでは、どんなに忙しくても彼の代わりに少しでも力になろうと決意していた。
「おじさん、これ全部お店のほうに補充していいのかな⁉︎」
店の中まで荷物を運び入れて、倉庫のほうにいる店主を振り返り精一杯威勢よく店主に問うと、店主はそちらで、やはり眉尻を下げて困り顔で頷いた。
──こんな調子のエリノアに、モンターク商店の夫妻は、いつもとても申し訳なさそうな顔をする。
「嬢ちゃんいいんだよ? リードの代わりにと思ってきてくれてるんだろう……? でもあいつはきっとどっかで元気にやってるよ。身体も丈夫だし、要領いいし、結構運にも恵まれてる。だから絶対大丈夫」
リードの父はいつもエリノアにそう言ってくれる。
連絡がないのはきっと何か事情があるのさと店主は気丈に言い、夫人もそれに朗らかに頷く。夫妻は心からリードの無事を信じているようだった。──でも店主は、絶対に、エリノアに店に来るなとは言わない。
彼女が勇者になったと同時に、王子の婚約者となったことも彼は承知していて、忙しいエリノアを心配してはいたけれど。彼女が、息子が消えたことで気を病んでいることをちゃんと分かっていて、こうしてモンターク商店に来るほうが気が楽なのだろうということも、彼はやはり理解しているようだった。
そしてそれはヴォルフガングやオリバー、ブレアにも分かっていて。(※残念ながら……主人第一な聖剣はよく分かってなさそうだったが……)だからこうしてエリノアが望む間は、彼女の商店通いを止めないということで、周りの者たちの意見は一致しているのであった。
因みに余談だが……
こうしてエリノアが城下に降りてきてモンターク商店で働いているということは、実は城下警備の騎士や兵たちに素早く伝令が飛んでいて。毎回この周辺地域の夕刻の警備はやたら厳しくなっている。駆り出される兵たちも大変である。何せ、勇者は魔術でここへ転送されてやってくる。……その現場に足で駆けつけなくてはならないのだから、兵士たちには一苦労というわけであった。
が、しかし、今や王都では、エリノアが頻繁に通うモンターク商店は、“勇者御用達”“勇者出没の店”という噂が広まってしまっていて……
放っておくと人が大勢殺到してしまうものだから、王国としても、エリノアの身の安全を確保するためにも、警備を怠るわけにはいかないのだった。
現在も、少し離れた路上では検問が行われ、モンターク商店の店表では、入店制限が行われている。
──それをエリノアは知らない。
こうして密かに皆にちょっぴり迷惑をかけてしまっているエリノアだが──正直なところ、彼女のお陰でモンターク商店はかなり潤った。……もちろんこれはリードの両親らは予想だにしていなかったこと。
そしてさらに、トワイン家周辺住民たちは今、密かなる計画に盛り上がっていた。勇者の暮らしていたトワイン家とその周りの一帯を、“勇者様ゆかりの地”として観光地化することを。──もちろん、この計画にはトワイン家の大家、タガート家が一枚も二枚も噛んでいる。
……きっと、エリノアのちょっぴりの迷惑は、不問にされることだろう……。
タガート家…というより絶対ルーシーですが。
きっとそのうちエリノアの銅像とかが建てられることでしょう。
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