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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
四章 聖剣の勇者編
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87 グレンの罠

 

 瓦礫の山と化した王宮の中。かろうじて残った崩れかけた棟の上で、傷だらけのグレンがうすら笑いを浮かべていた。


「…………なんか……思ってたのと違ったな……」


 笑っている割に、三角の耳は微妙そうに後ろに倒れていて。

 ──違った──とは。どうやら先ほど彼の視線の先で行われたルーシーの所業のことらしい……。


 今回、グレンの予想では、令嬢は、令嬢がゆえに。父親将軍タガートのためにも。もっとこそこそと、王国の人間たちに身元を隠す形で邪魔な王子を排除するだろうと──思っていたのだが……。

 令嬢のやり口は、姑息な手段を好むグレンが思いもよらないような力技だった。


「うーん……脳筋だから扱いやすいと思ったのに……強引さがこっちの思惑を超えてくるな……」


 いやだってとグレン。本人不在だが……突っ込まずにはいられない。もっとなんかあるだろう。仮面や覆面をかぶるなり、フルメイルを着るなり。あののんき勇者のエリノアですら、出先で物の調達が難しい中でも、身バレ防止のために策を講じたというのに。(※箱の勇者爆誕事件)

 あの娘は、この王都なら、いくらでもあるはずの身元を隠す方法の、どれにも手をつけなかった。

 だがまあよく考えてみれば、ルーシー・タガートは、あまり小細工が好きそうなタイプではない。


(読み間違ったかなー……)


 グレンは令嬢について行かせた妹たちにも思いを馳せて、眉間にシワを寄せた。

 彼女たちを令嬢について行かせたのは、もちろんブレア排除のためだ。頼りになるとはいえ、ルーシー・タガートは人間。目的を速やかに実行させるには、魔術が必要になることはあるだろう。ついでに身元を隠すために令嬢が必要とするものも、妹たちに調達を手伝えと言っておいたはずだが──……。


 しかしどうやら。魔物とはいえ、妹たちはまだ未熟。幼いマダリンたちは、すっかりルーシー・タガートの猪突猛進ぶりに吞まれている。

 グレンは思った。


(はー……人間こわ……)


 まあ……あれを人間代表と考えるのはどうかと思うが……あの令嬢は、グレンの想像を遥かに超えて豪快で。普段は実の兄であるグレンにすら手を焼かせるちびっ子たちは、ルーシーの圧倒的な統率力を前に、兄に頼まれた仕事など、ぽろっとどっかに転げ落としたらしい。まるで母コーネリアグレースに従うかのように従順についていった妹たちを思い出して、うーんとグレン。


「…………そそのかす相手、間違えた? うーん……でも他に使えそうなやつ、いなかったしな……」


 魔の主君に罰せられた己の身は、かなり深くまで魔力が侵食していてすぐに回復はしない。あまり機敏に動くのは無理なのである。この状態のグレンが、今ブレアに襲いかかっても、きっと父の魔具のせいであっさり返り討ちにあうだろう。


「まあそれに、私はまだお役目があるしな……」


 グレンは考えながら、遠目に見える、彼の王と、忌々しい女神の聖剣を手にした勇者とを見つめた。

 ルーシーがブレアを攫っていって、残されたエリノアは、どうやらかなり動揺している。その、うろたえて、血の気の引いた顔を見ながら──黒豹の顔の魔物は、己の額から毛並みの上を伝って流れ落ちてきた血の雫をペロリと舌で舐めとった。


「ま、いっか……あの女がどういうつもりかわからないけど……邪魔なブレアさえいなくなれば、こっちのものだし」


 グレンはまったくと愚痴をこぼす。


「父上が余計なものあいつらに渡すから……! おかげで余計な手間が増えたじゃないか! 本当に身勝手なんだから……!」


 グレンは、己の父グレゴールに向かってぷんぷんと憤慨し、万人が「……どの口が?」と尋ねたくなるようなことを平気で言う。──が、とにかく。グレンはやれやれと、ひとまずは場を己の思うがままに整えられたことに満足した。その顔に、また邪悪な笑みが戻ってくる。


「……これで、やっと陛下のお望み通りになった」


 グレンの瞳は三日月のように細められ、悦に入った獣の視線は、ひたりとエリノアを捉えていた。


「ま──あとはせいぜい、姉上が思い切り人間どもの前で罠にかかってくれれば──……」


 ──ぜーんぶ、おしまい。


「……ふふ」


 いかにも愉快という顔でグレンはつぶやいて。そして、堪えられないというふうに身を折って笑い声を漏らした。はじめは小さく。それから弾けるように天を仰ぐ。


「……ふふふ……っ、あーははははは! 女神め、ざまあみろ! お前の出る幕なんかあるわけない!」


 グレンはもう少しだと肩を揺らす。──だって、あの勇者は本当にまぬけでお人好しだから。狡猾な我らが王に、勝てるわけがないのだ。これであとは──自分がうまく餌を勇者の鼻先に置いてやれば、すべて魔王様の思うがまま。

 魔物は、ここまでくれば、それはとても簡単なことのような気がしていた。

 なぜならば、今日まで共に暮らしてきて、グレンはあの勇者が一番弱いところを十二分に知っている。たとえそれが罠だとわかっていても、あの勇者なら、聖剣を放り出してもかかる罠を、グレンは今すぐにでも用意できるのだ。


「ふふふ」


 思う存分笑ったグレンは、天をねめつけ鼻を鳴らし、それから地上にいるエリノアへ視線を向けて、甘ったるい声で言った。


「──お別れだね。姉上」





 そんな不穏な魔物の言葉も知らず。


「………………」


 地上でエリノアは、呆然と、その何もない空間を見つめていた。

 顔を強張らせ、手には聖剣。──その動揺は、たった今、この魔王と対峙している窮地で、彼女の義理の姉がブレアを攫っていってしまったためである。──見つめている虚空は、ルーシーが転送術らしきもので消えた場所だった。


(ルーシー姉さん……)


 エリノアが喘ぐ。彼女の残していった言葉が気になっていた。


(──……あれは、どいういう意味……?)


 まるで、自分が死を覚悟していることを分かっているような口ぶりだった。


 ──……ブレア様を無事返して欲しかったら……

 ──あんたも必死で生き残りなさい


 もちろん、『無事で返して欲しかったら』なんてことは言っていても。彼女がブレアを傷つけるようなことはないはず。義理の姉は、多少(?)乱暴だが、エリノアが大切に思っている人を傷つけるような人では──……いや、もちろん……何かの拍子に決闘を申し込むくらいのことはしそうだが──……


(い、いやでも……)


 しかしこんな時に。国が魔王に襲われているような、こんな時を選んでそれをするような非常識な人間ではないはずだ。


(なんかものすごく乱暴で──わざとらしく胡散臭い言い方をしてたけど──言葉通り、ブレア様を助けにきたということ……?)


 どう考えてもあの『あーら王子が落ちてる!』『拾っとかなきゃね!』……という台詞は、あからさまに嘘くさかったし……、エリノアには見覚えのない少女たちを、トワイン家に所縁のある娘たちと偽っていたことも気にはなった、が……。


(いや、でも、う、うん……多分大丈夫……)


 エリノアは、いろいろ不安がありすぎるが、ひとまず義理の姉を信頼することにした。

 この窮地だ。それしかなかった。ルーシーの行動はあまりにも乱暴でしっちゃかめっちゃかで。混乱しないほうが無理というものだが、今は戦いの最中。

 しっかりしろと、エリノアは己を叱咤する。

 ブレアがここを離れてくれたなら、それは歓迎すべきことだと思い直した。あの人は、こんなところで命の危険にさらされていい人ではない。


(…………)


 ──愛している……


 その言葉が耳に蘇ると、胸が切なく傷んだ。

 そうだ、逆によかったのだ。おかげで、場がシンプルになった。あとは、自分が弟を止め、去るだけだ。……あんなふうに言ってくれた人を、これ以上ここで危険に晒すことなど、ないではないか。


 ──そう、エリノアが思った時だった。


 身の内に、テオティルの鋭い声が強く響いた。


『エリノア様!』

「!」


 ハッとすると、いつの間にか目の前に、大きな影。

 曇天から注がれる覇気のない陽光を遮り、ジロリと自分を見下ろした魔王の凍てつくような眼差しに。エリノアは息を吞む。

 ──次の瞬間。魔王の腕が振われ、エリノアは、その腕で横に薙ぎ払われていた。


「っ!」

『エリノア様!』


 逞しい腕が彼女に当たる直前。聖剣自身がエリノアの腕を引っ張るように動き、彼女に剣身を横に構えさせて盾となった。が、多少のガードは効いたものの、剣を持つ腕力が足りなかった。聖剣の力で底上げされているとはいえ、エリノアの腕力は魔王には到底及ばない。

 堪えきれなかったエリノアは、剣を持ったまま吹き飛ばされて。しかし瓦礫の上に叩きつけられる寸前、人型に変化したテオティルが、彼女の身体を受け止めた。


「エリノア様! 大丈夫ですか⁉︎ 集中してください、今は余計なことを考えているような暇はありません!」

「ぅ……ん……」


 聖剣を弾かれた時に頬を切ったらしい。エリノアの顎に滴っていく血にテオティルが心配そうな顔をする。──が、それ以上案じる暇もなく。そこへ地を蹴った魔王があっという間に迫りきて。猛烈な勢いのまま、大剣をかたどった魔力の刃をエリノア目掛けて突き出してきた。


「!」


 エリノアを横抱きにしたテオティルは、それを咄嗟に転送術で避ける。

 短い距離を数回転移を繰り返して魔王から距離をとったテオティルは。魔王を睨み、それから急いた声でエリノアを促す。


「エリノア様……奴は本気です。おつらいでしょうが……」

「……わかってる」


 気遣うようなテオティルの言葉に、エリノアは硬い表情で頷いた。


 ──目の前には、魔王。


「…………」


 エリノアは荒い息を吐き、動揺した己を押し殺した。

 決意したとはいえ、まだどこかに躊躇いはある。だからこそ、今は余計なことを考えて、心を乱れさせている場合ではない。

 エリノアはテオティルの腕から降りて、手を差し出した。すると聖剣の化身は消え、剣がそこに戻る。

 エリノアは、己の視線の先で、余裕綽々という顔で自分を笑いながら見ている魔王を真っ直ぐに見た。


 ──つらい。だけど、


「──私の手で、終わらせる」







お読みいただきありがとうございます。


【ご報告】


この度、あきのの別連載「悪役令嬢に…向いてない! 密かに溺愛される令嬢の、から回る王太子誘惑作戦」が、

エンジェライト文庫様より、電子書籍化していただけることになりました。情報解禁のお許しをいただいたのでこの場を借りて御報告いたします。


イラストを描いてくださったのは、祀花よう子先生です(o^^o)

イラストが……すんごい美麗です!( ;∀;)ヘルガ可愛い!メルヴィンの眼鏡男子ぶりが…胃にくるくらい素敵でした( ;∀;)


私の拙い文章が編集の方々の手により読みやすくなっていると思います。

配信日は上巻が7月21日予定となっておりますので、是非是非こちらもご購入いただけると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりのシリアス(ルーシー以外 [気になる点] 第2魔王軍の動向 [一言] 別作品の方の書籍化おめでとうございます ヽ( ゜∀゜)ノ
[一言] 悲壮な決意は届くのか。
[気になる点] 運動神経がなさそうなエリノアさんが、魔王様に勝てるのでしょうか… [一言] テオティルさん頑張って!
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