42 北の門、南の門
王太子を守りながら城を脱出していく騎士たちのあとを、エリノアはひっそりと追いかけた。
暗闇の中、騎士たちは背中に王太子を庇い、足早に城門を目指している。緊張感に満ちた様子だが……その表情が不思議そうなのは、進んでも進んでも、何故か敵兵の一人にも出会わないからであろう。
プラテリアはこんなに立派な城なのに、そこらじゅうに衛兵が焚いたらしい松明も赤々と燃えているのに。その奇妙な状況は、不思議を通り越してどうやら不気味にすら感じられるようで……。(装備は取られてしまったのか)上半身裸のトマス・ケルルが「なんなんだ……? なんで敵が誰も出てこねぇんだ!? 怖ぇ!」と……拾った棍棒をぶんぶん振りながら怯えたように漏らしているのが聞こえた……。
そんな彼らに見つからないように、エリノアとテオティルは壁際や物陰の暗がりを渡り歩く。
もう一人、ヴォルフガングは彼女たちのずっと前方にいて、騎士たちの行く先を読み、城下から上がってくる敵たちを掃討している。その活躍は目覚ましく……正直エリノアは──この作戦、実は彼だけでもいろいろ大丈夫だったような気もして──……
「……あれ? 私もしかして……なんにも役に立ってない……?」
城の備品らしき木箱の後ろに隠れながら、ハッとエリノア。意気込みの割に役に立てていない気がして気持ちが焦るが。しかしそれはテオティルがやんわりと否定する。
「そんなことはありません。そもそもリステアード達と魔物たちとはなんの関係もありませんからね。魔物らを救出のために引っ張り出したのは勇者様のお手柄ですよ」
「そ、そうか、よかった……」
思えば不思議なことではある。この国では、魔王や魔物は、『国を滅ぼす』存在として恐れられて来た。魔界という異空間に住み、いつでも人の世界を狙っている。恐ろしい敵。──そんなふうに伝えられる存在である彼らが、その国の王太子と騎士たちを助けているのだから。
エリノアは、ふと考える。
「……聖剣と一緒で……魔物……魔の力も使いようなのかもしれないわね……」
邪悪な力とされてはいるが、こうして人の助けにもなる。もちろん“魔王”だなんて言われたら、皆恐れるだろうが……
少なくとも、こうして世間に身をひそめている現在は、エリノアとブラッドリーは共生できている。聖と魔と。真逆の存在であるはずなのに。
(頑張れば……このままずっと、ああして一緒にいられるかしら……)
物陰で足を止めたエリノアが、不意に胸の前でぎゅっと拳を握ったのを見て。テオティルが不思議そうな顔をする。
「……エリノア様?」
「は! い、いや……! 分かってる、分かってるのよ!? ずっと一緒は無理だけど! ブラッドリーにだってお嫁さんが来るだろうし……小姑がへばりついてたら邪魔だってことは! で、でもそれまではねっ!? いいよね!? ね!?」
問われたテオティルは、思案顔。
「魔王に、お嫁さん……」※テオティル。来るかなぁ、そもそも本人が求めるのかなぁと思っている。
「うーん……」
考えて、テオティルは、真面目な顔で言った。こんなことを女神陣営の私が言うのもなんですが……普段からの溺愛ぶりを考えまするに……と……。
「私は……魔王は、『姉さんがいれば妻はいらない』と、言うと思います。絶対に」
素直で率直で、キッパリとした。至極もっともなテオティルの意見であった。おそらくここに居たのが、コーネリアグレースでも、同意見だったであろう。(実際、以前ブラッドリーは同様のことをすでに言っている)
が、それを聞いたエリノアは、へにゃりと情けなさそうな顔をして。「この弟離れできない自分に、憐れみで悲しい慰めをもらった……」と言いたげに、羞恥極まりないという表情をした。
エリノアはプルプルしながら必死で達観したような顔を作る。
「あ、ありがとう……で、でも、分かってる、分かってるわ……子供じゃないんだから……いつまでも、弟がいないと不安でそわそわして何も手につかないとか言っている場合じゃないのよね……と、とにかく……今は王太子様たちに無事に逃げていただかなくては……」
集中よ、集中、と。プルプルしながら見守るエリノアの視線の先では──王太子たち一行が着実に城門に向かって歩みを進めていた。周りが静かすぎて気味が悪そうではあったが……そうこうしているうちに、彼らは城の南門にたどり着く。ケルルがまず外の様子を見に行って、それから周囲の安全を確かめた彼の合図で残りの騎士と王太子が門を出たのを見て──エリノアはホッと胸をなで下ろす。
まだ外部に敵兵はいるだろうが、ヴォルフガングが相当先のほうまで敵を排除して回っているはずである。
「……よかった……これでひとまず王太子様は無事にプラテリアを脱出できる……」
そう安堵していると──
不意に、そんなエリノアの背後に、トンッと上から何かが飛び降りてきた。
「……ねぇ、」
「ひ!」
暗がりからいきなり声をかけられて。驚いたエリノアが跳び上がる。
「!? 何!?」
「おやおや、エリノア様大丈夫ですか?」
「…………何やってんの?」
見事に転倒して。テオティルに助け起こされているエリノアを、呆れたように冷たい目で見ているのは……
「……ぁ……な、なんだ……グレンか……」
エリノアが盛大にため息をつく。
気がつくと、エリノアの真後ろに普段の姿に戻ったグレンが立っていた。なんだ……と、エリノアが問う。
「あれ? まだ家に戻ってなかったの……? 仕事で疲れてたんでしょう? 家に帰って眠ったら? 早く寝ないと夜が開けちゃうよ」
もう時刻は日を跨いでいる。グレンは明日も仕事のはずだ。自分が頼み事をしている以上、あまり無理をさせられないと思ったエリノアはグレンに帰宅を進める。こちらは、もうあとは王太子たちを安全なところまで誘導するだけである。驚異的な強さのヴォルフガングがいれば、王太子たちの脱出路の確保は問題なくできそうだからと。
するとグレンはヒョイっと肩をすくめてみせた。
「だって。もう目が冴えちゃったんですもん。そもそも私は夜行性で、今までは陛下のために無理して昼間に起きるようにしてたんですよぉ。それなのに、姉上たちがこんな時間に起こすから……もう今から寝るの無理だし!」
「ああ……ご、ごめんね、ありがとう」
「まあそれはいいんですけどぉ……」
言いながら、グレンは自分の肩越しに、後方の城を見る。
「いいんですか? あっちの北門の向こうに、あいついましたけど」
「へ……? あいつ……?」
誰のことだろうとエリノアがキョトンとすると、グレンが「あいつったらあいつです。えっと名前は……」と、考える素振りを見せる。
「えーっと、忘れました。あいつです。熊みたいな人間男。ブレアのところの騎士野郎」
「えっ──……」
エリノアは、驚きすぎて愕然と息を吞んだ。
「ま──まさか騎士オリバー!?」
「あ、そうそう。黒装束で普段の格好とは違いましたけど、多分あいつです」
「!」
のんきに頷くグレンの言葉に……エリノアもバッと城を振り返る。
だとしたら──……それはきっと王太子、もしくは騎士トマスたちの救出部隊に違いない。黒装束ということは……身分を隠して彼らを奪い返しに来たのだろうか。
しかし北門というと──
「ここからは、まったく反対側じゃない……!? え!? 何で!? クライノートはこっち方面なのに!?」
「まあ……だからこそこっち側の警備は固いと見てあちら方面から来たのかもしれませんねぇ。どうやら転送魔法で来たみたいですよ。あちら側の警備兵と交戦中です」
「は……ぇえ!?」
エリノアの狼狽えた声がひっくり返った。
お読みいただきありがとうございます( ´ ▽ ` )8月中に少し更新話追加できてよかった…
こんな時にエリノアは何を悩んでいるんでしょうねぇ…
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