39 消息不明の騎士たち
「トマスたちとの連絡が、途絶えた……?」
その報せを耳にして、会議を止めてそれを聞いていたブレアの目が険しくなった。作戦台の反対側にはタガートやオリバー、ソルらの姿もある。
集まっていた者たちの厳しい視線を受けて、将軍配下の老魔法使いは一瞬身をすくめたが……彼はこわばった顔で頷いた。
「どうやら……プラテリア周辺で、騎士殿にお預けした魔法具が破壊されたようです」
「…………」
改めて聞いたブレアが作戦台の上で拳を強く握る。仲間の不穏な報せにオリバーも顔を歪め、奥歯を噛んでいる。
「あいっつら……」
「…………」
しくじったのかとぼやきつつ、騎士の顔色は一気に悪くなる。反対に、その隣で顎に指をかけて考えていたソルは、冷静な顔をブレアに向けた。
「……魔法具が壊されたということは、賊に襲われた、ということでもなさそうですね」
書記官の指摘に、ブレアも掠れるようなため息を一つ。そうだなと頷いた。
「賊の類いならば、高価な魔法具はまず破壊しないだろう……」
今回ブレアたちは、トマスたち捜索隊との連絡には魔法具を使っていた。
タガート将軍配下の老魔法使いが作った魔法具は、話しかけると、宮廷にいる彼の使い魔鳥が同じことを喋るという仕組みのもの。現代では希少となった魔法素材がふんだんに使われ、知識のないものが一見すると、宝石のついたただの装身具のようにも見える。売ればかなりの値がつくはずだ。──それが破壊されたというのならば、相手はそれが伝令用の魔法具だと知っていたのではないか。
しかし昨今は、市井には魔法知識を持つものは少ない。それを見て、伝令用の魔法具だと判別できる者は、国家中央に近い知識層か、ブレアやタガートたちのような軍事行動に魔法を利用できるような立場のものか。
ということはとソル。
「やはりプラテリアが怪しいですか……」
「……」
書記官の言葉に、ブレアも地図上の地名を見据える。
プラテリアは隣国のある男が治める領地だ。男は──側室妃ビクトリアの兄だった。
ブレアは老魔法使いに、最終的な連絡があった地点を示すように言う。
示された場所は彼が昨日報告を受けた場所と相違ない。老魔法使いは、魔法具が破壊された詳しい地点は分からないが、その時刻はつい先程のことだと報告した。ブレアの向かい側でオリバーとソルが渋い顔をする。
「最終報告の時間から破壊までの時間の間隔を考えても、プラテリア周辺での失踪ということで間違いがなさそうですね」
「では、プラテリア城主に捕らえられたのでしょうか……? あちらは我が国とは同盟国ですし、トマス殿たちは表向き旅行者として入国していますから、城主に捕らえられる謂れはないと思いますが」
「ああ……」
頷きながら、ブレアは地図を見下ろした。指先でプラテリア領城を指し示す。
「逆に言えば、つまり、先方には失踪した神官を追っていたトマスたちを捕らえる理由があるということだ」
タガートも頷く。
「やれやれ。どうやら神官と関係のある者に、騎士らがやつを探しているということを感づかれましたな。……まあ、まだそれがプラテリア城主だとは断定できませんが──」
「ああ」
しかしこのような妨害があるということは、ブレアたちが王太子や、ことの真相に近づいているという証のような気もした。
ソルが淡々と手元にあった調査書を読み上げる。
「姿を消した神官はクライノートの町民出身で、貴族との関わりはないはず。屈強なトマス殿たちから伝令用の魔法具を奪い取れるような、腕の立つ知り合いが隣国にいるとも思えません。いるとすれば……」
「ビクトリア側室妃、だな」
タガートが苦々しく名を吐き捨てる。やはりそうかという響きだった。
ビクトリアであれば、プラテリア城主の兵を借りることもできる。騎士であろうと、多勢に無勢で難なく捕らえる武力があるだろう。
「失踪した神官はやはりビクトリア妃とクラウス王子の駒ですな。おそらく折を見て隣国に逃走するように指示されていたのでしょう。本人を捕らえられれば一番でしたが……こうなると難しいですな。ここは王太子殿下と騎士らの救出を優先した方がいいかと」
「しかし……この状況では、プラテリアに王太子様がいらっしゃるとは断定できぬのでは……」
ソルが困りはてた様子で言う。
もちろん彼らもビクトリア側室妃の親族が怪しいとは思っていた。しかし、隣国には側室妃の親族が掃いて捨てるほどおり、拠点も多い。王太子がそのうちのどこに連れて行かれたのかを断定するのは非常に困難だった。
ブレアも地図を見ながら考える。
捜索隊の騎士たちを捕らえたのはプラテリア城主だとしても、ソルの言う通り、それだけでは王太子が同じ城に囚われているとは確信が持てない。別の拠点かもしれず、その場合、プラテリアに下手に手を出すのは危険ではないか……。
「…………」
無言で考えるブレアに。オリバーが急いたように「すみませんブレア様」と、言った。
「殿下、後続隊を急がせましょう。先に手を出してきたのはあちらです、もうこの際条約を無視して魔法で部隊を送り込んでは?」
仲間を心配しているらしいオリバーは必死だが、それにソルが異を唱える。
「しかしプラテリア城主殿は、騎士ケルルたちの身元をすぐに洗い出すでしょう。我々の関与もすぐに知れるはず。迂闊に動けば敵の張っている網にかかってしまうと思います。転送魔法など使えばすぐに察知されて、条約違反だなんだとケチをつけて来られ、ブレア様のお立場も悪くなるやも……」
双方の国家間では、魔法についても国際条約が結ばれていて、許可のない魔法転送による入国は罪となる。条約違反を理由にクラウスがブレアを糾弾しないとも限らない。そう懸念を示すソルに、それは分かるがとオリバーは苦悩する様子を見せた。
「だが──あまり時間をかけてもいられないだろう!」
時間をかけていては、捜索隊が危険だ。誰の指示だと拷問を受けるかもしれない。もしくは、消される可能性も──すでに……消されている可能性すらある。
……そう危ぶむオリバーの心情を、ブレアもよく分かっていた。ブレアとて、あの陽気な配下たちが危険に晒されていると考えると、気が気ではない。それにとオリバー。
「我々にしっぽを掴まれたと敵が感付けば、やつらが王太子殿下を別の場所に移してしまう可能性もあります。そうなれば殿下の行方を追うのがさらに困難に……速やかに奪還に動いたほうがいいのでは……!?」
「ですが……それではブレア様が──!」
「……ふむ」
と──衝突する二人の言葉を冷静に聞いていた将軍タガートが、ブレアを見た。
「……いかがなさいますか殿下」
「…………」
重い視線を投げかけられて。ずっと黙って対処法を思案していたブレアも、顔を上げ将軍を見た。
タガートとしては、ブレアの立場を危うくする訳にはいかない。もし王太子が戻らぬ場合、次の国の柱となるべきはブレアだと将軍は固く信じている。──が……
それ以上に、将軍はブレアの気性をよく知っていた。
この第二王子は、決して自分が犠牲になることを厭わない。ましてやそれが、兄のためならば。
「…………」
ブレアは深く頷き──決断する。
「──すぐに……後続隊を送る。転送魔法の準備を」
「っ! 殿下!?」
ソルが案じるような眼差しでブレアを勢いよく振り返った。が、ブレアは大丈夫だと宥めるように言った。考えがあると。
「隣国に入国の許可を取れ。──プラテリアではなく、隣国中央政府に」
通信用の魔法を使うように命じると、老魔法使いが頷いて、準備のためにすぐ部屋を出て行った。それを見送ったソルが戸惑ったような顔をする。
「隣国王にですか……? 通常はそれぞれの領地の主に許可を取るものですが……許可を、出すでしょうか……もし王太子殿下の一件に隣国王も関与していたら……」
不安そうな顔をするソルに、ブレアは静かに「……いや」とつぶやいた。ブレアは瞳を閉じて、深く何事かを考え込んでいる。
その脳裏に浮かぶのは、隣国の貴族たちの複雑な相関図や政府派閥の勢力図。日夜変化するその膨大な情報を、彼はしっかりと頭に叩き込んでいる。──隣国王と、ビクトリアとプラテリア城主兄妹。彼らは親族だが、利害関係にはないとブレアは踏んだ。事実、クライノートでは毎年ビクトリアの生誕祭が盛大に行われるが、隣国王からは祝辞の一つも届かない。
「……おそらく隣国王はこの件には関係していない。ゆえに……トマスたちには申し訳ないが──此度はあの者たちの消息不明を利用させてもらうことにする。“旅行者として入国し、失踪した騎士たちを探す”という名目を我々は得た。同盟国である隣国王は、この申し出を拒まないだろう。その名目で我々は後続隊を魔法で速やかに隣国へ転送し、失踪した捜索部隊、並びに王太子殿下の行方を捜索する」
「…………承知いたしました」
ブレアのキッパリとした指示を聞いて、ソルはもう異論を唱えなかった。
ブレアは静かにオリバーを見る。
「……行けるか? オリバー」
「当然です」
主君の問いに、オリバーは迷うことなく頷いた。
「俺が王太子様とあいつらをきっちり連れ戻してきます」
頼もしい配下の言葉に、ブレアは少しだけ微笑んだ。
──本当は、自分が兄と配下を探しに行きたい。
しかし、現状、今ブレアがこの国を離れるのはとても危険だった。彼が留守の間に、クラウスやビクトリアが何をするか分からない。
だから彼は、静かにそれを配下に託す。
「……頼んだぞ、オリバー」
「御意」
微笑んだオリバーは、タガートにブレアのことを頼むと、急ぎ執務室を出て行った。
──同じ頃。
トワイン家では──エリノアが、さあ! いざ隣国入りせん! と、拳を握って意気込んでいた。
荷物をまとめた娘は鼻息荒くそれを背負い、寝室を出ようとして。すると、背後で、ああそういえばとテオティルが言ったのだ。いつものように、幼児のようなあどけない表情で。
「さっき王宮に行ってきたのですが、」
「──へ?」
「念のためにですね、もう一度王宮に忍び込んできたのです。何か新しい情報があればエリノア様がお喜びになるなぁと思って」
悪びれない顔でニコッと笑う美貌の男に──思わず足を止めたエリノアは。一瞬……とてつもない目眩を感じた。娘は「……あのね、」とギョロ目の怪奇顔になって青年を叱る。
「……テオ……? 『ちょっと隣の部屋見てきました』……みたいなテンションで、王宮に侵入してくるの、本当にやめようね……? ほんとそれ、心臓に悪いから……」
「?」
胃をキリキリさせながら言うエリノアの心情を、テオティルはちっとも理解しない。キョトンと不思議そうに主人を見ているこの聖剣は、本当に気軽に王宮へ侵入するから恐ろしい。まあ、千年も王宮の庭で大樹に刺さっていた聖剣だ。王宮などおらが庭状態なのかもしれない……。
それで? と、げっそりしたエリノアがため息混じりに尋ねていると、そこへ隣国から戻ったばかりのヴォルフガングが食事を終えてやってきた。
「あ、ヴォルフガング! 用意できたからそろそろ」
「準備はできたか? まあ、お前なんぞが来ても足手まといだがな」
「そ、そんなこと言わないでよ! 心配なのよぉ! お願いだから置いてかないで! ──で、テオ?」
エリノアは鼻を鳴らして面倒そうな魔将に縋りつきつつ、慌ただしくテオティルを促す。と、聖剣がやっと発言する。
「はい、ええと。どうやら隣国に渡った騎士たちからの連絡が途絶えたとか」
「……、……、……、はぁ!?」
ギョッと目を剥いたエリノアが、数拍の間を置いて、叫ぶ。え? え? と、悲壮に歪めた顔に手を当てて。慌てながらエリノア。
「ちょ、待って! 騎士って……騎士トマスたちのこと!? ま、まさか騎士様たちの身に何か──」
と、驚くエリノアの隣で魔将が「ん?」とつぶやく。
「なんだ? あののんき共は捕らえられたのか? ……先ほど見た時はのんきそうにしていたが……ん? そういえばあれはもしや──牢獄……?」
「はぁ!? さ──先ほど!?」
首を捻りはじめた魔将に、さらにエリノアがギョッとする。
「ちょ、何!? 牢!? ど、どういうこと!?」
意味の分からなくなったエリノアがどもりながら二人の顔を代わる代わる見る。
面倒そうなヴォルフガングの説明によると、話はこうだった。
……それはつい今しがたのこと。
エリノアが慌ただしく旅支度を整えているうちに、食べろと出されたパンを渋々かじっていたヴォルフガング……は。テオティル同様こちらでも、ふと、一応もう一度念のために王太子の無事を確認しておくかという気になったらしい。まあ、転送魔法が自在な彼らには、それは一瞬のこと。あまりに容易かったもので……魔将はついでにと、トマスたちの様子も見に行ったらしい……。
そのあまりに気軽な魔法の乱用に──彼らが家に押しかけてくるまでは、魔法については神の技レベルで馴染みのなかったエリノアは愕然とするが──……
エリノアたちの王太子救出作戦には、彼らを利用する予定。騎士たちの居場所は把握しておく必要がある。それはまあエリノアにも分かった。が……
ヴォルフガングが見に行った先で。トマスたちは相変わらずのんきな顔をしていたのだそうだ……が……
魔将は言う。そういえば、やつらがいた場所は、非常に薄暗く、汚い場所だったような気がすると……、……今更に。
「……いや……確かに……やけに汚い宿を取っているなとは思ったが──男所帯なんてそんなもんかと気にしなかった。あいつらいつも結構汗臭いし……いや……あまりにも騎士らがのんきだったからだな……まさか……あれが牢獄だとは俺様も思わなくてだ、な……」
エリノアに壮絶な顔で凝視されたヴォルフガングは次第にしどろもどろになっていく。
狭く暗い部屋にいた騎士らは──のんきに歌など歌っていたらしい……。
「“どーうしたもんかなぁ♪ もーうこうなっちまうとどーうしようもねぇなぁ♪ ブレア様―♪ 申し訳ありませんー♪”……というような歌を歌っていたな……そういえば……」
「………………………」
渋い顔で、どうやら騎士トマスの真似らしい歌を歌いはじめた魔将を見て──エリノアに長い沈黙の時が訪れた。が、無言で立ち尽くしてた娘は唐突に、ガックゥッと床に崩れ落ちる。
「騎士ぃっっっ!!」
どないやねん! と、エリノア。そんな娘の項垂れた脳裏に、ポンポンッと騎士らののんきな顔が浮かぶ。
『だって……閉じこめられたらもうどうしようもなくないか? 武器も全部取られちまったしよ』
『扉も頑丈でさぁ、一応殴ってみたけどびくともしねぇの。こうなったらもう歌うくらいしかやることねぇんだもんな? 落ち込んでもしょうがねぇし』
『そうそう、暗くなりすぎると、いざチャンスが来た時に力が発揮できないしな』
『ほんとそれ。あと──多分歌ってたら敵も油断する』
『な? あははははは!』
「!? すっごい幻聴がくっきり聞こえる!?」
驚いたエリノアはガバッと自分の頭を両手で抱える。
「無事なのは嬉しいけどなんかものすごい納得できない!?」
「……おい、しっかりしろ。馬鹿なこと言っていないで、とりあえず行くぞ」
いまだ床の上で呆然とするエリノアを、ヴォルフガングが荷物ごと抱えテオティルのほうに放る。
「ぅう……胃が、胃がいたい……」
「おやおや大丈夫ですかエリノア様? 胃痛? では道すがらあなたの僕が癒して差し上げますからね」
のんきな僕こと、テオティルがニコニコとエリノアを抱き上げる。やれやれとため息混じりの魔将。と──
次の瞬間、彼らの姿は、ふっと部屋の中からかき消えた。
…小難しいところをできるだけカットしたかったのですが…ちょっと長くなりました;
そして後半の騎士たちののんきさと、前半のブレアたちの必死さの落差がひどくてちょっと気の毒になった……のにこれで更新してしまう私が一番ひどいやつです( ´ ▽ ` ;)
しかしもうすぐ、この流れの先の先にあるものはクライマックスですし…ある程度はご容赦いただけると幸いです。
コメディ色の強い今作ですが、最後にはラブコメらしく締められるよう頑張ります!




