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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
四章 聖剣の勇者編
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80 三度目の出会い

 その憎悪に満ちた美しい異形が彼らに迫った時。怯えに身体を支配されたクラウスは、もう動くことができなかった。

 隣にいる母も、彼同様恐怖に打ちのめされているのか彼を見ることすらしない。ただ弱り切った老婆のように、血の気の引いた顔を地面に向けてうずくまり、震える以外には何も。

 助けてくれと何度も叫んだが、応える声はなく、配下も姿を消したまま。そうして母と二人、王宮の隅に追いやられたクラウスは、思った。


 ──もうだめだ、逃げられない。


 絶望感が胸に広がる。

 彼らに迫り来る異形の襲撃者は、闇を自在に操った。その手がスッと持ち上がるだけで、普通は操るのが不可能なはずのもの──太陽の下にある、あらゆる物体の作る影が、そこへ従順に、まるで……ごく小さな蟲の大群が群がるようにしてに集まっていく。……あんなものに攻撃されて、敵うはずがない。


「っ!」


 クラウスは突き上げるような衝動に悲鳴をあげる。


「い、いやだ! いやだ! 死にたくない! どうして誰も助けに来ないんだ! 私は未来の王だぞ!」


 そこまで叫んでクラウスがギクリと肩を震わせる。気がつくと目の前に、槍の先が突きつけられていた。


「……喚くな。見苦しい」

「っひ……な、なんでだ……何故お前は私たちを狙うんだ……!」


 後ろ壁に張り付くようにして震える声で尋ねると、襲撃者は冷たく答える。


「……お前たちは、大きな怨念を集めている。気が付かぬのか? これだけ多くのものに恨まれているというのに……」


 襲撃者──魔王は、己の前で壁際に追い詰められ、こちらを悲壮な顔で見上げる男を見下ろした。クラウスの怯えた身体の周りには、これまでこの男が虐げた人々から買ってきたのだろう怨毒がまとわりついている。人の中でも稀に見る汚れた魂だった。


「……貴様は狙われて当然だ。人間はお前に怨念を向け、魔物はその汚れた魂を狩りに来る。それがお前に相応しい因果というもの」

「!」


 そう言って、襲撃者は大きく槍を掲げた。


「存分に恐怖は味わったか? ──ならば……死ね」


 途端、掲げられた槍の穂先から黒い煙が噴き上がった。その光景に、クラウスが絶叫する。それは彼がこれまでの輝かしい王族人生の中では感じたことのない恐怖だった。死を間際に感じた瞬間ふっと気が遠くなって。暗転しかけ、あやふやになった意識の中に──誰かの叫び声が聞こえた。


「──クラウス‼︎」

「⁉︎」


 その声に、クラウスはかろうじて意識を引き留められる。

 次の瞬間、何かが割れるような音がして、クラウスは怯えて身をすくめる。


「ひっ!」


 頭を抱え、そして震えながら恐る恐る顔を上げると……目の前にいたはずの襲撃者の姿が消えていた。


「な、なん……だ……?」


 驚いて見上げると、辺りに何か黒い──砕かれた塵のようなものが漂い、消えていった。

 一瞬何が起こったのか分からずに呆然としていると、ふと、傍に誰かが立っている。

 剣を手にした黒衣の背中。自分たちを守るように立った背は静かな闘志に満ちていた。──すぐに分かった。それは彼が、ずっと憎み続けてきた男の背中であった……。


「……ぁ……に、うえ……?」


 恐ろしくて出すのがやっとという掠れ声でクラウスが呼ぶと、ブレアは襲撃者から視線を外さず応じる。


「……クラウス、大丈夫か?」


 静かな兄の問いかけに、クラウスは頭をガクガクと上下させる。

 するとどうだろう。

 それまで彼の隣で現実を拒絶するようにうずくまるだけだった側室妃ビクトリアがハッと顔を上げて。彼女はそこにブレアがいることに気がつくと必死の形相で青年の腕に掴みかかる。地面に膝をついたまま這うようにして、ドレスが裂けるのも構わずに彼の腕に爪を食いこませる。


「助けてブレア! っ死にたくない!」

「……ビクトリア様、危険です。お下がりください……」

「黙りなさい! いいから今すぐあの化け物を退けて! は、早くっ! どうせお前たちが差し向けた者なんでしょう⁉︎ 分かっているのよ! 王様に今すぐ言いつけてやる!」


 ビクトリアは支離滅裂に喚き散らしながら暴れる。どうやら恐怖が高じ、興奮しきって。自分でももう何を言っているのか分かっていない様子だった。ブレアは襲撃者を警戒しながら。


「ビクトリア様、ひとまず落ち着いてご退避を。……クラウス、立ちなさい。お前が母君をお守りするのだ!」


 ブレアは弟に厳しい口調で促したが……しかしクラウスは地面に座りこんだまま拒絶するように首を振るばかり。すっかり怯え、立ち向かえるほどの意気が少しも感じられない。その足が戦慄くように震えたままであることを見て、ブレアは焦燥感に長剣を強く握りしめた。

 ──と、低く笑う声。


「……ブレアよ。そのようなやつらを守る必要があるのか? この私、魔王の前に立ってまで」

「……」


 無言で視線を戻すと、襲撃者が憎しみの目でこちらを見ている。吐き気がすると言いたげな表情は、邪悪で、高慢で、美しかった。

 長身の身体はがっしりと大きいが、肌は光のない世界の住人らしく白い。うねる長い髪が顔に流れ落ちて、その隙間から赤い瞳が爛々とクラウスたちを睨んでいた。クラウスたちが怯むのも無理はない。そこから発せられる威圧感はブレアの身をも後ろに押し返すような殺気に満ちていた。その堂々とした姿を見て、ブレアは一瞬の戸惑いを覚える。


「……貴公が……“魔王”……?」


 ……なるほど。目の前に立つ異形はそれに相応しい覇気に満ちている。

 しかし──その姿は彼が想像していたものとは違う。

 彼が取り戻した記憶の中の“魔王”は、“エリノアの弟”であった。

 そして彼の配下であるソルも、最後に会った時エリノアは『弟を止めに行く』と言っていたと証言している。ならばやはり王宮(ここ)に現れた“魔王”はエリノアの弟、ブラッドリー・トワインなのではないのか。

 ブレアはじっと目の前の魔王を観察しながら、あの時出会ったエリノアの弟の姿を思い出す。

 ──弱々しい少年の身に、エリノアに面差しの似た顔。痩せてはいたが、緑色の瞳だけは爛々と強く……ただ、その瞳だけは今、目の前にいる闇の化身のような男と一致する気がした。


(姿を変えているのか……?)


 魔の頂点に立つ存在ならば、魔術が使えても不思議ではない。確かめるためにブレアは襲撃者を真っ直ぐに見て、問う。


「……会うのは三度目と認識しているが……間違いないか?」


 最初にエリノアの家で出会った時。

 次に王宮であった時。

 そして今で三度目。


 尋ねると、魔王の眉がピクリと動く。が、魔王は吐き捨てる。


「……意味の分からぬことを。貴様の勘違いだろう」

「……」


 しかしその表情を見てブレアは確信する。この余裕のにじむ薄い笑い方をブレアは一度目の当たりにしている。

 それはエリノアの弟ブラッドリー・トワインと、ブレアが二度目に出会った時のこと。その時彼は姉の姿で彼の前に現れた。他でもないエリノアの顔でである。その出会いはとても印象的で、鮮明だった。本物の彼女とは違うと気がついて、よくよく観察し、記憶した。間違えるはずがない。


「……、……なるほど」


 そうだとすれば、今この“魔王”がクラウスとビクトリアを標的としているわけも分かる。

 ビクトリアはトワイン家を没落させた張本人である。

 と、そのやりとりを聞いて、唖然と言葉を失っていたビクトリアが、そんな馬鹿なと悲鳴をあげる。


「ま、魔、王……⁉︎ ば、馬鹿な、なんという世迷言を……ブレア! この狂人を早く排除なさい!」


 ビクトリアがまた癇癪を起こしはじめる。そんなものいるわけがない、そんなものに狙われる謂れはないと怯えて騒ぎブレアの腕を乱暴に引く。その有様に魔王は、鼻を鳴らして嘲笑う。


「……王族とて鍍金(メッキ)が剥がれればこの程度か。……争いを好むが己が戦うことはせず、影から他者を操り標的をいたぶる。そのくせ誰よりも自分が優っていると信じて疑わない……まったくもって厄介。生かしていても災いを招くだけ。死を与え、我らの糧となったほうがよほど役に立つというものでは?」

「ひっ……!」


 憎しみのこもった双眸にじっと狙いをつけられて、怯えたビクトリアがブレアの後ろに隠れる。その弱々しさを魔王が笑った。──と、ブレアが動いた。


「……」


 その行動に魔王が顔を顰める。

 身のこなしさえ静かな青年は、襲撃者から注がれる残忍な視線を遮るようにしてうずくまる二人の前に立ち、長剣を下段に構えた。

 寡黙ながら、意思の揺らがない瞳で自分を真っ直ぐ見て。引かぬ姿勢の男に。魔王がふっと殺気を弱めた。その目を見返したブレアは、一瞬……魔王の赤い瞳の奥に緑色の煌めきが見えたような気がした。


「…………?」


 ブレアはそのことを不思議に思ったが、瞬きの間にその煌めきは消えて。爛々とした眼差しを彼に向けた魔王は腹を抱えて笑う。


「──虫けらにも等しい者が勇敢なことだ! しかし……どうする? お前はどうやら聖なる加護を備えているが、私の前ではそれも多少の防御にしかならない」

「……」


 と、王はふと気がついたような顔をする。


「ん? ああ、そういえば……先ほどお前はその剣で私の攻撃を砕いたな……何故だ?」


 魔王が怪訝そうにブレアの長剣を見て──片眉を持ち上げる。

 それはスッキリと装飾のない、その青年に似合いの剣だった。しかしそこに同胞の匂いを感じて、それが何者のものなのかを悟り、魔王はくつくつと肩を揺らして笑う。


「……なるほど、グレゴールの仕業だな……」


 闇の魔力を備えた一振りの剣。双子が持ち出してきた魔具の片割れ。やれやれと魔王。呆れ果てていた。


「なんという命知らず……よくもまああのように怪しい風体の魔物からそれを受け取ったものだ。あやつは物好きゆえ、自分の姿を人と偽るような真似もしなかっただろうに」


 ──魔王が笑うとおり、()の魔物が広い宮中からブレアを見出した時。グレゴールはありのままの姿で彼の前に現れた。一瞬新手かと身構えるが、猫顔の大男は、ニンマリと彼を値踏みするような目で言ったのだ。


『女神の徒よ、ワシの魔法具とひとつ勝負をせぬか?』と。


 魔法具を降伏させることができれば、エゴンのような魔物にも剣が届くようになると聞いて。ブレアは迷わなかった。


 魔王はさらに呆れた。


「豪胆なのか、考えが足りぬのか……あやつは時に人の世界に稀なる魔具を落とし、人間たちがそれを奪い合い、争い身を滅ぼすのを楽しむような魔物だぞ。……その魔具も、人間が扱えば、最悪死ぬと教えられなかったか?」

「無論、承知の上」


 魔王の問いに、ブレアは躊躇なく答える。


「……だが、エリノアの望みが貴公を止めることである以上、私は無力でいるわけにはいかない。おそらく貴公は、己に立ち向かう力も持たぬものの声など聞かぬだろう」


 その答えに魔王が笑う。


「──確かに。」


 言って、魔王は天を仰いで豪快に笑いはじめる。両手を大きく広げ、その瞬間、その身から魔力が焔のように噴き上がった。


「!」

「──嬉しいぞ王子ブレア! 貴様が今、私の前に立っていることが!」


 噴き出した焔は渦を巻き、魔王の手に集まり形を成して黒き剣と化した。その切っ先と、憎しみに染まった瞳をゆっくりとブレアに向けて、魔王は吼える。


「忌々しい……ずっと貴様が邪魔だった! エリノアに寄ってくる貴様が! エリノアの心に居場所を得たお前が!」

「っ!」


 魔王の脚が地を踏みしめ、その身が大きく跳んだ。跳躍した王はブレア目掛けて容赦無く剣を振り下ろす。

 それをブレアが剣で受けると、刃が重なり合った瞬間激しい火花が散った。重い一撃を受け止めたブレアは、奥歯を噛んでその衝撃に耐える。魔の王を称する者の打ち下ろす剣の力はやはり強烈だった。身と骨が軋み、腕が悲鳴を上げている。おそらく……これが普通の剣ならば、この一撃であっけなく砕け散っていたことだろう。

 しかし剣の向こうで魔王はまだ余裕を覗かせる。その持ち上がった口の端をブレアは苦々しく見た。彼にはこれが相手の全力ではないことが分かっていた。それがこの重さである。こちらも死力を尽くし、知恵を働かさなければきっと叶わない。

 だが……ブレアの刃には迷いがあった。

 ──エリノアの弟だ。この魔王を害したくはない。けれども、自分も家族は守らなくてはならない。どんなに邪悪でも、こんな形で死なせたくはなかった。


 そんな王子の葛藤を見て、魔王は邪悪な顔で「甘いな」と笑う。魔王は腕を思い切り振り、ブレアを弾き飛ばした。飛ばされた男は巧みに受け身を取り、すぐにクラウスとビクトリアの前に立ち戻り、長剣を構える。

 圧倒的な力の差にも、少しも削られないその意気の高さに魔王が感嘆する。


「──よかろう。貴様の勇敢さに免じ、その二人の前に貴様を始末してやろう。もう二度と、エリノアの前に立てぬように!」










お読みいただきありがとうございます。

……おそらくグレゴールは最終的に、魔具所有者同士で争わせてみたいのだと思います。

ルーシーに匹敵しそうな人間が王宮にはブレアくらいしかいなかったのでしょう( ´ ▽ ` ;)…タガート将軍じゃなくてよかった!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルーシーの格好良さ [気になる点] もうルーシーが魔王(魔女王)で良いのでは… [一言] ここからルーシーの覇道が始まる…
[一言] 発言がメッチャシスコン!
[良い点] ブレア様、カッコいいですね。 [気になる点] ルーシーさんとブレア様が戦ったら、どっちが強いのか…気になります。
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