17 反省、ヴォルフガング。
「……………………」
医務室外の木の上で、小鳥が渋い顔で黄昏ていた。
「………………やって、しまった……………………」
後悔の風に胸を煽られているヴォルフガングの目は虚無を見ている。今にも灰になって舞い散っていってしまいそうな彼のそもそもの予想では──エリノアの転送先は、人気のない廊下の隅などであるはずだった。
しかし。
転送中も、悲鳴猛々しい勇者に『っぅうるさい! 黙ってろ! 集中出来ん!』……などと──キレ気味に術を行使していたら、まあこうなった。……転送術中に揉めたりするからである。
けれどもまさか……とヴォルフガング。
あろうことかブレア本人の上にそのまま飛ばしてしまうとは。小鳥ガングは沈痛の面持ち。
「………………いや……っ、あいつが……聖の気質甚だしくあるから余計に調子がだな……っ!」
小鳥はピヨッ! と、誰へともなく言い訳を漏らして──そして……くっと顔を歪め──呻く。
「…………すまん……許せエリノア……っ」
無事でいろよとつぶやいて。小鳥はとても落ちこんだ。
さて。そんな猛々しい悲鳴を聞いて。そりゃあ病室の外で警護をしていた者たちが黙ってそれを聞き逃すはずがない。
「な──何事ですか⁉︎」
「ブレア様!」
突然の悲鳴を聞きつけた男たちは。外へ面した窓側からはオリバーが窓ガラスを開けて室内を覗きこみ。廊下側の扉からは、ソルが部屋に飛びこんで来た。彼らの後ろには武器を手にした衛兵の姿もある。──が。
「「!」」
一同は、その光景に目をまるくした。
ちょうど向かい合わせで病室を覗きこんでブレアを探したオリバーとソル。
彼らの視線の交わる先──奥の寝台の上には、ブレアがキョトンとした顔で座っていて。その膝に──エリノア。
「「……?」」
オリバーとソルの顔に疑問が浮かぶ。
ブレアに膝に抱き上げられているエリノアは──……今にも破裂しそうに赤い顔を背面に仰け反らせて、ブルブル震えて天井を仰いでいる……
「「……」」
なんだあれは……という一同の沈黙。
一瞬、状況について行けず、オリバーとソルは困惑した顔で二人を見た。
彼らは不思議だったのだ。
『自分たちが病室の人の出入りを見張っていたはずなのに、彼女はいったいどこから──?』と。しかしその疑問を彼らが考えた時。唐突に──騎士と書記官はほぼ同時にハッとして、互いの顔を、見た。
……ここに──……彼ら二人が揃っていたことで、謎のミラクルコンボが発生する……
彼らはお互いに思ったのだ。
──そうか……
──あいつ──……ブレア様のためにここへエリノア・トワインを呼んでいたのか──…………
「「……」」
窓と出入り口とで向かい合った騎士と書記官が、視線を合わせ、無言で互いに感心したような顔をする。
(……なるほど……やるなソル、たまにはいい働きするじゃねぇか……)
(ほう……やりますねオリバー……ブレア様を癒すためにエリノア嬢のお力を借りようと……なかなか周到ですね……)
「「…………」」
そうして諸々察した気になった二人組は。無言で見つめ合い、互いの口元の端が軽く持ち上がるのを見て、頷き合って──……そっと──……
外から窓と扉を閉めた。
ああ、そういうことならばやぶさかではない。邪魔はするまい──この際ブレア様が心穏やかになれるのならばなんでもいいですしね──と。男たちの気持ちが一致した瞬間だった。
ということで──……
病室の中には、ブレアとエリノアだけが残された。
エリノアはまだ衝撃から立ち直れずピクピクしている。可哀想に、彼女はいまだこの方面の衝撃に耐性が低い。
ブレアを想い、切なく悲しんでいたところに、エキセントリックな光景渦巻く転送術に放りこまれた挙句、落下感に恐怖した直後、そこに他の誰でもない彼──ブレアが現れたことで、エリノアは完膚なきまでにトドメを刺された。
強烈な驚きと猛烈な羞恥心に加え……『……どうしよう、魔法で転送されて来た場面を見られたかも……っ』という焦りが一気に頭に雪崩れこんできて。エリノアはきれいさっぱり思考がフリーズしていた。
すぐにでもなんとか誤魔化したいところだが……次にどう身動きしたら良いのかも分からなかった。
「ぅぅうぅぅぅ……」
「…………」
そんな──咄嗟には回復できそうにない娘を──両手で支えていたブレアは。
突然のことに驚いて、暗く曇っていた瞳を今はぱちぱちと瞬かせている。
(……エリノア……?)
ブレアは怪訝そうに眉間にシワをよせてエリノアの赤い顔を見下ろしている。
唐突に視界に現れた娘。
(今──……何故──エリノアは……)
と、考えて、ブレアは首をひねる。
何故──……彼女は──………………
……いきなり自分に飛びかかって来たのだろうか。
「?」
キョトンとブレア。もしやつまずいたのだろうかと心配そうな男は……幸いというのか、ヴォルフガング的にもギリギリセーフなことに……エリノアが転送されてくる直前まで、しっかりと目を閉じていた。
そのため彼は、彼女がいきなり空中に転送されて来た瞬間を目撃してはいなかったらしい。
ただ、青年はエリノアにいきなり飛びかかられたのが不思議で。
まさかそこに、魔物などという未知なる存在が干渉しており、彼の下手な魔法によって彼女がここへ放り出されて来た──……
などという想像はできようはずがなかった。
だから結局ブレアは、病室を訪れたエリノアが、気分が悪くなり自分のほうへよろめいて倒れこんできたのだろう……と結論づけた。
実際、今は真っ赤になっているが、ブレアの膝に飛び乗って来た直後、エリノアの顔色はとても悪かった。……えずいてもいた。
彼女が誰かに恨み言を漏らしていたこともあって。さてはまた、自分の為にオリバーに無理やり担がれでもして、ここまで連れてこられたのだな……。と、こちらもまた思い違いをして。ひとまずオリバーに腹を立て、エリノアを気の毒に思ったブレアは……心配そうにエリノアの頬に手を添える。……本来ならこれは彼も照れるところだが……そういった感情は、えずいていたエリノアを見たことでうっかり忘れた。
「大丈夫か……?」
「!」
触れると娘はビクッと揺れて、支えているブレアの腕を必死で解いて床の上に転がり落ちて──平伏した。
「も──……申し訳ありません殿下っ‼︎」
「⁉︎ ……や、やめなさい(動揺)、なんという危ない……」
思い切りのいい床へのダイブと、流れるような土下座にブレアがギョッとしている。彼はすぐにエリノアの腕を取って引き上げようとしたが──……
「!」
エリノアのプルプルした足の異変に気がついた。どうやら──エリノアは腰が抜けたらしい。
原因はもちろん、突然の転送術がバンジージャンプ並みに恐ろしかったことと、そのダイブ先がまさかのブレアの膝の上だったせいである。
エリノアは怖いやら、恐れ多いやら恥ずかしいやらで……とりあえずすぐには立てる気がしなかった。……それでも平伏のために床にダイブする力だけは絞り出せるところが流石の没落根性である。
──が。そんな娘の八の字に下がり切った眉尻を見て。ブレアは、うろたえに輪をかけた。
お読みいただきありがとうございます。
結構、エリノア騒ぎすぎ、と言われることもありますが…彼女が騒いでいる時が一番書いていて楽しい書き手です(*゜▽゜*;)スミマセン




