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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
四章 聖剣の勇者編
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69 聞こえない音

 王宮の奥へ消えていった弟を追うためには、立ち塞がる双子の魔物をなんとか突破しなければならなかった。

 エリノアは、臆する心を殺して、双子の放った火球をかいくぐらんと突っこんでいった。あの背中に追いつくためならば、多少の火傷も、魔障も、負う覚悟で。

 唇を血が滲むほどに噛み締める。


(リードが受けた痛みに比べたら──)


 即死同然の傷を受けたという幼馴染の青年を思い出すと、とても四の五の言っていられなかった。彼が守ろうとしたブラッドリー。リードのためにも、エリノアは、弟をとめなくてはならない。

 右手には聖剣。手のひらにぴたりと馴染む感触に背中を押される。エリノアは、懸命に地面を蹴って。迫り来る青黒い業火の塊を、どうにかくぐり抜けようとした。

 ──が、いくら覚悟を硬く決めたとはいえ。やはりエリノアほどに鈍臭い娘の足が一朝一夕に俊敏になるわけではなかった。


「! エリノア!」


 ヴォルフガングの慌てる声が後ろに聞こえる。なんとか片方の火球は避けたものの、時間差で飛んできた火球は避けきれず。


(っ、当たる──!)


 エリノアは、迫る炎に身構えた。咄嗟に頭を守ろうと聖剣を顔の前に立てて──……その瞬間。目をつむったエリノアの周りが輝きの膜で覆われた。突然の光りにエリノア自身もギョッとする。


「わ⁉︎」

「「!」」


 光の向こうで魔物たちも驚いている。双子の放った青黒い火球は、エリノアから溢れ出た光に吞まれるように、さらりと流れて消えていった。

 その光景を見て、獣顔の双子たちは悔しそうに顔を歪めた。彼女たちの魔術はエリノアの髪の一筋をも焼くことがかなわなかった。無駄ですよとテオティルの無機質な声。


『エリノア様には、女神の格別の加護がありますから。その程度の闇の魔力は効果がありません』※「お前それ言っとけ!」と、心配損したヴォルフガングがキレている。


「「ふーん……」」


 自分たちの力を“その程度”と評されたことに、双子は嫌そうな顔をした。が、それでも二人は引く姿勢を見せなかった。双子の魔物は、エリノアに己らの闇魔術が効かぬと知ると、上目遣いの視線を互いに合わせ、諦めたように肩をすくめる。


「駄目だわ。あの女神の勇者に魔障をつけるのは無理みたい」

「面倒ねぇ……じゃあ──物理ね」


 ニンマリと含み笑いを交わしたかと思うと、双子は互いの大杖を持ち上げて交差させた。大杖は怪しい光を放ち、先端についた大きな石から毒々しい色の煙が流れ出した。エリノアはギョッとする。


「え、な、何⁉︎」


 エリノアは攻撃の一種かと身構えるが……傍でヴォルフガングが舌打ちを鳴らして彼女の腕を引いた。


「あ、の、娘どもめ……! 厄介なものを持ち出しおって……おい! 走るぞ!」

「え⁉︎ う、うん!」


 急かされたエリノアは、訳もわからずヴォルフガングと共に走り出す。ヴォルフガングは、王宮を背に立ち塞がる双子たちを避けるようにして、庭木の林に飛びこんでその中を駆けた。と、その背に双子の笑い声が追ってくる。


「「逃がさないわよ!」」

「⁉︎」


 思わず振り返ると──木々の枝葉の隙間から、娘たちの手にあった大杖が、弓矢と曲剣に姿を変えていくのが見えた。弓矢を手にしたカレンは空高く舞い上がり、上空からエリノアを狙う。片や大杖を曲剣に変えたコーラは、笑いながらエリノアたちを猛烈な勢いで追ってくる。


「弓矢と、剣……⁉︎」

「前を見ろ!」


 背後を見て驚くエリノアに、ヴォルフガングが叱咤する。魔将は、慌てて前を向く娘の頭を庇うように、己のマントを被せながら苦々しく警告する。


「あれは奴らの親父が作った武具で──自在に形状を変えられる。間違っても当たりに行くな、闇の魔術とは違うぞ、矢と剣の単純な攻撃はお前にも効く」

「う──⁉︎」


 分かったな⁉︎ と言われた瞬間。頭上でバシッと葉を打つ音がして。駆けるエリノアのごく間近に矢が降って来た。

 上空で弓に矢をつがえたカレンが言う。


「本当は魔術のほうが得意なんだけど……仕方ないから串刺しで許してあげる♪」

「!」


 次いで降ってきた矢は、エリノアの頭の直前でヴォルフガングが鋭い手刀で叩き落とした、が──そこへコーラが追いついてくる。猫のような動きで跳び上がり、曲剣をエリノアに振りかざす。


「う、わっ⁉︎」


 ──と、そこへのんきな声。


『エリノア様、ほらほら私を振って振って。相手は魔物ですからそれだけでも十分効果がありますよ』

「え、あ、そ、そっか!」


 テオティルの言葉に、エリノアは夢中で聖剣を振ろうとする、が──それにはヴォルフガングが慌てた。


「うおっ⁉︎ こ、こら! や、やめろ! 俺様が何か忘れたのか⁉︎ 俺の傍で無闇に聖剣を振るな、俺様を滅する気か⁉︎」

「は⁉︎ ご、ごめ……!」


 そうだったとエリノア。そういえば──ヴォルフガングも魔物であった。

 聖剣(テオティル)は彼を味方判定しているとはいえ、こんな間近で、エリノアのような下手くそに聖剣をめちゃくちゃに振り回されてはたまらないだろう……。

 魔将は、コーラの曲剣を素手であしらいながら、渋い顔で怒鳴る。


「ここは俺が防ぐ、お前はとにかく今は走ることに集中しろ!」

「て、転送魔法は⁉︎」

「お前……俺様が転送魔法が苦手だと知っているだろうが! こんな集中できぬ状況で使ったら……地獄に飛んでも文句が言えんぞ!」

「ご、ごめん……」


 鬼顔でキレられて、エリノアはつい謝る。

 ヴォルフガングが集中できないと言うのも仕方がない。獣の顔の娘はとにかく動きが素早い。ひらりひらりとヴォルフガングの攻撃を避けながら、次々と剣撃を繰り出してくる。それに加え、上空からは矢が飛んでくるのだからたまらない。茂みに入ったおかげで狙いはつけにくそうだが、それでも木々の隙間を縫って矢は飛んでくる。攻勢に出たいヴォルフガングも、エリノアを守りながらでは動きに精彩を欠き、コーラの相手に手こずっていた。

 そんな様子を見て、おやおやと再びのんきな声。


『仕方ありませんねぇ……本当は直接刃にかけるほうが効果が高いのですが……ではここは、こちらも飛び道具といきましょうかエリノア様』

「え⁉︎ 飛び道具⁉︎」


 あるの⁉︎ と、エリノアは走りながら小さな希望に表情を晴らす。が……


『さ、お倣いください。はー……っドーン! ……です。ドーン!』

「は⁉︎ え⁉︎ ど、ドーン……ドーン、て……⁉︎」


 頭に響くテオティルの声にエリノアが、どういうことだと困惑する。頭の中ではテオティルが鼻息荒く繰り返す。


『ですからこうドーンです。……“女神よ! 我が敵を討ち滅ぼしたまえ!”……的な!』

「…………」


 ──的な……、ではないっ……! ……エリノア絶句。

 この佳境に来て、再来するテオティルの漠然的聖剣授業。まったく……この聖剣には本当に途方に暮れる。エリノアはとても頭が痛かった。

 ──が、今はこの抽象的な説明をゴリ押してくる聖剣を頼りにするしかない窮地。※可哀想にも程がある。

 ……けれども。

 この直前に、隣国で散々力の無駄打ちをして来たのも無駄ではなかったのか。エリノアにも、かろうじてテオティルの感覚的で分かりにくい説明が──何度も言うが──()()()()()──理解できた。まあ要は──祈りの気持ちと、イメージが大切なんだな……と苦労人勇者は察する。

 ──ただ、せっかくいい感じに自分の使命感や闘志も高まっていたというのに。敵には思い切り矢で射られている最中だというのに……

 華麗に空気を読まず、生暖かい空気をぶっ込んできたテオティルにエリノアはため息。


「テオ……? 色々終わったら……ちょっと私と一緒にお勉強しようね?」と、げっそりつぶやいてから──……


「っ!」


 エリノアは思い切って急停止し、身を反転させて剣を構える。上空でこちらを見ているカレンをキッと睨んだ。カレンは唇に笑みをのせて、矢先でエリノアに狙いをつけている。

 エリノアは、腹の底に渾身の力をこめて、叫んだ。


「っ女神様!」


 エリノアが、聖剣を思い切り天に向かって突き上げたのと、カレンが矢を放ったのはほぼ同時のことだった。

 矢じりから矢羽根まで真っ黒な矢は、風を切ってエリノア目掛けて飛んでくる。

 ああ避けられないなとエリノアはどこかで思った。が──手にする聖剣には、確かな力の高まりを感じていた。

 両手で握った柄から、刀身に向かって。“何か”が力強く流れていったのが、エリノアにも分かった。──と、その瞬間、天が光り、エリノアは、輝く空と、己の顔面に迫る矢とを、同時に見る。するとコーラを相手取っていたヴォルフガングが、辛くもエリノアの腕を引き──ぐらりと揺れたエリノアの頬を、カレンの矢がかすっていった。頬に焼けるような痛みを感じた瞬間に、破れるような雷鳴が大地に轟いた。


「ッぎゃ⁉︎」


 途端悲鳴が上がる。

 木立の隙間からカレンを見上げていたエリノアは、その一瞬に、天から落ちてきた白雷が彼女を打ったのを目撃した。


「カレンッ⁉︎」


 ヴォルフガングと争っていたコーラが、異変に気づき魔将から離れる。……と、そこへフラついたカレンが木の枝を折りながら地上に降って来た。ぐったりと地に伏した姉妹に片割れが慌てて駆け寄っていく。


「カレン! ……おのれッ!」


 カレンは生きていた。が、コーラは姉妹の背にできた傷を見ると、エリノアを厳しく睨みつけた。憎しみのこもった視線がエリノアに突き刺さる。


「……っ」


 その殺気の高まりに、エリノアはコーラに向けて聖剣を構え直す。と──コーラは地を蹴り、恐ろしい形相でエリノアに向かって襲いかかってきた。怒り狂ったコーラの動きはまるで手負いの肉食獣のようだった。止めようとするヴォルフガングをひらりとかわし、怒りの曲剣をエリノアに振り上げる。

 その素早さはとてもエリノアの目では追えず──エリノアは──……一瞬、死を予感した。


 ──が。


 次の瞬間、コーラの恐ろしい顔が突然何かで覆い隠された。


「っ……え⁉︎ あ──」


 驚いた瞬間、後ろに引っ張られて、エリノアの視界はくるりと回る。──魔将も咄嗟に頑張ったのだろう……。苦手な転移をなんとか使い、娘の背後に現れたヴォルフガングが、エリノアを抱き上げて懐に庇いこんでいた。──が、その腕の中から、エリノアは、必死に這い出しコーラを見た。


 ──何か今……変なことが起こったような気がして──……


 と、一瞬目を離した隙にコーラが地面に転倒している。その顔に──何やら黒い塊が……

 どうやら──顔面を覆われ視界を奪われた魔物娘は、その拍子にバランスを崩してしまったらしい。転んでも顔から離れなかった塊に、コーラも狼狽えている。


「⁉︎ な……っ何⁉︎ なんなの⁉︎」

「っこらぁ‼︎」


 ギョッとしているらしいコーラに、怒声。


「え……?」


 場に似合わぬ幼い声に、エリノアは一瞬唖然とし──次の瞬間、喉が、ひっ……! と鳴った。

 双子の片割れの負傷に怒り、エリノアに襲いかかったコーラの顔に──黒い……毛むくじゃら。

 魔物娘の顔に張り付いたもふもふが、怒りの第二声をキーキー上げる。


「こら! ばかコーラ! コーラのせいで!」

「⁉︎ あんたっ! ちょ……」


 顔面で暴れる黒いけむくじゃらに驚いたコーラは、それをひっ剥がそうと手を伸ばし──た、瞬間。エリノアが青い顔で絶叫し、慌ててヴォルフガングの腕から飛び出した。


「ぎゃぁあああああ⁉︎ ま、ま──っマリーちゃん⁉︎」

「マリー⁉︎ な、なぜここに……」


 ヴォルフガングもギョッとして。エリノアは──必死の形相でコーラの顔からマリーを剥がして、腕に抱き、そのまま脱兎の如く魔将の元へ駆け戻る。


「ちょ、な、何してるの‼︎ だ、駄目じゃない子供が急に出て来たらぁあああ危ないでしょ⁉︎」(※マリー多分四十歳くらい)


 エリノアは慌てまくっているが……マリーはコーラに向かって目を三角にして怒っている。


「おまえのせいで! おまえらのせいで、かーさまのおいいつけがまもれなかった!」

「へ、へぇ? マ、マリーちゃん落ち着いて……」


 エリノアは、一瞬戦意も怒りも忘れてなだめるが……子猫型魔物は背中の毛を逆立ててコーラに怒鳴りつけている。と、怒鳴られた娘、コーラは、マリーの爪のせいで顔についた引っ掻き傷を嫌そうにさすりながら、口を尖らせた。


「ちょっと! 何すんのよマリー! 姉さんに向かって……“お前”だなんて!」

「うるちぇぇぇぇええ! おまえなんかおまえでじゅうぶんだ! ばぁあああっか‼︎」

「──………………え?」


 その会話に──エリノアの顔がギョッとして固まった。


「…………え?」

『おやおや……そういえば……以前黒猫(※グレン)が下にまだまだ大勢妹がいると言っていましたねぇ?』

「…………え?」


 のんきなテオティルの声を聞きながら……呆然と固まった表情のエリノアが、チラリとヴォルフガングを見上げると──魔将はげんなりとため息をついている……


「…………え?」


 ……それしか出てこなかった。



 ──が……


 ぬるい雰囲気はそこまでだった。

 エリノアの腕の中でブチギレていたマリーは急に泣き顔になって。青い目を潤ませて、ごめんゆうしゃ、と細く言う。


「マリーちゃん……?」


 急に消沈した子猫に、エリノアがどうしたのと尋ねると……マリーは、ぽろぽろと泣きじゃくるように言った。


「かーさまっ、かーさまに……! ブレアをまもれっていわれたのにっ……ぶれあぁあっ……あ、あいつらにぃ! こ、ころされちゃったの‼︎」


 マリーはそう叫んで、コーラを前足で指さした。その小さな獣の前足を見ながら……エリノアは……

 今、彼女が言った言葉を、呆然と──口の中で繰り返す。


「ブ、レア様、が…………こ、ろ………………」


 ……そばでヴォルフガングが息を吞む音が聞こえた。


「………………ぇ……?」


 急に、何もかもの音が、聞こえなくなっていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] あっちもこっちも大騒ぎですね。風呂敷たたみに注目。
[一言] ルートを間違えると勇者が闇(病み)落ちする
[一言] ブレア 「いや、生きてるが」 エリノア「生きとったんかーい!?」 という吉本劇場みたいな前フリだと思われ。
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