令嬢と魔将 ②
「──じゃ、やっぱりその格好のほうがいいってことよ、頑張って、聖獣ちゃん」
ルーシーはさして興味なさそうに適当な励ましを魔将に贈り……しかし言われた方のヴォルフガングは堪ったものではない。
「う、うう、ば、馬鹿な……そのような汚名……俺様は魔界の将で、高貴な魔王様の僕で……!」
大きな白犬は、ちょっぴり涙目になりながら牙を剥いて唸ったが……そのような威嚇がこの肝の座った令嬢に効くわけがなかった。ルーシーは、ハッ! と、嘲笑うような息を吐いて、肩をすくめている。
「人間って単純よねぇ……身体が白けりゃ聖で、黒けりゃ魔物なの? ……ま、でもあんたは勇者を守ってたしね、諦めなさいよ。いいじゃない聖獣で。勇者のペットって言われるよりマシでしょ」
「⁉︎ ⁉︎」
ぞんざいに言ってから、ルーシーは眉間にシワを寄せて憮然と息を吐く。
「……もういいかしら? いつまでもピーピー言わないでよね。こっちは色々忙しくてやっとのんびりしてるのよ。あんたの愚痴なんか聞いてる暇ないわ」
令嬢は、糖分を摂るのに忙しそうにしながら、大あくびをしている。……しかし事実ルーシーは、今非常に慌ただしい日々を送っている。
諸事が重なり国側はまだ正式な発表はしていないものの、女神教会側はエリノアを正式に勇者として認定した。ゆえに、女神が降臨したあの日から、そのための儀式やら式典やらには、ルーシーも身内として立て続けに駆り出されている。
……そして因みにだが……
あの日、この令嬢が謎の黒髪少女たちと結託し、ブレアを攻撃し連れ去った一件は、彼女自身の釈明とブレアの寛大な計らいにより不問にされた。
ルーシーは事情説明の折、居並ぶ高官、大臣たちの前で──ハラハラしズキズキする胃を抑えながら青ざめた顔で付き添った父タガートの前で。堂々抜け抜けと言った。
『……だってぇ、ブレア様がいたら私の勇者様が存分に力を発揮できないと思ってぇ──ほら、ブレア様はお勇ましくてあらせられますからぁ、そこに愛しい恋人を残して避難しろなんて、絶対聞いてくれないじゃないですか──? だからぁ、多少無理矢理にでも引き剥がさないと、お二人とも命が危険かなって思ってぇ──え? あの魔法を使った女の子たちですか? あー知りません♡ うーん、もしかしたら国の危機に駆けつけてくれた奇特な魔法使いさんたち……とかじゃないですか?(にっっっこり)』
……と。
異様に間延びした、わざとらしく媚びるような説明を彼女はやってのけ。その恐ろしい光景は、彼女の本性を知る父や騎士オリバーらを戦慄させ、ブレアを重く重く沈黙させた……。
──ともあれ。エリノアやブレアの口添えもあって、なんとかあの時のことを言い逃れたルーシーは。こうして度々王宮に来ては、彼女以上に忙しいエリノアに代わり、エリノアの傍にいるヴォルフガングと情報の交換をしつつ、義理の妹を支えるために日々奔走している。
今回の件は、タガート家としても願ってもない栄誉である。抜け目のないルーシーにとっては好機中の好機。その栄誉を余すことなく、エリノア及び家族らのために享受すべく働いているというわけだった。
そのためになら、多少口うるさいが、害のなさそうな魔物が一匹くらいエリノアに張り付いていようがどうでもいいらしい。むしろ……便利にこき使う気が満々である。
しかしまあルーシーが手段を選ばないのもある意味仕方がなかった。養女であれ、家の者が王家に嫁ぐ一大事である。エリノアが王家に入るとなれば、彼女の養家としての準備にはいくら人手があっても足りない。
それに第三王子派が続々と処罰されていっているとはいえ、まだそのすべてが罰せられたわけではないから義理の姉としては妹を守ってやらなくてはならないし、地盤固めのための根回しにも忙しい。その上、方々の貴族連中からは、祝いだなんだと茶会や夜会に招かれるわで……本気で目が回りそうな多忙さなのだった。
「あー……もう、」
少しだけうんざりしたようなため息をついて、でもとルーシー。
「……こういう時はよからぬ輩も寄ってくるからね、私とパパが守ってあげなくちゃ……」
だって、と、ルーシーは言葉を切って。遠くを見るように、窓の外へ視線をやった。
──もう……ブラッドリーはいないんだし……
「…………」
令嬢は、少しだけしんみりと瞳を伏せて。しかし、傍のじゅうたんの上で魔将が未だ嘆いているのを見ると、この気短な令嬢はイラつきが勝ってしまったらしい。父親譲りの獅子の覇気で睨むようにして一喝。
「……まったく……あんたもグダグダ言ってないで手伝いなさいよ! それに例の件はどうなったのよ⁉︎ あんたちゃんと調べてんの⁉︎ 手掛かりくらい掴んだんでしょうね⁉︎」
ちゃんと捜索しているんだろうなとギロリと睨みつけてくる令嬢に、ヴォルフガングはムッと口を結んで沈黙する。
──あの時。
エリノアがブレアの求婚に応えた後。彼女はヴォルフガングや聖剣と共に、転送術を使い急いで城下の自宅へ戻った。
しかし──……。
エリノアがその扉の中へ飛びこんだ時。そこは──……既にもぬけの殻だった。
メイナードも、コーネリアグレースたちも。そして……リードさえも。
──皆いなくなってしまったのである。




