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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
四章 聖剣の勇者編
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45 留守中の異変

 ──炎を前に、その男たちは焦りを感じていた。


 はじめから、無理のある命令だとは思っていた。

 それは、予想外の出来事に慌てた主人が、ほぼ彼らに丸投げでよこしたある“作戦”。──いや、作戦など呼べるような代物ではない。急で、その場しのぎ。とにかくやれと怒鳴られて放り出されたも同然の彼らは、途方に暮れつつも、その、命じて金さえ出せば何でも望みが叶うと思っている主人の要望を叶えるために、そこにいた。

 いくらそれが無理難題でも、従わなければ我が身が危ういということを、その場にいる者たち全員が知っている。主人もその母も、そうやって今まで自分たちの望みをすべて叶えてきた人物だ。やれないとは言えない。やるしか活路がないのだ。そのような主人の下にある彼らが、無事生きるためには。

 空気が張り詰めていた。とにかく時間がない。彼らの間には異様な空気が漂い、その緊張感が、さらに彼らの焦りに拍車をかける。

 急務ゆえに、多少荒っぽいが、ぼや騒ぎを起こし、それに乗じて……という手筈だった、……はずが。


「……何故だ!」


 闇に潜まねばならぬというのに、苛立ちで思わず声が出る。

 何故か──火が、つかない。

 古い家屋を前に、男の口からは舌打ちが漏れる。

 彼が今必死で炎を近づけているのは、古い民家の──乾いた木壁。そう暮らし向きが良さそうに見えない民家の壁は、剥き出しの木材で、ここのところ雨もなかったせいでとても乾いている。……というのに……


「くっ……」


 いくら炎で炙っても駄目なのだ。火がつくどころか焦付きもしない。男たちは焦った。このままでは、家に火がつく前に夜が明けてしまう。

 そもそも彼らもはじめから民家に火をつけようなどとしていたわけではない。まずは目当ての場所に近い路地に放置されていた木片やゴミに火をつけた。だが──それが何故か燃えなかった。そのあとも、乾いて燃えやすそうなものを探しては火を放ったが──駄目だった。

 そうして彷徨い歩いた結果、困った彼らはその民家へ目をつける。だが、その民家も結局は同じ。どうしてだか火を燃え移らせることができなかった。


 男の額には脂汗が滲んだ。その脳裏にあるのは、彼らにそれを命じた主人の冷酷な瞳。

 その主人は今とても苛立っている。命令を仕損じれば何をされるか分かったものではない。そうして消えていった仲間が何人もいる。

 焦れた男は、吐き捨てるように言った。


「……っ隣の家を試せ! 主は“夜明けまでに”と仰せだった、急げっ」


 しかし背後から身を低くしてやってきた仲間が困惑と焦りを混ぜたような声で言う。


「駄目だ、何故だか分からないが、隣の家も火がつかない!」

「っ!? ……っいったいどうなっているんだ……! どこでもいい! 火がつく場所を探せ! 急げ!」


 何が何だか分からなかったが、彼らの頭には、とにかく無事主人の命令を実行することしかなかった。男の押し殺した怒号に仲間たちが街へ散って行く。全員が、男と同様に己が身の破滅の予感に焦り、怯えた目をしていた。

 残された男は苦々しく空を見た。──このまま……何の収穫もなく夜明けを迎えるわけには行かなかった。





「──……」


 暗闇の中、閉じていた瞳を開けると、傍らから声がする。


「陛下、」

「……分かっている」


 寝台のうえに起き上がると、暗がりに明るく輝く瞳が四対。コーネリアグレース親子のものだった。

 ブラッドリーは寝台脇にのっそりと佇んだ魔物たちを見上げる。と、彼が状況を尋ねる前に、コーネリアグレースが、クスリと笑う。


「あら、やはりおやすみではいらっしゃらなかったんですのね? 駄目ですわ、エリノア様に重々釘を刺されておいででしたのに」


 するとブラッドリーが、ぼやく。


「……姉さんが心配なんだ、眠れるわけないだろう……」


 そう言って。少年は落ち着かないため息をこぼした。主君の言葉に女豹婦人もヒョイッと肩をすくめた。


「ま、それもそうですわね」


 現在、彼の姉ことエリノアは、魔将たちと共に隣国へ渡っている。その帰りを待つブラッドリーは心配でたまらないのだが……その姉がここを立つ前に言ったのだ。


『ブラッド? 姉さんがいない間も、ちゃんと寝てなきゃ駄目よ!? 夜更かしなんかしたら承知しないからね! 絶対よ!? お、お願いだからね!? ブラッドリーが寝不足で倒れたりしたら私泣くからね!?』


 お、お願いだから……と。最終的には涙目であった姉を思い出すと……心配でイライラしつつも、時計の針が就寝時間を指すと……魔王は黙って大人しくベッドに横たわらずにはいられなかった……。

 

 もしその懇願がなければ、ブラッドリーは夜更かしだろうが、徹夜だろうが、二徹だろうが三徹だろうが。姉に同行したのだが……。あの心配性の姉が、自分のために弟が王宮で苦労しているのではと気に病んでいることを知っているだけに……姉の気持ちを無下にするわけにもいかなかった。


「…………まあ……それでも結局眠れないんだけどね……」

「ほほほ」


 つらそうに苦悩するブラッドリー。──を、見てコーネリアグレースが笑う。

 婦人は、エリノアの魔王に対する釘の刺し方は絶妙だと思った。

 弟の身体を心配しつつ、ここで着いて来るのは、姉の能力を信用していないことだとしっかり諭していった。そう言われてしまうと、姉至上主義の弟は、彼女に従わざるを得ない。


(さすがエリノア様。無自覚でもしっかり陛下を制御していらっしゃる……泣技とゴリ押しの合わせ技、お見事ですわ、ほほほ)


 コーネリアグレースから見て、最近この姉弟はお互い微妙なお年頃なのである。互いに姉弟愛と姉弟離れとの間で葛藤している節があり、互いにどうしてやれば相手のためになるのかと悶々としている。特に……この弟魔王は。

 そんな様子が可愛らしくてしょうがないコーネリアグレースは、むふふと笑う。


「ふふ、ほほ……堪りませんわぁ……」

「…………コーネリア……」


 と、主君である少年が、じっとり自分を見ていることに気がついて。婦人は慌てて話題を戻す。


「ほほ、ま、まあ、エリノア様なら大丈夫ですわ! あちらはヴォルフガングたちもおりますし、エリノア様が根性論全開で敵にゴリ押しで突っ込んで行っても、ほら、あの方は女神の寵児ですしね。何気に運がいいから大丈夫ですわよ(多分)」

「……(こいつ今、多分って思ったな……)ああ……」


 複雑そうな顔でため息をつく主君に、コーネリアグレースはそれよりもと続ける。少しだけ表情を改めた婦人は、自分の肩越しに、背後──ブラッドリーの寝室の壁のほうを見る。


「──何やら、外を不穏な輩どもが徘徊しておるようです。いえ、ここではなく、数軒先辺りではありますが……どういたしますか?」


 片付けましょうかという女豹婦人に、ブラッドリーの瞳が細められる。警戒していると言うより、取るに足らぬものを見る目であった。


「……いや、下手に騒ぐな。我々とは関係ない輩の可能性のほうが高いだろう」


 外を密やかに動き回っている連中が、ただの人間であることはすでに分かっていた。第三者から見て、ただの人間の町民少年であるブラッドリーを、人間の誰かが襲うという可能性は極めて低いと彼は考える。それに、たとえそのようなことがあったとしても、そこにはあまりにも力の差がある。だから彼はこの件を取るに足らないものと捉えた。

 ブラッドリーは、さして興味のなさそうな調子で言った。

 

「注視して、近隣住民に迷惑をかけるようだったら樹海の中にでも転送してや──」


 れ、と──ブラッドリーが指示を出そうとした時。少年の顔がハッとする。唐突に、慣れた気配に自宅全体が包まれた。同じく気がついたコーネリアグレースが上を見上げる。


「あら、メイナードが結界を張りましたね……どうやら何かあったようですわ」

「……」


 異変に表情を険しくした王の肩に、女豹婦人は上着を取ってかける。

 と、そこへ影のような姿が現れた。


「──陛下……付け火です」

「何……?」


 現れた老将の言葉に、ブラッドリーの眉間が歪んだ。

 床に跪いたメイナードは続ける。


「人間の賊らしき者共が周囲を駆け回り、街に付け火を。はじめはここから数軒先の古い民家あたりを燃やそうとしておりましたが……防いでやりましたら、少し遠くに散りました。どうやらそちらで火を付けたようですな」


 メイナードは、主君にどうなさいますかと尋ねた。万が一そちらから延焼してきても、この一帯はメイナードが既に防火の術をかけたため無事だろう。老将が尋ねているのは、彼らとの関係のない場所の火災をどうするかということ。もとよりブラッドリーは、身内以外の人間には無感情で興味がない。自分たちと関係のない人間たちの犯罪など捨ておけと言いそうなものである。

 ただ、とメイナード。


「賊たちが火をつけたのは、この付近ではありませんが……目的が気になるところです。奴らを見ましたが、かなり訓練された集団のように感じました。……あれは何か別の目的がありますな……」

「別の目的……?」

「さぁて……それが何かは捕らえてみれば分かりましょうが……万が一火がこちらに延焼しないとも限りませんから、防火の結界は保たねば。そうしますと、私が同時に調べるのは少々骨が折れます」

「では、火元のほうはあたくしが見てまりますわ」


 コーネリアグレースが申し出る。


「ま、人間の街が燃えようがどうでもいいですけど、この愛しきこじんまりしたトワイン家は守りませんとね。ついでに賊がいたら一人二人生捕にすればよいかしら? このような低俗な真似をするような輩は、単に略奪目的かもしれませんけどねぇ」

「略奪……?」


 その言葉にはブラッドリーが反応した。

 この付近には、彼らトワイン家の自宅だけではなく、リードたち一家の店や家もあるのだ。冗談じゃないとブラッドリーが外を睨む。炎はメイナードの術で防ぐことができても、その混乱に乗じ、モンターク商店に賊が押し入りでもしたら大ごとである。


「……リードたちに何かあったら……ただじゃおかない……」


 少年は暗い表情に緑色の瞳を爛々と光らせて、ガリ……と、爪を噛み、立ち上がった。


「メイナードはこのまま炎を防いでいろ。僕はモンターク家へ行く」


 そう言って。ブラッドリーは、つと冷酷な眼差しをコーネリアグレースに向ける。そこに下される、低い声の命令。


「……コーネリアは、賊どもを叩き潰せ」


 冷えた眼差しで命じ、ブラッドリーはそのまま霧のように闇に消えて行く。

 主君の命に頭を下げていた婦人は、ニヤリと口の端を持ち上げた。


「ふふふ、あらぁ、まったく。世の中には度胸のある輩がいたものですわねぇ……ふふふ」


 そう言うコーネリアグレースの手の中では、いつの間にか愛用の金の金棒が禍々しい輝きを放っている。怪しく響く忍び笑い声を漏らしながら──コーネリアグレースも、トワイン家の屋根の上に転移。

 夜風を感じながら屋根の上から見回すと、夜の空気の中にきな臭い匂いが混じっていた。

 見れば、方々から火の手が上がり、それに気がついたらしい住民たちの悲鳴が夜の街に響き始めていた。


「あらあら、いったいなんなのかしら。案外人間社会も物騒よねぇ……ま、こちらはメイナードの結界があるから大丈夫そうだけど……」


 コーネリアグレースが見た限りでは、立ち並んだ屋根の隙間に上る煙の数は、片手だけでは足りないようだ。


「……はぁん……」


 婦人は下界を見下すように伏し目がちに見ると、次にチラリと遠い空に視線を向ける。山の向こう側の空は、少しずつ白んで来ているように見えた。


「かあさま?」


 と、彼女の肩の上にしがみついていたマリーたちが、不思議そうに母を見つめる。するとコーネリアグレースはそんな子供たちを手のひらで撫でて、笑うような声で言った。


「……さぁて、娘たち。久々に狩りの時間よ……」

「「「!」」」


 うっとり言うと、子猫たちの瞳がパッと嬉しそうに輝いた。細長いしっぽが嬉々として震え、笑う口元からは牙が覗き、残忍な顔をした子猫たちは一度顔をにんまりと見合わせると──申し合わせたように、パッと三方に散っていった。

 闇夜に駆けて行った娘たちの背中が膨らんで、子猫らは獣人態へと姿を変えたが──素早い子供たちのその姿が見えたのは一瞬のこと。彼女たちはそのまま街中の闇へ消えていった。

 それを見送ったコーネリアグレースは、金棒をブンッと大きく振りあげて自らの肩に乗せる。


「さぁて、と。あたくしも……夜が明けて闇が薄れる前に片付けてしまわねばね♪」


 婦人は重そうな金棒を担いだまま、軽々と闇夜に跳んだ。











お読みいただきありがとうございます。

時間ギリギリです!すみませんチェックは後ほど……!( ´ ▽ ` ;)

ご感想、誤字報告ありがとうございました!お返事も後ほどさせていただきます!

ブクマ、評価も大変励みになっております、感謝です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 遠く離れた王都がきな臭い事に!! やっぱりメイナード翁は超優秀! [気になる点] 王太子の居場所がバレた事に気づく第3王子陣営 ↓ エリノア拉致し交渉材料にしようと画策 ↓ 何故か王都中…
[一言] みんなの獣人態をエリノアさんが見たらメッチャ構い倒しそうだよね
[一言] ビクトリア側室妃とクラウス第3王子、王太子に無実の罪を着せて拉致し、次にブレア第2王子の弱点であるエリノアを拐ってブレア王子の動きを封じようとしたんだろうけど、魔物どもの活躍で全部裏目に出て…
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