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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
一章 見習い侍女編
24/365

24 ブレアなグレン?と、手を繋ぐ

 



 ──けらけらと高い笑い声がする。


 腹を抱えて笑うのは──陽の光に毛並みをふんわりさせた黒猫──……グレンだった。


 高い王宮の建物の上から、その奇妙な二人組がこそこそと侍女たちの居所の裏手を進んでいくようすを見下ろしながら、黒猫姿の魔物は転げ回って笑っていた。


「なんなの!? 僕まだ何にもしてないんだけど!? 姉上、最高だな! あはははは!!」


 笑いすぎて泣いている。辺りには、馬鹿じゃないの、と言うはばからぬ笑い声が響いたが……距離があるせいか、下を歩く二人には聞こえなかったようだった。

 グレンはエリノアが、己と王子を勝手に取り違えているのが面白くて仕方がない。あんな間抜けな人間なかなかいないよ、と一人けらけら笑い続ける。


「はー……間抜けなのは顔だけにしておけばいいのに。あぁ、あぁ……王子様をあんなに強引に引っ張っちゃって……全く、可愛いんだから姉上ったら」


 グレンはくすくす笑いながら、暖かい屋根の上に寝そべり、連れ立って歩く二人を目で追った。

 だが、もしあのブレア王子が、この件でエリノアを不敬罪なんかに処してしまったら困るなぁ、とグレン。


「ま、その時はブレア王子を始末しちゃえばいいか」


 魔物は軽く言って、「さぁて」と、小悪魔的な微笑みを浮かべる。

 

「どうしよっかな、早速陛下に報告でもしちゃおうかなぁ、うふふふふ」


 こういうのは、タイミングが大切だよね──と、グレンは細めた碧眼にその二人の姿を映した。

 その口元は、猫らしからぬ三日月の弧をくっきりと描いていた……






「……ところで……どうして猫にならないの……?」


 居所裏の静かな庭の中を、誰にも見つからないよう青年を誘導しながらエリノアが問うた。

 その不思議そうな言葉に、ブレアは冷静な調子で答える。


「猫になれ、と、言われてもな……」

「はぁ?」 


 その言葉には、エリノアが何を言っているんだか分からないという顔をする。


「……じゃあせめて他の人間がよかったわ。ブレア様なんて目立つことこの上ない。まあ、皆怖がって近寄って来ないかもしれないけど……」

「……」


 娘はそう言いながら、塀から顔を半分だけ出して、その先を行く衛兵をやりすごしている。衛兵が行ってしまうと、娘は振り返りブレアの腕を引いた。


「とにかく、もうどこにも行かないで。無事に家に帰らなきゃ……ここで騒ぎを起こして捕まりでもしたら大変よ。特に私は、今、ブレア様に見つかる訳には行かないんだから!」

「………………」


 娘の言葉にブレアが押し黙る。ではお前は、一体誰の腕をつかんでいるつもりなのだ、と。

 ブレアは思わず、細い指にわしづかみにされている己の腕を怪訝な目で見た。が……見ている前でそれは解かれ、今度は手の平をしっかり握られる。

 その大胆な行動にはブレアも目を丸くしている。が、娘は彼の反応などには無関心で。繋がれた手を持ち上げて、「よし」と決意の篭った目で睨んでいる。まるで、「絶対に逃がさないぞ」と言わんばかりの顔であった。


「まあいいわ。急に猫になって逃げられても困るし。そんなことしたらもう絶対家には入れてあげないからね!?」

「…………(分からん……)」


 分からなかったが……ひとまず、おそらく娘が何か勘違いをしているのだろうと言うことはブレアにも理解できた。

 娘の態度や口調には、王族に対する遠慮や配慮というものがまるで感じられない。まるで、友人……いや、面倒な悪友か何かに対するような口振りである。


「(……その者が、猫で、悪魔か……?)」


 だがそこが分からなかった。誰かを“悪魔”のような、と比喩することはあるだろう。しかし、“猫”と言うのが解せない。

 “猫のような”と、誰かを表現することはあるかもしれないが、娘は『抱いて逃げる』と言っていたのだ。ならばそれは比喩などではなく、娘が実際に、ブレアがその獣になれるのだと思い込んでいることになる。

 ではもしや、と、ブレア。相手は魔法使いか何かなのだろうか。

 魔術、魔法というものは、この世界にも存在する。ただし、それを生業にしようと思えば、特別な教育機関に属し、王国認定の試験に合格し資格を得なければならない。

 資格を得た魔法使いはランクや習得魔法ごとに登録され、騎士や軍人たちと同じように国の管理下に置かれる。

 認定を受けない魔法使いたちは、魔法を使うことを許されておらず、無許可で魔法を使用すれば違法となる。


 とはいえ、現代では魔法を使える者はとても少ない。

 一説によれば、千年前勇者に魔王が打たれた後、世から魔物が消えると……最早必要なしと、天が魔法の素質を人々に与えなくなったのだとか。

 まれに素質がある者が現れたとしても、それを使い物に出来る者はあまり多くはない。魔力という素地があっても、現実には指導者は少なく、訓練にはとても費用が掛かった。筋力などと同様に、魔力もまた鍛えることが出来なければ次第に衰えていくものとされていた。

 この国にも魔法使いは存在するものの、ごく僅か。

 ブレアは国に所属する幾人かの魔法使いの顔を思い浮かべてみた。が、猫に変化するような高度な技が使えて、尚且つ、このような侍女と気安く話をするような者には心当たりがなかった。卓越した技を使う者は皆、修行を積み、それなりに齢も重ねた者ばかりだ。娘からすると祖父や祖母と言ってもおかしくはない年齢の者たちに、王宮で侍女教育を受けた者が、あのように砕けた口調で語りかけるだろうか。


(……将軍の伝手で、王宮の魔法使いの誰かと親しい仲なのか……? それにしては無遠慮だが……)


 ブレアはタガート将軍の厳つい顔を思い出し、そしてもう少し娘から話を聞きだす必要があると感じた。

 足を止め、周囲を警戒しながらきょろきょろしている娘を引き止める。


「待て」

「……え?」

「少し、話をしないか……」


 すると娘は思い切り眉をひそめる。

 

「話? 家に帰ってからでもいいでしょ。私侍女頭様に呼ばれてるし……」


 もう既に遅刻だと疲れたように言う娘に、ブレアは呆れる。

 エリノアは、いまだに侍女頭の呼び出しが彼によるものだということにすら気がついていない。

 仕方ない、とブレアは己の手を握ったままのエリノアを見下ろす。


「……話をしなければ私は王宮から出ないぞ」

「はぁ!? なんなのその脅迫は!?」

「“家”に、帰って欲しいのだろう?」


 エリノアはぎょっとしていたが、ブレアは平然と続けた。娘が目の前にいる以上、ブレアは何も大人しくエリノアの家までついていく必要はないのだ。既に侍女頭から得た情報で、娘の住処は知れている。

 それよりも、時間を掛けすぎて勘違いに気がついた娘に逃げられるほうが問題だ。


 ブレアはエリノアの返答も待たず、彼女をひっぱると、傍に生えている木の根元に腰を下ろす。

「座れ」と、鷹のような灰褐色の瞳に促されてエリノアは戸惑った。が──……はたと気がついた。


「……そう言えば、私の方にもたくさん苦情があるんだったわ……」

「苦情?」


 これまでグレンから受けた無礼の数々を思い出したエリノアの目が剣呑に細められる。寝起きの襲撃とか、ブレア姿での突進攻撃とか、微妙に棘と毒のある言葉の数々とか。あと、もちろん弟ブラッドリーの件についても色々釘を刺しておかなければならない。

 おお、上等じゃないか、とエリノアはブレアなグレンを睨む。


「(魔物め、説教してやる!!)」

「……なぜ睨む。お前、目つきが悪すぎるぞ」

「いったい誰のせいだと……私平常時はかなりの常識人なんだからね!?」

「……元は、伯爵家の娘だったそうだな?」

「はぅっ!?」


 ブレアの言葉を聞いたエリノアは、ぱっと彼の手を離し、後ずさる。


「な、なぜそれを……」

「将軍の世話になっていたとか」

「お、おじ様のことまで!? こ、個人情報がっ思い切り洩れている……一体どこで……ほ、本当に怖いんですけど! ……悪魔の前には、何も隠せないのか……っ」


 途端、おろおろし始めた娘の顔に、ブレアがふっと笑う。何を怖がっているのか知らないが、それは面白いほどに間の抜けた顔で……さすがのブレアも笑いを堪えられなかった。

 と、その笑い顔にエリノアがぎょっとする。エリノアからして見ると、将軍の話題を出した途端笑い出した性悪な魔物(※勘違い)のようすには、言いようのない不安を煽られた。

 実はその第二王子が若い娘相手に笑みを零すなどということは、かなり珍しい光景だったのだが……エリノアはそんなことにはまるで気がつかず、血相を変えて拳を構えていた。──初めの頃、ヴォルフガングやグレンたちに『弱そう』『まるでなってない』と、密かに思われていたあれだ。


「あ、あんた! 変なこと考えてないでしょうね!? おじ様に何かしたら承知しないわよ! タガートのおじ様はね奥方様が神経質だし、最近お嬢様が反抗期でお疲れなんだから、おかしな事したら私が黙ってないからね!?」


 武芸の嗜みも何もなさそうな、その貧弱な身体の構えに、ブレアが再び薄く笑う。その有様は、どこをどう見ても“勇者”には見えず……国の王族としては悲観してもよさそうなものだったが、何故か笑えてしまった。


「……いいから座れ」

「う」


 ブレアが座ったままエリノアの手を取る。引かれたエリノアは、彼の傍に倒れこんだ、が……地面の草の上に膝がつく寸前に、これまたさり気なく、ブレアの大きな手に身体を支えられた。そして男の隣に腰をふわりと下ろされる。


「…………」


 その強引だが、どこか丁寧な一連の仕草にエリノアは一瞬どきりとする。見ると、エリノアを解放したブレアは澄ました顔をしている。


「………………つかぬ事を聞くけど……あなた、結構……」

「? 結構、なんだ」

「いえ、なんでも。そうよね、悪魔だもん。淫魔来い来いとか言ってたくらいだもんね……」


 そりゃ女あしらいにも慣れているはずだよね、と一人納得しているエリノアに、今度はブレアが眉をひそめる。


「淫……おい、やめろ。若い娘が言う言葉か?」

「はぁ? 言ったのはあなたでしょう!?」


 むっとしたように返してから──あれ? とエリノアが眉間に怪訝そうな縦皺をつくる。


「……え? あれ? あの……もう一回……つかぬことを聞きますけど……あなた、グレン……よ、ね……?」

「…………」


 一抹の不安を覚えたような顔で見上げられたブレアはその丸い緑色の瞳を見返した。

 その問いにどう答えたものかと考える。

 嘘はつきたくない。だが……この勇者は必ず得なければならない。

 その為には……ここでむざむざ逃げられるわけには行かなかった。

 もし逃がしてしまえば、娘はこのまま王都から行方をくらませてしまうかもしれない。

 

 ……と、その時、ブレアの思考の間をどう取ったのか。娘の顔色がさっと白くなった。

 彼女の身が僅かに後ずさりしようとした瞬間、ブレアは思わず──手を伸ばした。

 ……気がつくと、先程娘がして見せたように、彼女の手を握っていた。


「……ああ」


 嘘をつくのは忍びない。

 が、……ブレアは──頷いた。


「……ああ、猫だ」



お読み頂き有難うございます。

やはり笑い転げまくっていましたね。


誤字報告して下さった方、有難うございました!

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