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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
四章 聖剣の勇者編
226/365

15 小鳥ガングの魔法

 


 ──宮廷内のブレアの執務室。

 室内は雑然としている。人はひっきりなしに出入りして、時折怒号も飛んでいる。

 誰も彼も、急いたように表情に余裕がなく──ただ一つ共通しているのは、全員が、不安を顔に滲ませているということだった。

 そんな部屋の中央で、ブレアは次々に来る配下たちからの報告や将軍たちから伝達を聞きながら、兄の捜索のための指揮を取っていた。傍にはソルの姿もある。

 と、そこへ慌ただしくやって来たオリバーが言う。


「殿下! 例の大神官の下男ですが……行方が追えなくなったと報告が……」


 その言葉には、これまでただ一人、平静を貫いていたブレアの表情が曇る。


「……、そうか……」

「どうにも妨害が厳しいようで──俺たち王太子派は信用ならんとかなんとか理由をつけられて、移送先をくらまされたようです。……申し訳ありません。もう少し粘り強く追うよう言っておきます」

「……ああ」


 頷く顔は暗い。予想はしていたらしくその表情に驚きはなかったが……無念さが滲み出ていた。

 あの下男は兄を探すための少ない糸口である。……が、それだけではなく、あの男自身の身も案じられるところだ。ブレアたちの推察では、あの男はこたびの一件の実行犯の一人。

 けれどもブレアたちには分かっていた。……あの男は黒幕に使われた、ただ一つの駒にすぎない。……そこに哀れみを感じたブレアは、ため息をこぼす。

 おそらく今回の件には──そういった(もの)たちが大勢いるのではと──彼は懸念している。


 と、ブレアが顔を上げる。


「──それで、聖剣のほうは調べはついたのか?」

「はい」


 ソルが答える。


「女神教会の検分に立ち会いましたが……やはり偽物のようです。形状は文献に記されているものとそっくりそのままだったとのことですが……」


 神官たちの話によれば、確かに剣に聖なる力がこめられているが、それはよくよく調べると、とても女神の大いなる御業によるような、偉大なるものではないという。

 それを静かに聞いていたブレアは、つぶやく。


「……つまり……その剣に力を与えた者がいるはずだな……聖の力を扱えるような……」


 剣そのものを作った鍛冶屋はすでに国によって捕らえられている。だが、ただの鍛冶屋に聖なる武器を作るすべはない。そこに、聖なる力を与えた者がいるはずだ。


「聖剣を作らせたあと、力のある者に細工をさせたのだな……」


 ブレアはすぐに聖職者を調べるように指示を出す。そうしてソルが足早に出ていったのを見送ると──不意にオリバーが首を傾げる。


「でも……不思議です。偽の聖剣を作った奴らは、どうしてわざわざ剣に聖の力をこめたのでしょう? 王太子様に聖剣騙りをさせ、すぐに罠にかけ暴露するのならば、無駄な気が……」


 配下の疑問に、机の上の地図と報告書とを照らし合わせていたブレアが、視線を落としたまま答える。


「……それではあまりにお粗末だろう。“王太子が聖剣の主と偽ろうとしている”と、装い、それを民衆に信じこませたいのであれば、ある程度殿下が本気で周囲を騙そうとしていると見せかける必要がある」


 敵の狙いが国を動かすことならば、その細工もならず者の詐欺程度であってはならなかったのだろうとブレア。少なくとも、と、青年は顔を上げて配下を見た。


「聖剣と言い張る代物がそれなりの聖の力を帯びていなければ、大神官にたどり着くまでもなく、神殿で、一目で偽物と見破られていただろう」


 現に、幾度となく現れた勇者の偽物たちは、それぞれの町の教会で調べを受けるとすぐに騙りがばれている。


「そのような、すぐに発覚するような、幼稚な手を、聡明な王太子殿下が使うのか? そんな筈がないと──民衆に疑われたくはなかったのだろう」

「なるほど……噂や民意というものは恐ろしいですからね……」


 渋い顔をしたオリバーの言葉に、ブレアが重く沈黙した。(くう)を睨む瞳は、まるでそこに敵がいるかのように冷たい。


「……つまり敵は……それを使って殿下を追い落としたいのだろう……」


 王位を継げぬように、国民たちが最も期待する事柄を──聖剣の勇者の誕生という希望を利用して民心を失わせた。オリバーが憮然と言う。

 

「……実に周りくどいというか……いやらしい手です。……こんなことをしそうなお方は一人な気がしますがねぇ……」

「……」


 オリバーが言う“誰か”は、もちろんブレアにも分かっていたが、ブレアはあえてそれを口にはしなかった。──ただ、つぶやく。


「……この件を追う糸口は、女神教会にある」

「教会、ですか……」


 ブレアは、女神教会の中に敵と通じる者がいると断言する。


「でなければこの謀は成り立たぬと思わぬか? 聖剣の勇者は今まで一度も現れず、少なくとも聖剣の認定ののちの秘儀など、今まで一度も行われたことがなかった」


 誰もその方法を知るものはいないのだ。──教会の関係者以外は。


「秘儀などという秘されたしきたりがあるなどということ自体、周知されてはいなかった。しかし……敵はそれを知っていた節がある」


 一国の王太子を廃しようなどという大事だ。相手も相当入念に計画を立てたに違いない。


「畏れ多くも聖剣を利用しようというのだ、敵は秘儀のことも、その内容も調べあげ。その上で、確実に聖剣が偽物と明かされる方法をとって来たはず。間違いがあれば、謀がばれて裏目に出る可能性もあるのだから」

「……そうですね……聖剣の形状も正確だったということは、事前にそれも知っていたということですしね……」


 千年という年月を、長らく女神の大樹に突き刺されたままであった聖剣の、その刃の形状を知るものはもう世にはいない。それは女神教会が、偽物が世に出ることを危惧して情報を閉じていたせいである。


「……ということは……やはり教会内部に密通者がいるってことですね……」

「ああそうだ。それも教会内部に厳重に管理された文献を見ることができる位置に」

「では、それはあの下男の仕業ではないですよね……下男という身分の者が、教会の管理文献を見ることはできませんし……亡くなった大神官様を除くと、だいぶん人数が限られて来そうですが……」

「ああ……」


 頷いて、ブレアの表情が暗く曇る。偉大なる女神に仕える者が、そのような悪行に手を貸すなど、あってはならないことである。

 しかし今は、そのようなことに憤っている場合ではなかった。ブレアは奥歯を噛み、己を律するように深く息を吸う。


「……、行くぞオリバー」


 不安を封じこめ、ブレアは力強く椅子を立った。今は、感情よりも冷静さと行動が大切だ。

 一刻も早く、どこかに囚われている兄を救い出さなければならないのだから。



 * * *



 エリノアは重い足取りで王宮への廊下を歩いていた。周囲にはピンと張り詰めたような、緊張した雰囲気が漂っている。


 家に帰宅した翌日。家では散々な有様だったエリノアであったが──とにかく仕事へは出勤した。王宮内はいまだ混乱中で、気も重いが、それでも何かできることがあるのならばそこにいたかった。

 しかしブレアの私室(そこ)には今一番支えたい人がいない。胸を痛めたエリノアは、どうしてもブレアの顔を一目だけでも見たくて。宮廷に荷物を届ける同僚に頼みこんで仕事を代わってもらい、宮廷のブレアの執務室へ出向くことにした。

 元々ブレアとエリノアのことを知っている同僚たちは、不安そうに、必死で頼みこんでくる娘の懇願を無下にはしなかった。



「…………」


 そうしてエリノアは、ブレアの執務室を訪れた。だが、そこでは誰もが慌ただしく動いており、エリノアには目もくれない。仕方なしにエリノアは衛兵に言って執務室に入れてもらい、奥の仮眠室に荷物を置いておくことにした。


 ──案の定……ブレアは執務室内にも、仮眠室にもいなかった。


 それだけではなく、エリノアとは顔見知りの、オリバーやソルといった面々の姿もなかった。

 少しでもブレアの様子が知れないかとここまで来たが、どうやら徒労に終わったようだ。

 エリノアはため息をつき、王宮へ戻り始めた。


 肩を落としてトボトボ歩いていると、宮廷の建物を出たところで肩の上に、トンッと小さな重みを感じた。間髪入れず、厳しい声。


「おい、背が丸まっているぞ! しゃんとしろ、しゃんと!」

「ヴォルフガング……」


 見ると、肩の上でもふっとまるい小鳥が憮然とした顔でこちらを睨んでいる。

 しかし睨み返す元気などないエリノアは、べしゃりと泣きそうな顔をする。


「だって……ブレア様が今どんな気持ちでいらっしゃるか考えたら……やりきれない。王太子様はご無事かしら……ハリエット様もどうなさっているか……」


 沈んだ顔で地面を見つめるエリノアに、ヴォルフガングは、小さなクチバシからチッと舌打ちを鳴らす。


「まったく……! だからと言って下ばかり見て歩くな! 貴様、ここに来るまでいったい何度転んだと思っている⁉︎」

「…………」


 傷ばかり作りおってとぶつぶつ苦言を呈す小鳥ガングに、エリノアは無言。──と、ポロリと、心の中の気持ちがこぼれた。


「……ブレア様に……お会いしたい……」


 その気持ちと共に、じんわりと瞳に盛り上がった涙を、エリノアはなんとか堪えた。

 自分が泣いていたって何も役に立ちやしないのだ。そう思うといっそう悔しかった。


「…………」


 そんな──……しょんぼりとした言葉を聞いて。ヴォルフガングがいっそう苦々しい顔をした。が……黙りこんでエリノアを睨んでいた彼が……不意にもう一度舌打ちを鳴らした。


「……、……、……、……ッチ! ……俺は、転送術が下手だぞ……」

「? え……? 何急に……」


 エリノアが怪訝そうに問うと、小鳥はイガイガした顔のまま念を押すように言った。


「いいか? このことは絶対にブラッドリー陛下には言うな!」

「? はあ……」

「あとグレンにもだ! 分かったな⁉︎ ──どこに出ても恨むなよ……」

「え?」


 目を据わらせ、どこか不穏な顔の小鳥。──に、どうやら何かされそうだと察したエリノアが慄く。


「へ? ちょ、ヴォルフガングさん? な、何、怖い、そ、それどういう意味──」


 ……──と。エリノアが怯えた目で身を竦めた時には──すで時は遅し。


 エリノアの肩の上で、小さなヴォルフガングは、両羽を大きく広げていた……

 きれいに広げられた白い羽に唖然とし──異変に気がついて、エリノアが、うっと息を吞む。

 足元に──漆黒の魔法陣。


「!」


 驚愕に慄きながら──エリノアは咄嗟に思った。


 ──な、んか──…… 

 ──それ──……


 ──見たことがある──……‼︎‼︎



「ひ、ひぃぃいいいいぃ⁉︎」


 目を瞠ったエリノアは、覚えのある浮遊感に悲鳴を上げ──そして消えた。










お読みいただきありがとうございます。

このシリアス展開に入ってからは…どれだけ小難しいことを省略できるかということばかり考えています……

説明不足は…ええと、ないように頑張ります!はい!

応援していただけたら嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[一言] シリアスさん終了のお知らせ
[一言] どこに送られたんでしょう、楽しみです。
[良い点] なんだかんだ言いつつもヴォルフガングは優しいな〜w
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