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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
一章 見習い侍女編
30/365

30 魔王の元乳母が強すぎる件

「…………」


 寝室に、げっそりした顔が二つ並んでいる。

 丸い額の娘とその肩に乗っている黒猫は、同時にはぁとため息を落として、顔を見合わせる。 


「……真似しないでよ」

「姉上こそ……何ですか、私に気でもあるんですか……?」

「……馬鹿なの?」


 エリノアとグレン、相変わらずの二人だが……そのやりとりはどこか覇気がない。

 グレンが、ああ、と呻く。


「姉上のせいで母上が陛下に付きっ切りでちっともお傍に近寄れない……! どうして私が聖剣の勇者なんかの面倒を見なきゃいけないんですか!?」


 その嘆きには、エリノアも激しく同意した。いや、別にエリノアのせいではないのだが。


 新たに現れた魔物コーネリアグレースとメイナード。

 先に現れた二人同様、この二人も当然のように自宅に居座るつもりなのだと察したエリノアは、勘弁して欲しいと訴えた。が……

コーネリアグレースにもメイナードにも、それを華麗に無視されて現在に至る。

 それでもエリノアも、一応抵抗はしてみたのだ。


『ちょ、いや、だからこんな狭い家にこんなに沢山住めないですって……!』

 

 流石のエリノアも『貴女の巨体がこんな家に収まるわけが』……とは女性に向かって言えなかった訳だが。そんなエリノアを、コーネリアグレースは母なる海を思わせるような母性溢るる笑顔でかわしていった。


『おほほ、いーえいえ大丈夫ですわよ、姉君様。ご案じなされなくてもこのコーネリアグレースが全て適切に処理いたしますからね。さ、姉君様は何がお好きかしら? 肉? 魚? それとも甘味がいいかしら? なんでも作って差し上げますわよ。ほほほ、さ、今日はお休みなんでございましょう? 姉君様はゆっっっくり、老爺の茶にでもお付き合い下さいな、ほほほほほほ』


 にこにこした女豹母は──いつの間にか娘の手に温かな茶を持たせ……

 結局エリノアは、何故かぽかぽか日の当たる居間に座り、老将メイナードと共にお茶を楽しむ羽目になっていた。

 ……メイナードにはとても喜ばれたのだが。何度抗議に行っても同じ結果に終わり、エリノアは非常に途方に暮れた。あの女豹母には、少しも敵う気がしなかった。


 そうして二日。彼らと寝食を共にしたエリノアだったのだが……既に一日目でこの家の台所はコーネリアグレースによって乗っ取られてしまった。

 こぢんまりしたエリノア宅の炊事場は彼女の城と化している。

 

 料理はしてくれるし、家事も完璧にこなしてくれるで、決して迷惑なことばかりではないのだが……エリノアが気掛かりだったのは、彼女たちがエリノアのことをどう考えているかということだった。

 エリノアが見た限りでは、コーネリアグレースは、彼女に対して気を許している訳ではなさそうだった。

 エリノアがブラッドリーの傍に行こうとすると、かたわらには必ずコーネリアグレースが目を光らせている。その表情は常に笑みを湛えているが、瞳はどこか警戒に満ちていた。

 その目を見てエリノアは、彼女が己が聖剣を抜いたことを既に何らかの方法で知っているということに気がついた。

 もしかしたら彼女は……エリノアを、ブラッドリーの敵とみなしているのかもしれないと思った。

 ──それはそうだ。“勇者”と“魔王”。二つは敵対勢力もいいところである。

 昔から対のようには言われるのもの、その二つは互いを滅ぼすために存在しているようでもあり、相容れない。

 彼女たちが“魔王”の身を案じるならば、聖剣を抜いたエリノアは邪魔な者のはずだった。


 けれどもどうしようもなかった。

 エリノアは弟の傍を離れる気はないし、そもそも往生際が悪いようだが“聖剣の勇者”になったつもりもない。そして勿論“魔王”の一味になったつもりもない。

 エリノアが望むのは、今まで通りの姉弟二人の生活だ。家計が苦しくても、慎ましく二人で支え合って生きて行きたかった。


 だが──現状この家の中で、コーネリアグレースにかなう者はいない。

 エリノアも、あの煌びやかな装飾品に彩られたふくよかすぎる身体で迫ってこられると……とても彼女を追い出すことなど出来そうにない。

 漆黒の背に背負われた大きな棍棒も怖いが……何より、彼女の品の良さの中に見え隠れする肉食獣特有の風格には圧倒されるものがあった。

 元はブラッドリーの乳母であったという彼女には、主君であるはずのブラッドリーですら頭が上がらない始末で。そうなれば、頑として出て行きそうな気配のない彼女達を前に、エリノアに出来ることはほぼほぼない。

 ──そうして同じく──母には全くと言っていいほど歯が立たないらしいグレンは、彼女に『姉上様の護衛と監視はお前がなさい』と命じられ──今、エリノアの肩の上でぼやいているという訳であった。 


 エリノアの肩の上で黒猫がわっと嘆く。 


「……姉上を陥れようとストーカーしているならまだ楽しいのに……只の護衛と監視なんてつまらなすぎる!!」

「陥れるって……あんたねぇ……苦情はママンに言いなさいよママンに。それと……“母上”とか“姉上”とかややこしいのよ、いいから名前で呼んでくれない?」

「……やっぱり私に気が……」

「黙れ腹毛なでるぞ」


 ところで、とエリノア。


「コーネリアグレースさんは、私のことどう思ってるのかな……聖剣を抜いたってこと、知ってるの、よね?」


 少し声を潜めて疑問を口にすると、グレンは首をもたげてエリノアを見た。

 どこかじっとりと呆れを含んだ視線である。


「勿論知ってますよ。見ればわかるでしょう? エリノア様、まだ母上の恐ろしさをわかってませんね? 母上は、陛下のことなら髪が一ミリ短くなっていても気がつく女ですよ。エリノア様がどういう存在なのかくらいとっくに気がついてるはずです」

「様いらない。じゃ、やっぱり知ってるのね。でも……知ってるなら何で……」


 彼女は私に何も言わないんだろう、と……エリノアが首を傾げかけた時、ふっと……茶の香りが漂って来た。


「ん……? ぎゃ!?」

「…………」


 気がつくと、傍の椅子の上にぬっと佇む者がいた。

 皺の多い頭と顔、プルプルと震える身体の──メイナードだった。

 一瞬のまばたきの内に現れた老将は……今日も標準装備の茶の器を手に、モゴモゴと何かを言っている。もちろん器の中には温かそうな蜜色の茶が揺れている。


「…………ぉ、……ぁ。…………な……」

「……、……、……すみません、聞き取れません……っ」

 

 その声のか細さに思わずエリノアががっくりとそう漏らす。と──今度は足元から声がした。


「コーネリアグレースは……」

「ひっ!?」


 思わず飛び退くと、今度は足元にヴォルフガングが寝そべっている。

 あれ以来、毎日リードにブラッシングされているらしいふんわりした白犬は、エリノアの驚きを意に介することなく続ける。


「陛下のために黙認してるのだろうと仰っている」

「も、黙認……? 私が姉だから?」


 エリノアがメイナードに問う。と、彼はやはりもごもごと口を動かし、それをヴォルフガングが声にする。


「それもあるだろうが、現在お前と陛下は互いに中和しあっている状態だ」

「中和……」

「互いに傍に存在することで、互いの力を弱めている。コーネリアグレースも陛下のために現状を維持することを選んだのだろう、と」


 その言葉にエリノアは首を傾げた。


「どうして? だって、貴方達にとってはブラッドリーが魔王として強くなることは喜ばしいことなんじゃ……」


 しかしメイナードもヴォルフガングも首を振る。


「あまり魔王としての魔力が高まりすぎて何者かに発見されたらどうする。魔王そこにありと知れれば、人間王は討伐を考える、そうではないか? 配下も軍も傍にない今それは不味い」

「それは、そうね……」


 エリノアが戸惑い気味に頷くと、ヴォルフガングはやれやれとため息をつく。


「魔王も別に全てのお方が人間を滅ぼしたいなどと考える訳ではないのだがな」

「そう、なの?」

「ブラッドリー様を見れば分からぬか? 今生で陛下が望んでおられるのは、人間界を征服することでも、人間を滅亡させることでもない。お前との平和な暮らしだ」

「私との……」


 ヴォルフガングの言葉がエリノアの胸にずしりと刺さる。それは自分も同じだった。しかし──

 それを上手くやっていこうとするエリノアの自信を失わせるのは……目の前で堂々と寛いでいる魔物たちの姿である……


「…………」


 どこか疲れたように項垂れたエリノアを無視し、白犬は「そして」と、続ける。


「現在ここで陛下に侍るのは、陛下の元乳母、そして最も近しい側近であったメイナード殿と私。陛下が幼いみぎりからの家臣たる我々は、何よりも、陛下の身の安全が第一だと考える。コーネリアグレースも陛下の望みは理解しているはず。陛下がお前を見限るようなことでもない限り、陛下の心の安らぎであり支えであるお前を害するようなことはないだろう、……と、メイナード殿が」

「……そう……」

 

 エリノアは長い溜息を落としながら、ひとまず傍に座っている老将を見た。老将はエリノアと目が合うと、細い目を更に細くして微笑んで見せる。老爺の顔は彼が魔物であるということを忘れさせるほどに穏やかだった。それを見たエリノアは少しほっとする。

 少なくとも彼らが自分たち姉弟の害になるようなことはなさそうだった。……一部、肩の上の黒猫は若干信用しきれない部分があるが。

 エリノアは、やはり聖剣を拒んで良かったと思った。

 メイナードの魔術でブレアが記憶を失った今、エリノアが聖剣を抜いたことを知る者は王宮にはいない。

 後は今後、王宮でブレア王子に関わらずにさえいれば、きっと何とか平穏にやっていけるに違いない──いや、家はとてつもなく狭くなったけど──あと魔物たちがご近所さんにバレなければなんとかどうにか──

 ……そう思った。



 ……のだが。

 その日──渡された任命書を見て──エリノアは叫んだ。


「え!? 私……っ、ブレア様の担当になるんですか!?」


次からは上級侍女編です。恋愛色は強まる、はず。。。


誤字報告して下さった方、本当に助かります!有難うございます!

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