令嬢と魔将 ③
寝室には、そこにあったはずの、メイナードが瀕死のリードを守るために身体を変化させたという物体もなく。その中にいたはずのリードも。わずかな痕跡すら残さずに消えてしまって。
それを見て一気に青ざめたエリノアは、慌てて彼らを探そうとして──……彼女は気がついた。
その他の魔物たち──ヴォルフガング以外の魔王配下たちもどこにもいないのだ。どんなに喉を枯らして呼んでも、ヴォルフガングに方々を捜索してもらっても。コーネリアグレースやグレン、それにマリーたち姉妹の姿もそれきり。ブラッドリーが呼び出したと思われるコーネリアグレースの娘たちや、巨大な蛇、鎧のエゴンもそれ以降エリノアたちの前に現れることはなかった。
──ただ、唯一。それから数日のちに、コーネリアグレースの夫グレゴールだけが、彼らの前にフラリと現れて。
大柄な灰猫紳士は、相変わらず考えの読めない表情でニンマリしながら、片方の前足を失ったヴォルフガングに、『使えばかりそめの足になる』と言ってある物を彼に持ってくるよう要求した。それが……例の魔具。彼がブレアやルーシーに気まぐれに与えた彼お手製の魔法道具である。
すんなりそれを返したブレアはともかく。その、令嬢を恐ろしく凶悪化させる魔具をとても気に入ってしまっていたルーシーは少し渋った、が……彼女が大切にする義理の妹エリノアに、泣きっ面で必死に懇願されれば彼女も折れぬわけにはいかなかった。
そういった事情で。今、魔将が見た目上は両前足が揃っているように見えるのは、そのおかげである。
……ルーシーは今も時々言う。
物欲しそうな顔で魔将の前足を見つめながら、
『……それ……たまに貸してくれない? 面倒ごとが起きた時に』
『…………やめとけ、エリノアが泣くぞ‼︎』※ヴォルフガング
しかし、グレゴールが現れたのはその一度きり。その後は再び彼も消えてしまって行方は知れない。
彼は、エリノアたちが弟の安否やリードの居場所を尋ねても、終始ニンマリしたままで何も語らずに去っていってしまった。
「…………」
魔将は、その時のエリノアの取り乱しと、以降の落胆した様子を思い出して苦々しく思った。
娘は、最初に家に帰宅した時、「もしかして」と、淡い期待を抱いていたようなのだ。もしかしたら、家に帰れば、彼女の最愛の弟が、皆が、そこで自分たちを待っていてくれるのではないかと。優しく腕を広げ、いつもと変わらぬ笑顔で『おかえり』と、出迎えてくれるのではないかと──……
しかし、その期待は見事裏切られた。
以降、エリノアの傍に残ったのは、ヴォルフガングと聖剣テオティルだけ。その他の魔王配下、そしてリード・モンタークの安否は未だ不明である。
「…………知らぬ、まだわからぬ」
悲しそうな娘の顔を思い出してしまった魔将は、感じた苦さを表情に滲ませながら、己に主君らの行方を尋ねてくる娘を憮然と見返した。と、そんなヴォルフガングの表情に、ルーシーは目を冷たく細める。
「……生意気坊主が生きているか、死んでしまったかもわからないわけ? あんた魔物なのに? 本当に?」
魔将が人の気配を視覚と嗅覚で捉えられ、それを追うことができると知っているルーシーは思い切り怪しんでいる。
疑り深い表情で繰り返されたヴォルフガングは、ふんとそっぽを向いて不機嫌そうにフーッと犬の鼻から息を噴き出した。
「ふん、たとえ知っていたとしても貴様になど言うものか、魔王様を“生意気坊主”だのと……無礼者めが!」
「は、はぁぁあああ⁉︎ この聖獣様が! あんた舐めてるとすり潰すわよ⁉︎」
「⁉︎ っ聖獣と! 言うな! 巨大うさぎに化けて貴様の屋敷を蹂躙するぞ!」
「⁉︎ うさぎ⁉︎」
……どうやらここの相性はあまり良くなさそうである。
…多分、巨大うさぎの姿で足ダンをされたら、タガート家の床は抜ける…
いや、やれヴォルフガング…!という方は(笑)是非是非ブクマや評価で応援していってくださいね(o^^o)♪
さて、お読みいただきありがとうございます。
ここでちょっと連投は休憩。書くのが楽しくて先走りすぎて取りこぼしがあってもいけませんので、(どこかにルーシーとジヴ様のエピソードもぶち込みたいですし…)ちょっと一度読み返してきます!




