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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
四章 聖剣の勇者編
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52 少年魔王の自尊心

 

 ──振り返った路地奥は暗かった。不自然に塗りつぶされたような、闇。まるで得体の知れない何かがそこに身を潜めているかのような錯覚を覚え……いや、本当に錯覚なのかと男は呆然とつぶやいた。だが、唇が戦慄くもので、うまく言葉にはならなかった。

 それでもこの時はまだそんな馬鹿なという気持ちも強くて。いなくなった仲間はただ、はぐれただけだろうと自分に言い聞かせる。男は周囲に残った仲間たちの顔を確認して、なんとか動揺を抑える。今は任務中。早く状況を立て直さなければという焦りもあった。


「おい、あいつらはどこに行ったんだ!? 何故いない!?」

「いや──……分からん……今の角を曲がる前は確かに──」

 

 と、仲間は路地の角を指差して──そこで言葉が消える。


「? どうし──」


 と、仲間の指の示す先を辿って、今度は男が言葉を失くす。

 指し示される闇の中で、──ぞろり……と。何かが蠢くのが見えた。


「!?」


 ギョッとした男たちの顔がこわばる。

 それは、何かの大きな背中のようだった。大きくて、毛の生えた、まるで熊のように大きな──……。

 次の一瞬間近でヒュッと音がした。


「っ! なんだ!?」


 空気を切るような音に咄嗟に顔を上げた男は、上から伸びてきた大きな手に仲間が一人鷲掴みにされているのを目撃した。


「…………は?」


 理解の及ばぬ光景に思考が止まった瞬間に──仲間は消えていた。──ほんの一瞬の出来事だった。

 すぐに慌てて空を見上げたが、そこには建物に挟まれた東雲色の狭い空が見えるばかり。

 ……ゾッとした。仲間を攫っていった黒く大きな爪のついた、異形の手。早すぎて、本体は見えなかった。細く、長い腕の先にある異様に大きな手のひらが仲間を掴むのだけが見えて──

 それはとても……熊などといった普通の獣のものには、とても見えなかった。


「ひっ」


 男の顔が青ざめる。一気に恐怖に取り憑かれた男は咄嗟に、隣にいた仲間の肩を思い切り暗がりのほうに突き飛ばす。そしてそのまま一目散に駆け出した。

 離れていく背後でもいくつかの悲鳴が上がり、しかしその一つが不自然に途切れた。それを聞いた男は恐ろしくて恐ろしくて……

 と、その時耳元で笑う声が聞こえた。


「──あら、駄目じゃないお仲間を犠牲にするなんて……あたくしと遊びましょうよ……」

「!?」

 

 全力で走っているはずなのに。耳に生暖かい誰かの息を感じて。男は悲鳴をあげる。恐怖から逃れようと死に物狂いで夜明けの町を走り続けた。

 胸の中で、恐怖が入り乱れていた。得体の知れないものへの恐怖と、任務の失敗への恐怖。それは、しくじればきっと無事ではすまないだろう作戦だ。町に火をつけるというリスクを冒してまで任務のために働いたというのに、何故こんなことになったのだろう。


(なんなんだ……なんだんだ、くそ!)


 無人の狭い路地に辿り着いた男は、しかし次第に息が続かなくなってきて。傍の壁に手を突き、ようやく足を止めた。男の吐き出す荒く浅い呼吸音が路地の暗がりに響く。闇雲に走ったせいで、当然もう周囲に仲間の姿はない。怯えたような目で辺りを警戒しながら、ゆっくりともう一度歩きはじめる。

 彼はなんとか町に散っている別部隊に合流しなくてはと思う。このまま主人に授けられた作戦を失敗に終わらせるわけにはいかない。想像すると身が震えた。得体の知れない獣も怖かったが、人間も恐ろしかった。


(…………せめてあの娘……エリノア・トワインだけはアジトに連れ帰らなければ……)


 このままでは自分はおろか、家族にまで累が及ぶ。

 この国の覇権を握るつもりの主人たちは、あの娘を第二王子の暗殺を果たすための重要な駒とするつもりのようだった。彼らの調べによると、娘には溺愛する弟がいて、その弟を利用すれば、娘はきっとなんでも言うことを聞くだろうと主人たちは言った。

 冷酷な顔で、もう二度と──この世に残った唯一の肉親を死なせたくはないでしょうからね、と言った女が昔、その姉弟から父親を奪ったことを、男は知っていた。

 ──同じようには、絶対になりたくない。






「──大丈夫だったか? エリノア?」


 モンターク商店の前。

 心配そうに手を取ってくる青年に、“エリノア”は、やや引き攣った微笑みで頷く。


「う、うん……えっと、ヴォルフガングたちもみんな家の中で大人しくしてる──……わ……」

「そっか……よかった……」


 リードはほっとしたように肩から力を抜いて。少しだけ泣きそうな顔で“エリノア”に微笑みかけた。──よほど安堵したのか……青年は自分を見上げる彼女のぎこちない話し方には何も言わなかった。


「本当によかったよ、こっちは燃えなかったんだな」


 やれやれとリードは、自分たちの商店やトワイン家を見る。不思議なことにその一帯は、王都の異変に気がつき飛び出してきた人々はいるものの、つい先程まで彼がいた火事場からすると嘘のように整然としている。「風向きが良かったのかな……?」と、リードは首を傾げ“エリノア”の顔を見る。


「そ、そうだね、いや……そ、そうね……」


 う、うふふ……と不自然に笑う娘。リードはそんな“エリノア”に少し不思議そうな顔をする。


「どうかしたか? ……もしかしてまた何か無茶をして隠してるのか? お前がブラッドを心配して火事場に飛び出すんじゃないかって俺すごくヒヤヒヤして──ん? あれ……? ブラッドは……? あいつ、どこいった?」

「!」


 いつの間にか後ろにいたはずの弟分がいなくなっていることに気がついて、青年がキョトンとした顔で周囲を見回している。それを見た“エリノア”──説明するまでもなく、“エリノアに化けたブラッドリー”は、そんな兄貴分に慌て、焦った顔で腕を引く。


「あ! ブ、ブラッドなら……えっと、あの……そう、あれよ! ト、トイレ! トイレに行ったわ!」


 必死の“エリノア”。額には冷や汗が滲んでいる……。

 彼、ブラッドリーとしては……この姿を、リードにだけは見られたくなかったのだ。以前姉に化けた時も、出勤時に少し挨拶する程度の接触はあったが、それもそれとなく避けていたというのに。


(く……他の誰かならいいけど、リードにだけは……)


 “エリノアなブラッドリー”は苦悩する。

 リードはブラッドリーの“兄貴分”だ。なりふり構わぬ姉への愛情とは違い、少年は、彼にはいつでもちゃんとした自分を見せていたかった。それは見栄かもしれないが、兄貴分に認められていることは、どうしても少年にとっては重要で。とかく情けない姿や変な格好を見せたくないという気持ちが強い。

 もちろん今、リードはこの“エリノア”の正体には気が付いてはいないだろう。しかし……居心地の悪さが半端なかった。“エリノアなブラッドリー”の背後には、ズーンと重い暗雲が漂う……。


「? どうした?」

「う……う、ううん……な、なんでもない、よ──わ……う、うふふ」

「?」


 青ざめた笑いが不気味である。






…とりあえずブラッドリーは、大好きであり憧れの兄貴であるリードの前ではきちんとしていたい模様。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] > あ! ブ、ブラッドなら……えっと、あの……そう、あれよ! ト、トイレ! トイレに行ったわ! この雑な誤魔化し方、エリノアさんと姉弟なだけあってよく似ているw きっと本人が誤魔化すときも…
[一言] 大好きな兄貴分に大好きな姉の姿で接触してしまった魔王さま これが運命の分かれ道!(腐ふふ
[一言] ブラッドリーの心の汗と涙が見える。 う、う、うふふ
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