84 凶悪な結託
「ぁあん? ……なんですって?」
その要請を聞いて、赤毛の令嬢は顔を顰めた。こんな時に何言ってるんだという顔は思い切りのヤンキー顔。
彼女の前に座り込んで訴えているのは──グレン。
「……だから、今、頼めるの、あんたしかいない。多分、チャンスは今回きりだ」
グレンは途切れ途切れに言う。黒い毛並みは所々血に濡れていて、身体は痛むらしく呼吸も荒い。三角の耳のついた頭がよろよろと上がり、ルーシーを見つめる。
その傍らには、ヴォルフガングとコーネリアグレースが横たわっていて、婦人の夫グレゴールがどこから取り出したのかも分からぬ怪しい薬や器具で妻らを治療している。彼女らを、この王宮の少しはじの人気のない場所まで連れてきたのは勿論、グレゴールとルーシー。
そのまわりではマリーたち子猫がちょろちょろと行き交いながら、もっそりした父の手伝いをしていた。……ちなみに……可哀想な子猫マダリンは──いまだ、ルーシーの胸元の温もりに包まれたままそこで震えている。
どうやら清々しく戦いに勤しんだお嬢様は、その存在をすっかり忘れきっている。
──ともかく。
蛇らを一掃させたルーシーは、すっかり気に入ってしまったグレゴールの鞭を片手に握ったまま、周囲の気配に気を払いつつ、グレンの薄暗い顔を見下ろした。令嬢の声は低く、冷たい。
「…………私に魔物の片棒担げっていうの……?」
そう返すと、座りこんだ黒豹は、半身を起こしているのもやっとという様子のくせに、人を食ったような顔でニヤリと笑う。ルーシーは片眉を持ち上げた。どうにも、この猫野郎は考えが読めないわねぇと思った。
現在彼らと共にいるルーシーは、エリノアに頼まれたからこそ、彼らに手を貸している。
本当なら、義理の妹と、その弟を追って行きたかったが……エリノアが、涙を滲ませながら『彼らを守ってほしい』と懇願する頼み事を、ルーシーも断れなかった。
実力主義であるルーシーは、そこまで熱心な女神信仰者ではないが、しかし、魔王や魔物というものが、本来人類の敵であるということは周知の事実。状況を説明してくれた子猫の言葉は、一応嘘はない(※ルーシーは自分の詰問がどれだけ恐ろしいか自覚している)と、判断したが──だからと言って、他の魔物が同列に信用できるとは思っていない。
令嬢は、馬鹿言わないでちょうだいと鼻を鳴らし──……しかし、グレンはその好戦的に輝く彼女の瞳に、どこか挑発的な目を向け、猫撫で声で誘うように言った。
──魔王の望みを叶えることを、グレンはまだ諦めてはいない。
「──だって、あんただって、ブレアが邪魔だろう?」
「は?」
その誘惑するような言葉に、ルーシーの目が尖る。猫の顔に並ぶ青い瞳は三日月形で、何か企みを隠しているかのように暗く鋭い。対する令嬢の表情も、はっきり言って悪党のそれだが……さすがの彼女も、そのグレンの言葉には目を細め、不愉快そうに何を馬鹿なと反論する。
「はあ? 私がいつブレア様を邪魔だと──……、……、……、…………そういえば……邪魔ね」
…………なぁんということでしょう……
令嬢は……己のセリフの途中ではたとして。華麗に思考のUターンをお決めになりました……。ルーシーは、唐突に納得したように平然と返すのである。グレンはニンマリした。
「そうね、忘れてた。そう、私、ブレア様が邪魔なんだったわ。ええすごく」
「やぁっぱりぃ♡」
キリッと勇ましき顔で頷く令嬢に、グレンは血まみれのまま手を叩く。と、ルーシーの表情が一変した。殺気の混じる顔で、恨みつらみが溜まっているというようにため息を吐きながら、首を横にふる。
「そう、王子だかなんだか知らないけれど、ブレア様はすぐ私に無断でお父様を城に呼び出すし(※将軍仕事)、お父様はそれに無条件に応じるの。あれ……なんとからないのかしら……本当にイラつくわ……いったい何度ブレア様のせいで私とパパの約束が反故になったことか……っ! パパの誕生日に緊急で呼び出しが来た時(※城内で刺客が出た)は、私、剣を持って王宮に乗りこもうかと思ったのよ……」
最愛の父のために、幾月も前からサプライズを用意していたらしいファザコンの極み令嬢は、もしかしたら、と、一段と低くなった声で言う。
「……パパが私よりブレア様を好きなんじゃないかって思うと──……」
と、言って。そこで言葉を切ったルーシーは、青ざめた顔でおーほほほ! と、高らかに笑いはじめた。その狂気の滲む笑いには……傍でコーネリアグレースたちの治療を行っていたグレゴールまでが手を止めて。
「……なんと……なんという嫉妬の業……やはりあの娘、恐ろしいな。見てみろマリー、娘の周りに美味そうな私怨が渦巻いておるぞ。……いや、なんというおどろおどろしい……ああしかし手出しはやめておけ。残念ながら、あれを喰ろうたらこちらが破滅する。間違いない」
「…………」
絶対に腹を下すぞと訳知り顔で首を振る父に。無言のマリーは、たまにはこの父もまともなことを言うんだなと思っていた。幼な子が呆れ顔で見ると、その恐ろしい人間女と兄グレンは、何やら悪党ヅラで話しこんでいる。
「──つまり……魔物にとっても、ブレア様が邪魔ってわけね……」
そうつぶやいて、令嬢は少し考え、頷く。立ち上がれないグレンの傍に膝をついて話を聞いていた彼女は、立ち上がって、まとめて鷲掴みにしていた鞭を肩にトントンと乗せる。
「……いいわ。あの男とはいつか落とし前つけようと思っていたし。こんな混乱期でもなければ、王子に挑むなんて機会、立場的にあまりないしね……あーら楽しみになってきちゃった!」
ルーシーは鷹のような瞳で彼方を睨み、まるでそこに獲物がいるような好戦的な顔で鞭を大地に打ちつけた。そしてことが思惑通りに進んだグレンは、口の端を持ち上げてうすら笑いを浮かべている。
……そんな二人の凶悪ヅラな交渉を……子猫らは恐ろしげに見守った。
「……にーさまったら……」
「……こわ」
「……やば」
「なんてやつに、てをだしたの……」
「あとしまつがたいへんそう……」
「きっと、血のあめが、ふるね……」
子猫たちは皆口を揃えて、倒れたコーネリアグレースの傍で一塊になってやばいやばいと震えている。
──そんな姉妹たちを見て。その恐ろしい娘の胸元に入れられたままのマダリンは、シクシク泣いた。
「は、はやく、だちて……」
お読みいただきありがとうございます。
…凶悪、凶悪です。
こんなシリアス真っ只中に、またグレンが何かを企んで?います。
さて物語も終盤ということで、シリアスなあまり書き手も煮詰まってしまいまして…( ´ ▽ `;)
気分転換ということで、書き溜めていたラブコメを一つ公開いたしました。
元人外騎士との溺愛もの、のんきライトなお話なので、よろしかったら、
『お嬢さま曰く、「確かに私は“元”首なし騎士のからだが目当てですが…!」』のほうも、お楽しみいただけたら嬉しいです!(^∀^)人
あ、ちなみに、たくさん誤字報告してくださった方、ありがとうございます!すごく助かります!
ブクマ、評価してくださった方、感謝です!
 




