【コミカライズ版4巻発売直前記念・閑話】ブラッドリーの贈り物
とにかくねと魔王が言い出した時、グレンはなぁんだか嫌な予感がした。
これは長話が来るぞと思って。しかしまあ愛しい君主様と話すのは嬉しい話ではある。が……この君主が、自ら自分に話しかけようとしてくる時は、たいてい彼がなんらかの理由でうずうずしている時なわけだ。
誰でもいい。今すぐ話したいが……手近には忠犬ヴォルフガングはいない(※リードによりブラッシング中)。コーネリアグレースは買い物に出かけ、老将メイナードはといえば、そこにはいるものの、主人の話を聞くフリをして着席してはいるものの……すやすやぽかぽか夢の中。
そこで魔王様は思ったわけだ。……仕方ない、この際この少々鬱陶しい黒猫でもいいかと。
(……手に取るように分かるぅ〜♪)
ニャハッと笑い。グレンはふよっとしっぽを揺らす。
(こういう時は、話題は絶対“あの人”のことに固定だもんなぁ)
と、案の定、少しうねりのある前髪の隙間からこちらを見ながら君主は言うのだ。もちろん真顔である。
「──とにかく、僕は姉さんが大好きなんだけど」──と。
グレンはもう笑い転げたくてたまらない。笑いをこらえるとしっぽの先がビビビッと震えてしまった。
「……ぷっ……陛下ぁ……私、それ多分今月に入って千回くらいは聞いてる気がしますぅ。別の話題にしません?」
「はぁ? 姉さん以外の話題でお前と話すことなんかあるわけないだろ」
──と、いうより、君主はそのことしか考えてないのではないだろうか、と思ったが……無意味な反論はしない。そんなこと分かりきっていることなのだから!
……とはいえ、すっぱり切られてグレンはなんだかちょっぴり悲しくなった。
でもとりあえず、今の君主の“姉さんについて話したい欲”を満たせるのは自分だけということで。グレンはとにかく魔王に話の先を促した。戦いを望まない魔王の元では、今や魔王軍にとってこれが一、二を争う大切なお役目である。
「で、姉上がどうなさったんですか?」
「──うん。この間……モンターク商店のお給金が出たんだけど、姉さんに何か買ってあげたいなと思って……何がいいかな?」
素直に頷いた君主はすでに頭の中に姉のことしかないのか、グレンにも当たりが優しい。陛下可愛いな♡……などと思いながら、グレンは返す。
「ああ、そういえば最近町は賑やかですよ。なんでももうすぐ女性から男性へお菓子贈る日だそうで」
教えてやると、君主は、え? と不満そうな顔をする。
「……それ、女性からしかダメなの?」
「さぁ……でも女性同士で贈りあったりもするみたいですよ」
「……ふ〜ん」
君主は未だ不満そうではあったが、でもと頷く。
「お菓子を贈るのはいいかもね。姉さんあんまりお菓子自分には買ったりしないし……」
エリノアは倹約家のため自分にはお金をほとんど使わない。ブラッドリーはどうしようかなぁとテーブルの上で頬杖をついて考えこみはじめた。
「でもお菓子は食べつけてないからあんまり好きじゃないみたいだしな……もっと実用的なものにする? でもお菓子なら手作りできるし……あ、エプロンくらいなら僕でも縫えるかな……? モンターク商店で生地を買って……うーん……」
見ていると、今度は何色にしようかとか、どんな柄の布にしようかとか。そんなことで悩みはじめた少年魔王。グレンは……ああ平和だなぁという顔をした。
「まあ……陛下が贈ったものならたとえその辺のぺんぺん草でも姉上は泣いて喜ぶと思いますよ。──聖剣もらうより」
言わずもがなである。
──そして後日。
「姉さん♡」
「え……?」
帰宅したエリノアが自宅の扉を開けると、そこに、栗色の髪の可愛らしい少女が立っていた。
ドアノブを握ったまま固まるエリノア。
どこかで見たこのある少女だった。──確か……王宮で、ブレアとの茶会の折に着替えを手伝ってくれたアストインゼルの侍女……つまりハリエットの侍女である。(※三章64話〜参照)
「あれ? ……天使な侍女さん? へ? “姉さん”……?」
なぜ彼女がここにと戸惑うエリノアに、少女は照れ照れとピンク色の包みを差し出してくる。
「これ、急いで縫ったんだ。えっと、いつものお礼。贈り物、なんだけど……使ってくれる?」
「………………」
エリノアは、固まった表情のまま少女を凝視した。どれだけ見たってやはり彼女はハリエットの侍女である。素朴で純情そうな容姿──が……
照れ臭そうな表情と、エリノアに包みを手渡したあと、顔を傾けて目を逸らし、もじっと前髪の先をいじる指の動きを見て──……
エリノアはピーン! と、来た。
「っ⁉︎ ブラッド⁉︎ え⁉︎ 女装⁉︎ いや変身か‼︎ え⁉︎ 何故彼女⁉︎ ん⁉︎ あれエプロン⁉︎ ブラッドの手縫い‼︎⁉︎」
……驚くエリノアは忙しい。最終的にはブラッドリーから贈られた包みの中身──白いエプロンを見て、脚をガクガクさせながら涙を浮かべている。ブラッドリーははにかむように笑った。
「うん、今日はそういう日なんでしょう? 女の人が贈り物をする日。だから」
「そうなの⁉︎ あ、あ、あ……ありがとうううううっっっ‼︎」
……ここにツッコミはいない。別にそこは侍女に化けなくてもとかいう至極真っ当なツッコミをする勇気のある者は──いない。
いたのは感動に咽び泣く姉と、見事サプライズに成功して幸せな弟。
エリノアは、エプロンを手にしたまま、少女姿のブラッドリーに飛びついた。そしていつもの如く叫ぶのだ。
「ブラッド! あなたは天使よ!」
「ふふふ、もう姉さんったら」
抱き止めるブラッドリー……というか少女も幸せそうに笑う。
そこには、歓喜が溢れ、なんとも幸せな空気が…………
「……、……、……グレン、あんたまた陛下に何か余計なことを言ったのね……」
……その空気の外側にいたツッコミ役筆頭こと、コーネリアグレースがボソッとつぶやく。
姉弟──今は“姉妹”だが。……の様子を少し離れて居間のほうから見ていた婦人は、なんともいえない微妙そうな顔で息子を見下ろす。エリノアと共に帰宅したヴォルフガングもしばしエリノアの足元でポカンとしていたが……ハッとした顔でこちらに駆けてきて、グレンをジロリと睨みつける。
「き、貴様なのか⁉︎ 貴様が陛下に女に化けろと進言したのか⁉︎」
阿呆か! と、怒鳴られて。しかしグレンはどこ吹く風である。後ろ足で耳を掻きながらのんびり答える。
「別にぃ? 私が化けろって言ったんじゃないし。女性から贈り物をする日ですよ……て教えただけ♡」
まさかこうなるなんて。陛下も姉上に関してはとっても純粋だよね! と、声を上げて笑う黒猫を、白犬が「馬鹿者!」と、怒鳴る。
「そ、そこは……別に男から贈ったって全然構わんと教えて差し上げろ! そもそも……感謝の贈り物は日を選ばん! いつでも贈っていいのだし……」
忠犬は戦々恐々、気を揉みながら主君を見ている。が、いつも通り、手に茶を装備して居間の椅子に座っていたメイナードがモゴモゴと口の中で何かを言っている。
「え? なんですって……? ……“まあ、陛下はご満足そうだし、結果オーライじゃ”? そ──そうかもしれませんが……!」
小声の老将の言葉を正確に聞き取ったヴォルフガングは戸惑うが、そこへ「そうですよ」と、老将の前に座る聖剣テオティルが明るい声。
「主人様も、魔王も、喜びのオーラに包まれています。ああ……なんと幸せな空間なのでしょう……」
「⁉︎ ⁉︎」
テオティルはうっとりと勇者と魔王を見つめている。が、ヴォルフガングのハラハラは止まらない。
多感な時期の少年魔王である。彼があとから別に女でなくてもよかったのだと気がついたら……
「へ、陛下はショックを受けられるのではないのか⁉︎ 恥ずかしくて落ち込んでしまわれるのでは⁉︎ だ、大丈夫なのか⁉︎ 本当に大丈夫なのか⁉︎」
ヴォルフガングは、幸せそうな魔王とエリノア、そして同胞たちの間で一人慌てて、忙しなく視線を彷徨わせていた。……が……。
ヴォルフガングの心配をよそに、その幸福はしばし続くことになる。
なにせ、姉エリノアが彼の贈り物に感動して、毎日エプロンを身につけてくれたし、洗濯する時も本当に丁寧に丁寧に、まるで赤子を沐浴させるように愛おしそうにそれを洗ってくれる。
夜眠る時はエプロンを畳んで枕元に置き、幸せそうに眺め、朝起きると、再びそれを身につけて、ブラッドリーの前に「おはよう」と、やって来る。その時、姉はにっこり微笑むのだ。……毎朝、その日初めてそれを身につけたように──心底嬉しそうに。
そんな姉を見ると、ブラッドリーは本当に幸せだった。……のちに、彼も、別にあの時贈り物をするのに女装はしなくてもよかったな……とは気がついたが……
別にもうそれはどうでもよくなっていた。
姉の幸せが一番である。
お読みいただきありがとうございます。
コミカライズ版4巻が明日2月12日発売予定ということで、閑話を更新いたしました( ´ ▽ ` )
時期的にバレンタインが近いということでそちらに絡めたお話です。
あと……本編が今絶賛シリアス到来中なので……ちょっと書き手も仲良しな話が書きたくて書きたくて( ;∀;)
シリアスには毎回手こずりますが……この話、一晩でできました。(今回はブラッドメインですが)書き手もどうやらラブコメに飢えています。笑
ということで、もうすぐコミカライズ版4巻発売です。最終巻となり、ちょっぴり寂しがっている書き手ですが……(´・ω・`)
言炎先生や山﨑風愛先生、編集部の方々と作り上げた『侍女聖剣』が、皆様の日々の小さな息抜きのお供になれたら幸いです。




