【コミカライズ版4巻発売記念・閑話】エリノアの贈り物
──ブラッドリーが手縫いのエプロンをくれた。
とても嬉しかった、天にも昇る心地である。……が……そのエプロンと一緒に幸せ気分で就寝しようとした私は、その時になってやっと自分の迂闊さに気がついたのです。
聞けば……どうやら巷では女性が意中の人や、日頃お世話になっている友人などに贈り物をする日というものがあったとのこと。……全然気がつかなかった……
でもそういえば、毎年リードが誕生日でもないのにいっぱいお菓子を貰っている日があるにはあって。──つまりあれはそういうことだったのねぇと納得した。
……でもね? リードには普段から老若男女結構たくさんの人が差し入れとか贈り物を持ってやってくる。なんたってモンターク商店の自慢の看板息子。だから、今日はなんだかいつもよりたくさんだなぁ……リードはやっぱり人気があるのねー……くらいに思っていた。
なんだ……あれはそんな素敵な行事だったのか……そうか……
──そんなの……
自分もやってみたくなるではないか……。
「………………」
王宮に出勤したエリノアは、遠くを歩いて行くブレアをじっと見つめ──その姿が見えなくなった途端。「……でもなぁっ」と息を吐きつつその場にしゃがみこんだ。己の膝の上に肘を突き、頬杖しつつ呻く。
「でも、そんな……私がブレア様に何か差し上げるなんて──難しい……」
巷のルール(?)では、どうやらお菓子を贈るのが主流で、その中でもメインはチョコレートということになっているらしい。ひとまずは、家族(※魔物と聖剣込み)たちと、いつも世話になっているリード、それからリードの両親には手作りのお菓子を振る舞うことにしたエリノアだったが……ブレアにも同じというわけにはいかない。なぜならば、ブレアが口にするものは、王宮で厳しく管理されている。彼は王族だから、栄養管理や毒見など。色々と厳しいのである。
「でも……何か食べ物でない贈り物、とか……」
自分にも何か作れないだろうかとエリノアは考えた。
ブラッドリーにお手製のエプロンを貰ってエリノアは心底嬉しかったのだ。この幸せを、ブレアにも──
「……なんてことはまあ、あれよね。ブレア様が私の贈り物なんかで、私ほどお喜びになるわけがないけれど……」
……まあそりゃあ、ブラッドリーの贈り物を貰って涙を流して小躍りしていたエリノアほどにブレアが嬉々とするかどうかはかなり怪しいが……まあとエリノア。
「とりあえず、私は贈ってみたいな……」
仕事仕事の毎日である。たまにはそういう女の子らしいイベントにも参加してみたい。──が……うまい方法が分からない。
「困ったな……」
と、つぶやいた時。エリノアの背後に、大きな人影が現れた。
「……おい不審者」
「!」
考えこんでいたところに、後ろから急に声をかけられて。エリノアは驚いて大きく跳び上がった。目を白黒させた娘はそのまま前転する形で王宮の廊下に転ぶ。その様を見て、人影がため息をつく。
「誰かと思えば……お前……廊下の角とかからこっそりブレア様を見てんじゃねーよ! 刺客かと思っただろうが! まったく……」
「あ……騎士オリバー……すみません……」
迷惑そうな顔で話しかけてきたのはオリバーだった。どうやら……ブレアについて歩いていた彼は、こっそりじっとりブレアを見ていたエリノアに気がついて、様子を見にきたらしい。
エリノアは慌てて立ち上がる。ふと気がつけば……遠目にこちらを見ている衛兵たちの目も不審そうだった。またあいつか……という目で見られている気がした……
「す、すみません。ちょっと、ブレア様に何か贈り物したいなぁって考えていたら……」
「…………贈り物?」
エリノアの話を詳しく聞いたオリバーは、考えるような素振りで「ふーん」と顎に指をかける。
「つまり……昨日のあれか。……お前その年まで知らなかったのか?」
いっそ感心するという目で見られてエリノアは消沈した。
「……だって、それどころじゃなかったというか……」
「いや別にそれはいいんだけどよ。で……? 何を贈るつもりなんだ? 手作りの品を贈りたいっていうのはいいと思うけどな……でも……その行事って昨日だよな? 今から作るのか?」
「そ……そうですよねぇ……」
オリバーに問われ、エリノアはちょっとしょんぼり肩を落とした。やはりそういう催しは当日が大切であろう。遅れて渡せば渡すほど価値が薄れる気がするが……手作りで何か小物を作るにしても、時間がいる。
「今日は仕事だし……そもそも何を作ればブレア様に喜んでいただけるのかもよく分からないし……あああ! 一週間前とかに時間が戻って欲しい!」
エリノアは嘆いた。と、オリバーが「ふむ」と、考える素振りを見せる。
珍しいことに……オリバーは一緒に考えてくれる気らしい。が……それにはこんな裏があった。
──それは今朝のこと。
オリバーは、また……ブレアの母、王妃に呼び出されたのだ……。
王妃はテーブルの上に白い布を広げ、手に針を持っていた。そして言うのだ。
『オリバー……? ちょっと……手をここに置いてごらんなさい?』と──……
銀の針を手に、にっこり笑う王妃はとても怖かった。
しかし命令だ。オリバーは青ざめた顔でテーブルに広げられた白い布の上に手のひらを置いた。すると王妃は、笑顔のままオリバーの指と指の間の布にぷす……ぷす……と、針を刺していくのだ。……怖い。
『あのねぇオリバー……? 私、早くエリノア嬢のウエディングドレスを縫いたいんだけど……そう、もう待ちきれないからいっそ自分で縫おうと思っているの。業者を頼むとすぐにブレアにバレるから。……なのにね……? 昨日、ブレアがね、エリノア嬢にチョコレートを貰わなかったらしいの。どうして?』
『いや……どうしてとおっしゃられても……』
そんなのオリバーが知るわけない。──というか、当のブレアは忙しく、そのような浮かれた男女のイベントになど気がついている素振りすらなかった。当然ブレアが王妃にそんなことを報告するはずがないのに……なぜ王妃はエリノアからの贈り物の有無などを知っているのだ。ひきつるオリバーに、王妃はテーブルを叩く。
『オリバー……早くして! 待ちきれなくてウエディングドレスが三着も四着もできちゃうでしょ! 二人の間に一石でも二石でも投じて関係を深めさせなさい! 一月後のお返しの日にブレアがエリノア嬢に贈り物をしていなかったら……どうなるかわかっているわね⁉︎』と──……
今朝の王妃の様子を思い出したオリバーはげっそりした。
「一石ってなんだよ……はー……」
「騎士オリバー?」
ため息をつくオリバーにエリノアが怪訝そうである。
ポカンとした顔を見て、なんにも知らねーで呑気にしやがってと思ったが、オリバーはとりあえずエリノア側の事情を知った。
「はあ……つまり……すぐ作れて、ブレア様に喜んでいただけそうなものならいいんだな?」
「え? は、はぁ……そうです」
そしてこのいつまでもじれじれして一向に関係の進まない二人の仲を深めさせることのできるアイテム。
(まあ、そんな一気に深めるのは無理でも……何か……互いに意識させるような……)
そんなものあるのかと頭を悩ませて──オリバーはそうだと指を弾く。
「お、そうだ……あれなんかいいんじゃねーか?」
「…………あれ? とは……?」
「“肩たたき券”」
「…………え……」
オリバーの回答を聞いたエリノアは、一瞬沈黙。しばし黙りこんだあと……疑惑の目を騎士に向ける。
「…………騎士オリバー……またそんな冗談を……もしや馬鹿にしてます?」
しかしオリバーの表情は真剣だった。
「いや、俺は本気だ」
「⁉︎ そんな……か、肩たたき券って……そんなお子様にしか許されないような贈り物……乙女的要素も何もないのに⁉︎」
そんな馬鹿なと目を剥くエリノアに、オリバーは首を横に振る。
「大丈夫だ。それに肩たたき券だと作るのも簡単だぞ。カードに文字を書けばすぐにブレア様に贈れる。な?」
「な? ……って言われても……」
平然と言うオリバーに、エリノアは唖然とする。が、オリバーは真剣な顔で続けるのだ。
「現実問題、多分ブレア様は喜ぶはずだ」
「え……ほ、本当、に……? ブレア様は……そんなに肩がこっていらっしゃる……いや! 騎士オリバー……なんか騙そうとしてますよね⁉︎」
「いや、してない」
「⁉︎ ⁉︎」
実際オリバーは、この“肩たたき券”なるものに、大きな可能性を感じていた。
(…………これは……単に菓子なんか贈るよりも遥かに……)
嬉し恥ずかしラブいイベントに発展しうるのではないか。
そりゃあエリノアから何かを贈られればブレアは喜ぶに決まっている。が……それではあまりにも単純なのではないかと騎士は考えた。それでもほのぼのと二人の情は深まるかもしれないが……そのじれじれした進行具合で、あの王妃を納得させられるのか。オリバーにとってはそこが重大である。
(ここはちょっと大胆な手を使わねーとな……)
オリバーは心の中で独り言つ。
肩たたき券……なんて馬鹿馬鹿しいように思えて。しかしそれはつまりエリノアがブレアに触れるということ。恋愛初心者の二人にはいい刺激になるだろう。
「……よし。お前もういっそ、“肩揉み券”って書け。それでお前、色々揉んで差し上げろ」
「は……はぁ⁉︎」
真顔で言ってやると、エリノアは案の定ギョッとして顔を真っ赤にした。そんなこと到底できないと言いたげではあるが……オリバーは知っていた。この娘は、とても単純で激しく情に脆い。仕事に励むブレアの忙しさや根をつめる性格を引き合いに出せば、いかようにでも言いくるめられるということを。
(……、……、……よし……。うまくこいつを乗せよう……)
……そしてエリノアは。
まんまとオリバーに言いくるめられたのだった。
「ブレアさみゃ!」(※噛んだ)
いきなり差し出されたそのピンク色のカードを見て。舌を噛んだらしい娘に「大丈夫か?」と尋ねようとしていたブレアは驚いた顔をした。
「ブブブブブっ、ブレアさみゃっ! う、ううううう、受け、受け取ってください‼︎」
「? ……ありがとう」
私室を出たところで、いきなり突進してきたエリノアがブレアに差し出した小さなカード。一瞬状況が掴めなかったブレアだが──ひとまず真っ赤な顔で差し出される娘の手から紙片を受け取って礼を言う。エリノアの手はブルブル震えているし、その様子があまりにも必死で……それが愛おしくて……
思わず顔を綻ばせるブレア。が、彼が受け取ったカードに視線を落とす前に、エリノアが渾身の力……という声で言う。
「あのっ! い、いつでもお使いくださって結構ですからね⁉︎ お、お疲れの時とか……わたくしめ! いいい一生懸命お勤めいたします!」
「エリノア?」
大丈夫か、どうしてそんなに……と、ブレアが気遣うように顔を覗きこむと、目が合ったエリノアは、さらにボッと顔を赤くして。そのまま慌てるようにブレアに礼をして、転がるように廊下を去っていった……。
残されたブレアは……
「……」
なんだかエリノアに逃げられたような気がしてショックを受けている。が、その肩をトントンと叩くものがあった。オリバーだった。
「ブレア様。それ」
「え? あ、ああ……」
エリノアに渡されたカードを見るように促されて、ブレアが紙片に目を落とす。と──
ブレアは瞳を見開いた。
「か、た……揉み券………………?」
紙片に書いてある言葉を読んで、ブレアが困惑の表情を見せた。するとオリバーが生暖かい顔でうんうんと頷きながら言う。
「揉んでもらってください」
「⁉︎ な、何⁉︎ ど、どういうことだ……⁉︎」
ギョッとするブレア。に、オリバーは昨日がなんの日だったのかを教えてやった。
「一日遅れですが、そういうやつみたいですよ?」
「⁉︎」
途端、ブレアの頬がカッと赤くなった。青年は目を丸くして手の中にあるカードを凝視して──が、こちらをニヤニヤと見ている側近の顔に気がついてハッとする。
「い、いや……わ、分かっている。義理などと、そのような風習もあるのだろう? わ、分かっている……だが……」
ブレアはとても困惑した。いや、ものすごく嬉しいのだが……
(“肩揉み券”……? エリノアが? 私の肩を……?)
想像すると恥ずかしくなって。その場に沈むようにしゃがみこんだ王子に──オリバーが、上で満足そうな顔をしている。
(……ふ……やっぱりな……)
こうなると思った。
ブレアは床の上で頭を抱えて呻いている。頭からは湯気が出そうだった。
「オ、オリバー……これは……どうしたらいいんだ⁉︎ つ、使えるわけがない!」
「いやいやいや。ここは使ってやらねーと可哀想でしょ。せっかく一生懸命走って持ってきてくれたんですよ? 殿下、エリノア・トワインの心遣いを無下にするんですか? あいつは(俺に丸めこまれて)お疲れの殿下の身体を想っていつでもマッサージしますよと……」
「マッ……いやっ、だが……」
「使ってやらなかったら悲しむだろうなぁ……」
「⁉︎ ⁉︎」
──そして結局……
ブレアもオリバーの思惑に乗せられてしまうのであった。
その時より、騎士の狙い通り、ブレアもエリノアもこれまで以上に互いを意識し合うこととなる。
エリノアは、いつブレアが肩揉み券を使ってくれるかとドキドキし。
ブレアはブレアで、いつ使えばいいのだと頭を悩ませた。
結果、二人は目が合っただけで顔を真っ赤にし──間違って手が触れようものならエリノアは飛び上がり、ブレアが慌ててそれを抱きとめて。互いに呆然と赤らんだ顔で見つめ合う──
というようなハプニングが、王宮ではたびたび発生することとなった。
その結果を見た王妃は悶絶したという。
「もう! どうしたらいいの! ずっと見ていられる! せっかくウエディングドレス縫ったのに!」
と、いうことで。
エリノアバージョンでした。笑
閑話は平和ですね。
コミカライズ4巻本日発売です(^ ^)
よろしくお願いいたします!




