46 火事場の魔王
いるはずの場所に大切な兄貴分の気配を見つけられなかった少年は、慌てて街に出てその気配を追った。
街に放たれた炎のいくつかは、未明の騒動ということもあって、発見が遅れたのか次第に大きく育ちつつあった。その炎がまた風に煽られて近隣に燃え移る。逃げ惑う人々の声にブラッドリーが顔を顰める。
と、そんな人間たちの波を逆らって抜けた先で少年は、炎の上がる民家の前に栗色の頭を見つける。彼は思わず強く呼びかけた。
「リード!」
「……え? ブラッド!?」
少年の声にパッと振り返った背の高い青年は、表情に驚きを広げる。助け出したと見られる老爺を付近にいた顔見知りに預けると、彼は慌てた様子でブラッドリーの傍へ駆け寄ってきた。
「こんなところで何やってるんだブラッド! ここは危ない、お前はエリノアを連れて避難しなきゃ……エリノアは!?」
心配そうな顔で周囲を見回すリードの顔は煤けて、汗で髪が額に張り付いている。それを見たブラッドリーは奥歯を噛んだ。こんなことだろうと思った。いくらモンターク商店や家が無事でも、この人のいいリードが、近所で火事が起こって、ただ大人しく避難などするわけがない。この辺りの地区には彼に連れられてブラッドリーもよく配達に来た。モンターク商店の常連客も多く、そのほとんどが一人では遠出もままならない高齢者だった。
と、そこへリードの父が走ってきた。
「リード今度はあっちの家に行くぞ! ──と……ブラッド坊ちゃん!?」
転がるようにやって来たリードの父親が、ブラッドリーを見つけて目を剥く。案の定リードの父も、息子同様町人たちの避難の補助と火消しに奔走しているらしい……。
「おじさん……」
「ちょ、なんで坊ちゃんがこんなところに……」
店主は青くなって辺りをキョロキョロしはじめた。
「駄目じゃないか早く逃げなきゃ──エ、エリノア嬢ちゃんは!?」
どうやらリードも彼の父も、あの猪突猛進な娘がこの火事を見れば、きっとじっとなんかしていないだろうと思ったようだった。
悲壮な心配顔で周囲を探す父に、リードの顔もこわばる。自分たちの家の近所は燃えていなかった。だから彼はまさか、この少年がこの火事場に出てくるとは思っていなかったのだ。
事実がどうあれ、リードの認識では、彼ブラッドリーはまだまだ守ってやらなければならない年頃の少年で。彼を溺愛する姉、そしてコーネリアグレースがこの少年を危険な場所に出すとは思えなかった。
そんな彼が一人でこんなところにきているということはまさか──と、リードの脳裏に嫌な想像が浮かぶ。
「まさか──エリノアに何かあったのか!?」
必死な顔のリードに両腕を掴まれたブラッドリーは、呻いて奥歯を噛んだ。
(──ああまったく……っ!)
まだ見ぬ放火魔たちに苛立ちが募る。リードにこんな顔をさせやがってと腹が立つが……とにかく今は、リードを宥めるほうが先だった。ブラッドリーは大丈夫だよとリードをまっすぐに見上げる。
「落ち着いてリード。大丈夫、姉さんなら無事だから」
騒ぎに気がついて、モンターク商店を見に行ったらリードたちがいなかったから探していた。姉は犬たちと一緒に炎の及ばないところにいると伝えると、リードは、はっ……と、喘ぐように息をこぼす。
「そ、そうか……」
どうやらリードは、その説明を『エリノアは先に動物たち(※ヴォルフガング・グレン兄妹)や、それに老人であるメイナードを避難させている』と受け取ったらしい。青年は心底ホッとしたようで。ならと、彼は、ブラッドリーの肩をしっかり握ったまま、真剣な顔で少年の顔を見る。
「それならお前も早く姉さんのところに行ってやれ。きっとお前のことすごく心配してるはずだ。俺たちなら大丈夫だから」
「……」
力強いリードの言葉に、ブラッドリーは密かに唇を硬く結ぶ。
あくまでも、リードはブラッドリーを危険から遠ざけておきたいようだった。先に火事場のほうへ戻っていった父に手を貸してくれと呼ばれると、リードは「いいな?」と念を押すように言って。そっとブラッドリーの背中を押し、自分は声のほうへ身を翻す。燃える民家から遠ざけるように押されたブラッドリーは、炎の現場へ戻っていく兄貴分の背中を見つめる。
「………………」
と……その足元へ、ふいにポトリと黒い毛の塊が落ちてくる。──マリーだった。
「あいつ、ぶれい」
リードの背中を睨んでいる子猫。
「まおうさまが、ほのおごときにまけるわけがないのに」
そのいかにも納得のいかないといいたげな幼い声に、ブラッドリーが天を仰ぐ。
「…………はぁ」
「?」
諦めを吐き出すようなため息をついたブラッドリーは。黙って足元の子猫を拾い上げ、己の左肩に乗せる。
マリーは、不思議そうに少年を見ている。
「まおうさま?」
どうしたんですかと問う響きの呼びかけに、ブラッドリーは低くつぶやく。
「……気に入らない」
ブラッドリーはジロリと天を睨む。
まるで──こうしてリードを使って、自分がいいように人間の為に働かせられているようで。善行など柄ではないというのに。むくむくと、胸の中に腹立たしさが沸き起こる。
「……まったく…………」
──嫌になる!
その瞬間、カッと目を見開いたブラッドリーは空に咆哮を上げるように力を放った。その先の天から下界を見つめていると言われる女神を睨み返すように。腕を広げると、彼の身から生まれた魔力が爆煙のように広がっていき、急速に街を包みこんでいく……。
「炎を喰らい尽くせ……」
人など滅べばいい。──だが、リードたちだけは、危険な目には合わせられないのだ。
お読みいただきありがとうございます。
シリアス続きですが…この流れで今から(次話でも本編分でもありませんが)エリノアのイチャつき小話を書かねばならぬという…か、書ける…か…?(゜∀゜;)……いっそ気分が変わっていいかもしれないですが…
どうなるやらですが…とにかくトライしてきます!ご披露できる日が楽しみです( ´ ▽ ` )
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