16 …転送術のコントロールは難しい byヴォルフガング
「──」
突然のめまいに一瞬視界がぼやけた。
よろめきそうになったが、それはすぐに己で修正してそのまま歩き続ける。が──それは背後にいた彼の目敏い配下たちにすぐに見咎められてしまう。
「ちょ、ちょっと、ちょっとブレア様! 何なんでもなかったみたいに行こうとしてるんですか! 今よろめいてませんでした⁉︎」
慌てて駆けより、ブレアを追い越して彼を制止するオリバー。その隣にはソルがいて、やはり眉間にシワをよせてブレアを見ている。
「……ブレア様、お顔色が悪いです。主治医を呼びましょう」
しかしブレアは静かに手を振る。
「……いや、いい。大丈夫だ」
青年は無表情のまま、立ちふさがって進路を塞ぐ配下二人の間を通り抜けようとした。が、それをオリバーが許すはずがなかった。
「ダメですよ! ブレア様は働きすぎです! お気持ちは分かりますが、仮眠くらいはしていただかないと……」
騒動以前の聖剣捜索中から、ブレアはいつだってオーバーワーク気味で。ただでさえ、職務が忙しくなってくると睡眠や休息を削り、食事も軽視しがちの彼は、兄が消えて以降一度も寝ていない。
「俺たちには休めとおっしゃるのに……ご自身がお休みにならないなんて、いい訳がないでしょう⁉︎」
必死なオリバーに、ブレアはため息をこぼす。
その灰褐色の瞳は、静かに苦悩していた。
「オリバー……私は働いているほうが気が楽なのだ。兄上のことを考えると、とてもではないが休んでなど……」
「しかし……!」
ブレアの気持ちも分かるオリバーも同じように苦悩している。するとソルが言う。
「殿下、ここはこやつの言うことを聞いておくべきです」
「ソル」
書記官は冷静な口調で王子に問うた。
「……タガート将軍たちが、どうしてブレア様を宮廷の中に押しこめて、現場の捜索に出ることを拒んだかお分かりですか? それは……既に御身が以前の何十倍も大切なものとなられたからです」
「……」
ソルの言葉に、ブレアが無言で拳を握る。そのことにはソルも気がついたが、彼はあえて厳しい口調で言う。
「このようなことは死ぬほど申し上げたくはありませんが……王太子殿下に何かがあった場合……この国の次の王は第二王子である、あなた様です」
「……」
「お倒れになられる訳にはいかないのです。おつらいでしょうが……健やかでいていただかなければ、我らも安心できません」
オリバーも苦々しく言う。
「もし、そのように無理をしておいでの時に、隙をついて襲撃されたらどうなさいますか……? ビクトリア様や第三王子派はやりかねませんよ……?」
低い声は、騎士の切実な懸念をありありとにじませていた。
「…………」
ブレアは二人の顔を見る。
淡々と諭してくるソルも、憮然としたオリバーも、今日は絶対にならぬという顔である。
ブレアは、深くため息をついた。心の中の、焦りや不安を吐き出すような音に、配下も心配そうな目をする。
──もちろん。二人の言うことはもっともなのだ。しかし、今のブレアにとって、兄を探す手を止めて、休むということは身を切られるほどにつらいことだ。
けれども休まねばならなかった。国を支える者として。
──第二王子という地位が苦痛なほどに重かった。
そうしてブレアは医務室で主治医の診察を受けた後、オリバーたちに空き病室へ押しこめられた。
『とりあえず寝てください!』──と、厳しめに彼を叱咤して行った配下たちはいない。
簡易なベッドが六つほど並んだ部屋の中の窓は、すべてソルがカーテンを閉めていったから外はうかがい知れないが……気配から察するに、どうやら幾人かの衛兵たちと部屋の外で警備をしているらしい。
彼らは、ブレアに『一眠りするまでは、絶対に! ここから出しませんからね……!』と、強烈な圧をかけて行ったから……おそらく三十分ほどは解放されないだろう……
「…………」
ブレアの口から、やるせない音のため息がこぼれていった。
仕方なしに白いシーツのかかった一番奥の寝台に腰を下ろし──しかし横たわる気にはなれず。ヘッドボードに背を預けて目を閉じた。
だがやはり、眠れるわけではなかった。暗闇の中にじっとしていると、否が応でも兄の顔が脳裏に浮かんで胸が焼かれるように痛む。
──今、彼はどこでどうしているのだろう。苦痛はないか、食事は取れているのか──。
そもそも──まだ、命はあるのか──……
「──っ」
思考が恐ろしい不安に行き着いて。ブレアは奥歯を噛んで、硬く握った拳を仰向けの眉間に押し付けた。
(いや──きっと、兄上は無事でいらっしゃる……)
気休めにそう心の中でつぶやいても焦燥感は晴れなかった。
やはりなとブレア。こうしていても、不安だけが肥大していって、一つも休まることはない。逆に苦痛に蝕まれるだけだと判断したブレアは、ため息をつき、身を起こそうと、硬く結んでいた拳を解いて腕を下ろそうとした。
が──……
その瞬間、何かが聞こえた。だんだん近づいてくるような──悲鳴。
(な──)
……んだ、と、ブレアが目を開けた瞬間。白と黒の何かが目の前に降って来た。
「⁉︎」
「ひぃいいいぃぃいいぃっ、お、覚えてろよぉおおお‼︎」
「っ⁉︎」
落下して来たそれを思わず受け止めて──その威勢のいいキレ気味の悲鳴に、ブレアは目をまるくする。
──と……彼が思わず息を吞んでいる前で。彼の膝の上でまるまっていた黒髪の頭がむっくりと身を起こし、そこに覗いた緑色の瞳に──ブレアがもう一度、唖然と息を吞んだ。
瞳の持ち主は、うつむいて、何やら呻き声を上げている……。
「ぅ、ぅおぅううぅ……し、視界がエキセントリック……め、目が回った……き、気持ち悪ぃっ……な、なんなのよぉっ、この弱り目のわたくしめになんてことを…………ぅおえ……」
「………………」
それはあまりにも突然で。思わず押し黙ったブレアは、己の膝の上で、よろよろしながらえずく者をしばしの間凝視していた。
だが──それが間違いなくその者だと理解したブレアは──呆然と、その名を──呼んだ。
「……、…………エリノア……?」
「へ、へぇ……?」
と、その娘は……青い白い顔で己の口元を手で覆い(※吐き気をもよおしている)ながら、よろよろと視線を上げて──……
そこにある顔に焦点を合わせた、数秒後──……
「──…………」
……叫んだ。
ぎゃーっっっ‼︎‼︎ と。
お読みいただきありがとうございます。
多分今月後半はとても忙しくなるので、休み中出来るだけ更新しておきます。
誤字報告いただいた方ありがとうございます! 感謝です!
さて、ヴォルフの転送魔法は結果的にうまくいって……いる?いない?( ´ ▽ ` ;)うーん




