57 いつもだいたい力技
そのやつれた姿を見て、誰もがすすり泣いていた。
こうべを垂れ、地面に跪き、敵地では堪えていた悲しみを森に響かせる。そんな男たちを慰めているのは王太子だが、その動きはやはり弱々しい。戦士らの背中をさする手首の細さを嘆き、色の褪せた囚人のような服を着せられた彼を見て、誰もが怒りを滲ませた。
王太子リステアードの傍らで彼を支えていたオリバーも、安堵と複雑さとを混ぜた表情で、王太子と、彼にすがってオンオン泣いているトマス・ケルルたちを見ていた。仲間の身体には痛々しい傷が残る。悔しさに表情を歪めた時、不意に頬にこぼれ落ちそうになった雫を手で隠すようにぬぐい。それから彼は全身で大きなため息をついた。
あのプラテリア城にトマス達が囚われているのは分かっていた。王太子も、もしや……とは思っていたが、しかしこう首尾よく両者を助け出せたのには驚きがある。色々と不思議なこともあって、まるで誰かが人知れず彼らの手助けをしてくれたようでもあった。そこまで考えた時、ふとオリバーの頭に浮かぶのは、箱を頭に被った変な女のことだった。
(いや……あれは夢、か……?)
交戦中だったはずが、気がつくと、彼らはいつの間にか本隊に合流していて。驚く間もなく彼らは助け出された王太子と再会して今に至る。
実に不可思議な出来事だが、オリバーは考えた。本隊には、王国お抱えの魔法使いが同行している。もしや、王太子の救出が成ったことで、彼が自分たちを魔法で本隊に合流させたのだろうか。しかし何故自分たちが眠ってしまったのかなど、色々と腑に落ちない点も多い、が……
周囲の者達は痩せ衰えた王太子を救出したことで、安堵し、そして敵に怒り、とても細かい事象を考えている余裕があるようには見えなかった。
オリバーとて、彼が支える王太子のやつれた顔と、それでも配下を思いやるその姿を目にすると、この尊い方をよくも、と、怒りがこみ上げてきて。そんな自分をなだめるので精一杯だった。
オリバーは、息を吐く。
今はただ、一刻も早く彼を国に送り届けることが重要である。もしここで敵に急襲され王太子を奪い返されでもしたらすべてが水の泡。彼を待つ人々に対してとても顔向けができない。王太子の無事の帰国。今はそれ以外のことを考えている暇は、なかった。
と、その時ふっとオリバーの脳裏にブレアの顔が思い浮かぶ。きっと主君は、この瞬間にも、職務に奔走しながら、苦しみ、厳しい顔で自分たちの報せを待っていることだろう。
(ブレア様……今しばらくお待ちください……)
オリバーはキッと表情を引き締めて。仲間達に檄を飛ばし、彼らと共に王太子を無事帰還させることを固く誓いあったのだった。
──そんな騎士達の様子を……。
傍の木陰から密かに見守っていたエリノアは──……
……細〜く疲れ切ったため息をこぼす呆れ顔のグレンに、じっとり睨むような眼差しを向けられていた。
「…………あのねぇ姉上……」
猫の姿のグレンは、彼女の頭上にある枝から言う。
「……感動のもらい号泣中すみませんけどね……。ヴォルフガングの背中、大洪水ですよ……」
せめて鼻水は勘弁してあげてくださいよねと、迷惑そうに目を細める魔物。彼が呆れて見ているのは、聖剣の使いすぎで疲れ果て、木登りなど到底無理だったエリノアと、そんな彼女を背中に乗せたヴォルフガング。仏頂面の彼の背中に身を預け、木の上に隠れていたエリノアは、王太子と騎士達の再会に、本人達以上に大号泣中なのであった……。
ひんっひんっと、しゃっくりを上げながら情けない顔で泣くエリノアの額を、グレンのしっぽがピシリと叩く。
「ホント! この人の涙脆さには呆れちゃうよ! 王宮では側室にいびられたって泣いたりしないくせにさ!」
「ぁ痛! あ、あんた鬼なの⁉︎(※魔物)だ、だって出ちゃうものは出ちゃうのよぉ! 王太子殿下のあのやつれたお顔……心配なさっているブレア様やハリエット様やご家族のことを思うと余計に泣けてぇぇ……っ、う……っ」
言いながら、再び怒涛の勢いで涙するエリノア。──が、目の前にあったグレンのしっぽを鷲掴み、急に尾を握り締められたグレンがギョッと目を剥いた。
「ちょ、しっぽ握らないでくださいよ! め、迷惑だなぁもう! はあ……そんなに人の感情のことまで考えるから疲れるんでしょうよ! ホント、馬鹿なんだから!」
「……よせ、グレン」
耳を倒してエリノアを罵倒するグレンを、不意にヴォルフガングが嗜める。
「えー?」
不満そうなグレンに、魔将は片側の牙を見せながら同胞を睨みつけた。
「お前こそいちいちこいつに構うな。詮ないことだ。こいつの最弱の涙腺に期待など!」
それよりもとヴォルフガング。下で涙の再会を果たしている騎士たちに視線を送り、それからジロリとエリノアを見る。
「もうこれで我らにこの場でできることはすべて終わったのでは? ……俺はそろそろ陛下のお傍に帰りたいのだがな」
「ぅ、うぅう、うんんんっ」
泣きながら呻くように応えるエリノアに、ヴォルフガングはどっちなんだよと嫌そうな顔でため息をついた。
今回散々働かされた魔将。彼がオリバーら陽動部隊を王太子たちのいる本隊と合流させたのは、つい今しがたのことだった。
もちろんグレンだって転送術が使えるし、聖剣にもその力はあるはず。何も疲れた自分にそれをさせなくても──しかも自分は転送術が苦手なのに──と、白犬は渋ったのだが……
『え? 私? やだ』※グレン。スッパリキッパリ、にべも無い。
『? 私ですか? でも──うふふ。厳密に言うと私が転送しているのではなくてですね? 私はエリノア様の力を引き出しているだけなので。正直エリノア様はまだまだ修練せねば、他人の転送などという繊細な作業には──ちょっと。ふふ。危険ですよ』
『……』
……聖剣は、暗にエリノアの力の使い方はガサツだと伝えてくるのだ。ヴォルフガングが無言のままちょっと納得していると、テオティルはそれにと微笑みながら続ける。
『それに、先ほど騎士達を眠らせるのにあれだけ力を無駄撃ちなさったでしょう? 今のエリノア様では、うふふ、騎士達はおそらく変なところに飛びます、うふふふふ』
『…………』
──ということで。
結局、再び魔将が働かざるを得なくなった。
目の前で寝こける騎士達を見て、その人数の多さに、転送術が苦手なヴォルフガングはとてもうんざりした。
『……、……、……ふー……』
その長い、憤懣のこもったため息の音に、彼を後ろからハラハラと見ていたエリノアが、慌てる。
『ヴォ、ヴォルフガングごめん、本当にごめんね!』
ごめんねごめんねと繰り返しながら、心底申し訳なさそうなエリノアが、ヴォルフガングの背後に駆け寄った、その瞬間。魔将の目がカッと見開かれる。
『っもう知らん!』
『⁉︎』
俺様は知らんぞっっっ‼︎ と──キレ気味の咆哮を上げながら。魔将はやけくそに転送術を振るい、眠ったままのオリバーたちを大雑把に術の中に叩き込んだ。──結果──……
オリバーたちはヴォルフガングの転送術の中に吸い込まれるように消えて行き、次の瞬間、無事(?)王太子リステアード達のいる本隊の上に──バラバラと落ちていったのだった。
『⁉︎ な、なんだ⁉︎』
『⁉︎』
プラテリア城を脱出し、安全な場所を目指して人気のない森の中を慎重に進んでいたトマスらクライノートの戦士達は。いきなり上空から落下してきた者達を見て一瞬襲撃かと身構えた──が。落ちてきたのが自分たちの仲間だということが分かると、彼らは唖然と目を剥いた。
『はぁ⁉︎』
『お? オ⁉︎ オリバー⁉︎』
『え⁉︎ お、お前たち、今どっから落ちてきた⁉︎』
トマスらは慌ててグッタリした仲間達に駆け寄って。彼らが降ってきた上空と、眠った仲間達との間を忙しなく視線を動かしていた。その一行の中には王太子の姿もあり、彼も目をまるくしてぽかんと突然現れた同胞たる騎士達を見ていた……が……
だが。
その有り様を見て。彼ら以上に驚く者が他にいた。
追いかけるように、こちらもまた転送術によってその場に駆けつけたエリノアである。
彼らから少し離れた木の上に、ヴォルフガングらと出現したエリノアは、ケルルらの上に乱暴に放り出された男達を見て泡を食った。無言で消沈している魔将に縋り付く。
『ちょ……⁉︎ ちょ、ちょっと! さ、流石に、ああああれはないんじゃない⁉︎』
『………………』
自分を背負ってくれている魔将を後ろから羽交い締めにするように抱きつくと、ヴォルフガングがスサッとエリノアから目を逸らす。
泳ぐ目は、もう知らん、ちょっと(?)の失敗がなんだ、明日を見ろ。……的な色をしていた。聞く耳持たんと言いたげな耳は横向きに倒されて。不満げに下のほうで揺れるしっぽからは、だって、早く陛下の元に戻りたいし、という面倒くさそうな魔将の心の声がありありと感じられて……。
ともかく。エリノア達は、そうしてやや乱暴にオリバーと王太子らを合流させた。……ある意味いつも通りで、不自然で、力技な、彼ららしい大雑把なやり方であった……。
お読みいただきありがとうございます。
遅々として申し訳ありませんが、長くなったので分けます。もう半分は明日。。か、明後日にでも!( ´ ▽ ` ;)




