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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
一章 見習い侍女編
3/365

3 侍女は冒険したくない。

 よしよし、女神様の剣が見られるなんて今年はいいことありそうだー……とかなんとか言いながら。エリノアは手にした剣を大木の隙間に差し戻しはじめた。

 だが、そこで娘はハッと手を止めて、後ろを振り返る。

 背後には王宮内部への入り口があって、右の方には聖殿がある。だが……幸いなことに今は誰の姿も見えなかった。

 エリノアはほっとした。

 こんな所を誰かに見られていたら大事だ。

 11歳の時にこの王宮で働きはじめ、見習いを経て侍女となり、やっと今週の頭に王族の身の回りの世話ができる上級侍女の試験に合格したばかりだった。

 上級侍女になれば給金もとても増えるし、生活も楽になる。

 下っ端侍女では給金もたかが知れていて、今までは親が残してくれた貯金を切り崩しながら、弟と二人細々と生きてきた。

 やっと、やっとだ、とエリノア。

 ここに至るまでは本当に地道な努力と苦労の連続で。もともとそんなに器用なほうでもなかったエリノアだが、一心に、王宮の働き手としての技能を磨いて来たのだった。


 ……しかし……一心だったものだから──もちろんエリノアは剣なんて扱えない。

 毎日くたくたになるまで働いてはいたし、ゴミ拾いは異様に早いと評判だったが……身体を鍛えたことはまったくない。


 エリノアは思った。なんで抜けたんだ聖剣よ……

 そして何故今まで抜けなかった、筋骨隆々の挑戦者たちよ……

 エリノアは両者がなんだか可哀想に思えてきた。きっと筋骨隆々の挑戦者たちは、「来年こそ俺が!」とか言いながら、聖剣を抜くために涙ぐましい努力をしているかもしれないのに。


 もしかして、とエリノア。

 春の祭以外では挑戦者もいるわけないと高を括った聖剣を守る木の精霊とかが、ぼんやり居眠りでもしていたのだろうか。エリノアはやや迷惑そうに大木を見上げる。


「……千年耐えたならもうちょっと踏ん張りなさいよ……あなただって迷惑よねぇ……」


 可哀想にとエリノアは聖剣に視線を戻す。

 当然返答をする訳もないその剣は、静かに太陽の光を弾き銀色に輝いている。見た目と長さとは裏腹に、それは意外なほどに軽くて。

 この程度の重さで、どうして今の今までこれが抜けなかったのかは不思議で仕方がなかった。が、ひとまず彼女は聖剣がいかに軽かろうが、哀れだろうが、女神に認められた勇者などというものになるつもりも、魔王を倒しにどこだかに行く気もなかった。

 だいたい魔王なんていつの時代の話なのよとエリノア。

 千年も昔の国の建国期以前には、そんな物騒な存在もいたらしい。けれどもその時代、現在の王族の祖が魔王を倒して以降、世界ではその存在は既に伝説と化していた。

 そうして世界から魔王が消えると、それと共にそれまで巷にはびこっていたという魔物たちも姿を消した。

 長い時の中で、時折魔王を名乗るような輩や魔物を見たという者も現れはしたのだが……そのどれもがまがい物であったり、真偽も定かでないようなゴースト騒ぎと同レベルで終わる程度の話だった。

 要するに──勇者と魔王の対立の時代はもうとっくに終わったのだ。


 けれども肝心なのは、春の女神の聖剣の伝説は、今でも王家や貴族、そして武人たちの間では大きな意味を持ち続けているということだ。

 もはや人々は魔王の脅威に脅かされてはいなかったが、千年という時の中、過去の様々な英雄たちの誰にもそれが引き抜けなかったとあって、聖剣の威光はその輝きを失わなかった。抜けなかった者たちが素晴らしければ素晴らしいだけ、『あのお方でも女神はお認めにならないのか、ならばいったいどんな傑物が……』と、民たちの期待がどんどん高まって行った形だ。

 現在でも──クライノート王国では毎年春の女神祭の折に大木の前で催しが行なわれ、誰でも聖剣に挑む権利を与えられる。

 その折には大勢の腕自慢たちが王宮に集まり、聖剣に挑む。そして皆その栄誉を手にしたいと願っているのだ。


 ──だというのに。

 エリノアは眉をしかめる。

 女神から賜った唯一の聖剣を、国の王でもなく、将軍でもなく、騎士でもなく、大魔法使いでもなく……

 王宮のちんちくりんな侍女が抜いたなんてことが彼らに知れてしまったら……

 大変な騒ぎになるのは目に見えていた。民の期待をがっつり裏切ることこの上ない。

 ここでエリノアが何も考えず喜び勇んで名乗り出ても、恐らくほとんどの民は祝福しないに違いなかった。いや間違いなく疑われる。

 もちろん手元には、この、歴然とした証拠となる聖剣があるわけだが……

 群集に囲まれて、どこから盗んできたのだと詰めよられるのがいいとこだ。髪の毛むしられるかもしれない。それは、さすがに怖かった。

 その図を想像したエリノアは、眉間に縦皺を作って身震いした。


 そして、ふっと変な笑みを浮かべ、したり顔で頷く。


「……ふ、ふふふ」


 そうだ。きっと何かの間違いに違いない。千年という年月が経つうちに、勇者にしか抜けないという女神様のお力もちょっとずつ弱ってしまったのかもしれない。いや多分そうだ。

 やっぱり気づかれないうちにそっ……と、戻しておこう。

 そうだそれがいい、それが平和だ……


 そんなことをぶつぶつ言いながら、エリノアは剣を握り直し、改めて木の隙間の中にそれを差し戻しはじめた。

 縦細い穴の中の木肌に、何度か聖剣をカツカツとぶつけながらも……ようやく剣身が半分ほど隠れる。

 その感触を感じながらエリノアは女神に祈った。


 ──女神様、聖剣、欠けていませんように──、と……そう思った時。


 ふと、気配を感じたエリノアはハッと視線を横に走らせる。

 すると……

 エリノアの斜め上方向に……

 ……男が、一人立っていた。


 その姿に一瞬エリノアはぽかんとする。もちろん──聖剣を握り締めたまま。

 大木の隣に位置する聖殿から出て来て、今まさに下へ降りる階段に足をかけた……と、いう瞬間を切り取られたかのような姿で固まった青年が、瞬きも忘れたようにこちらを凝視していた。

 エリノアから彼までは距離にして十数mほど。そこには階段があって、そこを奥へ上がって行けば女神を祭った聖殿の中へ入ることができる。

 その──大理石の聖殿を背景に、青年はこちらを向いて立っていた。

 少し陽の光に焼けた金の髪。まるく見開かれた瞳は灰褐色。その面差しは静かで、知性と勇ましさの両方が感じられる。分厚過ぎない程度に鍛えられた肉体は、黒衣で包まれていて、それが彼の金の髪をよく引き立てていた。


 エリノアは──……

 その姿をとてもよく知っていた。とてもとても一方的に。


「「…………………………」」


 エリノアと男の間にしんとした沈黙が落ちる。

 お互い視線をそらすこともできず、身動きもとれず……ただ、ただ、そよそよと静かな風が吹く中で、互いにじっと、見つめあっていた。









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