34 魔王の詰問。“エリノア” vs ブレア
「…………」
「…………エリ、ノア……?」
困惑したような顔の金の髪の青年に、娘は内心でチッと舌打ちをする。
ある筋から、神官が一人行方不明になり、どうやらその男が隣国へ向かったらしいという情報を手に入れたブレア。
隣国といえば、クラウスの母、側室妃ビクトリアの祖国である。
やはりそうかという思いもあったが、表立って調査しては、敵に動きを読まれる。証人や王太子の身に危険が迫ってはならない。そこでブレアたちは、秘密裏に隣国へ人を送ることにした。そこで名乗りをあげたのが──
ブレア大好き親衛隊、騎士トマス・ケルルと騎士ザック・ウィリアムズである。
「だって俺たち謹慎中だしぃ」※超のんき。
「身軽に動けますよ!」と、筋肉の騎士たちは張り切って出立していった。
そうしてひとまず手がかりが掴めたとあって、オリバーはこの機を逃さなかった。
男は不眠不休で働くブレアに、休憩を取れと強く勧めた。
騎士の強い圧に負けて、ブレアは久々に私室に帰ってきたのだが……
そこで出くわした、テキパキ働く侍女を見て──ブレアが戸惑ったような顔をする。
後ろ姿でそれが誰なのか分かって。咄嗟に嬉しく思ったが──何か……違和感を感じた。
「…………エリ、ノア?」
声をかけると、鋭い視線が返ってきて。
ブレアは戸惑う。どうしたことか、その緑色の瞳には、いやに険がある。
「どうか、したのか?」
「……何がでしょう。おかえりですか、ブレア様。何か御用でも?」
問うと素っ気ない返事。ブレアが尚のこと困惑を深めたのは言うまでもない。
先日、別れた時とはまるで別人である。
いや、何故か。本当に別人なのではと一瞬疑った。もちろん姿形はエリノアそのものである。だが、身から発せられる気配が──いつもと違う。
「……体調でも悪いのか?」
「いいえ、少しも」
にこりと物静かに、しかしどこか堂々とした表情で微笑まれ、ブレアはなんと言うべきか、分からなくなってしまう。説明出来ないのだ。目の前にいるエリノアが、しかしエリノアではないような気がするなど。どこが違うのかと問われても、
(……表情、雰囲気、佇まい……? いや、しかし──見た目は間違いなく、エリノアだ……)
それはそうである。生まれてこの方、ずっと姉ばかり見つめ続けて生きて来たブラッドリーが、姉の姿を一分でも違えるはずがない。……まあ、多少の美化はあるかもしれないが。
よくよくエリノアを見ていたブレアが混乱していると、思いがけず、“エリノア”が話しかけてきた。
「殿下、ちょうどよかった。少し──お話よろしいでしょうか」
よろしいでしょうかと言いつつ、どこか有無を言わせない口調であった。ブレアは思わず頷く。
「あ、ああ……あまり時間は取れないが……」
ブレアの居間のテーブルの上に、“エリノア”が茶を置いた。隙のない、完璧な振る舞いだ。
戸惑いつつ、ブレアは彼女に自分の前に座るように勧めたが、彼女が席に着くことはなかった。
“エリノア”は、どこか冷たい顔でブレアを見ている。
「それで……話とは?」
促すと、“エリノア”はスッと目を細め、少し棘のある声で言った。
もとより、この“エリノア”ことブラッドリーには、姉とリードという特例を除いては、他者に気を遣う気がさらさらない。何せ、彼は長年魔王であった。常に人の上にあった彼には遠慮という文字はない。
だから今日も、彼はキッパリと尋ねる。
「あなたは、姉──いえ、私のことを本当に愛しているのですか?」
途端、ぶはっ、と、激しい音がした。
すんとした顔の“エリノアが”眉を顰める。見れば、茶を口に含みかけたブレアが、それを見事に噴き出した音だった。
「ゲホッ、な、あ──……愛……っ!?」
あまりに大胆で率直すぎる質問に、ブレアはひとしきりむせたあと、絶句してから──裏返った声を出した。“エリノア”を見ると、冷たく細められた緑色の瞳。
「あら、違うんですか?」
「!?」
その問いに、ブレアの顔は急速に茹だる。思わず──言葉がブツブツと切れた。
「……だ、……い、……や…………ち、がわ、な、いが…………」
急に何故とブレアの瞳が狼狽えている。
これまで、ブレアの知るエリノアは、時にひどく大胆なところもあったが、こういった、恋愛ごとに関しては、すぐに顔を真っ赤にし、動揺を隠せないタイプだったように思う。それが──
今彼の目の前にいる“エリノア”は、愛だのと平然と語るわりに、表情がひたすら冷淡で。どちらかといえば敵意のような視線でブレアを刺している。
そして“エリノア”は尚も容赦ない。
「違わないとおっしゃるならば、どこのどの辺りを愛しいと思い、私のどういうところが可愛いと思うのか、詳細に教えてくださいませ」
「しょ、詳細に……?」
「はい、今ここで。今すぐです」
「今!?」
「だってお時間ないんでしょう?」
平然とした娘の指摘に、ブレアは消え入るような声で「それはそうだが……」と、言った。
もちろん、恋する相手に「自分の好きなところはどこか」と尋ねられれば、しっかりと瞳を見つめて語ってやりたい。それは幸せな語らいだ。が、しかし……何故だろうか。今の“エリノア”には、何故かそんな気がかけらも湧かないのである……。
(……な、何故だ……?)
ブレアの額に汗が滲む。そして青年は、ハッとしてある可能性に気がついた。
「……もしやエリノア、何か──私に怒っているのか……?」
心当たりはないが、何か知らぬところでエリノアを自分は怒らせていたのかもしれないとブレア。しかし、問われた娘はどこか百戦錬磨の淑女のような含みのある顔で、ゆったりと微笑む。
「さぁ、どうでしょう」
「……」
ブレアは思った。何故だろうか。本日のエリノアは、かなり手強そうである。
そして困惑したままのブレアに、“エリノア”はふふふと笑う。
「本当に、いい機会です。この機会に──しっかりお聞かせ願いますからね。好きなところが一箇所だけとか許しませんよ? 二箇所だけなんて言ったら、あなたの見る目のなさに、きっと私は失望するでしょう……ああそうそう、“私”には他にもお婿さん候補(※きっとリード)がいるんですからね。納得できなければ……」
──絶対に許しませんから……
と、何故かそこだけが、別人の低い声のように聞こえて。ブレアは真っ赤な顔のまま絶句した。
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