35 エリノアなブラッドリー vs ブレア
その真面目そうな男は。時間がないと言っていたくせに、『すまない、少し時間をくれ』と言って黙りこんだ。
答えを待つ“娘”の前で腕を組み、灰褐色の瞳を閉じて。己の中を深く探るように考えこんでいる。
そんな男の表情がひたすらに厳しくて。姉の姿を借りたブラッドリーは、呆れると共に、少しだけ心配になった。
姉はこの男のどこがいいんだろうか。確かに顔はいいし、姿も立派だが。
(……リードのほうが優しそうだし、人当たりも柔らかなのに……)
あの素晴らしい青年との長い付き合いの年月をも覆すような魅力が、この男にあるというのだろうか。
姉と自分のいるトワイン家を世界の中心として考えるブラッドリーには、“国王の息子”“王族”というブレアの輝かしい身分にもさほどの価値は見出せない。むしろ、彼の今世の父を奪った“王族”という肩書きが憎いくらいだった。
そりゃあとブラッドリー。彼が魔王として人間世界を奪うなら、まず狙うのは国王の首であり国家の中心たる王城だろう。だが……今彼が問題にしているのは、“姉”の生涯のパートナーである。
そこで大切になってくるのは、身分や血筋でも、家門でも、財力でもない。町民では比較にならないほどの財が彼にあるということは、まあ……姉に食うに困らない生活をさせる力になるのかと思っているくらいである。
しかし、食うに困らないのは、働き者なリードの妻となっても同じだし。あちらは舅姑との仲も良好になることが目に見えている。それに比べてこちらはどうだ。悪辣な義理の弟や、彼らにとっては仇とも言える側室妃までが、身内になってしまう。
(……まあ、あいつらはもし、万が一、姉さんがブレアと結婚するとしたら潰すとして……)
それよりもと、エリノア姿の魔王は──目の前でうんうん真っ赤な顔で厳しく考えこんでいる青年に負けないくらい真面目な顔で、カッと瞳を見開いた。
(──姉さんのパートナーとして大切なのは──……まず、“愛”……!)
──その瞬間、エリノア姿の少年魔王からバッ……! ……と──……盛大な、殺気が漏れ出でる。
もし──ここにグレンがいたら。
主君の過剰など真剣さとその熱量に、『シスコンが甚だしい!』と笑い転げただろう……。
が、少年魔王は、それだけでもまだ足りぬと心の中で指折り考えている。
(姉さんは愛情深いから、それを上回る愛がないと絶対駄目だし、その心にある愛情をきちんと姉さんに伝えられる技量も必要だ。(←ブレア、これが一番苦手そう。)あとは他の女によそ見をしない一途さがいるし──もちろん浮気なんかした瞬間、こいつは死ぬけど。まあ、とりあえずあとは健康さもいる。短命で姉さんを悲しませようものなら、天界の生命の門の中に侵略してでもこいつの魂を捕らえて未来永劫苦しめてやる……)
魔王の“姉の将来見守り計画”はやや壮大だ……。
姉のパートナーに求める理想が果てしなく高い魔王は、じろりとブレアを睨む。まったく、不健康そうな顔色しやがって……と、イライラしながら男が答えるのを待って。と、不意にブレアの瞳が開いた。
どうやら考えることで青年も少し落ち着いたのか、まだ少し頬は赤かったが……存外冷静な視線が返ってくる。
その視線を冷淡に見返しながら、エリノアなブラッドリーが問う。
「答えは──まとまりましたか……?」
鋭い眼光はまるで──地獄の閻魔が罪人を裁くかのような威圧感である。
「──ああ……」
しかしそんな魔王の放つ圧にも屈せず、ブレアが重く頷く。と、青年は細く息を吐いた。そんな男の顔を“エリノアなブラッドリー”がじっと見ている。
「……正直な話……どこが好きなのかと、そのことについてはあまり深く考えたことがなかった」
途端、エリノアなブラッドリーの眉間にシワが増える。
「……それで、本当に“私”を好きだと言えるんですか?」
疑り深そうな眼差しに、ブレアが静かにすまないと苦笑した。
「しかし。会えば嬉しく、心がどうしようもなく騒ぎ、見ていると微笑ましかった。それが私の心を癒してくれて。ふと、そんな瞬間がかけがえがないと感じていた」
「…………」
ブレアは微笑んで、じっと己を見る“彼女”を見つめ返す。
「だから、改めてそれらの瞬間を思い出せば、答えは容易い」
私は、と、ブレアはくすぐったそうな顔をする。
「エリノアという存在が好きだ。一生懸命なところ。それが過剰で慌て者なところ。すぐ落ち込むが不屈な性格。向かっていく果敢さがひたむきで愛おしい。それに、一途だ」
クスリと青年は笑って。その表情の優しさに、一瞬ブラッドリーは呑まれた。
「置かれた環境の過酷さに負けず、家族を守ろうとする姿はとても一途で、尊敬に値する」
「…………」
「ありがたいことに、エリノアは分かりやすい。私や、王宮で己が立場を守ろうとして表情を隠す者たちのように感情を隠すことなく見せてくれる。驚けば叫び、嬉しければ微笑んでくれた。……時にこちらの予想を上回ることをして驚かされるが、素直な表情はいつも私を安心させてくれる」
その言葉の端々で、ブレアは何かを思い出しているかのように目元を和らげていた。
……なんだ、とブラッドリーは思った。なんだ。……この男は、結構姉さんをよく見ている。
「…………」
思わず、ブラッドリーの視線が下に落ちる。
その耳に、ずっと前に、リードに慰められた時の言葉が蘇る。父を陥れた王宮の奴らが嫌いだと、そんな奴らに姉を取られたくないと少年が言った時のことだ。
──……王宮の奴ってお前、ひとくくりにしてるけど……その中にも、悪い奴も、とびきりいい奴だっているんじゃないか……?
──俺なんかよりいい男で、善良で、健康な奴ってのは大勢いる。俺を好きになってくれたんなら、きっと他にもお前が好きになれる男だっているはずだ……
……優しい兄貴分の言葉を思い出したブラッドリーの瞳が、不意に──凪いだ。
(………………)
顔を上げ、じっと見つめると、ブレアも静かな顔でブラッドリーを見る。
(……この男が…………そうなんだろうか……)
分からなくて、でも、何か心動かされるものがあって。ブラッドリーは黙りこむ。それは、別に今この時、ブレアだけの言葉に心が動いたのではない。リードや、エリノア、それに老将メイナードやその他の魔物たち、目覚めてからのこれまでの彼らとの会話や生活のすべてで、彼の中の何かが少しずつ押され、動いてきた結果であるような気が、した。
と、そんな、重く押し黙り、自分を深く探るような瞳でじっと見つめている“娘”の視線を柔らかく受け止めて──。
金の髪の男は静かに言った。
「──これで…………答えになっただろうか。──少年」
「!?」
微笑むブレアの言葉を聞いて──ピクリと眉を持ち上げたエリノアなブラッドリーは。瞳に刃を蘇らせた。
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明日、コミカライズ版3巻発売予定日です!続刊のためにも是非こちらもよろしくお願いいたします!m(_ _)m
なお、新作小説、悪役令嬢物?も、投稿中ですので、こちらも合わせてお読みいただけると嬉しいです!
宣伝しておいてなんですが、( ´ ▽ ` ;)少々時間がありませんので、サブタイトル等のちほど再考します。あとチェックも後ほど!誤字あったら(多分ある;)すみません!




