36 ブレア、トワイン家の姉弟愛を知る。
──問いかけてくる瞳は真剣であったから。
この瞳の持ち主が、本当に知りたいことを答えてやるべきだと思ったのだ。
そもそも。違和感は大きかった。
彼は多くを語らない反面、よくエリノアを見つめた。
エリノアはいつもどこか慌てていて。しかしそんな自分を分かっているようで。急く自分を抑えようと懸命に頑張って仕事をしている節があった。完璧な侍女を目指していたが、意気込みがかえって完璧を遠ざけてしまうような。そんな、なんとも哀れなところがあって。そこがいじらしくて──可愛らしくて。
あの姿を──日長、時間を忘れて見つめていたいというのが、今のブレアの小さな望みだった。
だからこそ冷静になればすぐに分かった。
そんなブレアが──見てきたエリノアと、今日の“エリノア”との違いは。
歩く速度が違う。
足音が違う。
仕草が違う。
いや──仕草はよく似せていた。
よく、エリノアを知る者なのだと、それで察しがついた。
決定的だったのは、今こうして彼と相対する“エリノア”の態度と言葉だ。
静かに相手を窺うような冷静な怒り方は、少なくとも、ブレアが今まで見てきたエリノアはしたことがない。
彼女は怒っている時は、隠せない。絶対に、分かりやすく顔に出る。一旦どこかに隠れてでも、一度は必ず地団駄を踏む。騎士らにちょっかいをかけられた時も、よく腹を立てていたが、ギリギリ奥歯を噛んで。しかしそれをバネに反撃に向かうような、負けん気が常にあった。その不屈さが、愛おしかった。
「…………」
ブレアは、無言で自分が“少年”と呼んだ“エリノア”を見る。
黒髪をまとめた、メイド服のエリノアと、そうとしか見えない人物を。よくよく観察しながら、ブレアは少し考えて、言った。
言動の違い、雰囲気の違い。しかしそれで判断する以前に、不思議と──。
「……お前には触れたいと思えない」
あえてそう言い反応を見ると、案の定、冷たい緑色の瞳は苛立ちを見せ、ブレアに敵意を突きつけてくる。
(……やはり違う)
鋭い瞳を見ながら、ブレアはそう見極めた。が……同時に。彼は自分の中に、ある一つの思いが浮かんだのに気がついて不思議に思う。──何故か、その瞳には見覚えがあったのだ。
エリノアの瞳と似ているからなどということではなく……確かに、以前どこかでこの憎しみに満ちた瞳を見たことがあるような、そんな気がした。
しかし、それがいつどこでだったのかと考えても──記憶の底に拾えそうで拾えないカケラがあるようで。もどかしくも……どうしても、思い出すことができなかった。
(いや──まあいい)
ブレアはひとまずその考えを振り払い、自分を睨む“エリノア”を見返した。
今は、目の前にやってきた者に対処するほうが先である。
ブレアは先ほどこの“エリノア”が要求してきたことについて考えた。すると、つい苦笑がもれる。
「……どこが好きなのかを教えろ、か……それが知りたくてそのような姿で、ここまで乗りこんでくるとは……どうやらエリノアに似て豪胆なところがあるらしいな」
ブレアが言うと、そこに立っている“エリノア”は、スッと目を細め、少しだけ敵意を収めた。
──この者に対する、ブレアの考えはこうだった。
この世界には魔法が存在する。
現代では、なかなか魔法の才のある者が現れず、その文化は衰退しつつあり、市井にはほとんど魔法使いはいない。だが──それでも国王の傍には数人の魔法使いが仕えている。
ブレアは、おそらくこの推定トワイン家の“少年”が、姉の養父、将軍タガートの伝手でも使い、王国に仕える魔法使いの誰かの力を借り、姿を姉に変えてここまで来たのではないか──と。
もちろん用心深いブレアは、一瞬、どこかの刺客が、ブレアを油断させるためにエリノアの姿を借りて、彼を狙いに来たのか──とも考えはしたが──
『あなたは、姉──いえ、私のことを本当に愛しているのですか……?』
──そんなことを問いかけてくる刺客など。いるはずがない。
それにブレアは“エリノア”が漏らした、その『姉』という言葉を聞き逃すようなことも、しなかったわけだった。
「……」
ブレアはマジマジとその冷淡な顔の“エリノア”を見る。“エリノア”もブレアをじっと見ていた。
この“エリノア”に扮した者が、どんな手を使ってここまで辿り着いたのかは知らないが。
今、目の前にいる者が、間者などではなく。──ブレアが本物のエリノアを怒らせてしまったのでもなく。どうやら彼女を心配した誰かであるという事だけが分かれば──ブレアには今はそれで十分だった。
このエリノアを心配した“誰か”も、言い方はキツイが、それほど切迫した口調ではないから──おそらくエリノア本人に、何か事故などが起こっての代理……などというわけでもなさそうだった。
まあ一つ、このなりすましの理由として思い浮かぶのは、現在国がこのような有様であること。
ブレアが支持する王太子が失脚しそうだという噂が街には溢れている。そんな王子に仕える姉が、本当に大丈夫なのかとその誰かは案じているのかもしれない。
もしかしたら──エリノアは、たった一人の家族だという“弟”に、今、エリノアとブレアが微妙な関係にあることを話したのかもしれない。とすれば、王太子とともに失脚するかもしれない者が、己のたった一人の大切な姉に気があると知り、弟は気が気ではなかっただろう。
「やれやれ……」
「………………」
ついそんなふうにブレアが苦笑いをこぼしていると、そんな青年を睨んでいた“エリノア”が──ふっと薄く笑みを見せる。余裕のある顔をした娘は、目を細め、言った。
「あら──いったいなんのことですか殿下。ふふ、そんなことを言っていいんですか? そんなことを殿下がおっしゃるのなら──“私”はショックを受けて殿下の側仕えを辞めてしまうかも。よろしいのかしら?」
その言葉に、笑っていたブレアの眉がピクリと動く。
どうやら、この“エリノア”は……しらを切ることに決めたらしい。しかも、暗に『それ以上追求するならば姉を辞職させる』と白々しくもブレアを脅している。
それを察して。
ブレアは再びやれやれとため息をつく。どうやら──エリノアも大概弟愛の強い姉だと思っていたが……弟のほうでも相当なものであったらしい、と。
お読みいただきありがとうございます。
そういえば…この二人の直接対決は初でしたか…?(多分)
ブレアはブラッドリーに騙されて翻弄される展開も楽しそうだったのですが、ブレア本人がそれを許してくれませんでした。笑
彼はちゃんとエリノアを見分けてくれました( ´ ▽ ` )
ブラッドリーは今回はちょっと完璧すぎで、逆にやらかした感じですが。まあ、彼はまだ“少年”なので許してやってください!(;^ ^)人
さて。ちょっとゆっくり更新すいません。新連載の方もありますが、なんといいますが、小心者なので;コミカライズ版3巻の売れ行きとか、続くのかなぁなどと気になってずっとハラハラハラハラしてまして。笑
ひとまず落ち着いて頑張ります。応援していただけると嬉しいです!




