93 勇者と女神…と、同僚たち
「──ぁ……」
ヴォルフガングの背中に乗ったままのエリノアが、咄嗟に両手を差し出す。と、それは静かにそこに収まった。羽根のように軽い聖剣の剣身を左手で支え、右手で柄を握った。ぐっとその感触を感じた瞬間。
「っわ!」
両手の甲の女神の印が歓喜するように輝きを増して。一気に空間を満たした光は、唖然とする人々の周囲でキラキラと金の粒を舞い散らせた。その中心にいたエリノアは驚きに瞳を白黒させて、呆然と聖剣を見つめている。
その横顔を、人々が見ていた。
華奢な手に授けられた、この国の誰もが熱望し、敬意を持ってその主人が現れるのを待った聖剣を。一度は失われたかに思われたそれを手にした娘を。
クラウスの傍らのブレアも、ヴォルフガングも、オリバーも、そしてその場にいた大勢の王宮や宮廷で働く国民たちも。──皆、一様に言葉もなくその光景に見入っていた。
ボロボロで、頬に涙のあとも真新しく。その剣を見つめている娘。城の者たちの多くはそれが誰かを知っている。彼らの同僚であり、ただの王宮侍女であるはずの娘の手に、その栄光が授けられるのを、皆固唾を吞んで見守った。
エリノアは、掌に馴染む聖剣の中に慣れ親しんだ気配を感じると、くしゃりと顔を歪めて泣きそうになりながらそれを迎えた。
「テオ……」
『主人様』
嬉しそうな声が聞こえたかと思うと、テオティルが人の姿に形を変えた。
銀の髪の青年は、恭しい丁寧な仕草でエリノアに跪き、首を垂れる。突然現れたこの世のものとも思えぬ美しい青年に、周囲からは驚きの声が上がる。
エリノアは深々と頭を下げた彼に、慌てて問う。
「テオ……あのお声の方は……まさか、女神様、なの……?」
エリノアが戸惑ったような顔をして見せると。彼は微笑み、「左様です」と穏やかに頷いて高い空を見た。その返事に愕然としながらも。エリノアはテオティルの視線に促されるように、彼と同じく空に視線を向ける。と、再び声が注がれる。
『──私の勇者』
「ひゃ、ひゃいっ!」
優しく呼ばれたエリノアは、緊張で思わずビビッと背筋を伸ばす。応じる声もうわずった。──途端、周囲て見ている者たちの間から不穏な空気が漂う。
『なんだあれは情けない』
『本当にあれが勇者なのか?』
……などといった不満の声などではない。
ただ……見守る者たちの中に混じるエリノアの同僚たちが、ハラハラしすぎて吐きそうになっていた。
(こ、声が裏返ってる……ちょ、だ、大丈夫なんですかあの子⁉︎)※同期侍女
(女神様の御前とか……何かやらかしそうな気が……ぅっ……こっちが緊張して気持ち悪くなってきた……)※先輩侍女
(あの子に何かあったら王妃様が怖いのよ! じ、侍女頭様!)※王妃の侍女
(……い、胃痛が……エ、エリノアとにかくしとやかに! せめて転ばなければ……いえ、とにかく聖剣だけは落とさないでちょうだい……!)※侍女頭
……我が子の発表会に緊張しすぎる親たちのような者たちが大量発生中。
特に幼くして勤め始めた頃のエリノアを知る者たちの緊張感といったらなかった……。
侍女たち以外にも、ブレアの陣営の大臣や兵士、中にはエリノアの顔見知りの門番たちなども、どこか顔を青ざめさせてハラハラ気を揉んでいる様子。皆、流石に女神の手前騒がないが、心の中は必死である。そこでエリノアのことをよく知らない兵士などが「おーい……なんだあれ、本当に勇者なのか?」などということを傍で言おうものなら……
その者は、ざっと音がするような勢いで侍女集団に睨まれてギョッと身を竦めることになった。
「「「……ちょっと……坊ちゃんあとで顔貸しなさいね」」」
「⁉︎」
侍女たちの顔には、『てめーいらんこと言ってうちの子の晴れ舞台を邪魔したら、一生お前らの部隊の隊服のアイロン掛けも隊舎の掃除もしてやらねーぞ』と、書いてあった。
……そんな者たちの心配など露知らず。……というかそんなことを気にする余裕があるはずもないエリノアは。
緊張を顔に張りつかせ、天を見上げて女神の次の言葉を待っていた。
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