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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
四章 聖剣の勇者編
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10 三姉妹、はじめてのお使い



 窓から覗くグレンの疲れ切った顔に同情してしまい、一瞬現実を忘れかけたエリノアだったが。ハッとして。

 いや、それどころじゃないのよと娘は慌てて周囲を盗み見た。

 周りに集まっている先輩侍女たちは、出て行ったブレアの心配をしているのか、窓の外の異変になど気がついていない様子。


(よ、よし、今だわ!)


 場の混乱に乗じ、エリノアはコソコソと廊下を立ち去った。急ぎ足で向かったのは、近くのガラス扉。その戸を押して外に出ると、小さなバルコニーになっている。周囲に気を払いながら、小声で呼びかけると、程なくしてそこにグレンたちもやってきた。


「グ、グレン、さっきの聞いた⁉︎」


 傍の木の上から、ひらりとバルコニーに降りてきた黒猫に問うと、彼はうんざりしたような顔で言う。……ちなみに、その背中の上には、三つのマリモっ子達がかじりついたままである。


「は、ぁ……? もう私疲れてそれどころじゃ……」

「ちょっと……しっかりしてよグレン! マリーちゃんたちに生気を吸われている場合じゃないのよ! 聖剣が!」

「せいけん……? はぁ? あのクソ呑気がどうかしたんですかぁ?」


 エリノアが詰め寄ると、グレンはめんどうくさそうに後ろ足で耳の後ろを掻きはじめる。どうやら何も知らないらしい黒猫に、エリノアは急いでかいつまんだ話を聞かせてやった。と、黒猫は一層わずらわしそうな顔をして、鼻面にシワを寄せる。


「聖剣が……? はぁ〜……どうせ偽物でしょ? 放っておけばいいじゃないですかぁ。世の中ヒーロー志望の人間なんてわんさかいるんですから。勇者ごっこさせとけばいいですよ。聖剣でやることなんて、どうせ善行でしょ?」


 うぇー、と、グレンは相変わらず子憎たらしい顔で興味なさげに吐き捨てる。だが、エリノアは、だけどと不安そうな顔。


「でもね、その聖剣は、王太子様がお持ちだっていう話なのよ! ということは、王太子様が勇者だと名乗り出たってことでしょう⁉︎ 何かおかしいわよ!」


 エリノアの印象からすると、あの善良そうな人柄の王太子が、そのような嘘をつくとはどうしても思えない。

 エリノアは、神妙な顔で言った。


「もしかして……もう一本聖剣があったとか……?」


 すると、途端にグレンが嫌そうな顔をする。


「はぁ? そりゃあ、聖なる剣はきっと他にもあるでしょうけど……女神の聖剣は一本きりですよ」


 あんな物もう一本あったら迷惑なんですけどとグレン。


「テオティル野郎みたいな、非常識な聖剣がもう一本とか……そんな馬鹿なこと。やめてください、超絶迷惑です」

「そ、そういう話じゃないのよ! も、もう、いいから! とりあえずそのテオティルの様子を見に行ってきてよ!」


 いつも通りなら、テオティルはコーネリアグレースの監視のもと自宅にいるはずである。しかしその無事を確認したくても、エリノアは職務中。今すぐ帰宅することはできないのだ。

 お願い! と、両手を合わせるエリノア。グレンはあからさまに嫌そうな顔をする。


「えー……」

「だって! もしかしたら、私に会いにきたテオティルが、聖剣姿で呑気に昼寝をしてて、その隙に王宮の人に拾われたり……してるかも、しれないでしょ!」

「……ああ……まあ、それはあるかもしれないですね……」


 グレンは呆れ気味ではあったが、確かにと同意を見せた。が、


「でも放っておけばいいですよ。その剣がのんきに昼寝してたテオティル野郎なら、どうせそのうち姉上のところに、あっけらかんと帰ってくるでしょ。馬鹿面で」

「あ、あんたはまたそんな……」


 ふてくされた顔で毒づく黒猫に、エリノアが眉をひそめるが──途端、珍しくグレンがカーッとキレる。


「私は姉上の警護(ストーカー)で忙しいし! その上今日はチビらの面倒も見なくてはいけないんですよ⁉︎ 心底疲れてるんです! 私は! 聖剣野郎の面倒まで見れませんよ!」

「だ、そ、それは……た、確かに……お疲れかと思いますけど……でも、私は仕事抜けられないし……」


 困った、という顔でエリノアが頭を抱える。と、その時にゃーと、幼い声がした。


「ゆうしゃ」

「え?」


 苦悩していたエリノアが目を開けると、グレンの頭にかじりついていたマリー達が言う。


「あたしたち、」

「いってあげても」

「いいわよ」

「──え?」


 子猫達の思いがけない申し出に、エリノアが戸惑いを見せる。と、子猫達はキラリと青い瞳を輝かせる。


「そのかわり、」

「ぽりぽりしたやつ」

「かってくるのよ」


 子猫たちは、じゅるりとよだれを垂らしそうな顔でエリノアに要求する。

 ぽりぽりしたやつ、とは。

 数日前、エリノアがモンターク商店から買ってきた、東方産の小魚を干したもの。つまり、煮干しだ。

 ──最近この子猫たちは、それらがとてもお気に入りで……。どうやら……魔界にはないらしい。煮干しは。

 あの美味しいもののためならと、彼女達はギラギラした眼差しをエリノアに向ける。だが、エリノアは戸惑いを見せた。


「お、いいですね! 姉上こいつらに行かせましょう!」


 乗り気のグレンにエリノアが「で、でも……」と、言う。


「? どうしたんですか?」


 魔物の子供に、聖剣関係の用事をいいつけるのに抵抗でもあるのかとグレン。しかし──違った。

 だって! とエリノアは眉間に力をこめて力説した。


「練習もしていない子達に、急にお使いなんて……できるの⁉︎」

「…………」


 王宮から自宅までは結構距離があるのよ⁉︎ 怪我したら⁉︎ 変な人に声をかけられたりしたらどうしたらいいの⁉︎ と……超絶心配そうな姉生物に、グレンが呆れた顔をしている。

 だから……こいつら魔物だって。チビだけど、三十年は生きてるんだって、と。したたかな妹達を人間の幼児同様に案じるエリノアが間抜けに思えてならないグレンは──……。


「……ではこうしましょうよ」と、わざとらしい微笑みを浮かべた。


「マリーたちには母上に通報させましょう。こいつらも帰巣本能くらいありますし、母上のところに帰るくらいなら簡単にできますよ。それで、母上に聖剣の所在を確認させる。その後の報告はヴォルフガングがやるでしょ」


 どうやらお使いで三匹が自分から離れてくれそうだと察したグレンは、ニンマリ顔で提案する。そもそも彼は聖剣も国も人間もどうでもよく、事態を少しも重く見てはいなかった。それは多少、グレンの思惑に偏った提案ではあるが、しかし慌てているエリノアもそれなら……と、頷いた。


「そ、そうね、それなら大丈夫そう……」


 エリノアは三匹をグレンの背中から抱き寄せる。


「じゃあマリーちゃん、マールちゃん、マダリンちゃん、お願いできる? コーネリアさんに、テオティルがどこで何をしているか、無事でいるのか確認してくださいって伝えてほしいの」


 と、三匹は素直に頷く。


「わかった」

「ぽりぽり」

「よろしくね」


 約束を破ったら呪う、と、不穏な言葉を残しながら。三匹はぽんぽんぽんとエリノアの手の上から跳ねて、王宮の敷地を駆けて行った。その後ろ姿を、エリノアが心配そうに見つめている。


「あああ……大丈夫かしらあの子たち……迷子になったり……マリーちゃん達! 寄り道しちゃダメよ!」


 バルコニーの手すりから身を乗り出して叫ぶエリノア。その手すりの上にグレンが上機嫌な顔でやってくる。


「ま、大丈夫ですよ。ていうか姉上、それどころではなかったのでは?」

「⁉︎」


 グレンの指摘にエリノアがハッとする。


「そ、そうだった……!」


 王太子が聖剣を持っているという話は本当なのか。たとえその真偽がどうあれ、自分たち一家に何か影響がありそうならば、ぼうっとはしていられない。こちらはこちらで早く状況を確認しなくては。

 そう慌てたエリノアは、グレンをバルコニーに残し、急いで室内へ駆け戻って行った。

 その転びそうな後ろ姿を横目で眺めながら──グレンは妹達がいなくなったことですっかり機嫌がなおったらしい。


「あーチビどもがいなくなって肩が楽になった♪」


 含み笑いを漏らし、それから魔物は王宮のほうを見てさらに牙を見せて笑う。


「さてさて。何やら楽しいことがはじまりそうだな……ふふふ」

 





お読みいただきありがとうございます。


さて、このお話はよく目的は何? と、言われますが、書き手的には……勇者が魔物と青年らに翻弄されるまぬけな生活…がメインなのではないか…と思っております。エリノアの目的は絶対的にブラッドリーを守ること。ですが。

そこまで緊迫せず、のんきでまぬけで楽しめればよいかなと。


3月中は少し切羽詰まっておりまして、もうすぐ余裕ができそうです。

更新また頑張ります!応援していただければ幸いです( ´ ▽ ` )

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― 新着の感想 ―
[一言] 聖剣の勇者って、バレるなー。やっぱりバレろー!今後の展開楽しみにしてます!
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