31 励まし
暗い顔してるなと指摘されて。
リードに顔を覗きこまれたエリノアは、ついリードに聞いてしまった。
「リードは……王太子様のこと、どう思う?」
「……、王太子様か……」
ため息混じりにつぶやく幼馴染の青年の顔を、エリノアはそっと見上げる。
もちろん彼にも、その話が最近城下を混乱させている一件のことだとは分かっているだろう。
城下では、声高に王太子に対する失望を叫び、非難するような者もいて、その往来に溢れる激しい声が、エリノアを心配させ、焦らせるのだ。このままでは、王国は民の信頼を失いかねない。一度失った民心はそう簡単に戻るだろうか。自分たちはきっと王太子を見つけてみせる。証拠だってきっと探し出す。……けれど、こんなにも深い国民の嘆きを、すっかり晴らすことはできるのだろうか。
「…………」
「…………」
不安そうに町を見るエリノアの顔を、リードはしばし黙って見守っていた。
リードには、エリノアが戦っているもののすべては分からなかったが、しかしその不安がなんなのかは分かった。彼は少し考えて、それから静かに口を切る。
「それは……多分殿下たちがこれまでなさって来たことの結果が出てくるんだと、俺は思う」
「え?」
エリノアが顔を上げると、リードがすっと腕を持ち上げて、遠くを指差していた。
「ほら、あの町議会場も、あっちの国の病院も。建物が古くなってたのを修繕してくださったのは、王太子様だ」
「……」
示された建物を見て、それからエリノアはリードの顔を見た。リードは冷静な顔で続ける。
「王太子様は大きな災害があった時は必ず被災民の救済をなさったり、国の祭事の折には必ず国民ができるだけ参加できるよう取り計らってくれていたり。そのお人柄は俺にもなんとなく分かるよ。色々無責任に言うやつはいるけど、俺は王太子様が人殺しなんて馬鹿げていると思う」
「そう、思う?」
「ああ。遠い存在だけど、国民にだって分かることはある。反対に──第三王子様なんかはあまり話を聞かないな。なんか手柄を立てたって話を聞くこともあるけど、災害時とか、流行り病が広がった時とか、不作続きで農民や商人が困っている時なんかにはぴたりと話を聞かなくなる。それが……殿下たちのお人柄を表してるよ」
「そ、っか……」
リードは騒がしい町並みを、静かに見つめる。
「……みんな、今は衝撃的な話題に驚いたり、怒ったり、嘆いたりしているけど……今後、王太子様が手をかけてくださった建物を利用した時、災害があった時、季節の祭事がまた巡ってきたりした時に……きっと、これまで王太子様から受けたご恩情を思い出すよ」
リードはエリノアを安心させるように微笑むと、額には触れてしまわないように、そっと前髪を撫でる。
「──だから、きっと大丈夫だ」
そう言ってやると、どこか思い詰めたような顔だったエリノアの表情から硬さが抜ける。
エリノアは少しだけ肩の荷が軽くなった気がしていた。ブレアのために、ブレアのためにと思い詰めると、心は強くなったが、固くもなっていたような気がした。けれどもリードの言葉で、王子たち自身も、彼らの日頃からの行いで、それぞれに力を備えているのだと気が付かされた。きっと、その彼らの力によって、救われ、王太子のことを信じたいと思う者たちは、城下にも必ずいることだろう。先行きが不透明な中で、それはエリノアに取っても希望であった。
「そうか、そうだよね……」
「うん……だから王宮のこと、お前もあんまり気に病みすぎるな」
「う、うん。ありがとうリード」
「……」
少し明るさを取り戻した娘の顔に、青年は安堵した。
先程までのエリノアの表情は、ブラッドリーの病がひどかった時の顔とよく似ていた。本当に、大事なものを案じる時の顔だと、リードには分かっていた。
そう察すると、やはり少しは複雑な気持ちに駆られてしまう。だが、エリノアの横顔を見ていると、自然と言葉が続いてしまった。内心ではやれやれと、自分に対して呆れが止まらない。けれども言ってやりたかった。
「……第二王子様も。よく色々と国事に駆け回られているって話を聞くよ……」
「……え……?」
エリノアが驚いて息を呑んだのが分かって、リードは苦笑した。
「愛想がなくて怖いって話もよく聞くけど。お忙しい王様や、王太子様に代わって、よく城下や、施設の補修現場の視察やらの仕事にもお出向きになるそうだ」
「そ、そうなんだ……」
リードの口からブレアの話を聞くと、エリノアはリードに対して申し訳ないと思うのか、それとも恥ずかしいのか。照れくさそうな、複雑そうな顔をして視線を泳がせた。そんな娘の顔を見ると、やや悔しさも覚えたが……そのエリノアの視線が、あまりにもすよすよと動き回り、挙動不審すぎて──ついつい笑ってしまったリードは……ふと思った。
──ああ、俺はこういうのでいいな……。
こうやって、エリノアと笑っていられることが、手に入れられない悔しさと苦痛を和らげてくれる。
リードはつぶやいた。
「……ブレア様も……勤勉で、きっといい王族でいらっしゃるんだろうな……」
「……う──うん」
言うとエリノアがはにかむように笑って。それが可愛くて。リードもつられるように微笑んだ。
──と、「そうそう」とリード。
「?」
「孤児院なんかでお見かけすると、子供たちに対してものすごく顔を強張らせたブレア様が見られるって評判だぞ」
「……え゛」
「散々振り回されて、でも生真面目に子供たちに付き合うから、とてもげっそりしてお帰りになるらしい」
その姿が物珍しすぎて。馬上でげっそりうなだれた後ろ姿を見にわざわざやってくるやつもいるらしいと教えてやると──エリノアは。冷や汗をかきかき、今まさに、目の前に疲れ切ったブレアがいるかの如く狼狽えるのだった。
「!? !? ブ、ブレア様……!?」
「……(……妬けるなぁ……)」
お読みいただきありがとうございます。
リードさんが終わったので、次は王宮方面ですかね…タワシにも帰ってきてもらわないと…
ちょっと仕事があるので日があくかもです。




