79 マダリンの人知れぬ苦労。
エリノアの義理の姉ルーシーが、何故その禍々しき魔具を手にし、魔族に並び立つような力を得てしまったか──
それはある男の所業によるものなのだが……それを説明するには少し時を巻き戻さなくてはならない。
「……む? むむ?」
その男、こと大猫のグレゴールは、妻に言われた通り、気性の荒い双子の娘たちを拘束し、娘たちから武器を取り上げて、ふとつぶやく。
「ふむ? これは……いつ造ったものだったかな?」
二つのつるりと滑らかな球体に戻った魔具を、空に掲げて見ながら首を捻るグレゴール。
これは、カレンとコーラが使っていた大杖が本来の姿に戻ったもの。表面には魔術の紋様がビッシリと書き込まれている。グレゴールは首を傾げた。紋様を読む限りでは、自分が造ったもので間違いはなさそうだ。が……
しかし、グレゴールはあまりに気ままであるために、己が作った作品のほとんどを覚えていない。
彼らの住処の地下には、そういった彼の作り捨てた作品が溢れかえっている。何度言っても片付けない夫に怒り、コーネリアグレースがすぐに地下に放りこんでしまうのである。
そこには、数千年という時を生きた魔物グレゴールが、その知識を注ぎこんで造り上げた魔法道具が──もし人間界の魔法使いたちが見れば垂涎ものという天才的な発明品の数々が所狭しと積まれているのだが……
それらは毎年、地下室の収容量上限に達した時、コーネリアグレースの拳によって情け容赦なく叩き潰され処分される。子沢山の婦人コーネリアグレースには、日々、夫が脱ぎ捨てていく靴下さながらに床に発生する数々の魔具たちを、いちいち丁寧に管理するような気はさらさらないようだった。
それはさておき。持ち上げた魔具を見て、これらもそんなもののうちの二つなのだろうと察したグレゴール。
「──ほ、ほ、なるほど。カレンとコーラがどこからか掘り起こしてきたのだな、ふう──……むっ!」
言った途端。唐突にグレゴールの鼻ぺちゃの顔が、キュッと顔のパーツが中央に集まるように歪められる。まるで酸っぱいものでも食べさせられたかのような顔で、グレゴールは、己の作品を憐んだ。
「なんと、オヌシら! 久々に日の目を見たのだな⁉︎ 可哀想に……!」
……たった今の今まで自分もその存在すら忘れていたくせにである。
そうしてこちらは同時刻のルーシーと子猫たち。
魔物を自称する子猫たちに、エリノアが、真の聖剣の勇者だと聞いて……というか白状させて。ルーシーはしばし唖然とした。
「…………え? あの子が……勇者……?」
強ばった訝しげな顔は般若のよう。胸元と床の上の子猫たちを怯えさせながら、ルーシーは思った。
──え?
──それって……大丈夫なの?
──勇者の使命って……魔王から国を守ること⁉︎
──待って待って、胃痛がする! あの子が……魔王と戦うってこと⁉︎
──冗談でしょ……心配すぎて、裏返った胃が口から出そうなんだけど……
そうして一瞬気が遠くなりかけたルーシーは……かろうじてそれを踏みとどまると。蒼白になった幽鬼のような顔で、つぶやいた。
「…………鍛えなきゃ……」
「へ?」
彼女のブラウスの合わせ目から顔を覗かせた子猫、マダリンが令嬢の言葉を聞いてポカンとする。と、その瞬間、令嬢の目がクワッと釣り上がった。
「今すぐエリノアを鍛えなきゃ! アンタたち! 私をエリノアのところに案内しなさい!」
「!」※マダリン
「「ピィいいいい⁉︎」」
発想が体育会系なルーシーは、直ちにエリノアを強くしなければと魔物たちに迫り、どすの利いた声で脅す。しかし、令嬢はさらに話の続き──そのエリノアの弟ブラッドリーが、彼女たち魔物の王、つまりは魔王なのだと聞くと……壮絶な顔をした。
「──は──ぁあ゛っ⁉︎」
巻き舌気味に寝言は寝て言えと殺気を向けられた子猫たちが怯えている。──そんな子猫娘たちを、父猫グレゴールがマリーと共に迎えに来たのがこの時だった。
グレゴールはルーシーの殺気立った顔を見るなり言ったのだ。
「ほう、ほう……⁉︎ オヌシ、人間か⁉︎ ぅぬぬ……なかなかよいな……」
「あ?」
急に目の前に現れた大きな二足歩行の大猫。胸元の子猫が「とーさま!」と声を上げたもので、ギリギリパパっ子ルーシーは斬りかからなかったが──ジロジロ見られたルーシーの威嚇顔がひどい。
しかしグレゴールはひたすらにマイペース。グレーの毛に覆われた手をパフっとを叩き開いて見せると、どこぞの押し売りスキル高め商人的な笑顔で、ルーシーの鼻先に何やら丸い物体を突き出してくる。
「よし、決めたぞ! 鬼神が如き覇気を持つ人間娘よ! オヌシを一つ実験台に──いや! 素晴らしき武具を授けよう! 手にすれば半分の確率で死ぬが──まあ小さきことよ。オヌシほどの精神力があれば、それもさらに五割減! これがあれば魔物とも対等に戦えようぞ!」
胡散臭い顔で魔具を差し出してくるグレゴールに、ルーシーは一言。
「……こいつ……死にたいのかしら……」
「…………」※子猫一同。
しかし、困ったことに体育会系なルーシーは根性論がとても好きだった。『オヌシなら乗り越えられる!』などと挑発されると挑みたくなるし、『魔物とも戦える』と言われると未知なる敵への遭遇が彼女の戦士魂をくすぐった。
──結果。
「……、……、……仕方ないわね……貢ぎたいなら搾取してあげるわ」
「……」
そう言って。令嬢はグレゴールから魔具を受け取ってしまう。……きっとこれを父であるタガートが知れば、将軍は泣いただろう。しかし斯くして、グレゴールの企みにより実験台という名のヤンキー魔令嬢が爆誕するに至った。
可哀想に……この場に居合わせてしまったマダリンはとても怖かった。
父の魔具を手にした令嬢はすぐに魔具を使いこなし、好奇心甚だしい父をとても喜ばせた。が、その禍々しい形で生まれた鞭は、人間であるはずの令嬢にひどく馴染んでいて……ものすごく……怖かった……。
子猫は必死になった。今すぐにと、飛び出して行きそうな令嬢を慌てて止めて。これまでの経緯──事態が何故起こったのか、味方は誰で、敵が誰であるかを事細かに説明した。
──何も知らぬまま、こんな破壊力の高そうな令嬢に場を蹂躙されては、それこそ事態は取り返しのつかない修羅場である……。
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