閑話 酔っ払いたちの女子会②
と、笑うエリノアが気がついた。目を細め、目の前に立っている人物の顔をよく見ようと顔を突き出した。
するとその姿が、先ほど『素敵な恋がしたい!』などと言って妄想した青年の姿と重なる気がして──……問う。
「あ、れぇ……? もひかひて──……ブレア様? ですか?」
「…………」
問いかけるも、相手は怯んだように応答がない。仕方なしにエリノアは、その輪郭、金の髪、灰褐色の鋭い瞳を、確かめるようにじっと観察する。
「んん〜……? なぁんでここにブレア様がぁ……? ……幻……?」
持っていた杯を取り上げられ、空になった手で目元を擦る。しかしその青年が消えることはなくて。エリノアは酔った頭で考えた。
私は家にいたんじゃなかっただろうか? いや、確かに義理の姉と共に楽しくお酒を飲んでいて……ということは──
「……もしかして……」
エリノアは思い当たって目を細める。
もしやまた、あのエリノアを色狂いにしてブラッドリーを激怒させようと画策する魔物グレンの仕業だろうか。また、ブレアに化けてエリノアたちをからかいにきたのだろうか?
(……ありうる……)
エリノアは、懲りない子だなぁと、目の前の青年を呆れ顔で見た。グレンはブラッドリーに従順なようで、どこか刹那的。目先の楽しみに興味を引かれやすく、結果を考えずよく問題を起こしてはブラッドリーやコーネリアグレースに怒られている。だが、大抵すぐにケロッとしていて懲りる様子もない。気ままに過ごすのが本分だと言わんばかりの横柄さは腹も立つが、まあ前世のこととはいえ、魔王の乳母であったコーネリアグレースの息子である彼は、エリノアの溺愛する弟のいわゆる“乳兄弟”にあたる。
家に招き入れた(?)以上うまく付き合っていかねばならないとエリノアは思っていた。
……と、この面倒見のいい娘は、彼女なりの共存思考を持って魔物グレンを受け入れるつもりであったのだが……
いかんせん現在エリノアは酔っ払っている。酔いのフィルターを通したエリノアの平和的共存思考はおかしな方向へ進行する。
エリノアは、ぱぁぁあああ! と、表情を輝かせた。
「よひ! じゃあ仕方ないから女子会に入れたげるね!」
「な、何?」
「はー……わかったわかった、しかたないなぁ、ふふふ、仲間に入れたげるわよぅ!」
陽気に言うと、相手が慌てて「待ってくれ」なんて言っているような気がしたが……エリノアの脳はぼんやりしていて。グレンの口調にしては変だな、なんて疑問は処理されなかった。ま、いいかとエリノア。
斜め向いた娘は頭を軽く降って、据わった目で青年に指を──突きつけた。
「あなたはあたひの(うちの)子猫たんね?」
「!?」
睨むように言ってやると、相手がギョッとした。それが面白くて。(きっと私が正体を見破ったからグレンも驚いているんだわ)くらいに思ってしまった。グレンに一杯食わしてやったと愉快になってきて、笑い上戸のエリノアが声を立てて笑う。
……その“あたひの子猫たん”の様子がおかしいなんて──ちっとも思わなかった。
「ふふ、あはは。可愛いねぇ」
「……!」
エリノアは魔物にも可愛いところがあるではないかと、推定グレンの金髪を撫でようと手を伸ばした。と、相手が驚いたように後退るもので、エリノアはムッとしてそれを追いかけた。
「ちょっとぉ……どうして逃げるのよぉ」
「ま、待てエリノア……」
ぐいぐい壁際まで追い詰めると、逃げ場のなくなった推定グレンが、迫り来るエリノアを制止するように両手を持ち上げた。が……エリノアは構わず仰け反った彼の髪を撫でた。推定グレンの顔は、酒を飲んだエリノアと同じくらい赤くなっていた。そんな彼の頭を、エリノアはよーしよしと撫でる。手本は最近ヴォルフガングを毎日ブラッシングしてくれているリードだ。彼もよく、ヴォルフガングの顔をこうやって両手で挟み、わっしわしと大きい動きで撫でている。
彼女自身は、弟の喘息もあって動物の世話をしたことがなかったが、多分これでいいはず……とエリノア。
「どかな? 気持ちぃい?」
上目遣いで問うと相手が怯んだ。
「ぃ、や……、……気……」
推定グレンは明らかに困りきっているが、エリノアは、彼が手に持っている自分から取り上げた杯を見て、そうだった! と青年から手を離す。
「そうだあたひたち忙しかったんだった! ……あのねえ子猫たん、お姉さんたちは今、しんっけんに! ガールズトーク中なの。仲間に入れてほひいなら邪魔ひないのよ!?」
分かった? と、難しい顔をして見せると相手が慌てる。
「い、いや私はそのような……」
が、エリノアは、相手の否定を最後まで聞かず、訳知り顔で「仕方ないんだから!」と、青年の手を掴む。そして何を思ったかエリノアはニコニコしたまま「おいでおいで」と──唐突に繋がれた手に戸惑ったように顔を強張らせた推定グレンを連れて長椅子のほうへ行き、そこへ座らせると──……
本当に、この面倒臭い酔っ払い娘は何を思ったのか……
「よひっ(よしっ)」
「!?」
と。その膝の上に、のすっと自分も腰を下ろす。
途端──その、推定グレンこと──皆様もうお分かりだろう、正真正銘本物の第二王子ブレアは……エリノアの暴挙にギョッと目を剥き、身を固く強張らせた。おそらく……呼吸も止まっている。
しかしエリノアはそんなことにはお構いなしで。唖然とするブレアを膝の上から振り返り、「えへへ」と赤い締まりのない顔で微笑む。
「仲間に入れてあげるね」
女子会なんだから女子トークひてよ? と……謎の要求をしつつ。酔っ払いエリノアは、機嫌が良さそうに、ブレアの膝に収まった。
気の毒に……この時のブレアの混乱はいかばかりだっただろうか……
青年は、言葉を失くしてただひたすらに固まっている。
「………………」
「さぁて、れは!(では!)次は子猫たんの恋愛武勇伝でも聞かひぇてもらおうかなぁ♡」
「!? !?」
『女子会』……おそらくそれは……ブレアが一番苦手タイプの座談会である。
グレンが要領よくやれているのは、乳兄弟ゆえにブラッドリーのことをよく知っていて裏をかける、プラス、ブラッドリーの方にもなんだかんだと彼に対しては甘さがあるのかもしれませんね(^ ^;)




