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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
四章 聖剣の勇者編
281/365

65 鎧のエゴン

 

「⁉︎」


 ブレアの瞳に動揺が走った。

 天空の輪から現れた、正体不明の鎧将を相手取っていた時のことだ。


 宮廷上空に現れた異形たちは、一度は黒い影のそばに集まっていったが……すぐに何か目的を得たようにそれぞれどこかへ散っていった。そんな中、宮廷の中庭に集まり異形たちを見ていたブレアらを急襲してきたのが、この鎧の将だった。

 上空にある時は分からなかったが、近づいてきてみると、敵は巨人と言えるほどに身体が大きかった。背丈で言うと、ブレアの倍はあろうかというその巨体を、全身プレートアーマーで固めている難敵。手にする特大の剣も人の大きさほどはある。

 当然ガードは硬く、また、その長身から振り下ろされる大剣の攻撃は強烈で。一般兵ではとても相手にならなかった。まるで、木の葉をはらうように軽くあしらわれ、負傷者が次々に出ていた。


 その凄惨さを見て、青ざめたのがソルらブレアの配下たちや衛兵たちである。

 彼らは、今、この国にとって第二王子ブレアがどれだけ大切な存在か心得ている。皆しきりにブレアに逃げるよう求めたが……それが無駄であることも薄々分かっていた。

 彼らの静かな主人は、このような場面で味方を置いて敵前逃亡するような性質ではない。けして好戦的なわけではないが、いまだタガートたちから国王や王妃らの無事な退避の知らせもない現状では、余計に彼が戦線を離れることはなかったというわけである。


 何度も打ち下ろされる強烈な攻撃を、敏捷な身のこなしで避けながら。じっとタイミングを計っていたブレアは。その一瞬、鎧将が地面に打ちつけた己の大剣の重みと遠心力で、わずかによろめいたのを見逃さなかった。

 ブレアは、衛兵から借り受けた斧槍の先についている鉤爪を、瞬時に敵の足甲に当て、その巨体を地面に引き倒した。敵は派手に転び、ズズンッ……と、重い音が辺りに響く。まわりに兵らの歓声が湧く。が、ブレアはそのまま今度は流れるような身のこなしで腰元の剣を抜き、それをハーフグリップに握ると、即座に鎧将の巨体の上にまたがった。狙うは兜と鎧の継ぎ目。左手で己の剣のリカッソ(刃の根本)を強く握り、柄を握った利き手の力も合わせて顎をめがけ、一思いに突き入れた。

 鋭い切っ先が喉元を裂けば、いかに巨体の主といえど敵は沈黙するはず。──と、考えたのだ、が……


 冒頭でブレアが驚いたのは、まさにこの瞬間のことだった。

 驚愕の広がる表情で、ブレアは己が剣を突き入れた鎧将の喉元を凝視する。


(⁉︎ 手応えが──……ない⁉︎)


 唖然とした。あるはずの敵の肉体の感触が手に伝わってこない。あったのはただ──剣の切っ先を止めた鎧の硬い感触のみ。ブレアは目を瞠る。

 彼の目には、確かに敵の首に突き刺さった剣が見えているというのに、まるで幻を刺しているかのように感触どころか、敵は出血すらもしていない。

 ……と、くぐもった笑い声が聞こえた。


「グフフ……ガッハッハ! 驚いたようだな、勇ましき小さな女神の徒よ、わかるか? オヌシの剣ではワシらの身体は傷つけられんのよ!」

「!」


 鎧の将は宮廷の石畳に横たわったまま豪快に笑って。その瞬間、子供の胴ほどはあろうかという腕をブレアに向かって振りかぶる。それに気がついたブレアは、すぐさま鎧将の身体から飛び退きそれを回避した。鎧将の腕はそのまま床に叩きつけられ、ブレアの代わりに殴りつけられた石畳が音を立てて割れた。その威力を見てブレアが眉間にシワを寄せる。と、鎧の将がガラガラと大声で笑う。


「おうおう、まったくチョロチョロとうまく避けるものだ」

「……」


 笑いながら、ゆったりとした動きで山のような身を起す鎧将。ブレアは警戒しつつ、じっと敵を見て……こちらを向いた兜に向かって問う。


「貴殿は……なんだ?」


 “何者か”と、問わなかったのは、相手が到底人間のようには思えなかったからだ。巨大な身体をとっても、彼の剣で傷つけられないという点においても。

 しかし、尋ねられた鎧将は、その質問がとても心外だったらしい。途端、噴き出すように身を折った。


「は⁉︎ “なんだ”だと? 貴様今そう言ったのか⁉︎」

「……ああ」


 ブレアが生真面目に頷くと、鎧将は地面に立てた大剣を支えにしながら立ち上がり、顔面を手で押さえ肩を揺らしてまた笑う。自分に向かって剣を向けるブレアや、周囲で遠巻きに警戒している衛兵や騎士たちの存在など、少しも意に介したふうもない。男はひとしきり笑ったあと、ブレアを見てかぶりを振った。


「やぁれやれ……女神の小さき徒らはよほど平和ボケしておると見える。なるほどなるほど、それでこのように非力に成り下がったか。ワシらの正体すらもはや分からぬようではな……しかし、魔王の僕に向かって堂々と“なんだ?”とは、人もなかなか。恐れ入る」


 くつくつと笑う男の言葉に、ブレアが驚きをあらわに眉を持ち上げた。


「魔王の……僕……」


 険しい顔で己の言葉を繰り返すブレアに、鎧将は深く頷く。


「そう、我らは魔王の僕。ようは魔物よ。王のお望みを叶えるためにここに参った」

「……」


 誇らしげに言う鎧の将の言葉に、ブレアは心の中で戸惑う。空を飛び、尋常ならざる力を見せる彼らを見て、もしやとは思ったが……それでもいざそうだと言われても、まるで急におとぎの世界を見せられたように現実味がない。“魔王”や“魔物”などという存在は、すでにこの国では歴史の中に埋もれた存在ではある。が……敵の言葉を聞いて、後ろでざわめきはじめた国民たちの声を聞いて、ブレアは我に返った。国民──兵たちの声には未知なるものへの言い知れぬ恐怖が滲んでいるかのようだった。ブレアは己に言い聞かせる。

 敵の言葉が嘘であれ本当であれ、対処法こそ変われど、己のやるべきことは変わらぬのだと。それは将として兵をまとめ、守るべきものを守ること。


(……ここでこの者は倒しておきたいが……それが難しいならば、せめて陛下の退避まで時を稼がねば……)


 ブレアは鎧将を見上げ、毅然と尋ねる。


「……では魔王の僕に問う。お前たちの王の望みとはいったいなんだ? 伝承のように、また人の世を狙うのか?」


 すると鎧将が兜の中でニヤリと笑ったような雰囲気があった。


「我らが王のお望みか……さぁて。陛下が人間の世界を手中にしたいかは、それはまだ分からぬ。その前にまだご所望のものがあるご様子だからな」

「魔王が所望しているもの? それは……」


 ブレアが怪訝そうに眉をしかめると……鎧将が「分からんか?」と笑う。弄ぶような響きだった。もったいぶった口調にブレアが不可解そうな顔をする。と、兜の中で笑う鎧将は、その手にある重そうな大剣を持ち上げて、切っ先を──真っ直ぐブレアに向けた。狙いをつけられたブレアの眉がピクリと動く。


「それは──お前の、……首だ」


 相手の反応を楽しむような、笑いの滲む声。


「…………我が、首?」


 ブレアは「ほう」と少しだけ目を細め、考えるような素振りで相手を見た。が、瞬間背後で悲鳴が上がった。──ソルである。


「なんですって⁉︎」


 少し離れた場所で彼らの戦いを──いつブレアが傷つけられてしまうかと恐々と見守っていた書記官のソル(※ちなみに、彼はおそらく戦いにはまったく役に立たない)。

 他の配下たちと共に慌ててブレアの元へ駆け寄ってこようとしたが。気がついたブレアがそれを「来るな」と厳しい視線で制する。彼は再び鎧将に視線を戻すと、やはり冷静な顔のまま疑問を口にする。


「随分奇妙なことを言う。このブレアの命を魔王が欲していると? 我が命など魔王にとっては価値があるとも思えぬが……」

「何を言うか、お前はこの国の“王子”。そうだろう?」

「…………」


 確かにその通りではあるが、確認するような鎧将の言葉には一瞬違和感を覚えた。が、相手はブレアにそれ以上考える暇を与えてくれそうにはない。大剣を手に、ジリッ……と砂利を踏み、間合いをつめようと動く鎧将に……ブレアも剣を持ち上げる。ここは相手をするほかなさそうだ。


「なるほど。しかし、私も大人しく命を取られる気はない。……参られよ」


 静かに言って剣を構えると……敵はよほど戦うことを好むのか、どこか嬉しそうなそぶりを見せた。……が、ブレアは。この、腕力でも敵わず、剣でも肉体を断てない敵に無意に挑み続けることを考えていたわけではなかった。すでに密かに兵らに砲撃の準備を命じてある。剣で下すことができないのならば、次は鎧ごと打ち砕くことを試みるつもりだ。どうやらブレアとの打ち合いを望んでいるらしい敵将には申し訳ないが、現れた敵はこの者の他にもあったはずで。いつまでもたった一人に手間取っているわけにはいかなかった。

 幸い、相手はブレアのそのような考えに気がついた様子はない。魔王の僕と聞いても引く姿勢を見せないブレアを豪快に褒め称える。


「良き哉、良き哉! 戦士はそれでこそよ! それでこそ斬り合う価値があると言うもの!」


 鎧将はそう声を張り上げて、今度は大剣を両手持ちで構えた。


「さぁて……今度はどれほど避けられるかな?」

「!」


 笑いを含んだ声が聞こえた瞬間。鎧将は大剣を再び高く振り上げて。容赦なく、まるで大岩でも叩き割ろうかというように、ブレアの頭めがけて剣を振り下ろす。だが、その動きをすでに見切っていたブレアは、攻撃を避け、横に飛ぶ。が──……


「⁉︎」


 敵将の脇を抜け、後方に回りこもうとしたその瞬間。突然、鎧将がいるのとはまったく別の方向から、殴られるような圧に身が吹き飛ばされた。それでも咄嗟に利き腕で頭をかばったが、その腕に焼けつくような痛みを感じた。


「っぐ……⁉︎」


 ブレアの身体はそのまま宮廷の壁へ叩きつけられる。──最後に感じたのは、瓦礫が覆い被さってくる衝撃と、猛烈な熱さ、だった。




「っ⁉︎ ブレア様!」


 配下たちの間から悲鳴が上がる。


「……お?」


 その声に混じり、上がった間抜けな声は鎧将のものだった。鎧の将は、突然消えた標的の姿に驚いているようだ。いったいなんだと兜を振ってブレアを探しているが、自分の足元をちょろちょろと駆け回る人間たちが、一箇所の瓦礫の山を目指しているのを見てポカンとしている。

 


「ブレア様! 大変だ! 早く瓦礫の中からお助けせよ!」


 ソルをはじめ配下や衛兵たちは、慌ててブレアが埋まってしまった瓦礫のそばに駆けよる。が──


「⁉︎ な、なんなんだこの炎は⁉︎」


 ソルが叫ぶ。駆けよった者たちは皆、不可解な青黒い炎に行手を阻まれていた。それは、先ほど彼が目撃したもの──鎧将とブレアの戦いに水を差し、突然ブレアを横殴りに吹き飛ばした青黒い火球──が燃え移ったもののようだった。

 炎は瓦礫をまるで木片でも焼くかのように喰らっている。燃え盛る炎の激しさに、誰もブレアのそばまで進むことができない。が、


「水です! 水を持ってきてください! ブレア様!」


 周囲に水を運ぶよう怒鳴り、ソルはそこに落ちていた槍を拾うと、果敢にもブレアのもとへ進もうと炎のほうへ突進していった。どうやらその槍で、邪魔な瓦礫を取り除きブレアを救出しようというつもりらしい。……が……炎の中に槍を差し入れた書記官の顔がギョッとする。青黒い炎の中で、木製の柄だけならまだしも……金属製の槍頭が、嘘のようにあっという間に燃え尽きていた。


「な……」

「グァああああ!」

「⁉︎」


 唖然としていると、突然隣にいた衛兵が腕を掴んで身を折った。──どうやら彼もブレアを助け出そうと炎に触れたらしい、が……見ると、その指先から腕までが、不可解な黒ずみに侵されていた。火傷ではない。まだらの模様を描くように広がった毒々しい色にソルは言葉を失った。

 彼の他にも、ブレアを助けようと瓦礫に近寄った者たちが、皆次々と苦しみはじめていて、バタバタと倒れていく衛兵たちに、ソルは愕然とする。


「ど、どういうことだ……ただの炎では……ない……?」


 ソルは目の前が真っ暗になる思いだった。このままでは、この奇怪な炎に阻まれ、誰もブレアを助け出すことができない。触れただけでこの炎の中に残され──王子はどうなってしまうのか。


「っブレア様!」


 轟々と燃え上がる暗い色の炎の前で、ソルの悲痛な叫びが空に響き渡った。



「…………」


 そんな様子を。ポカンと見ていた鎧将。こちらもまだ、いったい何事が起こっているのかと戸惑っているふうにも見える。と、そんな彼に、上空から放るような甲高い声がかけられた。


「「──ちょっと!」」

「ん?」


 二重奏の叱咤に鎧将が顔をあげると、そこには美しい顔の娘が二人。空に対のように並び、それぞれに天辺に大きな石のついた、焼け焦げた色の大杖を抱えている。娘たちは騎士を呆れたように見下ろしていた。


「あんたってばさっきから何を遊んでるのよ!」

「さっさと標的を探しに行くわよ!」


 叱られた鎧将は、はぁ? と、首を傾げる。


「何を言っている? 標的ならそこに……金の髪の王子、そうだろう?」


 騎士はブレアが吹き飛んでいった方向を指さすが、娘たちは馬鹿にしたようにせせら笑う。


「あんたいったい陛下のお言葉の何を聞いてたの? ほんと、あんたって脳筋」

「特徴は似ているけどそいつじゃないの。兵が“ブレア”って呼んでたじゃないの。標的の名前は“クラウス”よ! 早とちりなんだから!」

「お? おお……? そ、うだったか……?」


 鎧将は思い出そうとするように、今度は反対側に首を傾げた。が──しかしすぐにハッとして渋い顔を作る。


「いや! しかし……オヌシたち……よくも我が戦いを邪魔したな! ヤツに思い切り瘴気を浴びせおって! なかなか腕のよい剣士だったものを……! これでは燃え尽きて再戦も叶わぬではないか! ──つまらぬ! 斬り結び合ったからには決着をつけぬことにはスッキリせぬであろうが!」


 鎧将が苛立ったように地団駄を踏むと、宮廷の床が大きく揺れて。しかし空にいる娘たちは平気な顔で鼻を鳴らす。


「また出た、“鎧のエゴン”の“戦いの美学”……馬鹿馬鹿しい。だっていらないんだもの、あんな人間」

「ほら。どうでもいいからさっさと陛下の命を果たしに行くわよ!」


 急かされた鎧将は未だ不満そうだったが、それでも『陛下』と言われると弱いのか。渋々娘たちに従う姿勢を見せた。


「ちっ……戦いに敬意を払わぬものはこれだから……!」

「だまらっしゃい!」


 戦いを惜しむような鎧将を尻目に、冷たい表情の娘たちはそのままスイッと王宮の建物のほうへ飛んで行った。鎧将はそれを憎々しげに見ていたが──もう一度ブレアが吹き飛ばされていった方向を惜しそうに見て。やれやれとため息をつき、不承不承娘たちの後に続く。


 場に残された兵たちは、呆然となすすべもなくそれを見守っていた。

 ……ブレアを焼いた炎は……ゆらゆらと燃え続けている。











お読みいただきありがとうございます。

…時間かかりました。一応“ラブ”コメをうたっている手前、で、き、る、だけ!戦闘シーンなんてところは短く、省略したい!……という書き手のあがきが故です……

書き手もラブラブいちゃいやコメディしたいのです!!!( ;∀;)笑

そのようなわけで、ちょっと長めですがスミマセン切りません。次行きたいのです次に。笑

……はぁ……がんばります!

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― 新着の感想 ―
[一言] おっとぉー! ブラッドリーの所へ行く前に寄り道しなきゃいけないけど、ブレア様の危機に気づくのか?! 勇者エリノア! 何かすっごいでっかい鎧将の魔物も呼んじゃったみたいだけど、お帰り頂かない…
[一言] エリノアさん早く助けに行かないとブレア様が真っ黒になるぞ! 助けたら助けたで赤くなるかもしれないけど( ˘ω˘ )
[一言] 次いってみよう次どうぞ。ブレア様の安否が気になりますね。
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