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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
四章 聖剣の勇者編
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7 鉄仮面を鮮やかに

 


 じっと見つめられて、エリノアはとても落ち着かない心持ちになった。

 ブレアの瞳がとても優しい。──それだけでなく、まるでここにいてくれと求められているような気がして。


「……っ」


 エリノアはむしょうに恥ずかしくなって、己の両手を胸の前でモジ……と重ね合わせた。己の顔がだんだん赤くなっていくのが分かった。先ほどのように、自分の無作法さが恥ずかしかったのではない。ただブレアに視線を送られただけで、過剰に反応してしまう己の顔色が、何かを言外に白状してしまっている気がして、恥ずかしかった。


(ああ駄目だ……こんなことでは、正常なお世話が出来ないじゃない……)


 エリノアは、そんな自分を律する為に己の姿を見下ろした。

 ワンピースにエプロン。──侍女の制服。そう、自分は侍女なのだ。

 珍しく長椅子で横になっていたくらいだ。久々にこの部屋に戻った彼がとても疲れていることくらい容易く想像がつく。

 手助けしたい。とても。

 だというのに。こんなふうにドキドキしながらでは。ただでさえそそっかしい自分。仕事をしようとしても、この有様では。無様に部屋のありとあらゆるものをひっくり返してしまうのではないか。そんな大惨事──疲れた王子の前で披露するわけにはいかない。


(だって私は──殿下の侍女なんだもの)


 侍女というものがなんの為にいるのかといえば、執務で忙しい彼ら王族が、些事にとらわれることなく国務に打ちこめるようにする為。それはひいては、国を守る助けとなるはず。

 使用人は、とるに足らない存在のように言われることもあるが、そうではないとエリノアは胸に刻む。

 自分たちだって、ささやかながら国を支える一員なのだ。それを思い出すと、闘志が湧いた。


(そう──ブレア様に見惚れている場合じゃないのよ‼︎)


 ほんのり赤くなり、額に汗しながらも。気合を入れ直したエリノアは、凛とブレアの熱視線を押し返す。

 まったく! と、エリノア。何故か意味不明に憤慨している。


(魅力が過ぎますよ! 駄目駄目だめだめ! 負けちゃ! ブレア様すてき……とか惚けている場合じゃないんですから……それにこれ以上は、バレるじゃないですか! 私があなた様を好きなのが!)


 さっきのアリクイ状態の件もある。これ以上自分のときめき状態を晒してしまうと、もうそれはブレアを好きだと言っているようなものである。


(ぐ……)


 そんな訳にはいかないと。エリノアは、必死で“侍女”の顔を作った。少しでも表情筋を緩めると……うっとりとした己がすぐに表に出てしまいそうで辛かった。頬はピクピクとこわばって、声も上ずった。

 必死で作る微笑み顔は、どこかいびつである。


「ブ、ブレア様? あ、の……先ほどからずっとこちらをご覧のようですが……な、何か……わたくしめに御用命がおありでしょうか?」


 に、にこ……と、笑顔が清々しく引きつっている。

 と、ブレアは、おや? という表情をして。

 エリノアは引きつりながら思った。

 もういっそ、ものすごく難しい用事でも言いつけられて、この部屋を出たい。そうすれば──現在この部屋の中に自分が感じている、言いようもないブレアの引力から逃れ、己の頬を平手打ちするなりなんなりで……体育会系的に直ちに正気に戻れるのだが。


(このままじゃまずい……私、ブレア様に魅了されて、今にも「好きです!」とか身の程知らずな叫びを上げてしまいそう……)


 秘めたる恋情とは、かくも辛いものか……と、内心で頭を抱えつつ。エリノアはブレアの指示を待った。


 と……そんな、エリノアのぎこちない微笑みを見たブレアは、何かを考える素振りを見せた。

 顎に指をかけて……一拍の間をおいて。そのブレアの指がスッ……と横に動く。彼はそのまま、革張りの長椅子の座面をトンッ……と、示した。


「では、こちらへ」

「……え?」


 それを見て、エリノアがいよいよキョトンとした。

 ブレアが示しているのは、長椅子の、彼のすぐ隣である。


 え? その長椅子が何か……? こちらへ? こちらへ…………ああ、何か持ってこいと? あ、ああそうか、そうか。なーんだびっくりした。そこへ座れと言われたのかと思った。ああびっくりした──……という思考と百面相ののち。

 エリノアは、控えめな侍女らしい顔でにこりと笑って、「はい」と、頷く。その──心情の分かりやすさと言ったらなかった。どうやらエリノアは自分が愉快な顔芸を、包み隠さず王子に披露していたことには、気がついていないらしい。その上で、隠しているつもりの笑顔がなんとも間抜けで。


「そちらへ、何をお持ちすればよろしいのですか?」

「……」


 冷静そうな顔でそういう娘が──裏腹に、慌てまくっているのが分かったブレアは。まいったなという表情で、顔を横に背けて、こそばゆそうに緩む口を手で隠す。

 侍女としては、うっかりものが過ぎる。だが──彼女は素直で。


(どうあっても、私をなごませるのだな……)


「? ブレア様?」


 答えがないことに不思議そうなエリノア。ブレアはクスリと笑って、返す。


「……お前だ」


 穏やかに。幸福感のこもったそれは願い請う声音だったが……エリノアはひたすらに鈍感だった。

 反射のように頷いて。


「はいかしこまりました。はい。“オマエ”、“オマエ”……と……。 ……ん? えーと、“omae”……?」


 慌てていたこともあって……それが──まさか己のことであるとは──思いもしなかった娘は。

 “オマエ”ってなんだっけと、オリバーに聞かれたらどつかれそうなことを不可解そうな顔で考えこんだ。

 紅茶の銘柄だったか? もしくは書物の題名か。早く早く、殿下の御所望の品を用意しなくては──と……。

 そのようなことをぐるぐると考えながらブレアの私室の中へ視線を彷徨わせて──いる、その素っ頓狂な顔にブレアがまた静かに笑う。


「えっと……ちょっと、お待ちくださいね……えーと……」


 しかし困っていたエリノアは。品物を探しに行こうと足を下げようとして──そこでやっと、脳内でブレアの言った単語が正しく変換される。


「……“オマエ”……ん? “お前”?」


 “お前”って……

 あれ? まさか……


 と、主人を見ようと振り返ると──いつの間にか傍にブレアが立っていた。


「ぎゃ⁉︎」


 飛び上がるエリノアに、ブレアが笑い、そして問う。


「──エリノア、私はそれを所望出来るか?」

「え……え……?」


 戸惑う娘に、ブレアは目元をやわらげて、ため息をついた。

 ブレアはおかしかった。鉄仮面と言われた自分が、エリノアの前ではどこまでもどこまでも表情がやわらいでいきそうで。自分というものが、鮮やかに変えられていく不思議をブレアは心地よいと思った。


「……侍女としての立場もあり、職務上の規則はあろう。だが、私は──」


 “お前に”と、いつものように言おうとして、ブレアは言葉を切った。──言い改める。


「──君に、」

「っ⁉︎」


 その口ぶりに、エリノアの心臓が跳ねた。尊ぶような気持ちのこもった一言に、“しおらしき侍女”の顔がすっかり剥がれ落ちた娘は唖然とした顔をする。まるく見開かれた目蓋から、今にもこぼれ落ちていきそうな緑色の瞳を見下ろしながら、ブレアは続ける。


「……隣に座り、そばにいて欲しいのだが……私は……それを望めるか?」


 ブレアが微笑み。エリノアは固く結ばれた己の手にそっと触れるものに気がついた。優しく包みこまれた手のひらに、エリノアが言葉をなくす。


「私は君が、」


 ブレアがそう言い、エリノアが息を吞んで──。続く言葉に身構えた。


 ──その時。

 ブレアの私室の扉が弾かれるように開け放たれた。


「ブレア様!」

「ぎゃ⁉︎」


 唐突な乱入者に、エリノアは悲鳴をあげて跳び上がる。そのまま床に転がり──ブレアが咄嗟に後ろ向きに転倒した娘の頭に手を伸ばしてそれを守った。


「! エリノア! 大丈夫か⁉︎」

「ぅ、ううう……」


 助け起こされる腕の中で、エリノアはもうキャパオーバーという真っ赤な顔でブルブル震えている。しかし怪我はないようだと見てとったブレア。渋い顔で乱入者のほうを見る。


 慌てた様子で駆けこんで来たのは──ソルだった。


「どうした──」


 後にしてくれないかと、いいさして、男の青白い顔に気がついたブレアが口調を変える。


「──何があった?」


 血の気のない顔の男の背後には、部屋の前で控えていただろうブレア付き侍女たちの姿も見える。彼女たちの顔は苦々しい、が、複雑そうな緊張した面持ちに、ブレアは有事を悟る。何もなければ、おそらく彼女たちは、この乱入者を阻止しただろう。


「ソル」


 ブレアはエリノアを支えたまま、男を促す。と、侍女たちが駆け寄って来て、大事そうに抱える彼の腕からエリノアを受け取った。それを名残惜しげに一瞥して、ブレアは立ち上がり書記官の顔を鋭い眼差しで見た。

 すると、ソルは、押し殺したような重い声で答えた。


「ブレア様──……聖剣が──発見されました……」

「!」


 その報せにブレアが一瞬眉を持ち上げ、侍女たちに支えられたエリノアが、ハッと顔を上げた。

 だが、青年はすぐに冷静な顔に立ち返る。

 ソルの様子が、ただ事ではない。


「──どこからだ」


 低い声で問うと、ソルは一瞬の躊躇を見せた。


「それが──……」






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