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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
一章 見習い侍女編
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26 転送魔法と二匹目の黒猫


 草を焼いて描かれていく紋様を目にした時、ブレアはそれが転送魔法である事にはすぐに気がついた。

 しかし、術の完成は異常に速かった。それは今までブレアが見てきたどの魔法使いの術よりも速くて──

 彼が膝の上の娘を引き起こそうとした時には──二人は共に術の激流の中に飲み込まれていた。


 ブレアは咄嗟に己の膝の上に乗っていた頭を抱え込む。縋り付かれるような感触もあった。

 数秒の後、ふっと浮遊感が消えて。


「っ、」


 瞬間空気が変わったのを感じた。


「(一体どこへ……)」


 ブレアは顔を上げようとして、腕の下で震えているものに気がついた。腕を僅かに緩め、その隙間から一瞬だけ顔を見る。膝にすがりついた娘は、怯えてはいたが大事はなさそうだった。ブレアはほっとして。それから周囲に視線を走らせた。

 ──古い木造の壁、深緑色のカーテンの開けられた窓、木の椅子とテーブル。そして──

 扉と、それを開いて、今まさに──そこをくぐろうとしていた──少年。

 少年は、一瞬、利発そうな瞳を見開いて、ぽかんとこちらを見ていたが──次の瞬間ブレアの下で娘が呻いた声を聞いて、その表情が一変した。

 突然禍々しい気配が周囲を満たして。ブレアは瞠目した。

 カーテンの開け放たれた室内は、日中の光が射し込んでいて明るいはずなのに、重苦しい空気に満たされた室内は何故か暗い。身体には重石を乗せたように何かがのしかかる。


「……何者だ……」


 重みに堪えながらそう問うと、凍てつくような冷たい瞳に睨まれる。


「お前こそ誰だ」

「……」

「今すぐ……姉さんから離れろ」

「……姉、さん……?」


 呟いた途端、ぐわりと何かに身体が掴まれたような気がした。


「っ!?」


 まるで大きな何者かの手にでも鷲掴みにされているかのようだった。

 ブレアはそのまま壁に向かって叩き付けられて床に落ちる。と、それに気がついた娘が目を丸くして悲鳴のような声を上げた。


「猫っ!?」


 声を聴きながら──ブレアは何処かで、ここでもそう呼ばれるのか、と何故かおかしく思った。するとその間に、娘は彼に駆け寄ってきて、ブレアの顔を覗き込む。


「ちょ、大丈夫!? 今の何!?」

「……大丈夫だ……受け身はとった」

「……ほ、本当……? 思いきりぶつかったように見えたけど……小さな猫の身体じゃなくて本当によかっ……て、あれ!?」


 そこで娘が周囲を見て、素っ頓狂な声を上げた。


「ここ……私のうち!? な、何で!?」

「お前の、家?」

 

 その言葉に、ブレアが体勢を整えながら怪訝そうに眉を動かす。ブレアの問いに、エリノアは彼をグレンであると思い込んでいることも忘れてぶんぶんと頭を縦に振る。

 そこへ静かな声が響いた。


「姉さん……」

「あ! そうだブラッド!!」


 途端、ついさっき弟の声を聞いたことを思い出したエリノアが弾かれたように振り返った。そしてそこに彼が立っているのを見て、ほっと肩で息をつく。


「ブラッド……良かった」


 どうして王宮にいたはずの自分が家に戻ってきてしまったのかは分からなかったが、ひとまずブラッドリーが何事もなくそこにいることにエリノアは安堵した。そうしてエリノアがブラッドリーの傍に行こうと腰を浮かせると、それをブレアが引き止める。


「? 猫?」

「行くな、あいつは危険だぞ」

「へ?」


 その言葉にはエリノアはきょとんと瞬いた。ブレアはブラッドリーを、警戒するように見ている。が……

 危険も何も、あんた、ブラッドの手下じゃないのよ、と……未だ勘違いしたままのエリノアは変な顔をする。だいたい危険もクソもない。弟たちの言い分を信じるとすれば、相手は魔王なのだから。


「……何言ってんの、今更分かりきったことを……」

「分かりきったこと?」

「だから──わっ!?」


 理解できないという男の顔に口を開きかけたエリノアは、唐突に後ろから腕を引かれ体勢を崩した。


「……姉さん、説明して」

「ブラッド……」


 エリノアはブラッドリーに引き寄せられていた。名を呼ぶも、ブラッドリーはブレアを睨んだまま視線を動かさない。


「姉さん、あいつは誰?」

「え? 誰って……」

「どうして膝に頭を?」

「どうしてって……」


 戸惑ったように応えると、やっとブラッドリーがエリノアを見た。その瞳には、怒りの色が見て取れる。何だか分からないが、弟がとても怒っていることを悟って、エリノアはもしかして、と呟く。


「今の……ブラッドなの? 今、あの子が壁に飛んで行ったのは……」


 するとブラッドリーは冷えた目でエリノアを見る。


「それが何? どこの誰かも分からない男と姉さんの身体を触れ合ったままになんかさせられる訳がないだろう?」


 尚も尖る視線にエリノアは首をかしげる。


「どこの誰かって……何言ってるの……? あのね、あの子の膝に頭を乗せたのは私なの。ちょっと疲れたから……腹でも撫でてやろうかと……」


 そう言った途端、ブラッドリーがさらに表情を険しくする。


「腹を撫でる!? 姉さん、あいつとそんな仲なの……? 僕は……百歩譲ってリードなら許せるけど、リード以外の男は絶対に嫌だよ!」


 怒気を滲ませる弟の顔に、エリノアは戸惑う。リードってなんだ。いや、もしかして、猫は猫でも、魔物の世界では勝手が違うのだろうか。今朝寝起きを襲撃された後も、エリノアはかなりグレンを撫でまわしたが、本人からは特に苦情は出なかったのだが。


「ぇえ? あれ、ダメだった? お腹くらい……普通よくない? あ、そうか、喋るしね? 獣扱いはまずいの?」

「獣って……姉さん、本当に……あいつと何をしてたの!?」

「え? だから、腹毛に埋まりたくてですね……」



「……」


 ちぐはぐな姉弟たちの言い合いに、ブレアは壁際で胡座をかいたまま、ひとまず黙り込んでそれを観察していた。

 どうやらあの危険な気配のする少年が、勇者の娘の弟であるということは本当のようだった。ブレアは思った。

 ……話が違う。

 娘の話では……弟は『賢くて素直で優しくて、国で一番可愛い』……と、いう申告だったのだが……先程、エリノア・トワインの弟が見せた、ブレアに対する冷たい表情からは、可愛げなどは、欠片も感じられなかった。


「…………」


 ブレアが見守る先で、姉弟は未だかみ合わない言い合いを続けている。


 ──と、そこへ──するりと部屋へ入ってきたものがあった。

 ──黒い、猫だった。


「(……猫……?)」


 猫は一度ブレアへ視線を向けると、にやりと笑い、姉弟の方へしっぽを揺らしながら歩いていく。

 ブレアはそのどこか気取った動物らしからぬ表情に違和感を覚える──が……

 ふいに、猫が「ふふふ」と──笑い声を立てた。


「いやぁ、姉上ったら、恋人ですか? やりますねぇ」

「っ!?」


 突然言葉を喋り出した猫にブレアがぎょっとしている。

 ブラッドリーはその言葉に眉を顰めた。


「恋、人……?」


 ブラッドリーのブレアを見る視線はさらに厳しくなる。が、しかし。この場で今一番驚いているのは──エリノアだった。


「……へ……あ、れ……?」


 エリノアは現れた黒猫に、激しく瞬きをしてみせる。


「家に行きなり男連れ込んでくるなんてぇ。うふふふふふ。頑張れ姉上!」


 そう言いながらニヤニヤ笑いを止めない猫を、エリノアはブレアと何度も見比べながら口をポカンと開けている。


「……ね、こが……二匹……?」

「…………」


 指差されたブレアは無言で沈黙する。娘の言う「猫」というのが、その黒猫のことだと察して、ブレアは黒猫をまじまじと見つめた。と、その時エリノアが「あ、分かった!」と手を打つ。


「白いのだ! えーっと、ヴォルフガング? な、何よ、驚かせないでよ! 猫じゃなくて犬なんだったら犬だって言ってくれればいいのに……」


 と、一人そうかそうかと納得するエリノアを、ブラッドリーが真顔ですぱりと切る。


「ヴォルフガングなら、今、外でリードに洗われてるよ」

「そうそう。あやつは毛並みが暑くるしゅうございますからねぇ」

「え、え? じゃあ……」


 これは誰……と、エリノアが恐々ブレアを指差した。顔からはさっと血の気が引いて、指もわずかに震えている。


「ま、まさか……」


 口を戦慄かせるエリノアに、グレンがまたもや、にゃは、っと小憎らしい顔で笑った。


「あれぇ? 姉上ったらぁ白々しい。もちろんご存知だったんでしょう? そやつが、正真正銘この国の第二王子ブレアだってこと」


 その言葉を聞いて、エリノアの瞳がブレアを食い入るように見つめたまま点になる。


「………………へ…………?」


 ──そう言ったきり、エリノアの時は止まった。




お読み頂き有難うございます。

去年は認めず乗りきりましたが、今年は認めざるを得ない…自分が花粉症だと。はー鼻苦しい目がかゆい。


誤字報告感謝です(>_<)

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