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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
四章 聖剣の勇者編
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閑話 エリノアの怪我、姉の威厳と過保護 ②


 そうして結局リードに手当てをされたエリノア。

 顎の下には大きな膏薬を貼られそうになったが……それはなんとか辞退した。だって、あまり大袈裟にしては余計に弟を心配させるではないか。


 ──が。

 そんなエリノアの小細工虚しく。家に到着したエリノアが、うっかりいつも通りのんきに「ブラッドただいま〜!」……などと言っている間に……。

 エリノアの背後から風のように駆けて来た黒い影が扉の中へピューっと滑りこんで行って──……

 黒猫は、当然の如く速攻で、ブラッドリーに怪我の報告をしてしまったのだった……。


「…………」


 グレンはブラッドリーの足にゴロンゴロンまとわりついている。

 そうして小憎たらしい顔で主人に告げ口する黒猫の満面の笑みに、エリノア消沈。


「姉上様ったらぁ、今日も見事にコケましてぇ、顎の下なんていう、またオモシロ器用な場所を怪我なさいました。うふふ、あ、ついでにリードとさっき外で照れ照れしていた件は、また後ほど♪」

「……姉さん?」

「…………」


 ──案の定、弟の過剰に心配した暗黒面が怖かった。

 



          * * *



「……オリバー」

「はい?」


 長い会議のあと。会合場所を出た廊下で、不意に立ち止まった主人に呼ばれた騎士が、主人と同じように歩みを止めて、彼の顔を見る。

 ブレアの声は硬く、瞳は何やら深刻そうな色をしていた。


「どうなさいましたブレア様。もしかしてお疲れになりましたか?」


 大丈夫ですか、今日の会議は紛糾してましたしねぇ……と、騎士は疲れ顔で言った。するとブレアは低い声で言う。


「……ずっと考えていたのだが……」


 と、言いかけて、ブレアは一瞬何かを考えこむように黙して。


「?」


 どうしたものかと発言を吟味するような王子の慎重な様子に、オリバーの顔にも緊張が浮かぶ。騎士はいったいなんだろうと、真剣な顔でブレアの言葉を待った。──と、ブレアが重苦しい顔で口を開く。 


「…………今日──エリノアの様子がどこかおかしかったのだが……何か知らぬか」

「……、……、……ぁあ……」


 はぁ⁉︎ ……と──言いたいところを、騎士はグッと堪えた。

 ブレアは至って真剣な顔で腕を組み、考えこんでいる。

 オリバーは、なんだ……そいつの話題か……と、げっそりした顔をでそれを見た。

 深刻そうな顔をしていたから、いったいどんな話が出るのかと身構えたのだが。あの対立する派閥の高官やらが喧々轟々やっている最中で、この人それをずっと考えていたのか、と……

 身構え損だと言いたげなため息をつきつつ、オリバーは答える。


「知りませんけど……あいつの挙動不審はいつものことですよ」


 気にするまでもないと言う騎士の適当な言葉は無視して、ブレアは物憂げに思案している。


「……動作がおかしかったのだ。不調なのかとよくよく観察してもみたが……顔色は悪くなかった。ならば怪我か?」


 しかしそうなると、ブレアにはややハードルの高い話題となる。

 

「見えている場所ならばいいのだがな……」


 服に隠れている場所を怪我されていると、自らが検分する訳にもいかない。


「ここは……侍女頭や侍女たちの手を借りるべきか──」


 そうど真剣に思い悩み、不安そうなブレアを見て──オリバーが無言だ。ああ、こういうことでずっと悩んでおられたんだなぁ、あの小難しい会議中に。と、思ったらしい騎士の顔は生暖かい。

 と、そこへ、彼らの背後から生真面目な声がする。


「ああそれでしたら……」

「? ソル」


 会議室のほうからカツカツとキレよく廊下を歩いてきた書記官。相変わらず、喜びという感情を忘れたかのような冷めた目の彼は、淡々と言った。


「王宮のほうに出向いた折に見かけたのですが──エリノア嬢は、本日午前頃、廊下で転倒なさっておいででした。あの時、確か顎の下を押さえておいででしたので、おそらく顎の負傷でしょう」

「負傷⁉︎」


 途端ブレアの表情が険しくなる。

 彼はソルに向かって振り返り、大丈夫だったのかと問う。


「医務室には……」

「さて……私もそのあとのことは存じ上げません。エリノア嬢がまったく何もないところでおきれいに転倒されたもので、私も何事かと思い、すぐに駆けよったのですが……どうにも私はエリノア嬢に警戒されておりまして」


 何故でしょうねぇと、ソルは平然とそう言った。

 とにかくその時。駆けよろうとするソルの厳しい顔に驚いたエリノアは、そのまま飛び上がって逃げていったという。ここで何故かソルが感心したような顔をする。


「それはそれは、まるで小動物かの如き素早さで。私も追いかけたのですが……お嬢様があまりにも必死の形相で威嚇なさるので断念したという次第です。トワイン嬢は奇妙な能力をお持ちだと思います。不可解にも何もないような場所で転んでおきながら、私から逃げる時の足運びは玄人のそれでした。お見事というほかありません」

「…………お前ら……」


 ソルの淡々とした賛辞(?)に、オリバーは……ひたすらに呆れ顔である。因縁深い(?)ソルとエリノアの、間抜けな追いかけっこは目に浮かぶようであった。


 しかし……呆れる騎士の隣で、それを聞いたブレアは落ち着かぬ様子。


「け、怪我を……エリノアが……」


 青年は、何故昼間に顔を見た時に気がつくことができなかったのかと渋面で悔やんでいる。


「あの時もっとしっかり確かめておけば……」


 ──と、鬼顔で悔やんだブレアは──……



 次の日。


「え……⁉︎ ブ、ブレア様⁉︎」


 と、うろたえるエリノアの声。

 登城直後……というか、王宮の裏門その場所で。門の前に立っていた主人に、気がついたエリノアがギョッとしている。

 エリノアばかりでなく、門番たちは強張った顔でブレアの後ろで顔を見合わせているし、エリノアと同じように出勤して来た同僚たちも、皆ブレアを見て驚いていた。

 ──が。ブレアはそんな者たちの中に、目当てのエリノアを発見すると……すぐさま颯爽と歩いてエリノアの傍までやって来た。朝っぱらから、まっすぐ己を目指して来る王子の姿にエリノアがきょどっている。


「え⁉︎ あっ? え……? お、おはようございますブレア様……あの、何故ここに……」


 オロオロしながら言うエリノアの前に立つと、ブレアは、一瞬黙りこみ。それから低く言った。


「……怪我は……大丈夫なのか?」

「え? け……が……?」


 問われたエリノアは、困惑した顔でブレアを見上げる。

 何故ブレアが、自分の、この見えにくい位置にある怪我を知っているのだろうかと思い──


「ぁあ⁉︎」


 そういえば、昨日、彼の機械人間のような書記官に追いかけられたのだということを思い出した。


「……も、もしかして……バークレム書記官にお聞きになられたのですか? や、そんな……これは殿下に気にしていただくような大袈裟なものでは……」


 エリノアは恐縮し、そして心の中でソルに対して憤慨する。


(まったく……バークレム書記官たら、目敏いんだから……! こんな小さい怪我のことまで殿下に報告するなんて……どういうこと⁉︎)


 しかし憤るエリノアを、ブレアは心配そうな顔で見つめている。

 その沈んだ様子にエリノアがうろたえる。……ちなみに周囲の観衆たちも、普段は鉄仮面と恐れられる第二王子の哀愁に大いに慌てている。


「ブ、ブレア様? だ、大丈夫ですか⁉︎」

「……大丈夫ではない」

「⁉︎」


 沈んだ眼差しで言われ、エリノアがなおさらギョッとする。

 と、そんなエリノアの、顎の下に貼られた厳重な手当ての膏薬(※ブラッドリー作)を見て、このような手当てが必要な大怪我(大袈裟)を見逃すとは……と、ブレアは一層落ちこんだ。


 そうしてこの日から……。

 エリノアは、毎日ブレアに出会うたびに、何故か心配そうに見つめられ……顎の下を覗きこまれ……

 しまいには、そんな主人を案じたソルに、デスクワークな部署に移動したほうがいいのではと打診され……(転ばないように)


 エリノアは悟った。


 己のうっかりが、また自分の周りの過保護人間を増やしてしまったことを。

 そして自宅でエリノアは呆然と言ったとか。


「…………ヴォルフガング……私もっとしっかりしたほうがいいね……?」


 それを聞いた白犬は、何を今更と鼻を鳴らしたとか。










お読みいただき有難うございます。



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[一言] モテる女はつらいねぇ。
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