19 不審なブラッドリー
──ざわめく城下町。
モンタークの店先で、品物を表に並べに来たリードが、ふと──王城の方角を見た。
「……」
遠くに見える王城を見つめる青年の瞳には、どこか陰りがある。
心配そうで、もどかしそうな顔。その脳裏に浮かぶのは──今朝、店の前を強張った顔で通り過ぎて行った娘のこと。焦ったような足取りと、不安そうな表情が思い出されると、リードもたまらなく不安になった。
──と、そこへ同じく品物を運んできたブラッドリーが、リードの様子に気がついた。
「リード? どうかした?」
「ん? ああ、いや……」
箱を抱えた弟分に声をかけられたリードは、彼から荷物を受け取って、それを店頭に並べはじめる。そうしながら少し沈黙したあと──重い口調で心境を吐露する。
「……いやさ、最近、例の件のせいで町も騒がしいだろ? だから心配で……エリノアが……」
「……ああ」
リードは、ふと手を止める。
「町がこの調子なら、城はもっと混乱してるはず。……それに今回の件には──王太子様が──つまり──……ブレア様の、兄上が関わっているみたいだから……エリノアも、無関係じゃいられないだろう?」
「……そうだね」
「あいつは……時々危なっかしいのに、度胸だけはあるし……根っからの世話焼きだからな……騒動に首を突っこんで大変なことにならないか心配だ……」
うつむくように言って、リードはため息をこぼした。その音には大きな不安と密かな切なさがこめられているような気がした。
そんな青年を見て、ブラッドリーはぽそりとつぶやく。
「…………まったく……お人好しの友達はお人好しか……」
どうしたことか、一瞬覗いた表情は冷たい呆れを滲ませていた。が、つぶやきに気がついたリードが振り返った時には、もうすでにその表情は消えていた。
「? ん? 何か言ったかブラッド?」
「ううん、別に♪」
「?」
にっこーっと笑い返してくるブラッドリーに、リードが少し不思議そうな顔をする。
「ま、姉さんなら大丈夫だよ、ああ見えて……いや見るからにたくましいし。それにどうせあの人、危ないから王宮の仕事を辞めろとか言ったってどうせ辞めやしないから」
頑固だからな〜……と、軽い調子で言うブラッドリーに、リードがいよいよ不思議そうな顔をする。
「……確かにそうだけど…………ブラッド……? どうした? なんか……今日、変だな……?」
「ええ? ふふふ、そう?」
どこが? と、飄々と言う少年に、リードは首を傾ける。
「いや、いつものお前なら、もっと……」
エリノアのことに関しては、過敏な気がするのだが、と言うリードに、ブラッドリーは笑う。
「いやだなぁ、僕だっていつまでもそんな姉離れもできない子供じゃないんだから。姉さんのことばっかり心配してられないよ」
「……まあ、そうだけど……」
確かに、この年齢の姉弟で、ここまで仲の良い姉弟も珍しいことだ。しかし頷きながらも、どこか釈然としないらしく、リードは戸惑っている。
そんな青年の顔を、にっこりしたたかに笑って見つめ、少年は言う。傾げた小首がどこかあざとい。
「ま、姉さんだってもう大人なんだし、大丈夫だよ。ふふふ、ま、あの人、女神の加護だってあるしね」
「? 女神様の……? まあ……あいつは昔からよく女神教会には礼拝しに行ってたけど……、……?」
ブラッドリーの含みのある言葉に、リードは終始不思議そうで。
しかし、ブラッドリーはというと、そんな彼にはお構いなしで、「ねえそれよりも♪ 今日僕どう? どう? 可愛い?」──と、青年に腕を絡ませて笑う少年は──……明らかに不審。
──そんな彼らの様子を……日当たりの良い店前脇に置いてもらったゆり椅子(定位置)から見ていたメイナード老将は、弱々しい声で言った。
「…………やりすぎじゃぁ…………」
さて。ところ変わってこちらは宮廷内の──屋根の上。
そこには──……暗黒顔をした人物が──二人。
「……………………」
「………………陛下……? 駄目ですよ……? おやめになって」
冷淡な真顔で少年の背後から重く言うのは──コーネリアグレース。
女豹婦人は金棒を手に主人を見る。今日もバッチリなアイメイクを施された瞳はじっとりしている。
「陛下、嫉妬の業火と化したお力が流石にあたくしも痛いです。このままではいずれ屋根の下の人間どもが死にますよ。まあ……今はエリノア様がいらっしゃるからなんとか守られていますけれど」
「………………」
婦人の言葉にも、少年は無言。少年は、背中から暗雲を生んでいる。それらはゆっくりと滴り落ちる泥のように彼らの足元──宮廷の屋根を這い広がって行く。
それが屋根から落ちていけば、その下で警護をしている騎士や衛兵たちの上に降り注ぎ、彼らはあっという間に命を落としていただろう。
──が、それは何故か、何かに堰き止められたように、建物の軒下より下へは落ちていかなかった。
それはまさに、コーネリアグレースが言う通り、その先に、彼とは真逆の力を持つ姉がいることを示している。
「…………」
そこに──今、姉と共に誰がいるのかを既に知っている少年──ブラッドリーの顔は。ふつふつとした怒りをにじませている。そこには──“姉離れ”の“あ”の字もない。カケラもない。
それどころか、彼の背後に噴き出す闇は、彼の募らせる怒りを受けて、だんだんと濃くなっていく。
階下を見下ろす暗い双眸は冴え冴えとし、拳は固く握りしめられていた。
そんな主人の様子に、コーネリアグレースは呆れ顔でこぼすのだ。
「はーやっぱりねぇ、今日は息子に任せず正解でした」
こんな状態の主人をグレンに任せては、きっと嫉妬を煽ることはしても、止めようとはしなかっただろう。屋根に広がりゆく闇の泥を見下ろした女豹婦人は、スカートの裾を少し持ち上げて、やれやれお気に入りの靴が汚れてしまうわと呑気に言った。そして、生暖かい顔でふっとしめやかに笑う。
「お気の毒なエリノア様。こんな地獄みたいな屋根の下で、ほほほ、青春しなくてはならないなんて……ふふふ。まったく……心配性な弟(魔王)を持つと、いろいろと大変ですわねぇ」
お読みいただき有難うございます。
さて、不審な彼は誰でしょう…
…まあ、クイズにもなりませんね^ ^;




